第五十一夜:この軽犯罪を二人の秘密にしよう(6)
100話書けるかも。そんな気がしてきました。お付き合い頂けると幸いです。
なかなか寝付けない。
ベッドに横たわってからもう一時間は経過している。
数分前に日付が変わったばかりだ。
四日前の加藤君と四ツ池の辺で交わした会話を僕は反芻する。それだけでまた神経が高ぶってくる。
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
「いやだよ、ゴン太を放しちゃうなんて絶対嫌だ!」
「でも誠一、見てみろよ、この水槽の狭さを。もうゴン太は大きくなり過ぎて方向転換すらできないじゃないか。もともとゴン太は広々とした琵琶湖で泳ぎ回っていたんだよ。こんな環境で飼われているゴン太のことを誠一は可哀想とは思わないかい」
もちろん僕がその場にいた訳ではない。
でも当時小学5年生だったという加藤君とお父さんとのやり取りが、まるで自分がその場にいたかのように僕は想像することができた。
現在15才の、端正さの中にあどけなさを残す今の加藤君の顔を、僕の想像力が小学5年生まで一気に若返らせる。5才若返らせた想像の加藤君の顔は、当時の彼の顔ときっとそっくりなのだろうと根拠もなく確信している。
7年前というから加藤君が小学3年の時だろう、初めて彼のお父さんと釣りに出かけた琵琶湖で、そのブラックバスを捕らえたらしい。彼自身ではなくお父さんが釣り上げたのだ。
持参していた巨大なクーラーボックスの対角線一杯を使い、何とか家に持ち帰り測ってみると、その大きさは当時で59センチだったとのこと。
ゴン太と名付けられたそのブラックバスは、それから2年間加藤君の家の水槽で飼われたのだ。その間にもこのゴン太はどんどん成長していき、遂には水槽で飼うにはあまりに大きくなり過ぎ、そして加藤君の懇願も虚しく、近所のため池に放そうということになったのだそうだ。
(もともとゴン太は広々とした琵琶湖で泳ぎ回っていた)
このお父さんの一言が、ゴン太を手放す決断の決め手になったらしい。
そしてお父さんと2人で、ゴン太を放したのが正にあの四つ池だったのだ。
それから間もなくのことだったらしい。彼のお父さんの体から悪性の癌が発見されたのは。
大腸癌だったそうだ。
お父さんが緊急入院したのは、四ツ池の175号線を挟んで斜向かいに今も立つ稲見総合病院。その屋上からは四ツ池の全貌がよく見渡せたらしい。
毎日のように放課後お父さんを見舞っていた加藤君にとって、日に日に痩せ細っていくお父さんの姿を見るのは、大変な悲しみと苦痛だったようだ。
特に抗がん剤を投与される日には、苦しむ父親の姿がひどく彼の心を傷つけたという。
ある日、ついに耐えきれず父親の苦しんでいる病室を抜け出た加藤君は、意図せずこの四ツ池の辺まで歩いてきてしまったという。そして見たのだそうだ。悠然と岸際を回遊してくるゴン太の姿を。一目でそれがゴン太であることが判ったという。
すぐに病室に戻り、そのことをお父さんに告げるや、とても優し気な顔でお父さんは薄く笑みを浮かべたらしい。
(それでも一人で池に行くんじゃないぞ)
そんな加藤君を心配する優しさも付け加えられたと言う。
「あの時の父の顔は一生忘れられません。自分の死を悟ったような顔というか何か大事なものを諦めた顔というか」
加藤君はそう僕に言った。
「人間という生き物が、優しさと寂しさという全く質の違う二つの感情を、まるで違和感なく同時に表せることが当時不思議でならなかった」
そういう表現の仕方を彼はした。
そんなお父さんの表情と体調の変化が突きつけてくる現実に耐えられず、まるで逃避するように四ツ池の辺に立つ時間が日を追って長くなっていったらしい。
稀に、ごく稀に回遊しているゴン太の姿が見止められる。
そんな時にはあの楽しかった釣行が、昨日のことのように思い出されたと彼は言った。
そんな話を僕にする加藤君は、本当に15才かと思えるほど大人に見えた。
それはそうかも知れない。僕がまだ経験したことのない肉親の死という人の経験する不幸の最なるものを、15才の若さで彼は経験していることになるのだから。
彼が続ける。
「今からだとちょうど1年前かな」
そんな前置きをして加藤君はゆっくりと話し始めた。
「マンションの建設計画があるって。そうなるとこの四ツ池も埋め立てられることになるだろうって。そんな話を看護婦さん達がしているのを聞いたんですよ。(これで虫が病室まで入ってくることが無くなるだろう)って一人の看護婦さんは喜んでたけど」
その時、彼は決心したそうだ。絶対に自分がゴン太を救うと。
そのタイムリミットは来年2005年6月。特定外来生物被害防止法の施行前に成功させる必要があると。何でも彼が言うには、その法律の施行後はブラックバスの移動に関して、色々な厳しい罰則が科せられるとのことだった。
「毎日毎日、父の見舞いのあと、この池に通いました。晴れの日も雨の日も。去年の10月頃です。何となくゴン太の行動パターンが分かってきたのは。雨や曇りの日は岸際近くを回遊することが多いとか、晴れた日はあそこの倒木の影に寄り添って浮いていることがあるとか。そして何故か右回りに池を周回する」
そこまで言った加藤君の顔が、突然悔しそうな、そして悲しそうな顔に変わったことを僕は見逃さなかった。僕には掛けるべき言葉が見つからず、彼が続けて口を開くのをただ待つ。
「去年の11月22日です。いつものように父を見舞ったあと、いつものようにここに来たものの、その日ゴン太は姿を現さない。僕は日が暮れて水面が見えなくなるまで諦めずにゴン太を探した。何故かこのとき、僕はゴン太を一目だけでも見たかった。でも叶わなかった。遂に諦めて家に帰ると、お母さんと妹が泣いていた。何か大変なことが起こったのだと分かった。それがお父さんに関することであることは明らかだった」
(誠一も準備しなさい。お父さんに会いに行くよ)
そんな小さく固い小石のようなお母さんの言葉が、何か現実世界の声ではないように聞こえた。でも決してそれが夢の中の出来事ではないことは嫌でも理解でした。そう加藤君は付け加えた。
「僕たちの到着を待たずに、お父さんは逝ってしまった。安らかな最期だったという医者の言葉は全く慰めにならなかった。だって・・・」
(母や妹はともかく、僕は父の最後を看取ることができたはず)
その自責の念。そのことが悔しくって涙が止まらなかったのだという。
「僕はその時、小さく冷たくなったお父さんに二つのことを誓いました」
その二つのこととは一体何だろう。
そのうちの一つはきっとゴン太のことだろうと予想できたが、もう一つがまるで想像できない。僕は素直に加藤君に問うた。
「一つ目は、ゴン太を広く安全な湖に逃がしてあげること」
これは僕の予想通り。そしてもう一つは・・・
「二つ目がしっかり勉強することです」
親子の約束としては極ありきたりなものであるが、その脈略がどうにも僕には分からない。
「今から勉強するって・・・」
声を少し詰まらせた加藤君の真意を僕は判ると言っていいのだろうか。
お父さんとの別れを思い出したのだろうか。思わず僕も悲痛な顔になってしまった。
「そう嘘をついて病室を出たんですよ、あの日僕は・・・」
それを聞きなるほどと僕は腑に落ちた。
(そうか、頑張れよ)
その弱々しく、でも温かいお父さんの声が、彼の最後に聞いたお父さんの肉声であったらしい。
「あの日のあの言葉を嘘にする訳にはいかない。その後必死で勉強するようになった。学校の成績もどんどん良くなった。でもそのことを喜んでくれるはずの父はもういなかった」
そうなのか、彼が優秀であることにはそんな理由があったのかと得心する。
何故かこのとき僕は、まだ健在な自分の両親のことを思い出した。
今の自分がとてつもなく恥ずかしい存在に思える。
その比較対象はもちろん自分より遥かに年下の加藤君である。僕には全く言葉がない。
とっ、その時加藤君の目が強く輝いたように僕には思えた。
ゆっくり加藤君が息を吐いたことが判った。そして同じくゆっくりと息を吸い込む。
「今週末です」
得体の知れない強い意志が感じられる短い言葉。
しかし今週末とは一体?
「ゴン太捕獲作戦の決行です」
どくんと大きく僕の心臓が小さく音を立てた気がした。
そしてその決行の時は明後日の土曜日早朝という。
それにしても何だろうか、この胸の高鳴りは。
明後日の土曜日。その日は偶然にも僕は非番だ。
僕は意を決した。
「絶対邪魔はしないので、僕もその場に立ち会いたいな、いや、是非立ち会わせてほしい」
彼が許してくれるなら僕はきっと土下座でもしただろう。
そこまでしてもいいと思える今僕の抱えている願望が、自分でも説明できない。胸が苦しくなるほどの思いであることが自分でも理由が分からない。
そしてあっさりと、絶対に断られると思っていた僕の申し入れを、何故か加藤君は了承してくれた。
その時から、僕の心臓のどきどきは一向に収まらないのである。
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
(明後日)
そんな風に呟いて、僕は今自室の天井を見上げているのである。
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
(某知恵蔵より) - 特定外来生物被害防止法の用語解説 - 外国から持ち込まれたり、他の地域から移動したりした移入種が、地域の生態系を破壊するのを防ぐため2004年5月に成立、05年6月施行された。




