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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第六十七夜:とにかく不便な釣行は、ちょっとした感傷旅行となった(2)

やっぱりバス釣りが好きだ。


すこし余談になる。


中古ロッドを一本買った。バス釣り用である。

いま計画している公共の乗り物を利用しての釣行に使おうと思っている。

その準備の一環だ。

いや、結果的に後付けでそうしたのであって、まあ実際は衝動買いそのものだった。


(60M 1/4~3/4oz 10~16lb)


そんな刻印がバット部、すなわちロッドの根元の部分に記されている。

バス釣りを嗜む人なら、すぐにその意味が分かるだろう。

すなわち、6フィートのミディアムパワー、適合ルアーウェイトが1/4~3/4オンス、適合ライン10~16ポンドという竿のスペックを意味している。


いよいよ日本でもバスフィッシングが流行の兆しを見せ始めた30年くらい前のこと、各メーカがラインナップしているロッドのスペックど真ん中が、正しくこれだったのだ。


(まずは6フィートのミディアムパワーのロッドを手に入れて、バス釣りを覚えるべきである)


長過ぎず短すぎず、硬過ぎず柔らか過ぎず、オールマイティーにして使用頻度が高い。そんなバスロッドのスタンダード。

当然の如く各ロッドメーカも、このスペックに該当するロッドを、同社のフラッグシップモデルとして位置づけることが多かった。


あの頃から30年。今の売れ筋ロッドのレングスは6フィート10インチ。

俗に(ロクテンモデル)と呼ばれるロッド群が、現在は各メーカの稼ぎ頭であるらしい。


10インチ、日本人にも馴染む表現をすると、およそ25センチ。この30年でロッドレングスのスタンダードが、それだけ長くなったことになる。


バス釣りの世界で10センチの意味は大きい。

もう10センチ、障害物の奥にルアーを送り込めれば、きっと魚が喰っただろうに。


バス釣りの世界で1センチの意味は大きい。

もう1センチ、深く魚がバイトすれば、きっとフックアップできただろうに。


そんな世界であるものだから、10インチ、すなわち25センチは、とてつもなく大きな変化と呼んでいいのである。


ピタリと30年前、私はついに国内老舗メーカの本格的バスロッドを手に入れた。

スペックは6フィートのミディアムパワー。私をどっぷり外道にして最高の道楽に引きずりこんだロッドは、やはりこのスペックだった。



ふと立ち寄った中古ショップでたまたま見かけて、そんなノスタルジーに流される格好で購入したのが、あの頃の超人気モデルの、それもフラッグシップのそれ。当時のメーカ希望小売価格は5万5千円。

ピュアカーボンをベースに、ボロンと呼ばれるタングステン繊維にホウ素を蒸着した高級非鉄金属で補強した緑色のロッド。

手にすると、純粋なカーボンロッドと比較して、やや重たいと感じるそのロッドは、それはそれはアングラー達の憧れだった。


さほどの使用感を感じさせない、中古品としては十分に綺麗なこのロッドを手にした時、原点回帰の釣行に、これ以上ふさわしい竿はないと思ったのだ。


レジを打ってくれた店員さんは若く、そのロッドが製造されていた頃には、きっとまだ生まれてもいなかったはずだ。このロッドに注がれた当時の羨望の視線など、彼には到底想像もできないのだろう。




「来週末、釣りに行く」


「えっ、まさかバイクで行くつもりじゃないでしょうね?」


「バイクには乗らない。電車で行く」


(2カ月は安静に)

そう医者に言い渡された場に女房も同席していたので、退院して4週間目にして、釣りに行くと宣言すれば、それは強烈な反論を受けることを覚悟していた。というより、言ってはみたが、女房の了承を得るのは、実際には当分先のことになるだろうと、半ば諦めていたのが本音だ。


以前の私なら、(仕事に行く)と偽り、こっそりと必要最小限のタックルを持ち出したことだろうが、怪我をしてからというもの、そんな嘘をつくのが、何だかしんどくなってきたのだ。


これは復帰後の職場でも同じことが言えた。まあ仕事であからさまな嘘をつくことはあまりないというか、あってはならないことだ。それでも、多少の困難に直面しても、自分の力で何とか成るものなら何とかしようとして、挙句、報告と対策が遅れるということは、まあ無くはない事なのだ。

特に私の場合、それなりの意地というか反骨心というか、そんなものが人並み以上に強いようだ。

いや、ちょっと違うな。人よりも意固地という表現の方が、何だかしっくりくるような気がする。いずれにせよ、私とはそういうやり方をするタイプだったのだ。


そんな意固地さが、上手く回ればいい結果を叩きだすし、悪く循環すると、他の人以上に剣呑な状況となる。

一長一短なのだろうが、管理する側としては、明らかに私はやり難い部下であることだろう。


そんな自分でもちゃんと自覚していた意固地な部分が、何だか怪我をしてからというもの、すとんと抜け落ちてしまったような感覚なのだ。


嘘をつく事は疲れる。嘘をつくこと自体は至極簡単なことだが、その嘘を隠し通すことは至難だ。その場は何とか繕っても、ついた嘘をある日忘れた瞬間に、大抵の場合、全ての繕いが綻んでしまうものなのである。

もしかしたら人間にとって、嘘をつくこととはすなわち、(最もエネルギーを消費する無駄な行為)なのではないかと、最近思うようになったのだ。


年を取り、怪我をしたりすれば、そんなエネルギーの無駄遣いを、無意識に本能が抑制するのかも知れない。だから女房には、素直に釣りに行くと言い切れた訳だ。



右鎖骨にがっつりと金属製のプレートが入った体。入院期間中に滞った仕事のフォローで、心身とも相当なお疲れ状態。9月に入ってからも全く収まらない残暑。

関東地方に大きな被害をもたらした台風の余波。

何一つポジティブな要素が見つからない。


そんなものだから、女房の許可がすんなり出ることは、如何に能天気な私でもあり得ないと考えていた。


「気を付けて。無理はしないように。暑いからしっかり水分取りなよ」


出会って17年、結婚して15年目に突入した永い付き合いの中で、これまでの(意外な反応トップ3)に間違いなく入る女房の言葉だった。

もちろんダントツのトップは、(結婚しよう)、(いいよ)のやり取りだ。


(絶対に来週は釣りに行く。そして必ずバスを釣る)


輪郭がぼやけていた願望が、この時しっかりとした決心に変わっていた



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