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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第五十五夜:勝ち切れ、ニッポン

備忘録です。それと入れ喰い経験の自慢です。

元号が令和に変わってからのシーバスの嗜好は、本当に現金なものだった。

5月1日、2日は完全なバチパターン。夜の間中、ちょぼちょぼと控え目に表層付近で餌を喰っていた。

昨年末に某ショップで衝動買いしたソリッドティップのシーバスロッドが、やっと真価を発揮した。私的にはそのことがかなり嬉しかった。


明けて3日は、この時期にしては珍しく、早朝からカタクチイワシの群れが大挙して湾内に流れ込んだ。

瞬く間にシーバスはイワシイータと化した。その浮気性は清々しいほどだった。

真っ先にそれを発見した私は(そりゃあそうだ、夜遠し竿を振っていたのだから)、ポイント独占状態で、数年に一度あるかないかの一人爆釣状態となった。

夜間に釣りをしていた数人のシーバスアングラーは、(バチパターンなので明るくなったら終わり)ってな判断だったのだろう。夜明けを待たずして彼らは帰っていった。


水面が揺れる。イワシが跳ねる。バケツを返したようなシーバスのボイルが起こる。

5時を少し回った頃から始まったこのボイルは、6時を過ぎても一向に収まる気配がなかった。むしろ完全に空が明るくなってからが本番とでもいう感じで、シーバスに追われるイワシの群れは益々大きくなった。

そしてアングラーは私一人。ポイント独占、ハーレム状態。


7時になった頃、ようやっと水面の沸騰は鳴りを潜めた。

それでも海中にルアーを通すと、コツンコツンとイワシの群れにルアーが当たる感触が、ラインを通して絶えず手元に伝わってくる。

レンジが若干下がっただけで、イワシの群れが湾内から移動した訳ではないようだ。

そしてルアーをイワシの群れの中に通し続けていると、唐突に(どん!)と重厚感溢れるシーバスのバイトが得られる。

普段なら思わずしゃがみ込んで悔しがるフッキングミスの一つや二つ、この日は全く気にならない。私は釣れたシーバスの本数を数えることをやめてしまった。


そんな時に現れたのは、ハイシーズンにはほとんど毎週のように、この釣り場で顔を合わす一人のアングラー。年齢は私とそんなに変わらない。


(このポイントでは、絶対ロッドの長さは8フィート3インチ)


このアングラーのそんなセリフがとても印象に残っているので、このおじさんを“83おじさん”と呼ぶことにしよう。

毎週欠かさず顔を合わすとは、一体どんなに暇なんだと思ってみたりするが、きっと向こうも同じことを考えているのだろう。

少なくとも知り合って7年以上の間柄なのに、それでもお互い名前すら知らないという、何とも釣り人同士らしい関係なのだ。この“83おじさん”と私は。

それでいいのだ。だからお互い改めて相手に名前を聞こうと思ったりしない。

もし私が、ある日転勤の辞令を受け取り、もうこのポイントで釣りができないという状況になったとしても、別に改まった挨拶をするつもりもない。

転勤先の海でも、きっと私は週末竿を振るのだろうし、そして海は繋がっているのだから。


いくぶんバイトとバイトの間隔は開いてきたが、それでも8時を回ってすら、シーバスのバイトは決して途絶えなかった。気が付くと、35グラムというシーバス用ルアーとしては重い部類の、この日の当たりルアーをひたすらキャストし続け、シーバスとの激しいファイトを支えてきた両腕が、パンパンに張っている。

もう十分釣った・・・というより、ほとんど一シーズン分くらいの魚を釣った感覚だ。

まだまだバイトは期待できる状況だったが、もう十分だろうと思い、タックルを仕舞おうとした時、頭に浮かんだのは不覚にも仕事のことである。


3カ月に一度、内閣府の発表する景気動向指数はこの4年間ずっと“改善”である。

ぶっちゃけ、景気は今いいのだ。

やれ中国需要だ、いざなぎ景気越えだと叫ばれたあの頃の好景気は、私達下々の者にまで実感を得られるものではなかった。

しかし今、仕事は確かに忙しい。

あれほど仕事を見つけるのに苦労した時代は、一体何だったんだろうと思えてしまう昨日今日なのである。ちなみに私はメーカの営業職だ。でも基本人は嫌いだ。


そして日々の忙しさと同時に私が感じること。

なんと日本の企業とは好景気に弱いのか。

企業・業界問わず、聞こえてくる悲鳴。

すなわち「人がいない」、「生産能力が足らない」、「材料が手に入らない」。

好機に勝ち切り、一気に営業利益をプールするだけの、人的・設備的リソースを多くの企業が有していない。そしてやっぱり不景気と呼ばれる時代には、各業界もれなく業績を落とす。


勝てる時に勝ち切れず、負ける時にはやっぱり負ける。

これがほとんどの日本企業の実態なのではと思ってしまうのだ。

釣りをしている最中に、ついそんなことを考えてしまった。

遊べる時に、私も遊び切れていないな。


勝てる時に勝ち切れないのは、例えばサッカーの国際試合なんかでも同じように感じるのは、ただの私の思い過ごしなのだろうか。

元来慎ましい民族なのかも知れない。日本人とは。


どうも不思議な捉え方がされていると感じる『働き方改革』という言葉。

好景気に弱く、不景気にもやっぱり弱い日本の企業にとっては、(製造の平滑化)を目論んでの国の指導が、最も日本企業の特徴に合っているのではないだろうか。完全に余談だが。

まあ市場の潮流とは、この日のシーバスの様に、現金で神出鬼没なものなのだろう。


うむ、これからの日本人たるもの、勝てる時に勝っていかねばならない。

そして私は、それを口実に、夕マズメまで竿を振り続け、さらに新元号初日から6日連続でフィールドに繰り出したのである。

よく許してくれたな。理解ある女房に感謝。

そうそう、”83おじさん”とは6日間とも釣り場で顔を合わした。


昨日、ボクシングの井上尚弥が、強敵を相手に見事なTKO勝ちを収めた。

最初に訪れたチャンスを逃さず、強打を纏めて2ラウンドTKO。


勝てる時に勝ち切れる日本人も、やっぱりいるのである。


勝ち切れ!ニッポン。



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