第九十五夜:禁断のゲーム(10)
今週大阪の釣り道具屋で、EG社の菊さんにお会いしました。
私は貧乏で無理ですが、”ORION"お金持ちのバスアングラーは買って上げて下さい。
セカジェネのガニングシャフトが最高!って言ったら、少しムッとされました。
7万円は高過ぎると言うと、それは認めて貰えました。あの性能にして実情価格4万円台。だからセカジェネは偉いのです。
「付箋の張ってあるページな、そこのところが気になってんだ、俺は」
いったんBが私に手渡した釣り雑誌は、いま助手席でBが開いている。
(車の中で、付箋の付いたページを読んでくれ)
(じゃあ、お前が運転してくれるのか?)
(あっ、それはちょっとヤダ)
(じゃあ俺が読める訳ないだろう)
そんなやり取りがあって、結局は私が車を運転し、助手席でBが付箋の張った雑誌のページについて語るという恰好になった訳である。
「付箋が貼ってあるページに共通して出てくるワードがある。それが何だか分かるか?」
分かる訳がない。いま私の視力と注意力は、車の運転にほぼ100%支配されているのだから。自動車の運転手たるもの、そうでないといけない。
「ああ、そうだな。じゃあ俺が読むよ。え~~っと、橋脚や杭などの縦ストラクチャーにつくバスを、ノーシンカーワームのフォールで狙うのがメインパターン・・・」
赤信号で停車したのを幸いに、Bが開いている雑誌を、私はのぞき込む。
ふむふむ、Bが今開いているページは、先月関東のとある湖で行われたバストーナメントのウィニングパターンについての記事であるらしい。
縦ストにサスペンドしている魚をワームのスローフォールで狙う・・・まあ夏の王道パターンの一つだ。王道過ぎてバス釣り愛好家には、まるで新鮮味が感じられない。
「で、他のページな。シャローの障害物をライトテキサスのフォールで打っていく。着底後バイトがなければすぐにピックアップ。できるだけスローに落としたいので、シンカーは1.8グラムまで軽くした」
これも夏の日差しを嫌うバスが、シャローの陰に涼んでいる状態を攻略するための釣法だ。その有効性の説明だろう。
「次な。カナダ藻のドームを、8インチロングワームのネコリグをスローフォールさせてデカいバスを選んで口を使わせるのが・・・」
これは琵琶湖での釣行記事のようだ。いま琵琶湖で熱いと言われている釣法の一つだ。
しかし、テキサスリグだとかネコリグだとか、バス釣りのいろはの“い”を、いちいちBに説明しなければいけないのかと、私はこの時、面倒くさく感じた。いや、待て、Bは確か(共通のワード)という言い方をした。Bの知りたいのはそんなところじゃないかも知れない。
Bがいま読んで聞かせた記事の内容の共通ワードは・・・フォール?スロー?これなのか?
「もしかして、お前が気になってるワードというのは”フォール“と”スロー“なのか?」
「そうだ、ご名答!」
経験のあるバスアングラーなら、特に目新しい内容の記事とは思えないだろう。
つまり夏のバスは、日光によって温められた水と冷たい水の境目、専門的にはサーモクラインというが、すなわち中層にサスペンドする傾向が高く、そこに杭なんかの縦に長い障害物が存在すれば、その障害物が作る陰の側に好んで張り付く。早く落ちるものならバスの浮いている層を通過するのは一瞬となるので、従ってバイトチャンスを長く確保する意味でスローフォールなのだ。まあ、バスフィッシングをやるものにとっては常識の中の常識。
「俺から見れば、何一つ不思議なところのない記事だけど、お前には何が気になってるんだい?」
「うん、俺には不思議で仕方がない。お前が先月、西の湖でいっぱい釣ったワームな、何とかテールって言うの?あれば多分、呑気に泳ぐ小魚のイメージだったろう?」
そう、その通りである。先月西の湖で40センチアップを連発したシャッドテールワームのスイミングは、ウィードのアウトサイドを無警戒に泳ぐ小魚を演出したイメージなのだ。そのワームの動きが、産卵から回復しつつある食い気があるバス達の食欲を刺激した。
これが私の分析する先月の高釣果の理由付けだ。この分析には相当な自信がある。
なにせ、プロアングラーと呼ばれる釣り天狗達を相手取り、4位の釣果を叩き出したのだ。長い釣り歴の中でも数えるほどしか経験のない会心の釣行。Bが不思議に思っていること、そのことが何だか分からない。
「この前は、お前が小魚を真似たルアーで魚を釣った。さらにその前は、Aがミミズそのものを餌に魚を釣った」
「ああ、そうだったな」
「じゃあ、ゆっくり落ちていくルアーって一体何を模しているんだい?」
「何って・・・例えば、弱った小魚が沈んでいく様だとか・・・他にはミミズだとか・・・あとは、木から落ちた虫だとか・・・」
「ほう、じゃあ、いちいち反論していこうか。弱った小魚は沈まない。むしろ浮いていく。完全に死んでしまえば沈むがね。ミミズは沈むかも知れないが、奴らがバスの餌になるのは岸際に限った話だ。ミミズが水深数メートルってな沖に居ることは、まずない。虫なんかも水に落ちれば絶対に浮く。つまり水深のある場所で、ゆっくり沈んでいくバスの餌になる生物なんて、自然界ではほとんど存在しないはずなんだよ。少なくとも、俺にはすぐに思いつかない」
そんなBの言葉に、そんなことはないだろうと例外を探そうとする私であるが、確かにすぐには候補が見当たらない。
「例えば、カエルとかは・・・」
かなり苦し紛れの答えである。案の定、Bが反論する。
「カエルが跳び込んで潜るなんてシチュエーションは、岸際のそれもせいぜい50センチなんて水深に限ってだ。ゲンゴロウだってそうだ。つまり、バスから見た場合、ゆっくりと長い距離を落ちる餌なんて、(何だ、これ?)って感じだと思う」
(何だ、これ?)って感じだろうが何だろうか、ワームのスローフォールが、季節を問わず、とてもバイト率の高い釣法であることは、私には経験上否定できない。やっぱり釣れるものは釣れるのである。
「それでもスローフォールが良く釣れる釣り方であるのは、俺的には否定できないんだけどな・・・経験上」
素直にそのことを私は口にした。
「いや、否定する必要はないさ。お前ほどの釣り人がそう言うんだから、その技はきっと釣れるんだろう」
お前ほどの?私はいまBに褒められたのか?何だか面映ゆい感じだが、照れくさいので嬉しそうな顔はしてやらない。運転しながら、らしくない事を口にしたBの横顔に、ちらりと視線を送る。おや、意外に真剣な表情だ。
「何だ?これ?」
「はっ?」
雑誌に目を落とすでもなくぼそりとBの口から出た、主語も述語も接続詞も、そして脈略も判然としない一言。そしてBが続ける。
「前に言ったかどうかは忘れたが、餌釣りですら釣りにくい状況で魚を釣るのがバス釣り大会に出る人間の腕だと俺は思うようになった。餌を欲しくないと思っている魚を釣る方法だ。お前は何と考える?」
(何と考える?)って。ときたまBはこういう古風な言葉を使ったりする。極めて個性的で偏執的な性格と相まって、その語り口調が人に嫌われたり、時に熱烈なファンを作ったりする。
いっそのこと、(何と心得る?)なんて言い方の方がBらしくて、さらに好感を持てるような気がする。
「何と考えるとは?」
「だから、バスが餌を欲してない時に、ルアーなるものでバスを釣るための条件みたいなものさ。それをお前はどう考えるってことを聞いている」
なるほど、そういうことならバスアングラーが真っ先に浮かべる言葉が(リアクションバイト)だろう。
「俺達バスアングラーの間では、“リアクションバイト”って呼んでんだけど、目の前にストンと何かが落ちてくるだとか、止まっていたものが急に動き出す瞬間だとか、まあ、魚食魚の習性、反射食いなんて言い方を俺達はするけど、そんな釣法がまず思い浮かぶな」
(ふ~~ん)ってな表情をBは作る。私の言ったことを否定している様子ではない。そして語る。
「まあ、いまお前が言ったことはあながち間違いじゃない。そういう習性は、バスのみならず、あらゆるプレデターにはあるだろう。例えばバスの場合、右から視界に入っている物体に対して、その傾向が顕著に表れる」
(えっ?右から?)
一人のバスアングラーとして、実に興味をそそられる内容をBは語り出す。
「右から視界に入ってくるものと左からとでは、違いがあるのかい?」
20年以上もこの釣りを嗜んできている私すら、意識したことのない要素。
これは聞き逃せない。
「そんなことも知らないのか・・・とは言わない。今日、運よく魚が見えれば、よっく観察すればいいさ。7割程度のバスは右回りに岸を回遊しているはずだ」
右回り?時計回りということか。もちろんバスが回遊する姿を見かけることは、決して珍しいことではないが、どうだろう。記憶を手繰っても、右回りと左回り、どっちの回遊が多かったか判然としない。7割という数字が微妙なところで、意識しなければなかなかその傾向に気付かない割合と言えるかも知れない。
「つまり、バスという魚の7割は、利き目である左目を使って岸際の餌を探しながら回遊しているのさ」
へぇ~って感じ。でっ、右側から現われるものに対して、バスはどうするというのだ。
「左目が利き目であることの多いバスの右目は、左に比べて少し識別能力が落ちる。従って、偽餌で騙しやすい」
自信たっぷりに述べるBであるが、そんな研究結果があるのだろうか。
そもそも魚の利き目がどっちかだなんて、どうやって調べるのだろう。
「単純な実験だ。左右どっちかの視力を奪った魚の生存率の統計を取った結果だ。右目を潰しても生存率はそれほど変化ないが、左目を潰された魚は、極端に生存率が落ちる」
えらく残酷な実験をするものだと思う。その実験結果が世にどんな恩恵をもたらすと言うのだろう。でもそんな議論は今の主題じゃない。そしてBも同じ思いだったようで、会話を続ける。
「まあ、いまは魚の利き目の話じゃない。俺は、(なんだこれ?)って感じでゆっくり落ちて餌、普通はあり得ない餌の動きに、何か肝があるんじゃないかと考えたんだ。そしてそれは何も本物の餌そっくりじゃなくていい。むしろ、実物の餌とかけ離れている形状なり動きの方が、バスという魚の何かを刺激するんじゃなかろうか。例えば、魚の好奇心とか・・・」
(あっ!)
そんなBの言葉を聞いた瞬間、私の頭の中にあるルアーが浮かんだ。
昔から、(一体このルアーをバスは何だと思ってバイトしてくるのだろう)と議論になることの多いルアー。それでいて40年に及ぶ日本のバストーナメントで、いまだにウィニングルアー率No.1であるあのルアー。
何だか私は、ステアリングを握りながら、すごくドキドキしている自分に気付いた。
程なくして今日最初に竿を出すフィールドに到着した。私とBの実釣実験スタート。




