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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第五十九夜:エピローグ3(娘)

しずくさん、お帰りなさい・・・


「おとうさん、もう~、はやく~~」


娘のネジ巻きが、妙に強い。


「そんなさない。春の夜は長いんだから。慌てる必要はないって。それよりもワームが・・・」


そう言いながら、僕はメバル釣りでは絶大な信頼を置いている、ピンテール1.5インチホワイトグローカラーのワームを、絶対どこかに仕舞い込んだはずだと、タックルボックスをひっくり返す勢いで、探しまくっているのである。


「そんなの、途中釣り道具屋で仕入れればいいじゃない。他にもあるし、ワーム・・・」


んっ?これが娘の言葉か?

いつも僕が、会社帰りに釣り道具を買ってくると、(ゴミの様にいっぱい持ってるのに、まだ買う必要あるの?)と、難癖をつけてくるのが普段の彼女なのだ。


「いやいや、探してるのはピンテールってタイプのワームでね、水中で起こす波動が優しいんだ。そこに転がってるやつはカーリーテールって言って、動きが大きくて、カサゴ相手にはいいけど、メバル釣りでは少し波動が強すぎて・・・」


「あ~~、もうわかった、わかった、もういい。探すならとにかく早く探して」


うん、やはり今日の娘は、ちょっとおかしい。




(この休み中にさぁ、メバル釣りに連れてってよ)


そんな声を掛けられたのは3日前の水曜日の夜。

娘の内申書&成績からすれば、決してハードルは高くなかったとはいえ、この春に受験という関門を乗り越え、無事高校生になった娘に、(釣りに連れていけ)と、ゴールデンウィークに入る直前にせがまれた訳なのだ。


最後に娘と釣りをしたのは、彼女が中学2年に上がる年の春だったはずなので、2年ちょっと前のこととなる。これまで(メバルを釣ってきて!)と言われたことはあったが、(連れていけ!)というのは珍しいことなのである。


季節は5月。いってみればメバル釣りの最盛期。

僕のお気に入りメバルフィールドまでは、高速を使えばものの30分。地道を使っても1時間かからない。

そしてこの時期なら、初心者でも一晩で10匹くらいは釣らせる自信はある。

まあ余裕なのだ。従って、僕は全く焦っていないのだが、でも娘の方が、何だか変なのである。


タックルボックスのサイドポケットに隠れていたピンテールワーム2袋を、どうにか見つけ出し、(じゃあ行こうか)と、竿2本を束ねて持つ。もちろん一本が娘用、一本が自分用である。因みに自分用メバルロッドは、購入額約3万円。リールとセットで言うなら6万円弱。家族の誰も、このことは知らない。


「竿は2本しかないの?あるなら、念のためにもう一本持って行こうよ」


ふ~~ん、何か現場でトラブルがあった時に備えて、サブロッドを携帯しておくというのは、まあ無くはない話ではあるが。でも娘の提案としては何か不思議な感じだ。

でも娘がそう言うならと、超の付くタフコンディション下でしか使うことのないソリッドティップのロッドも一本付け加えた。どうせ手間は車に積み込むだけだし。

僕が一本余計に竿を持ったこの時には、もう娘は玄関先で、靴を履き始めていた。



助手席に座っている娘の様子に、どうも落ち着きがない。

なんだかそわそわとしていて、普段とは違うのだ。

どこがどうとは説明しづらいが、まあそれが親子というものなのだろう。


走り出して5分程した頃だろうか。


「え~と、その信号、左折してくれるかな。実は友達も連れていってあげたいんだな」


ええっ?いま初めて聞いたぞ。ああ、だから竿が3本なのか。

(聞いてないぞ)と言いそうになって娘の顔を見ると、何か裏があるような落ち着かない顔。普段あまり見ることのない表情だ。これは一体・・・


「まあ、いいけど・・・」


(そういうことは、もう少し早く言ってくれる?)


一言だけ、そう言おうとしたのだが、その言い回しをミスった。


「交差点に入る前に、そういうことは言ってくれる?」


うん、これでは多分、通じていないだろう。




車を止めるや、助手席から飛び出すように降りた娘。やはり落ち着きがない。

ひょろっと背の高い少年が、きっと彼の自宅であろう玄関先で立っている。

一応は竿も持っている。でもその竿は、メバルルアーゲームには全く適さない、ぶっとい竿。釣りに造詣の深い僕には分かる。おそらくそれは投げ釣り用の竿だ。


(おとうさんも、降りて降りて)


娘の無言の催促・・・慌ててドアを開ける。でもここは少し父親の威厳を示さねば・・・

ということで、ゆっくりと落ち着いて右足から車を出る。


「こんばんは」


少年のさわやかにして大きな声の挨拶。

ほとんど近所迷惑だ。でも基本体育会系の僕にとっては、なかなか好感は持てる。

横に並んだ娘が、彼の肩までしか身長がない。

んっ?ということは・・・実は僕と娘は、ほとんど同じ身長なのだ。

イマドキの若者は、本当に背が高い。


「これ、お父さん。彼、鳴戸君、同じクラス」


これって・・・おとうさんを物扱い。


「あっ、今日はよろしくお願いします」


こちらこそ、てか、さっき聞いたとこなんだけどね。

この時、びゅるりと吹いたぬるい風が、なんだかよそよそしい微妙な空気感を演出する。

だって娘の雰囲気が微妙なのだもの。


「じゃ、行こうか。鳴戸君、どこ座る?助手席?それとも後ろがいい?」


なんだか娘の声が、いつもより高い。滅多に聞くことのない娘のよそ行きの声だ。

普段のふてぶてしさは一体どうした?そのことがなんだか可笑しい。


それはそうと、さあどうする?鳴戸君とやら。

基本、後部座席は上座にあたる。だからと言っていきなり助手席というのも、さすがに辛いだろう。さあ、さあ。


「あっ、どちらでも」


まあそうだろう。その逃れ方があったか。


「じゃあ、私が助手席座るから、鳴戸君は後ろに乗って」


「あっ、初心者なんでご迷惑お掛けするかと思いますが、よろしくお願いします」


「大丈夫、大丈夫。私も初心者だから」


娘の必死のフォロー。なかなか可愛げがある。

う~~ん、初心者2人。しかも夜間の釣り。

これは今回の釣行は苦戦が予想される。


「じゃ、行きますか・・・」


真っ先に助手席に乗り込む娘。う~~ん、どうなる?緊張の密室状態。

これはやっぱり・・・高速を使おう。





「せっかくだけど、その竿じゃあちょっと厳しいかも・・・」


「すいません、これしか竿がなくて・・・」


現場に到着してすぐの、僕と鳴戸君のやり取り。


「それって多分投げ釣り用の竿だよ。今からやろうとしてるのは、メバリングって言って、小さなジグヘッドにワームをつけて・・・基本1グラム程度なんだけど・・・」


「この竿では難しいですか?」


う~~ん、苦手だ、この初心者とのやり取りは。


何故か慌てた様子で娘が間に入る。


「おとうさん、予備の竿あるよね・・・」


あぶないあぶない。もう少しで、理屈っぽい嫌な親父になるところだった。

でも、予備と言っても、その竿って高いんだぞ。穂先も細いソリッドだし。

万が一折られでもしたら、お父さん泣く。


「いえ、見るだけでも楽しそうなので、それでいいです」


こら少年・・・それじゃあ、こっちが変に気を使ってしまうじゃないか。

いいですよ、どうぞ使って下さい。こっちの安い竿。比較的・・・安いやつね。

はい、どうぞ。娘用に準備していた竿を差し出す僕。

どうせ折られるなら、娘に折られる方が、まだましだ。


「仕掛け作ってよ、おとうさん」


あっ、はいはい。




「ヒナさんは、釣りやったことあるの?」


ふ~~ん、娘のことをヒナさんと呼んでいるのか、この彼は。

まあ本名そのままだから、おかしくはないけど。

いや、普段は(ちゃん)付けで、今日に限って(さん)付けなのかも知れない。

さて、娘の反応は・・・


「昔、イワナ釣りに行ったことがある」


「僕は、ずいぶん昔にキス釣りに行ったことがある」


「その時は釣れたの?」


「キスは3匹くらい。あと釣れたのは・・・えっと・・・ガッチョ?」


はいはい、テンコチのことね。仕掛けを作りながら、心の中で呟く。


「キスって美味しいよね、何センチくらい?」


「どうだろ、20センチくらいかな。ヒナさんは大きな魚釣ったことあるの?」


「うん、57センチ」


「えっ、57センチ?それってすごい」


ああっ、あの時のレインボーね。でも、そこは修正しとかないと。

このままの流れで、もし娘が57センチのイワナを釣った、なんて噂になったら、(それは嘘だね!)って釣りに明るい人なら、そんな話になるかも知れない。

決して娘を嘘つきにしてはいけない。


「釣れたのはニジマスだけどね」


必要だったのかどうなのか、そんな相槌を僕は入れる。

二人の会話が止まってしまった。もしかして失言だった?

そんなことを思ったとき、2セット目の仕掛けが完成した。

最後に自分の仕掛けをと思ったら・・・


「あっ、自分でやりたいです。仕掛け作り覚えたいし・・・」


いやいや、これは僕用のタックル。

自分のタックルの仕掛けを、初心者に任せられるか。

だからと言って、若者の向上心を削ぐのもどうかと思うし・・・


「じゃあ、横で見てて。今からやるのはユニノットって言って・・・まあ基本の結び方で、これさえ知っておけば、他の大抵の結び方は・・・」


はっ!と感じる娘の殺気。

あっ、はいはい、分かりました。無駄な講釈は省きますよ。

最後にノットを締める際に、本当は唾で濡らして糸が摩擦で熱を出すのを防ぐのだけど、娘に(汚い)と言われそうな気がして、止めた。


さあ、キャストだ。


「こうやって糸を指で押えてね、ベールを返して、ひゅんって感じで放る」


そう口で説明しながら僕の投じた一投目が、街灯に照らされている海面目掛けて、真っすぐ飛んでいく。


「メバルって表層で餌を取ることが多いから、そのまま表層を引いてくる感じでリールを巻く。あの辺り、ルアー見える?」


「はい、見えます」


鳴戸君が、実に感じのよい返信をくれるが、すいません、僕には見えていません。

老眼です。遠近両用眼鏡です。あっ、あそこだ、見えた。


「こんな感じで、始めは明るいところでやる方が、イメージを掴みやすいから。慣れてきたら暗いところでも同じようにやればいい」


そう説明する僕の横で、娘がひゅんっとルアーを投げる。

ほう、上手いもんだ。僕もピックアップしてもう一投。

着水後すぐにリトリーブを開始する。


「巻くのはゆっくりがいいんですか?」


鳴戸君の質問。


「ケースバイケース」


初心者に対して不親切な答えだ。でも事実だもの。


「まずは見えるところでルアーが泳ぐ様子をよく観察して、イメージを掴んで」


回答になってないが、まあいい。

明るい水面をルアーが泳いでくる。

ここで釣れてくれたら、なかなかタイミングがよいのだが・・・あっ、来た。小さいが、メバル。すぐに抜き上げる。


「こんな感じで釣れてくる。これはちょっと小さ過ぎるから逃がすね」


ナイスなタイミングでのヒット。メバル君、ありがとう。そして、さようなら。


そんな僕の横で、娘がルアーを投げる。

以前も思ったことだが、なかなか釣りに関しては、娘は筋がいい。

ほぼ真っすぐに飛んで行った。

これはプレッシャーだろう、鳴戸君。


同じように鳴戸君が投げようとするが、しかし・・・

ゆ~くりテイクバック、もうその時点で仕掛けが竿に絡んでいる。


「ちょっと、ストップ!」


僕は鳴戸君に投てきの動作を止めさせる。

世の中には、丁寧に行うよりも思い切りがあった方が、具合がよいというものがある。

釣りのキャスティングが正にそれなのだ。


「テイクバックで竿をしならせないとダメなのよ。だからテイクバックとキャストは、ほとんど一挙動」


どうだろう?この説明の仕方。少し分かり難いか?


「ひょひょいって感じかな」


補足説明のつもりだが、補足になっていない気もする。


「こんな感じ、こんな感じ」


ルアーを回収していた娘が、竿をひゅんひゅんと振る。何度も、何度も。


「でっ、このタイミングで糸を放せばいいんだよ」


ひゅんと勢いよくルアーが飛んでいく。

ああ、なるほどという鳴戸君の顔。

なかなか娘は教え上手なようだ。

毎回、と言っても2回目なのだが、釣りにくると、娘の意外な一面を垣間見ることとなる。


同い年の女の子に、アウトドアスポーツについてのレクチャーを受けるのは、男の子としてはプライドが傷付くのではと思いきや、言われた通り、竿を数回ひゅんひゅんし、仕掛けを飛ばす彼。うん、さっきよりは大分よくなった。なかなか彼は素直な性格のようだ。


「仕掛けを飛ばすのは竿の弾力だから。力は要らないから」


この娘の補足説明。すごい。こいつはなかなか驚いた。

そんな娘と鳴戸君のやり取りを横目で見つつ、僕もキャストを再開する。

おっと、またまたバイト。


「いっぱいメバルいるよ~早く釣りなよ~」


鳴戸君の2投目。ちょっとリリースが早い気がするが、まあ前には飛んでいる。


「もし魚が掛かれば、どうすればいいんですか?」


「巻けばいい」


即座にそう答えた僕だが、娘が続ける。


「ぐ~~んって感じで、魚の口に針を突き刺す感じ。あまり強くやっちゃうと糸切れちゃうから気を付けて」


う~~ん、お父さん形無し。


「おとうさん、さっき釣れたの、表層?」


「うん、どれくらいだろ?水面下50センチくらいかな」


僕のそんな言葉に、少し竿を立ててリトリーブし始める娘。

すぐさま、(ぐ~~ん)とそう口にして娘は竿を立てた。


「こんな感じで釣れます」


ちょっとどや顔の娘。緊張はほぐれたようだ。

この日、娘のファーストヒットは、12センチくらいのメバルだった。

教え方、魚の喰うタイミング。どれも完璧。

どうやらこの日は、魚も2人の仲を取り持とうとしているようだ。



僕が5匹、娘が2匹釣った頃に、待望のファーストヒットが鳴戸君の竿を絞った。

魚が小さかったので、絞ったというより曲がったという程度。

案の定、初心者あるあるで糸を巻き過ぎてしまい、魚が手につかない鳴戸君。


娘がリールの糸を掴み、じ~とドラグを滑らせて糸を出す。


「ちょっと小さいね」


「うん、小さいね」


何だかいい雰囲気じゃないですか。この二人。


「ありがとうございます。お陰様で釣れました」


またもさわやかな挨拶。さわやか過ぎて何だかなぁと思ってしまう自分に、少し反省。

ここは少し寛大なところを見せておくとするか。


3人で一つの街灯の下に並んでキャストは、少しばかり窮屈だ。


「もうキャストに関しては問題なさそうだから、あっちの街灯回りを釣ってみたら?どうも、ここのポイントは、魚みんな小さそうだし」


あっちの街灯と言っても、それ程離れた場所ではない。ほんの20メートル程度。


少し(意外)というような顔をした娘であるが、それでもすぐに、


「だって、鳴戸君。じゃあ、2人で向こうの方で釣ろうか?」


少し高めの相変わらずよそ行きの声で、娘が鳴戸君に声かける。

鳴戸君の方は、そう娘に促されて、やや困惑気味だ。

ほうほう、何となく2人の力関係というか、主導権の割合というか、そんなものが見えてきたように思えた。


そう、2年前に親子2人で初めて釣りに出掛けた時、(ぴ~は将来何になりたいの?)という類の質問をしたことがあった。その時に得た娘の答えが思い出せないが、(好きに生きればいい)と、それだけ思った記憶がある。


娘の幸福を願っていることは、もちろん間違いないが、そんな大層なことを考えている訳ではない。

(好きなものを好き)と言える、(嫌なことを嫌)と言える、その程度の人生を歩んで欲しいと願っているだけだ。そして、たったそれだけのことが、実はとても困難であることも、同時に僕は知っている。


娘がさりげなく鳴戸君に見せる好意が、この時、僕には愛おしく思えたのだ。

同時に、ちょっとからかってやろうという悪戯心も立ち上がってきた。


「2人で向こうに行ってもいいけど、チュウは駄目だぞ、チュウは・・・」


「ちょっ、おとうさん!バッカ・・・」


僕の予想以上に慌てる娘。その横で、困り切った表情で立ち尽くしている鳴戸君。


(は~~ん、まだだな。その反応は)


そう思った僕は、娘の言葉を一刀両断に遮った。


「投げる時、後ろには気をつけて、それと足元と」


それでも何かを言おうとする娘を無視して、僕は広くなった海面に、仕掛けを投入した。

ふと空を見上げると、少し太めの三日月が綺麗だった。



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