第八十七夜:350万円の人生継続中
一番最近の釣行日記になります。
ちょっとだけ苦労した。緊急事態宣言下のいま、女房から釣りに出掛ける了承を得ることに・・・である。
「あぁ~、今週もどうにか生き延びた~~」
これが毎金曜日、帰宅した時の僕の口癖である。
その心は、(今週も仕事頑張った・・・だから週末は釣りに行かせてね)という女房に対してのアピールなのだ。しかしこの金曜日に関しては、どうやら違う捉え方をされたようだ。
「油断せずに来週も体調管理に気をつけて。はい、まずは帰ってきたら手洗いとうがい。ちゃんと石鹸使って・・・」
まあ、女房の優しさから出る有難い言葉なのだろうけど、僕的には(いや、言いたいのはそういうことじゃなくて~)って感じなのだ。
従って土曜日の夕方ごろ、いそいそと釣り道具の準備に取り掛かるには、けっこうな勇気が必要だった。
「えっ、この緊急事態宣言中に釣りに出掛ける気なの?」
「だって、釣りほど“3密”と関係のない遊びは、きっとこの世に存在しない」
いくら僕が非常識な人間(ちゃんと自分で認めているのが偉い)でも、今回に関しては少しばかり気が引けた。一週くらい釣りに出掛けられなかったからと言って、拗ねてしまうような年齢でもない。しかし・・・
ついに神戸港のメバルが、伸びだした海藻周りを回遊し始めた。しかも今年のメバルは、暖冬の影響なのか、押し並べてサイズが良いようだ。先週はプラグにもよく反応し、3投連続のヒットも経験した。メバルのプラッギングゲームでは、おそらく釣り人生初の出来事。※ワームのジグヘッドリグでは8連続ヒットが僕の記録。
また昨年、シーバスのバチパターンによる入れ喰いが始まったのが、4月第2週の大潮後の中潮回り。そう、まさに今夜の潮回りなのだ。
釣り人としてやりたいことが、この時期には阿保ほどあるのだ。いや、僕に関しては、やらねばいけないことだ。それは僕にとって使命のレベルなのだ。
30分に及ぶ討論の末、(人目に付かない深夜に出かけて、夜が明ける前に帰ってくること。あそこの主人、こんな時にまで釣り行ってるよ~ってご近所さんの噂にならないように)、とまあ、これを条件に、どうにか女房の了承を得た訳なのだ。
女房が手際よく作ってくれたチャーハンを胃に流し込んだ後、家を出たのは夜中の11時。夜明け前に戻るためには納竿は4時半がタイムリミット。
迷いに迷って、結局シーバスロッド一本を片手に、バチパターン用シンキングペンシル数個をウエストポーチに放り込んで自宅を出たのだ。
魚をキャッチできる確率は、メバルと比べて相当落ちるシーバスに的を絞った訳である。
メバルも捨て難かったのだが、今年はまだシーバスをキャッチしていない。
『二兎を追うのが釣りでは2番目にやってはいけない事』というのが僕の持論。因みに1番いけないのは、『横着をする事』なのだ。もちろん安全対策や釣り場でごみを出さない事なんかは、それ以前の問題である。
つい踏み込んでしまいそうになるアクセルに乗せた右足を戒めながら、車を運転すること40分。日付が替る直前にフィールドに到着する。午前中小雨を降らせた低気圧はすでに東に通り過ぎていて、次の低気圧がまた近づいてきているらしい。予想通りの湿った南風。しかもけっこう強い。
月明りの下、バチ抜けが発生している様子なんかは、この強風下では確認できる訳がない。
(それでも絶対に・・・)
根拠の有り無しに関わらず、自分の都合の良い方向に物事を思い込めること。これも一端の釣り人であるための必要条件なのだ。そして、そんなことを口にする釣り人は、たいてい自分が一端の釣り人だと思い込んでいる。
最初にラインの先に結んだのは、シンキングペンシルの元祖と言われる“ふらつく”という意味の名のルアー。実は去年のシーバス1本目もこのルアーでキャッチしたのだ。
去年の今頃、このルアーで釣ったことがある・・・そんな事実は釣り人にとって、すごく心強い経験値なのだ。
7号湾岸線から零れている街頭の明かりが、海面にくっきりとした明暗を作っている。
所々に家庭からの生活ごみだろうか、浮遊物も確認できる。
明暗の境目をできるだけ長くトレースできるコースを選択し、ファーストキャスト。強い横風にルアーが多少流された。リトリーブの速さはごくゆっくり。せっかちな人間にはストレスフルな釣りなのだが、そんな釣りでも、(今日は絶対バチパターン)って思い込めているからこそできるのだ。
ダッパ~~ンっとボラのジャンプ。去年の今頃もよく見た光景。だったら釣れない訳がない。さらなる確信を持ってルアーの速度をスローダウンする。
20投くらいした頃だろうか、糸の先に僅かに生命感を感じた。グイっと合わせてみるが空振り。泳いでいるボラの背中にでもルアーが触れたのだろうか。もう一度同じ場所にルアーを投入する。リトリーブを始めた瞬間に、今度は明確なバイト。フッキング動作の直後に、少しだけ重みを感じたが、すぐにそれは軽くなった。その小さなバイトの正体を、この時点で僕は、季節感のないチーバス(小さいシーバスの意味)のバイトと結論付けた。
(季節感がない魚)なんて表現をよく釣り人はする。一般の人にはよく判らないだろう。
今日の状況で言えば、すなわちこうだ。
1月、2月にかけて、お父さんお母さんシーバスは深場に落ちて、子孫繁栄のための行為に勤しむ。次の命を創るという自らの命を削る行為にぐったりと疲れ果てて、しばらくお休みしていたお父さんお母さんが、そろそろ餌を食べて体力を回復させようかしらと、湾内に近寄ってくるのがこの時期。するとタイミングよく、そこには、こちらも子孫繁栄のため土の中から抜け出し産卵活動に勤しむ多毛環形生物が水面に浮いている。
※これがバチ抜けって現象ね、毛環形生物とはすなわちゴカイ
ああ、ちょうど弱っている胃に優しいお粥だわって感じで、この多毛環形生物をついばむように食べる。これがいわゆるバチパターン。本当によく出来ている、生態系って。
この水面に漂う多毛環形生物をいかに模するかが、この時期のシーバスゲームの面白さであり難しさで、であるからルアーの速度はできるだけスローに・・・ほら、話が飛んだ。
こんなお父さんお母さんシーバスの苦労も露知らず、チーバス達、すなわち1才2才のお子ちゃまシーバス達は、それはそれは元気に海中を泳ぎまわる。お父さんお母さんの苦労なんて、まるで彼らの眼中にない。
そんな姿はまさに、人間に例えれば、うだる暑さでぐったりしている大人を尻目に、あるいは寒さに震えてコタツに張り付く親とは対照的に、無邪気に公園で走り回る子供たちの姿そのものなのだ。暑かろうが寒かろうが・・・である。でっ、ここらのところが季節感がないって表現になる。
釣りに興味がない人にも分かる(?)ように書いてみた。Sora様、いかがだろうか?
ゆっくりゆっくり、シンペンを水面下に漂わせる。確信がなければ決して我慢が持たない釣りだ。フックアップしなかったとは言え、一度は明確なバイトもあった。そのことが僕の忍耐力をサポートする。
釣り始めてから1時間ほど過ぎた頃だろうか。一回目のバイトよりさらに小さい違和感がロッドに伝わった。チーバスのバイトならフックアップの可能性は低い。仮にフックアップしたところで、所詮チーバス君なのだ。あまり期待せずに合わせを入れると、これが乗ってしまった。相当に軽い。とても小さい魚のようだ。
グリグリとリールを巻く。すぐにチーバスの銀色に輝く横腹が見えるかと思いきや、見えない。おかしい、もう魚はすぐ前の海面にあるはずだ。
んっ?なんだ??えっ、メバル?
60センチ級のシーバスがヒットしてもノードラグでやり取りできる程の強タックル。ひょいと抜き上げる。小さい。いや小さくない。メバルとしてはデカい。てか、超デカい。ここら辺りでこんなデカいメバルは、今まで見たことがない。慌ててメジャーを当ててみる。
29、30、31・・・あるよ、尺。なんとこいつが人生初の尺メバル。
昔から人に公言している人生の目標が、僕には3つある。
・いつかポルシェに乗ること
・いつか2キロのアオリイカを釣ること
・いつか尺メバルを釣ること
自嘲気味に、僕の人生は350万円の価値と人に語ったりする。
すなわち、中古のポルシェを購入するのが300万円。
広島か伊豆辺りに尺メバル釣りに泊まり掛けでいく費用が15万円。1週間もあれば一匹くらいは、まあ釣れるだろう。奄美大島へのアオリ釣行費用が35万円。こちらは2週間かな。でっ、〆て350万円。
いつでも達成できそうな難易度の目標であるが故、それを口実にいつまでも真剣にチャレンジすることなく、細くながく、ダラダラと過ごす。こんな感じが僕の生き様なのだ。
付け加えるなら、実は去年まで、もう一つの目標があった。それは50才にしてキックボクシングの試合に出ることだったのだが、これは見事(?)に昨年達成してしまった。見事勝利とはいかなかったが。人によって賛否は分かれるが、これもすごいことだと思いませんか?
でっ、この尺メバルを持って、人生の目標の4分の2が達成されてしまったことになる。
喜ばしいことだが、同時に何だか寂しい感も否めない。
うん、この尺メバルはシーバス狙いに外道で釣れたもの。こいつは無かったことにしよう。
その後、シーバスは釣れませんでした。
350万円の人生、細々と継続中。




