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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第九十夜:この軽犯罪を二人の秘密にしよう(11)

百話で終わりそうになくなりました。【百八夜釣行】に題名変えようかしら


「俺、高校時代、バンドを組んでてな。担当はドラムだった」


「西川さん・・・女の子にモテたでしょう」


すらりと背が高く、目鼻立ちもきりっとしている西川が、煌々としたステージでドラムを演奏している姿を想像した僕は、ついそんな感想を返してしまった。


「まあな。実際のところ俺のドラムだけで支えてたようなバンドだったしな。ライブハウスの出口には、いつも出待ちの女が並んでた。まあ大抵の女は、この俺が目当てさ。俺はどっちかと言えば、ケバイ化粧の女よりも少し芋臭い匂いの残ってるおぼこい娘の方が・・・って、おい、人の話の腰折るんじゃねぇよ」


「折った気はないですが、どうぞ続けて下さい」


西川とはこんなにもフランクな話し方する人間だったのかと、そのことが僕には意外だった。同時に、巡回を口実に引っ張り出された理由が、ますます分からなくなった。それが知りたくて、西川の次の言葉を促したつもりだったのだが、どうも僕は、余分な接続詞を付けてしまったようだ。


「水谷、お前・・・無口で口下手なやつかと思っていたが・・・なかなかどうして、強者つわものだな」


この言葉の例えも僕には分からない。ここも僕は西川の言葉を待つべきだろう。

今日は自分から積極的に発言するのは得策ではない。そういう一日であるらしい。


「でっ、バンドを止めた理由がだ、メンバーを投げちまったのさ。しかも観客の面前、ステージの上でな。大外刈りだ・・・俺の得意技さ」


西川が警察官になる前から柔道の経験があったことは知っていた。僕も警察学校では、剣道ではなく柔道を専攻したので、何度か西川の乱取りの相手をして、そして当然の如くしこたま畳に打ち付けられた。それはそうと、彼が何の話をしようとしているのか、それがいよいよ謎めいてきた。まさかあの警察学校の武道場での思い出話をするために、僕を誘い出した訳でもないだろう。


「柔道と言えば・・・お前、(世紀の誤審)って聞いたことあるか?」


世紀の誤審?知らない。知らないし、話の行き先が、全く僕には分からない。

少しは困り顔になっていたであろう僕の反応に、頓着する風でもなく西川が続ける。


「その(世紀の誤審)ってやつで日本選手が負けたのさ。オリンピックの決勝でな。柔道をやってるものなら誰でも分かる。あれは今考えても、何度見ても、明らかな誤審だった」


人の回りくどい話を聞くのは苦手ではない。自分が話し側に回るよりは、何倍もその方が楽だ。でも、このときの僕は正直穏やかな心中ではなかった。西川のことは嫌いではない。背が高く二枚目で、あの巡査部長とも、その若さの割にはとても上手に付き合っている。そんな彼には、むしろ羨望に近い感情すら持っている。しかし、今の僕は、向き先の分からない雑談に付き合うだけの心の余裕がなかった。


「西川さんは、今何の話をしようとしているんですか?」


つい怒気を含んだ口調になってしまった。言ってしまってから(ああ、またやってしまった)と一気に自己嫌悪し始めた時、それでもまだ笑顔の西川が言った。


「ああ、わるい悪い。俺の話って、どうもあっちこっちに飛ぶ傾向にあるらしい。聞き手側で、俺が何を言いたいかは纏めてくれるのがありがたい。でっ、バンドの話だったな」


「・・・いまは柔道の話になってます」


「・・・お前・・・やっぱり強者だな」


この短いやり取りの間に、僕の中にあった苛立ちが、上手く躱されてしまったような気がする。これは偶然ではないだろう。そんなコミュニケーションに関してのテクニックを、どうやらこの西川という男は有しているらしい。僕は諦めて、先の見えない西川の言葉を、黙ってしばらく聞く決心をした。そんな僕の変化が伝わったのか、西川がもう一度浅く微笑んだ。これまでの脈略のない言葉のやり取りは、もしかしたら僕の心をほぐすための、彼なりの優しさだったのかも知れない。


「バンドの話に戻るな。俺たちのライブは、会場フルハウスってことはなかったが、それなりに毎回盛り上がった。一部の熱心なファンなんかもいたりしてな」


「・・・はい・・・」


「さっき、俺のドラムで支えているなんて言い方をしたが、正確には俺のドラムとベースが売りのバンドだった。ベースが良いからと言って、必ずしもいいバンドとは限らないが、いい演奏ができるバンドは、もれなくベースがしっかりしている。おっと、すまん。また話がずれた」


「構いません。続けて下さい」


「うん、その日のライブもなかなかに盛り上がってな。客の反応がいいってのは演奏者としても気分がいいもんだ。俺も気持ちよく太鼓を叩いていたよ。あの瞬間までは・・・」


「あの瞬間とは?」


「お前、シンバルキックって聞いたことあるか?」


「シンバルキック?知りません。プロレスの技か何かですか?」


「・・・お前、やっぱり・・・強者だな」


「強者ではないですが、どうぞ続けて下さい」


「ああ、シンバルキックってのを、最初に始めたのは昭和の時代のあるアイドル歌手だったらしい。シンバルをね、足で蹴るのさ。まあ、パフォーマンスの一つさ。でね、ボーカルの野郎が、それをやりやがったのさ。大したボーカリストでもない癖に、調子に乗ってステージを走り回った挙句ね。もちろん俺のドラムセットのシンバルだ」


「・・・」


「それで俺が演奏を止めて、奴の胸倉掴んで大外刈りさ。我慢ならなかったんだ。俺たちがパフォーマーならそれも有りだろう。客が盛り上がるならね。でも、当時の俺には、自分はアーティストの端くれだってプライドがあった。ピアニストやバイオリニストが、足で楽器を鳴らすかい?しないだろう。だから俺は我慢がならなかった。若かったんだな。お陰でその後、柔道一本に打ち込む羽目になった。でっ、今日こんにちに至るだ。女にはモテなくなったがね、ガニ股になるしな、柔道家は」


今でも十分女にモテるだろうと、凡庸を絵に描いたような容姿の僕は、多少のやっかみも含んでそんな言葉を返そうとしたが、それよりも一瞬だけ早く、西川の口が動いた。


「ピアニストにとってのピアノ、バイオリニストにとってのバイオリン、ドラマーにとってのシンバル。そしてバスアングラーにとっての釣り竿やバスという好敵手。それを粗末にするような原田の言葉が、お前には我慢ならなかったんだろう?少しだけ、俺にもお前の気持ちが分かったよ。そして、それは俺にも責任がある。バス釣りを原田に仕込んだのは俺だからな。どうやら、俺は釣りの技術なんかよりも、もっと最初に教えなければいけなかったものを、原田に伝え忘れてたようだ。俺からお前に謝るよ。すまなかったな。原田にも、後でよく言っておく」


見上げる西川の頭の位置が、その言葉と同時に一気に低くなった。先輩に頭を下げられた僕は、戸惑い、そして言葉に詰まる。

すっと元の姿勢に戻った西川が、これまで以上に陽気な顔をして言葉を紡いだ。


「いや~、でもお前がそこまでバス釣りが好きだとは、全く知らなかったよ。これからバスをやる人間は大変だろう思うが、頑張って欲しいとは思ってるよ。他人事のように言うのも何だか申し訳ないんだがね」


どうやら、何か大きな誤解を西川はしているようだ。でも(これからバスをやる人間が大変)っていうのは一体どういうことなのだろう。


「これから大変というのはどういうことですか?」


(おやっ?)という意外そうな顔をして西川が言う。


「だって、確か来年だろ?バスが特定外来生物に正式に指定されるのは。水谷、お前、俺を試してるのか?」


「試してませんし、そもそも西川さんの言わんとしていることが、未だに全く分かりません」


「おいおい、この期に及んでまだとぼけるか?あっ、お前ももしかして、バス釣りが好きなことを隠してる口かい?まあ、いいや。俺はその外来種問題が、下手を打てばそれこそ(世紀の誤審)になることを心配しているんだよ。お前たちのような本物のバスアングラーに、絶対に見失って欲しくない本質の部分だ」


いや、誤解していると主張しようとした僕は、やけに真剣な顔になった西川の変化に、その言葉を紡げなかった。そして、これまでまるで無意味だと思っていた彼の脱線話が、実は計算され尽くした巧妙な伏線であったことに、僕はその時、やっと気づいたのだ。



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