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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第七十一夜:とにかく不便な釣行は、ちょっとした感傷旅行となった(5)

令和初バスを釣った話です。


しょうゆ色の水面に、トポンと音を立てて着水した半透明ピンク色のワームが、揺れながら沈んでいく。ゆっくり、ゆっくり、下へ、下へ。

そのあいだも、ずっと私はドキドキしている。


辺りに魚の姿は見えない。

リグは4インチワームのノーシンカー。14ポンドラインを巻いたベイトタックルで扱うには、あまりにもルアーが軽すぎた。

そのことが原因で、私の投じたピッチングキャストは、ラインに引っ張られる格好で、ルアーが上方向に持ち上がり、着水音が思いのほか魚を驚かせてしまったようだ。

いや、着水音よりも、魚の頭上を通過した糸の存在が原因かも知れない。

水の中では生態系の頂点付近に位置するはずのバスやギルにとって、最大の天敵は、自分たちの頭上から襲ってくる鳥類なのだ。


いずれにせよ、さっきまで見えていた魚のほとんどが、一瞬で姿を消した。

それでも、魚がフレッシュなフィールドならば、一度散った魚達も、またすぐに集まってきて、ルアーを奪い合うこともあるのだが、どうやらここは、そんな釣り場ではないようだ。


糸の存在を極力消したい私は、完全に糸のテンションを抜いている。ほんの少しでもテンションを掛けてしまうと、アンバランスに太い糸がルアーを引っ張り、プロダクティブゾーンからルアーを移動させてしまうのだ。

こんな状態なので、ロッドから伝わるバイトの感知は期待できない。

糸の動きを目で追ってバイトを捕っていくしかない。

こうなると、いよいよ偏向サングラスを忘れてきたことが、致命傷となってくる。


ワームが目視できるぎりぎりの水深に到達した。

この時、(ひゅんっ)と、向かって左にワームが移動したように見えた。

魚の姿は確認できなかったが、きっとギルか何かが、ワームの端っこを咥えて走ったのだ。

ワームは今も目視できる。つまりワームがすっぽり魚の口に収まった訳ではない。

そのまま放置しておくと、今度は右側に移動する。やはり魚の姿は見えない。

それにしても野生の魚とは、上手に水色に馴染むものだ。どんなに目を凝らしても、全く魚の姿が私には見えなかった。


何度か魚についばまれたワームが、風を受けた糸のテンションによって岸際近くまで運ばれてきた。ここで私は、ワームをピックアップする。

一投目で魚をゲットとは、そうは問屋が卸さなかった。

気を取り直して次の投てきにかかるが、ここでやや強い風が横から流れ、大きくルアーが目標地点から逸れた。完全な無駄キャスト。そもそもやっている釣りとタックルが合っていないのだから、これも致し方ない。


少しプラグを投げてみようかと言う気が起こらなくもなかったが、魚の居場所さえ判っていれば、今投げているリグが、最もバイト率が高いのも事実。


数歩分立ち位置を変えて、先般のキャストの反省も踏まえ、糸が風下方向に流される前提で、ルアーを送り込む場所を決め、慎重にキャストする。

完全にテンションを抜き、水よりも比重の高いフロロラインが沈むに任せる。

またも水中のピンク色が、右往左往するが、その姿が完全に消えること、すなわち魚の口にすっぽり収納されることがないまま、水面下に沈んで見えなくなった。


すこし糸を張って聞いてみると、ココンッと微かなバイトが感じられた。

典型的なギルバイト。フックアップは望むべくもない。

ゆっくり竿を操作し、ふわりとルアーを浮かせ、もう一度フォールによる喰わせの間を取る。

コツコツと、ギルと思しきしつこいバイト。

ルアーは見えないが、きっと水中でワームが右に左に踊っているのだろう。


そんなキャストとフォールを繰り返すこと10回目くらい。

これまでとは少し違った違和感が、ロッドに伝わった。

糸を張ってみると、ルアーの自重以外の、何かの重さが感じられる。


あまり期待はせず、(よっ)とフッキングの動作。全く抵抗なく、仕掛けが目の前まで飛んできた。おや、ピンク色のワームがない。どうやら、たぶんギル、少し楽観的に捉えて小さなバスに、ワームをちぎられてしまったようだ。


こんな状況は、一般的にはギルや小バスのバイトに翻弄され、一日が終わるドツボなパターンである。しかし今日に関しては、小バスでも一匹釣れれば、私的にはそれでいい訳なのだ。

ということで、またまた4インチ、匂い18倍ワームをパッケージから取り出す。

くんくんと匂いを嗅いでみると、以前はよっちゃんイカの匂いと揶揄された微かな刺激臭がする。人間には決していい香りとは呼べない匂いだが、でも確かに釣れそうだ。フックにセットする。

そしてまた数歩立ち位置を変えてキャスト。

この投てきもやはりバイトがあった。これまでのバイトと比べ、いくらか力強いバイトだったため、私のフッキング動作も力がこもった。

でも、結果は同じ。またもやワームを持っていかれている。


ここで私は考える。今回持ってきているワームは、たったの2袋。

このペースでワームを消耗していくと、夕マズメの時間を待たずして、持参したワーム全てをロストとなりかねない。


日は空高く、朝マズメという時間はとっくに終わっている。

ここは夕方のチャンスのために、ワームを温存していくべきだろう。

そして糸の先に結んだのは、この日2個持参していたバイブレーションプラグの一方。

いかにもアメリカ的な、ブルーバックチャートという日本では絶対売れないだろうって感じの不思議な色合いのやつ。

どうしてこのルアーを買おうと思ったのか、自分でも思い出せない。


所々沈んだ木々の存在を確認していた私は、引っかかって無くなってもいいルアーって判断基準で、2個あるうちの、こいつの方を選んだのだ。

重さは約10グラム。竿先にぶら下げてみると、ズシっとした重量感を感じる。

まあこれくらいの重量が、いま手にしているタックルには適正なのであって、それまで使っていたノーシンカーリグがアンバランスに軽すぎたのだ。


いくらも力を入れず、軽くサイドハンドで沖目に投げたルアーは、裕に15メートルは飛んでいった。今日初めてのキャストらしいキャスト。なかなかに爽快だ。

そのキャストは、いわゆる捨てキャストと呼ばれるもので、ルアーの泳ぐ水深の把握や、製品誤差による姿勢の傾きなどをチェックする意味合いを持つ。

もしそのルアーが、斜めになって泳いでくるようなら、アイチューンと言って、少し小面倒くさい作業が必要となるのだが、このルアーは、デフォルトの状態でも、どうやら問題なさそうだ。


目の前まで泳いできたルアーをピックアップすることなく、足元の水面で八の字を描くように泳がせる。エイトトラップと呼ばれる、足元まで追ってきた魚を喰わせるためのアクションなのだが、このとき私は魚のバイトを期待していた訳ではなく、単にこのルアーの発するラトルの音を確認したかっただけなのだ。


その八の字を描いているルアーに、どこからか飛び出してきた25センチほどのバスがバイトした。反射的に合わせを入れたのだろう。気が付くと、魚が私の足元で暴れていた。

そしてこのバスが、私にとっての令和初バスとなった訳である。


確かコーモランというメーカのリトルダーリンというクランクベイトで釣った34センチのバスが、私にとっての初めてのバス。昭和の時代のこと。


平成初バスは、徳島県吉野川で釣った40センチ強の魚。ルアーはダイワのピーナッツ。

超ロングセラーのクランクベイト。

意外と昔のことを、私はしっかり覚えているものだ。


そして令和バス。種類こそ違えども、ハードベイトで私は釣り上げた。


これまで釣った魚の数では、圧倒的にソフトベイトの釣果が勝るはずなのに、なんだか意外な感じがする。


ともあれ私は、昭和、平成、令和3元号に渡り、無事バスを釣り上げるという目的を達成したのである。


いまだに皇太子と呼ぶ方がしっくりとくる令和天皇。確か、私より何年か人生の先輩であるはずだ。天皇より一年でも長生きすれば、次の元号になった年にも、私はバスを釣るのだろうと、少し不謹慎なことを考えながら、優しくフックを外し、令和初バスをリリースした。



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