第七十九夜:とにかく不便な釣行は、ちょっとした感傷旅行となった(了)
遂にベイトフィネスロッドに手を出しました。リール迷ってます。
ちい華さん、アドバイスお願いします。
坂を登るのと下るのとの差があったのかも知れない。
何よりも、久し振りのバス釣りで、朝は気が急いていたのかも知れない。
しかもグーグルマップを見ながら歩いていたし。
ずいぶん歩いたと感じていた栄駅からため池までの道程は、実際はそれ程でもなかったようだ。タックルを仕舞い、歩き始めると、ものの10分もかからず栄駅に到着した。
改めて見ると完全な無人駅。ホームにも全く人気がない。帰りの運賃くらいはICOCAに残っているはずだったが、念のため1000円をチャージした。寂しげな古びた改札を通る。
電光の掲示板なんかもない。天井から吊られた少し汚れているパネル式の時刻表を見上げる。
次の電車が来るまでには、30分強の時間があった。
17時を過ぎる頃から、少しだけ本数は増えるようだが、それでも多くて1時間に3本の割合。いまの時間帯では大体45分に1本のペースらしい。
少しタイミングが悪かったようだ。
でもそんなこと、今の僕にはまるで気にならない。妙に心が満たされていて、そして落ち着いている。
車なんかの音も聞こえない。虫の鳴き声なんかも届かない。風の音も感じない。
とても静かだ。その静けさが、なんだか妙に心地よい。
ぽつんと場違いな感じで、1台だけ駅構内に設置されている飲み物の自販機。
急に何か飲みたくなって、冷たい缶コーヒーを購入する。小銭が無かったのでサイフから千円札を抜き、自販機に挿入した。すんなり一回で、自販機がお札を認識した。
自販機の表も裏も、蜘蛛の巣まみれだった。最後にこの自販機が動いたのはいつだろうと、少し不安になった。それでもちゃんと、商品とおつりは出てきてくれた。
自販機の照明は消されていたが、夜間にはこの照明にいっぱいの虫が、付近の雑木林から群がってくるのだろう。夥しい数の小さな虫の死骸が蜘蛛の巣に張り付いていた。
その時、カンカンカンと電車の接近を予告する鐘が鳴った。
はて、次の電車まで、まだたっぷりと時間があるはずだが。ああ、反対ホームに電車が入ってくるのかと納得しかけたが、僕の向かう方向側、すなわち上り方面の電車がはるか向こうに目視できた。
ホームの手前で少し減速したが、それでも結構な速度で、電車がホームを通過していった。
この時巻き起きた強い風が、ぐるぐると僕の周りを舞い、汗ばんだ肌には心地良かった。
45分に1本の電車というのは、この栄駅に停車する電車の本数であって、停車しない電車は、それ以上の本数がこの駅を通過していくのだろうと思った。
通過していった電車の後ろ姿を何とはなしに見送る。
(鈴蘭台行)と書かれたプレートが確認できた。
(鈴蘭台)
父の葬儀で顔を合わせたのを最後に、もう2年以上も連絡すら取っていない母が、いま住んでいる小さなハイツの最寄り駅が、確か、この(鈴蘭台駅)だったはずだと思い出した。
父が亡くなった直後は、一人で大丈夫なのかと、母のことを心配していたものだが、日々の多忙を言い訳に、結局は電話の一本すら、僕はしていない。
(連絡がないのはいい知らせ)と自分を納得させていた訳だ。
土曜日の午後3時過ぎ。もしかしたら在宅しているかも知れない。
スマホを取り出し、母の携帯番号を出そうとするが、当然、発信履歴にも着信履歴にも残っていない。電話帳を立ち上げ、検索しようとするが、どんな名前で登録したか、それが思い出せない。取りあえず(母)と打ってみるが出てこない。次に母の本名を入れてみるが、これもヒットしない。まさか登録されていないというのもあり得ないのだが。
仕方なく電話帳を”あ”行の頭から順番に探していく。
僕のスマホの電話帳には、700人以上のリストが登録されていて、かなりぞっとしたが、意外に早く、”か”行の段階で見つかった。
“ケイタイ・ハハ”と登録していたのだ。
こんなところが、やる事成す事一貫性のない、僕のまずいところだと思う。仕事なんかでもけっこう無駄な作業をする羽目になるのは、きっとこんな理由なのだろうと反省する。
4コール目で母が電話を取った。
名前も告げずに、「あら、珍しい」と言った約2年振りに聞く母の声は、意外と元気そうだった。
「今、神戸電鉄の栄駅にいるんだけど」
「へぇ、釣り?」
長らく疎遠になってはいたが、こんなところがさすがに親子だと思う。
「うん、今から帰るとこ。途中鈴蘭台に停まる」
「ああ、でも今日は夜の7時まで仕事なのよ」
別に母が在宅していても、立ち寄ることを決めていた訳ではない。
それでも少し残念な気がしてしまった。
そして驚いたのが、70才を過ぎた今も、母がちゃんと働いているということ。
僕自身も、40代半ばを過ぎた頃から、一気に体力の衰えを感じ始めた。特に視力の衰えの速さは、恐ろしさを感じるほどだ。
このペースで、どんどん肉体が衰えていけば、一応の定年を迎える60才になる頃には、一体どうなってしまっているのだろうと心配になったりする。そして70才。単純にそれだけで母を尊敬してしまう。
「まだ仕事してるの?大したものだ」
「まあね、年金だけでも生きてはいけるけど、まだまだやりたいことあるしね」
女って、本当に強くて偉いと思う。
「たまにこっち方面に釣りに来てるから。また落ち着いた時に顔出すよ」
「ああ、そうしてくれる。じゃあ切るね、仕事中だから。運転、気をつけて」
そうか。母は僕がバイクで事故を起こしたことは知らない。今日も当然バイクで釣りに来ていると誤解している訳だ。でも敢えて怪我をしたことを、今伝える必要もない。
「うん、気をつけて帰るわ。また機会があれば・・・」
「そうね、また」
実にあっさりと母は通話を切った。本当に仕事が忙しいのかも知れない。
通話が切れた後、母は今、どんな仕事をしているのだろうと、ふと知りたくなり、また次電話する機会に聞けばいいかと思い直し、スマホをバッグに仕舞った。
その時、何故か自分はホームにある椅子に座らず、立ったままであることに気付いた。
椅子に腰を下ろす前に、ふと南側に視線を流すと、周囲を緑の植物に囲まれた中規模のため池が見えた。若い2人のアングラーが釣りをしていた。まさにこれからの時間帯が、夕マズメのベストタイムだろう。
確かに不便だったが、また今日みたいに電車に乗って釣りに来ようと思った。
その時には、事前に電話を入れて、母を訪ねてみようと思った。
今2人のアングラーが竿を振っている南側のため池でも、釣りをしてみようと思った。
昼前に感じた空腹感は、何故かいま収まっていたが、新開地に着いた時、あの『高速そば』に入って、そばを食べて帰ろうと思った。天ぷらそばにしようと思った。
腕時計を見ると、電車が来るまであと20分だった。
ふと思い出してスマホを取り出し、(今から帰る)と女房にショートメールを入れた。
気恥ずかしいが、少し女房に感謝していた。
今日初めて使ったボロン製の竿が、少し傾いた夕日を受けて、深緑色に輝いていた。
綺麗だった。この竿で最初に釣り上げた、ブルーバックチャートのバイブレーションにバイトしてきた小さなバスのことを、僕は一生忘れないのだろうと思った。
心が満ち足りていた。少し僕は感傷的になっていた。




