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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第七夜:怪魚狩りの続き

三本木君、吉野君

どこでどうしてますか?

元気ですか?

三本木君、信じなくってごめんなさい。





手が届きそうな距離、それこそ私の立つ岸際から竿二本分ほどの水面に、その異形の魚は悠々と浮いていた。


武術の達人に出会うと、他人がそうであると直感的に判るように。

初めてみたはずの蛇の姿を、幼児が恐れる様に。

海外の街並みがテレビに映し出されると、すぐにそれが日本の風景ではないと認識できるように。


それらと同じ感覚で、本来この異形の魚は日本に生息すべき魚ではないと、私は思ったのである。


まず特筆すべきは、その胴回りの太さである。

日本固有種では、まず見ることがない全長と胴の比率だ。

敢えて、本当に敢えて例えるなら、異常に太ったアカメの体型と言えるだろうか。

しかし、このアカメ自体も、既に幻の魚となっている。

徳島県と高知県を貫く一級河川四万十川の河口部には、現在もアカメが生息していることは確認されている。

それでも実際には年間に数本、漁師の網にかかる程度。

釣り人の竿に掛かったりするのは、それこそ数年に一度あるかないかである。

私も含めた一般人が生きたアカメを見かけることは、まずない。



その太い胴の先の尾鰭はうちわ型で、尾の付け根も太くて丸い。

この異形の魚が淡水止水域に生息する魚種であることが判る。


体色はますます形容し難い。

全体として遠目で見れば、黒褐色と呼べる色合いであるが、細かい楔形の文様と下地のような銀鱗が重なり合って、その色調を作っているように思える。

鱗は限りなく固そうだ。

まるで古代魚のような姿が、甲冑を纏った騎士を連想させるからかも知れない。


風が水面に波を立てると、やや紫がかった色合いに変化したように見える時もある。

陸に上げられた時には、水面の揺らめきを介してのそれとは大きく印象を変えそうだ。


体調は1メートルを超えているだろう。

それに匹敵する大きさの淡水魚は、まず雷魚が挙げられるが、無論この魚が雷魚でないことは一目で判る。

最も特徴的な頭部は、大きく前に突き出ていて、体長の4分の1はありそうである。

その頭部は、まるでワニのようだと表現して大きく乖離しないが、微妙に曲線の具合が異なるようにも思える。

人間で言えばおでこにあたる箇所の盛り上がりが大きい。


竿の先にぶら下がっているルアーを投げてみる気にはならない。

今持っているタックルでは、仮にこの異形の魚がヒットしたとしても、到底無事にランディングできるとは思えなかったからだ。


立ち尽くす私がこの時思い出したのは、遠い昔のクラスメートとのある釣行だった。



**********************************************************************


彼の兄が見たというなら多少信じただろう。

兄の友達という段階でその信憑性は一気に落ちる。

更にその兄の友達の従兄となり、もう誰もが信じる様子はなくなった。


「本当だってよう~」


それでも熱弁する三本木君は、小学4年の秋に関東から引っ越してきたクラスメートだ。

自己紹介で、(釣りが趣味)と言ったことと、偶然席が私と隣り合わせになったことで、すぐに彼とは仲良くなった。

少し私達とは違うイントネーションで話す、彼の信じられない話を要約するとこうである。



三本木君の兄の友達の従兄が、あるため池に釣りに行った時の事。

狙いはマブナ。その釣り場の魚影は濃く、一日釣りをすれば20匹は毎回釣れるという好ポイントらしいが、その日に限ってまるで釣れない。

西に日が沈み始め、もう帰ろうかと諦めかけた時、その怪魚を見たらしいのだ。


曰く、体長は1.5メートルほど。

色は褐色だが鮮やかな斑模様を、その側面に携えている。

頭部は嘴の様に尖り、この怪魚がゆらりと現れると、数匹のフナが一目散に散っていった。らしい。

初めはワニかと思ったが、ちゃんとその“魚”には胸鰭も尾鰭もついていたそうだ。


クラスのほとんど全員が、彼の言葉を鼻で笑う。

時は後に第二次釣りブームと呼ばれる1980年代始め。

クラスの男子児童のほとんどが、一度は釣りをしたことがあるというそんな時代。

中には釣りキチ予備軍とでも言うべき好き者もいたが、中でも私の釣り好きは飛び抜けていた。


「おい、鈴木~、どう思うよ、三本木の話」


当時の私の愛読書は、(釣り仕掛け大全)と題された青い背表紙の釣り仕掛けの指南書。

その本の中には、あらゆる対象魚の釣り方と仕掛けの例が、図解入りで記されていた。

今では信じられないことだが、クエ(九州ではアラと呼ばれるハタ科の超高級魚)も釣りの対象として挙げられていた。

この書のどこに何が記されているかも暗記しているほど、本書を熟読していた私は言った。


「日本の池で釣れる一番大きな魚はコイかタイワンドジョウ(雷魚)で、それでも最大1メートルだから、やっぱり倒木か何かを魚と勘違いしたんじゃない?その人」


極めて説得力のある言葉であったらしい。

誰もがその私の推測に納得した。ただ一人、三本木君本人を除いては。


学習塾に通う生徒など、クラスで一人二人いるかどうか。

そんな大らかな時代であったものだから、皆の都合を合わせるのはいとも簡単だった。


(じゃあ次の日曜日に皆で行ってみるべ)


となったのである。

(○○みるべ)という話し方は、当時の私達には全く馴染まない語尾だったが、三本木君の影響で、クラスの何人かが使うようになった。

今風に言えば、私達のマイブームだったのである。


さて、この怪魚が住むと言うその池に、私達は間違いなく行った。

メンバーは情報発信源の三本木君と、父親に仕込まれたという仲間内では随一の釣り天狗である吉野君、そして私の三人。

移動手段は徒歩か、若しくは自転車だったはずである。

当時は電車に乗って遠出するようなことは、まずなかったのである。


その怪魚が住むという池の大きさも雰囲気も、ミミズを餌にして数匹のマブナを釣ったことも、覚えている。

(ヘラブナも狙うべ)と、冷蔵庫からうどんを持ち出したという、細かいことすら覚えている。

しかしその場所だけが、どこであったのか思い出せない。

公共機関の乗り物を利用していないのだから、当時住んでいた神戸市長田区の界隈であるのは間違いないのだが、どうにも思い出せない。

今でも神戸市の地図を見るたび(ここ数年は車を使っての移動が多いものだから、車のナビに頼り切りで地図を見ることが殆どなくなったが)、あの池は一体どこにあったのだろうと考えることがある。

この疑問を深堀するには、30年以上昔の、当時の地図を入手し、記憶を遡るしかなさそうだ。


そして言うまでもなくその日、私達がその怪魚を目撃することはなかった。

それでも、それでも何故か今でもたまに思い出すことのある、奇妙に印象に残っている私達の冒険釣行である。


※果たしてその池がどこであったのか?可能性が高いのは、当時烏原水源地と言われていた小規模ダムの水域と思われるが、これも飽くまで私の推測である。


*******************************************************


2016年5月大阪府寝屋川(実際に捕獲)

2016年5月埼玉県荒川

2016年東京都多摩川(実際に捕獲)

2017年6月大阪府神崎川

2017年9月神奈川県鶴見川


その他目撃例多数。


北米大陸最大の淡水魚であるアリゲーターガー(学術名:Atractosteus spatula)の目撃、および捕獲事例の、ほんの一部である。

日本に持ち込まれたのは意外に古く1950年代。

ワニの様な頭部が特徴的なこの魚は、1980年代には鑑賞用として多数の個体が輸入され、既にペットショップでも扱われていたようである。


成長は早く約4年で体長は1メートルに達するらしい。

今ほど外来種に関しての規制が厳しくない時代、ペットとして購入された同種が大きくなり過ぎ、飼育に困った飼い主に捨てられるといったことがあったとしても不思議ではない。


**************************************************


長くフィールドで握ることのなかったトリプルエクストラベビーアクションのロッドを整備した。

ひび割れていた第二ガイドを交換し、自分でスレッドを巻きなおした。

ブランクには損傷はなさそうだ。

ロクマルモンスターと呼ばれる60センチを超えるバスをターゲットにした特殊ロッドである。

購入したのは15年以上前のこと。当時日本記録を保有していた奈良県池原ダムへの釣行に先立ち入手したものだ。


リールに関しては、糸巻量と剛性の高さを最優先し、これも最新の機種ではなく、今や骨董品に類するものを選んだ。

ラインは雷魚用のPEライン8号。20kgの張力にも耐え得る。

意外にも全てタックルはひと昔以上前の組み合わせとなった。

実は補強材としての役割も果たす接着剤を極力減らし、軽量化と高感度化を実現した現在のロッドも、同じく驚くべき軽量を実現している最新のリールも、公証スペックを超えた使用では、必要以上の歩留まりを有する昔のタックルには、強度的には劣るものである。

研げば研ぐほど、刃物が脆くなるように。

これは現代人の肉体的精神的弱さと、どこか通じるものがあるように思うのは、私だけの思い込みだろうか。


さあタックルの準備は整った。

あとはアリゲーターガーの食性を少し調べ、最適なルアーを選定する必要がある。


30余年の歳月を挟み、怪魚ハントの再開である。

あの日の冒険釣行の続き。



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