第八十四夜:柳は少しクレーマーっぽくなってみた
この問題に触れる度、結局釣り人が悪いと思う。
結局魚たちが一番の被害者だと思う。
日曜日の夜、某人気バラエティ番組を、観るとはなしに観ていた。
毎週思うのだが、日曜日のテレビ番組が一番観ていて面白くない。
ボクシングのタイトルマッチの放送がある日を除いて。
それほど規模の大きくない堀の水を抜き、大きな鯉やら鮒やらを出演者で捕まえていた。
途中から見たので、その趣旨は、この時点ではよく判っていない。
「完成してから27年の間、一度も水抜きされていない堀です」
そんな出演者の声が耳に届いた。
皇居かどこかの堀の一斉清掃を、番組がお手伝いしているのかと思った。
「見て下さい。この巨大な鯉!」
画面を見ると、確かに大きな鯉が複数匹、泥のなか網に掛かってもがいていた。
大きな個体は、それを両手で抱える人の大きさとの比較から、小さく見積もって60センチは超えているようだ。どの個体もよく太っている。中には紅白の錦鯉も混じっていた。
「あっ!居ました居ました」
ここで岸際に蠢く生物らしき影にカメラがフォーカスされ、この映像には何故か薄いモザイクが掛けられていた。決して大きな生物ではないようだ。そしてここでCMに入る。
CM明け、モザイクが除去された画像は、泥濘の中を飛び跳ねる数匹のウシガエルの姿だった。僕のように淡水域で釣りをする者には馴染みのある生物だ。
アイドルタレントらしからぬゴム長姿の出演者が、大げさに泥の上をジャンプして、このウシガエルを素手で捕える。
生物学者か何だか知らないが、珍妙なまでに場違いな白衣姿のおっさんが、声を高めて言う。
「これ、これが外来生物のウシガエルです」
(ふ~~ん)って感じでこの学者(?)のコメントを聞き流す。
「このウシガエルにトノサマガエルなんかの固有種が喰われてしまったのかも知れませんね」
ここに至って、少しこのコーナーの趣旨が理解できたとともに、僕の神経が軽くささ波立つ。
一か所に集められた巨大な鯉に画面が戻る。
(※元々日本の固有種は日本鯉だけで、それ以外の鯉は外来種)とのテロップが映される。
この表現が正しいかどうか、それは微妙なところだ。
今、日本の沼や河川に生息している鯉の中で、純粋な日本固有種は数少ない。それは事実だ。そして大多数の鯉が、オランダ鯉と日本鯉のハイブリッドで、他の何者でもない人間によって意図的に掛け合わされた交配がそのルーツなのである。200年以上も昔、元禄時代のことだ。
「鯉もウシガエルも、元々この堀には居なかった種です。こいつらが繁殖することによって固有種が絶滅の危機に瀕しているんです。オオクチバスやブルーギルが生息していないことは、不幸中の幸いと言えますが・・・」
なるほど、そういう制作側の意図による演出なのかと納得する。
番組制作者の意図が、何を狙ったものなのか、どこへ誰を先導しようとしているものなのか、それが僕にはよく分からない。分からないが、疑問点のいくつかについては看過する訳にはいかない。
「ちょっと部屋で調べものをする」
一緒に居間にいた女房にそう告げて、自分の部屋でパソコンを立ち上げる。
グーグルを使ってこの番組の制作部署を調べ、その場から直接電話を入れる。
(只今は業務時間外で・・・)なんてアナウンスが流れるかと思いきや、数回のコールで比較的年配と思しき声の女性が受話器を取ってくれた。
ただのクレーマーかと思われるのが嫌で、僕は本名を告げて、夜分の電話を丁寧に詫びた。
「いま自宅で”〇〇ダッシュ”という番組を楽しく拝見しております。中でいくつか疑問に思ったことがあるので、お問合せの電話をした次第です」
「あっ、はい」
これだけSNSが拡散されている時代、電話での問い合わせなど、ほとんど機会がないのだろう。受話器の向こう側の女性は、明らかに困惑していた。
「放送のなかで、後から持ち込まれた外来種のウシガエルが、トノサマガエルなんかの固有種を全て食べてしまったのでは?という趣旨のコメントを聞いたのですが・・・」
声色は努めて丁寧に、決して圧力的にならないよう細心の注意を払った。
「・・・」
「27年前にできた堀だとのことですが、後から外来種のウシガエルが持ち込まれて、それが原因でトノサマガエルやアマガエルの数が減ったという印象を受ける放送内容だったのですが、これはちゃんと調べ上げた上での事実なのでしょうか?」」
「・・・はい?」
「と言いますのは、ウシガエルが日本に輸入されたのは1920年頃なので、その堀が建設される遥か前のことです。錦鯉に至っては1800年代初頭です。堀の建設当初からウシガエルや錦鯉が、この堀に生息していた可能性がありますし、少なくとも悪意のある人によって、後から持ち込まれたウシガエルが生態系に悪影響を与えたという内容の放送をするのでしたら、それ以前に生息していた生物の種類や、その数はどの位だったのか。それくらいのバックデータとエビデンスがないと、放送内容自体が誤解されかねないと考えるのですが」
「・・・はい・・・」
「続けてしゃべらして貰いますね。あの捕獲されたウシガエルはどうなったのでしょう?」
「・・・」
「ウシガエルは確か特定外来生物に指定されているはずです。この電話のあと、こちらでも調べますが、番組の中でもあった通り、外来種の他水域への放流は、場合によっては法律に引っ掛かります。そもそも外来種が持ち込まれたことによる被害を番組の趣旨としている以上、まさか他の水域へ放流なんてことはしないでしょう」
「・・・はい・・・」
「もしかしたら、出演者の皆さんで食べられたのでしょうか?」
「えっ?」
「ウシガエル、日本では別名”食用ガエル”と言われていますから、元々は食用で日本に輸入されてきたカエルです。確かこの番組では、自給自足が可能な村を作るなんてコーナーもあったようですから、この捕まえたウシガエルを養殖して食料にするというのは理に適っているように思えます。もし・・・」
「・・・はい・・・」
「もし食べる訳じゃないのであれば、放流はできませんから、殺されて捨てられるしかないですよね。だって外来種の放流が悪だって趣旨の内容でしたから」
「・・・」
「あの捕まえられたウシガエルがどうなるのか、そこまで放送しないと、単に外来種の存在が悪という偏った印象を視聴者に与えかねないと、私は懸念します。例えば、この番組の視聴者が各地でウシガエルを捕まえて、そこら中に殺して捨てる・・・なんてことになったら、今度は別の問題が発生します」
「・・・はい・・・」
「他にも、以前、確か千葉県だったと思うのですが、(お前らは外来種)なんて言葉で、外国籍の小学生が、云われもない虐めを受けたという例もあります。外来種問題というのは本当にデリケートです。これに関して世に何らかの発信をする立場の者は、そのことをよく認識する必要があります。本当に責任をもって・・・」
「・・・えっと・・・今、番組関係者のものが不在でして・・・」
「それではいつでも結構なので、さっき申し上げた堀ができた頃のデータと、その後、ウシガエルがどうなったのか、ご連絡を頂戴できると幸いです。外来生物であるウシガエルを駆除した。駆除したウシガエルは、食用として利用した・・・というのと、駆除されたウシガエルは、皆殺され捨てられた。食用として輸入された生物が、日本人の味覚に合わないという身勝手な理由で、皆殺された・・・というのと、外来種問題を語る上では、はっきりとさせなければいけない顛末だと思います。外来種問題というのは、その最終的に駆除された対象の処理手段までを語らないと、誤解の基になりますし、公平ではないと思います」
この要領を得ない電話の後、改めての問い合わせを、番組制作者宛にメールで送付した。
あまり期待していなかったが、やっぱり返信はない。
ただのクレーマーだと思われたのだろう。
まあいい。




