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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第七十四夜:とにかく不便な釣行は、ちょっとした感傷旅行となった(6)

なぜピンクのワームが好きなのか、お答えします。


11時を回った頃、急にお腹がすいてきた。

今朝4時半に起床した時には、当然女房はまだ寝ていて、彼女を起こさぬよう極力物音を立てず、一人静かに自宅を出たのだ。従って朝から何も口にしていない。

それでもちゃんと釣りに出掛けるとき用の衣類が居間に畳まれていて、丁寧にも(気をつけて)というメモが添えられていた。本当に過ぎた女房だ。


令和初バスをバイブレーションプラグで釣り上げて数十分後、同じルアーでもう一本のバスを、私はキャッチしていた。足元で喰ってきた一匹目とは対照的に、護岸とほぼ平行に投げて、クラッチをつなぎリールを巻き始めた時には、もう魚がヒットしていた。俗に“落ちパク”と言われる釣れ方で、基本的に魚の活性が高い時によく起こるバイトの出方だが、その後、魚達からの反応が全くないことを考えると、このヒットはたまたまの産物だったのだろう。


日が高くなると、生命感が池の周辺から消えた。

朝のうちは多少流れていた風も、今はぱたりと止んでしまっている。

普通に考えて、もうハードベイトでバイトが期待できる状況ではない。

それでも、当初の目標であった令和初バスを、もうゲットしている僕の心には、多少の余裕があった。ごくごく稀に、晴天無風ピーカン状態のフィールドで、ビッグバイトを引き出すことのあるトップウォーターペンシルを、その後1時間程度投げ続けた。やはりと言うべきか、そのルアーが魚のバイトを引き出すことはなかったが。


正午を過ぎた頃、朝一ですら魚を取ることができなかったワーミングに釣りを戻す。

あまり釣果を期待してのシフトではない。気分転換も兼ねてというのが正直なところなのだが、バイブとトップが沈黙している以上、いま手持ちの駒はこれしかないのだ。


糸の先に結んだフックは、朝使っていたのと同じ1番のオフセットフックだが、匂い18倍ワームではなく3.8インチ曲がったワームをセットしたのは、単純に気分に因るものだった。そしてこの時に至って、自分でも気付いたのだが、このワームのカラーも何故かピンクだった。確かに、このカラーのワームを僕は好んで使う。いつの頃からかと記憶を辿り、ふと思い出したことがある。

それは、それは古い話。1991年のこと。

(ワームとはその名の通り、ミミズをイミテートしているもの)という概念を、大きく打ち砕いた革命的なワームが日本に上陸した。

当時”ソフトスティックベイトの元祖”という呼ばれ方をされたワームの入手は、困難を極めた。多くのショップを駆け回り、やっと1パックだけ手に入れたのが、”バブルガムカラー”、”風船ガムカラー”と呼ばれた、どぎついピンク色の不人気カラーのそれだったのである。


徳島県は吉野川支流今切川に存在する、工場からの温排水が流れ込むポイント。初めて投じたそのピンクのワームは、53センチの丸々と太ったクオリティーフィッシュを僕にプレゼントしてくれた。きっとこれが、僕がこのカラーを好きになったルーツだったはずだ。

それにしてもよく古いことを覚えているものだ。自分でも感心する。

もし僕の頭のメモリに格納されている釣りに関するデータが、一斉に消去されれば、一気に仕事の効率が上がるのだろうと、そんなことも考えたが、この世のデータとしてあの世に持っていくのは、やっぱり仕事よりも、釣りに関しての思い出がいい。


さて、このワームをノーシンカーにリグってみると、またまた重量的にタックルとミスマッチである。しかし、今日初めて使ったボロン製ロッドの特徴に、多少私が慣れてきたのだろう。朝ほどのストレスは感じなかった。風が収まっているという状況も影響しているかも知れない。


日の高さを鑑みて、朝よりは若干沖目にワームを落とす。魚の居るレンジが、朝からはいくらか落ちているだろうと考えた訳だ。


朝と同じく、できるだけ糸のテンションを掛けずにルアーを自然にフォールさせる。

これまでのプラッギングからリズムが一変する。

1メートルくらいワームが沈んだ頃だろうか、コツコツと小さなバイト。これに合わせを入れると、朝の段階では全てのフッキングがすっぽ抜けた。従って、すぐには合わせない。がっ、バイトがなかなかにしつこい。仕方なくフッキングの動作を入れる。

すると意外なことに、魚が乗ってしまった。

すっ飛んできたのは20センチをいくらか超えるバス。朝はあれほどミスが続いたのに。


それからは目ぼしい場所を、同じように曲がったワームを落としこんでいくと、適度にバイトがあり、そのうちの半分をフックアップすることができた。

小1時間程の時間で6本。残念ながらましなサイズは一本も取れなかった。

それでも少し嬉しいと感じたのは、ほとんど反則だと思っていた海外製匂い18倍ワームを、メイドインジャパンワームが圧倒したことだった。

別に僕の手柄でもなんでもないが、何だか日本人として誇らしい。

この曲がったワームの開発者である”全てを狩るメーカ“のK氏とは、ほんの少しだが会話をしたことがある。

10年以上前に、徳島県旧吉野川で開催されたトーナメント初日の夕刻のこと。

場所はトーナメント会場からほど近いコンビニの駐車場。

ピンクとグレーのツートンカラーの四駆の後ろには、20フィートはある大型のボートが繋がれていた。運転席から降りてきたのはK氏。

少し馴れ馴れしいかとも思ったが、思い切って僕は声を掛けた。


「お疲れ様です。いかがでした?」


「約6キロ。結果見てないけど、多分トップ5には入っていると思う」


人とはこれほど日焼けするものなのかと思える程の黒い顔で、それとは対照的な白い歯を見せる超有名プロアングラーにして天才ルアービルダー。


(結果見てないって?そんな大らかでいいの、プロって?)


ほんの数分の会話の中に、そんな人柄を十分に感じられて、僕はいっぺんにファンになってしまった。そして偶然にも、当時僕が使っていた携帯のストラップには、氏が“D社”時代に設計に関わったはずの針を外したクランクベイトが付いていた。

傷だらけのクランクベイトの横腹の部分に、無理を言ってサインをしてもらった。


「明日は絶対応援に行きます!」


「ありがとう。頑張るわ」


そんなやり取りを最後に、氏と別れた。

あまり言いたくはないが、この業界、はっきり言って、トッププロと呼ばれる人達には、(嫌な人)が圧倒的に多い。※女子プロゴルファーにも多い。はっきり言って。

そんな中、このK氏との短い会話は、僕の中にあって、それはそれは実に爽やかな思い出の一つなのだ。



結局は、最初に釣った25センチのバスが、この日の最大魚となった。

令和初のバス釣りは、合計8本の小型バスのキャッチということになった。

僕には不満はなかった。そして夕マズメを前に、僕は納竿することを決めたのである。


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