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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第九十三夜:禁断のゲーム(9)

ルアーなるものの概念が大きく変わる・・・そんな序章です。


「おい、これ見てみろよ」


突然のBからのコールに叩き起こされる格好になったその日は、日曜日の早朝。

携帯を握りながら南向きの窓に掛かるカーテンを開くと、まだ7時前なのに空が高い。見事な8月の青い空だ。


(まだ朝の7時だぞ!)と、多少の怒気と呆れを含ませた口調で、早朝の電話をとがめる私に対して、(悪いわるい)とは一応口にしたものの、本当に悪いと思っている様子は、Bの声からはまるで感じられなかった。

確かにBとはそういう男なのだと、そんなことを忘れてしまっていた私の方が、むしろ反省する羽目になった。こいつには、どうにも知り合った時から振り回され続ける。


(周りを振り回せ!振り回される人生と振り回す人生とでは、長い一生のうちに天地の開きが出る)


これがBの座右の銘であるらしい。だからこいつは、他人を振り回すことを罪とは考えていない。むしろ奴の信念だ。腹立たしいようで、確かに男なら肝に銘じておきたいと思わせる素晴らしい銘だと感じてしまう。


「早くに悪いな。ところで、どこか近くで、バスが釣れる場所はないかい?それと今日・・・暇か?」


(暇か?)という問い方を、Bはよくする。せめて(時間はあるか?)という言い回しをしろよ、相手に失礼だろ、と何度もBを嗜めてきた私なのだが、もうそんなことは遠い昔に諦めた。日曜日である。これといった用事は、まあ特にはない。


「時間はあるよ」


(暇だ)というのが何だかしゃくで、そういう返答をした。


「おっし、じゃあ、これから釣りに行こう。1時間後に、俺のうちに来てくれるかな」


人の都合など知った事じゃないって感じの、あまりにも強引な誘いに、これにも多少の嫌味を言うと、(強引じゃなく剛腕と言ってくれ)とBはいう。よく分からないが、(あいつは強引!)という表現は、誉め言葉に聞こえないが、(奴は剛腕!)と言えば、確かに何だか魅力のある人間のように思えてしまう。日本語のニュアンスの妙だ。

一つだけ断っておくと、何だか悔しいか、Bが魅力的な人間であることは認めざるを得ない事実なのだ。但し、異性から見てという訳ではない。だからちょっと憎めない。


今に始まったことではないBの剛腕(?)に付き合い、ちょうど電話から一時間後、B宅の玄関のチャイムを鳴らす。すぐに出てきたBが、ビニール袋に詰め込んだ数パックのワームを私に見せて、冒頭の(これ、見てみろよ)・・・となった訳である。


よほどマイナーなメーカの製品でない限り、国内メーカの大抵のルアーを私は知っている。

Bがいま私に、これ見よがしに差し出しているのは、関西に拠点を置く某メーカのシャッドテールワームだった。長さはたぶん5インチ。いつでも、どこでも、安定した釣果が期待できる、まあ標準的な売れ筋ワームである。

パッケージに200円の値札が貼られていた。実釣能力は疑いないが、世には同じタイプのワームが氾濫していることや、目新しさがないことなんかの理由で売れ残り、ワゴンセール品となっていたものを、Bが複数パック購入したのだろう。

私は同行してないので、きっとBは一人で釣り道具屋に入り、そしてこれ等を買ったと思われる。何だかそのことが意外だ。唯我独尊的な言動が多い割には、意外とBは寂しがり屋なところがあるのだ。

一目見て、メーカ名さえも分かったしまった私は、(これがどうした?)という表情で、Bの次の言葉を催促する。にっとした表情を浮かべ、Bがワームのパッケージを開く。うち一本のワームを私に手渡す。


予想した通り、某国内人気メーカの5インチシャッドテールワーム。カラーもド定番と言えるグリーンパンプキン。その他のパッケージも、色すら同じだ。同じカラーの同じワームを、合計・・・4パック。確かに前回西の湖で好釣果を上げたのもシャッドテールワームだが、Bは検証の結果、この何の変哲の無いワームが最強のルアーだとでも言いたいのか。

Bの単細胞的な結論に、少しがっかりしながら、ワームを手に取りしばし眺める。


(あれ?)


手に取ったワームのテールが、ワームのボディと比較してやや小さい。明らかにハサミか何かを使って細工されているのだ。


「これ、お前が加工したのか?」


「ああ、他のも見てくれ」


違うパッケージに入っていた一本を取り出し、Bが私に手渡す。こちらもテールが細工されているが、最初に私が手にしたものに比べて、まだ原型を留めている。言われなければ気付かない程、僅かにハサミでテールの淵を切り取ったのだろう。


「4タイプ準備した。同じ形状で、異なる4つの周波数を発生できるシステマチックルアーの完成だ」


その考え方は分からないでもない。周波数と言うワードそのままで表現することはあまりないが、(ブリブリした動き)だとか(ピリピリとした波動)だとか、バスアングラーはそんな表現を使う。取りも直さず、それはルアーが水中で水を動かすときに発生させる周波数のことなのだ。

おそらくBは知らないだろうが、この20年間、この日本で一番たくさん売れたワームは、古くから存在した既存ワームのテールを切って、より高い周波数を発生するよう細工した結果、(あれ?こっちの方が圧倒的に釣れるじゃん!)となったことを起源とするワームなのである。名称もまんま、カットテールワーム。

全く魚釣りをしないはずのBが、そんなところに着目したことは、流石だとは思うが、しかし・・・


「ルアーの魅力度を数式にまでしたお前にしちゃあ、少し考え方が幼稚じゃないか?」


こんな批判でBが過剰反応する奴じゃないことを知っている私は、素直に思ったことを口にした。むしろ、その言葉を待っていたとでも言いたげな表情で、Bは続ける。


「気の遠くなるような時間と、莫大な費用をかけた研究が、至極単純な結果を導き出すというのは、研究者の間ではよく聞く話さ。身近な例で言えば、そうだな・・・例えば・・・車のワイパーだ。単純極まりないあの原理を超えるものは、未だに出てきていない。何十年という時間と、何百億円の費用とをかけた研究の成果があれだ。スペースシャトルが宇宙を飛ぶ時代でもな。というか、スペースシャトルのワイパーすらも、まさにあれだ」


言われてみれば、確かにそんなものなのかも知れない。

Bが続ける。


「もう一つ気になっていることがあるんだが、まあ、その話は車の中でしようか。でっ、どこに連れてってくれるんだい?」


どこに連れていくというのは、どこの釣り場に行くつもりなのかってことだろう。

この時点で私は、B宅から車を40分程度走らせれば到着する、ある県内のため池が点在する地区を第一候補に考えていた。若干山間部に位置し、平地域と比べあまり水抜き工事が頻繁ではない。日が昇りきってしまえば少し厳しいが、夕方まで釣りをすれば、まあ魚が全く釣れないということはないだろう。少し気掛かりになっているのは、車を停めるスペースの問題くらいだ。


「どんな所がいいんだい?」


すでに私の頭の中には、3~4個のため池が候補として挙がっている。全ての池を今日一日で回ることも、日が長いこの季節なら十分可能だ。回る順番を決めたいが為の質問である。


「魚がいることは大前提。それから、どっちかと言えば、濁った水より澄んだ所の方がいいなぁ。魚の反応の仕方なんかを、実際に目で確かめたい」


そんなBの希望で、最初に目指すため池が私の中で決まった。まあ、どの様なシチュエーションが現れようとも、車の中にはタックルが4セット積んである。どうにでもなる。


「おっと、大事なものを忘れるところだった」


そう言って玄関から部屋に戻り、1分後戻ってきたBの片手には、ベイトとスピニングそれぞれ一本の釣り竿が握られていた。どちらもリールが付いている。ベイトロッドのガイドにはラインまでが通されていて、糸の先には、何故か大きめの消しゴムが結ばれていた。

脇に抱えているのは、どうやらバス釣りの専門誌のようだ。


「お前、竿、買ったのか?」


「ああ、先週末にね。少し苦労したが、ベイトでも一応は投げられる様になった。公園で何度か練習したからな」


ほう、どうやら消しゴムは練習用の擬似ルアーだったのだろう。

一度スイッチが入ると、元学者の探求心とは、なかなか大したものだと思う。

それにしても、いい大人が夜の公園でキャスティングの練習とは。でもそんなところが、いかにもBらしいと思う。


「じゃ、行くべか」


何を意図してか、(ほいよ)と釣り雑誌を私に手渡すと、すでに玄関先に出ていた茶色のトレッキングブーツに、Bは足を通し始めた。雑誌には5、6枚の黄色い付箋が飛び出していた。


「じゃ、行くべか」


靴の紐を結ぶ動作もいい加減に、もう一度、Bは言った。


この時、私は全く想像もしていなかった。

Bのさり気なく口にした(もう一つ気になっていること)が、アップサイドダウン、インサイドアウト、ほとんど脳内革命的な新発見につながることを。



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