第四十九夜:禁断のゲーム(5)
そろそろ春バスシーズン開幕かな?情報あれば下さい
(水天宮岬と南詰桟橋とを結ぶ線の内側までは徐行運転区域とする。徐行運転とはアイドリング状態での走行を意味する)
今大会の要領事項を杓子定規に順守すると、我々のボートは全く前進しない。
だいたい200馬力の船のアイドリングと、一艇手漕ぎボートを牽引している5馬力船のそれが同じ訳がないじゃないか。無視ムシ。
そもそも私達はトーナメントの参加者ではないのだ。守るべきルールなど釣り人としての基本的モラル以外何もない。
Aに至ってはこれから、バスフィッシングでは邪道とも言われかねない餌釣りを試みるのだ。
因みに、いま私の船がAの乗る手漕ぎボートを牽引している状態なのだが、船を引く船のことをタグボート、日本語では曳船という。私の苗字は、この“曳”と“船”をひっくり返したものなのだが、ご先祖様は山の方の出身である。
ひいおじいちゃんは豆腐屋だったが、少し家系を遡ってみても、船に纏わる仕事をしていたご先祖様には突き当らない。もしかしたら苗字と職業というのは実はあまり関係がないのだろうか。
そんなことを考えていると、最前列の船団が、ついに徐行区域を超えた。
唸りを上げる大型船外機。我々の船に押し寄せてくる夥しい数の白く高い引き波。
一発目の引き波が、私の船のバウ(船首)に激突する。
「ばっ、ばっか野郎」
泳ぎの苦手なBが、船の縁にしがみ付き、少し情けない恰好で悪態をつく。
「縁に捕まるよりも、船の真ん中に居てくれないかな。船のバランスが・・・」
出来るだけ冷静を装う私だが、ちょっくら慌てた。ふとAの乗る船を見ると、木の葉の如く漂っている。がっ、表情については、怯えた様子はなく、むしろ楽しそうだ。Aは泳ぎが達者な事と、今回の我々の挑戦をAなりに楽しいでいることが理由なのだろう。
我々も徐行区域を通過した。スロットルを開こうとするが、え~~っと・・・
「でっ、俺達はどこに向かえばいいんだ?」
船の中央に移動してはいるが、それでも小さくなっているBに私は声を掛ける。
ほとんど匍匐前進という恰好で、スターン(船尾)に座り船外機のスロットルを握る僕に近寄ってきたBが、端末の画面を見せる。
「まずはこの辺りに向かってくれ」
Bが指さした液晶画面のそこは西の湖西岸にあたる比較的大きな湾の入り口付近。
「ここは?」
「先週、けっこう釣った場所だよ」
そうなのか。先週ということはAが餌釣りでいい釣りをしたという場所なのだろう。
この時期、産卵を意識した魚がワンドに入る直前に、一時的に集まるコンタクトポイント。
僕の常識からしても間違いではない場所。逆に普通すぎて、なぜか少し僕はがっかりする。
「分かった」
そう返してバウの向きを変えた僕の少し荒っぽい操船に、Bはまたもや匍匐前進で、船の中央に戻っていった。
その時、(ガクン)という強い衝撃を感じる。
(あっ)
すっかりAの船を牽引していることを忘れていた。
見ると急に方向が変わり、危うく転覆しようになって慌てているAの姿。悪い。
それにしても遅い。こっちが止まっているのかと思うほど、周りの船の姿が見る間に小さく消えていく。西の湖は小さな湖だと思っていたが、近所の琵琶湖と比較しての印象で、なかなかどうして5馬力船(しかも牽引)にとっては、かなりに広大な湖だ。
スロットル全開で走行すること約10分。目当てのワンド付近に差し掛かる。
入口付近には3艇の船が、すでにマーカーを下している。
(ここは俺のポイント)と主張しているわけだ。
「おっ、反応あり」
その時Bの声。どうやら発信機付き魚の反応があったようだ。
「ワンドの奥の方に2匹反応があるよ」
おそらく先週Aが釣った魚だろう。
「奥の方?じゃあ、入口付近は船団が出来あがっているから、奥まで入るかい?」
「いや、本当に奥の奥だから、おそらく障害物に隠れて、まだ釣られたショックを引きずって怯えている魚だろう。俺たちが狙うべき魚じゃない」
そう言ってあっさりその魚達をBは見切った。
「じゃあこの辺りでAの船をリリースするかい?」
「さて、どうしよう。いい場所なのは違いないが、まあまだ焦る時間帯じゃない。ちょっと他のポイントも見ておこう。次はここだ」
そう言ってBが指示したのは、同じく西岸のワンドだが、ここからは方角として北になる。
到着するのはさらに10分後か。それにしても・・・僕は気になったことをBに問う。
「西岸がいいのかい?さっきから西岸ばっかりだけど」
「ああ、だって東側だと、西から風が吹いたら俺たちが寒いだろう」
なに?それが理由か。思わず文句を口にしようとした僕をBが遮る。
「魚だって同じだよ。でもな、それ以上の理由がある」
「なんだよ、その理由って」
また下らない理由なら承知しないぞと思いながら、Bの言葉を待つ。
「風が当たっていない方が狙う水深を絞りやすいんだよ」
このBの説明には合点がいった。
つまり昔からバスアングラーの間で言われている常識。
(風が吹いたらシャロー)
それの反対。つまり風がない箇所でミドルレンジ以深を狙う訳だ。
「違うね」
僕の相槌に思わぬBの反論。なぜだ?
「風が吹いたらプランクトンが集まる。それにバスの餌のなる小魚が付く。でもってその小魚をバスが追いかけ回す。だからウィンディーサイドのシャローが狙い。厳寒期を除いて。俺たちバスアングラーの常識なんだが?」
僕がBに反論する。
その僕の反論に対し、首を横に大げさに振りながらBが言う。
「そんなのは全体としてマイノリティの動きさ。大多数の魚は、水面が荒れれば基本深場に落ちる。逆にべた凪状態になると、基本的には魚のレンジは上がってくると考えていい」
その後もBの言葉は続く。
僕なりにBの講釈について解釈すると、ウィンディーサイドで餌を積極的に追いかける魚は居るには居るが、決してそんな魚は多くはない。むしろ釣り人がたまに見かける、穏やかな水面に(ぼ~)として浮いている魚。これが実はバスという魚の本来の姿で大多数ということだった。
(どんな食いしん坊の人間だって四六時中、飯を食ってる訳じゃないだろう)
とBが言う。確かにそれは言い得て妙だ。
そしてもう一つ、僕が興味を掻き立てた一言をBが続ける。
(水面が穏やかで水流がない状況の方が、餌の匂いの効果が高まる)
僕自身、ルアー、まあこの場合、ルアーはワームとなることが多いのだが、匂いという要素は、(無いよりはあった方がいい)程度に考えていた。
今回のBの作戦の中核に位置する“匂い”という要素。これが強力な武器になるらしい。そこを重要視してのドバミミズの餌釣りという最終兵器なのだ。そして、そのアドバンテージが最大限発揮できる場所、すなわち風や水流の影響を受けない場所で、釣りをしようということらしい。
と言っている間に目的の湾が見えてきた。こちらも3艇の船が、既に入口付近でエレクトリックモータを下している。
「ふ~~ん、なかなか。やっぱりいい場所には釣り人がいるものだねぇ」
そんなBのセリフに少し僕の鼻が高くなる。やはりバスアングラーが釣りをしない人間に、ああだこうだ言われるのは僕としても気分のいいものではない。例え相手が元研究者であってもだ。
目的であるはずの湾を前にして、何やらBの挙動がおかしくなった。頻繁に沖目を気にしている。
「何をさっきからきょろきょろしてるんだい?何かそんなに気になる事があるのか?」
不機嫌そうな顔と声でBがぼそりと言う。
「ああ」
(ああ)では分からん。何が気に食わない?
「船だよ、船」
先ほどからBが気にしていたのは、西の湖の水面を飛ぶように疾走しているバスボートのようだ。そんなに他の船の引き波が怖いのだろうか?
「あれだけ派手に水をかき回し、水中に爆音を響かせれば、9割9分の魚はもう普通の状態じゃないだろうよ」
「そんな状態でも釣るやつは釣ってくるぜ」
「うむ、そういうことかも知れん」
どういうこと?
「つまり釣り大会で上位に入ってくるのは、単に釣りが上手い奴というより、この普通じゃない状態でも、ちゃんと魚を釣ってくる奴ってことだよ。これは、どうして、なかなか・・・」
なかなかどうだというのだ。
「今日、3匹の魚の信号を受信したが、皆揃いもそろってシャローの障害物に隠れている。この状況は、まあニュートラルな状態の魚とは言い難い。この大会の難しさは正にそこにあるのかも知れない」
Bが腕を組んで考え込んでいる。その表情はいつになく険しい。
Bの指示がないままに、ただにロープに繋がれた2艘の船が、湾の入り口に浮いている。
Aもきょとんとした表情で黙っている。
さて、次の一手は如何に。
「よし、馬鹿を探そう」
バカ?何だ、それ??
「要は頭の悪い魚のことだよ。船が頭の上を走ろうが、人が大声で喚こうが、そんなことは気にも留めない無神経な魚だよ」
う~~ん、このBの発言、私には分かると言っていいのか?
釣り人の間でも、(魚が馬鹿になる)という表現はたまにする。
つまり餌を捕ることに夢中になり、どんなルアーを投げてもバイトしてくる捕食スイッチの入った魚のことだ。しかし・・・
「そんな魚がすぐに見つかりゃあ、苦労はしない」
そんな私の反論に、Bは、(一体なんのことだい?)というような顔をする。
しかし、そのことに深く頓着はせず、こう宣う。
「Aはここでリリースしていこう。お~い、ここでアンカーを打ってしばらく釣りしてろよ。俺たちはしばらく現場調査だ」
そんなBの言葉に、よっぽど早く釣りがしたかったのだろう、Aは嬉しそうに仕掛けに餌を付け始めた。3名のトーナメントアングラーとドバミミズの餌釣り。この対決は少し気になる。気にはなるが、ところで俺達はどうする?
「北西岸の浅場を、ゆっくり見て回ろう。ああ、エンジンはかけなくていいぞ。電動モータで飽くまで静かにな。できるだけ水面を凝視して、魚を目で探してくれ」
何だよ、散々講釈を垂れて、結局サイトフィッシング、つまり見えバス釣りかよ。僕は正直なところかなりがっかりした。次のBの言葉を聞くまでは。
「探すのは長くて痩せている色の薄い魚だ。丸々としている魚は無視していい」
このBの発言は一体?太っていて体色の濃い魚を、釣り人は(コンディションの良い魚)と言ったりする。逆に痩せていて色の薄い魚は、釣り人の間ではあまり喜ばれない。
釣りのトーナメントとは釣った魚の重量で競われるので、痩せた魚より太った魚の方に価値がある。至極当然のことだ。
それでもBは敢えて(痩せたコンディションの悪い魚を探せ)という。
これはよく分からん。Bの意図するところを聞きたいが、あまりにも分からなさ過ぎるため、どう質問していいかすら、僕には分からなかった。
しょうがないので、言われるがままエレクトリックモータ中速で、岸際を流していく。
時間にして5分程度、距離にして300メートル程度だろうか、岸際の葦林から3匹の魚が深場に向け逃げていく姿を見かけた。長さはそれほどでもなかったが、体高があり色も濃かった。いわゆる(コンディションの良い魚)である。
近づいてきたボートに驚いたのだろうか。Bの探したいと言っていた(痩せた魚)ではない。
しかしなぜ(コンディションの悪い魚)を狙うのだろうか。それが分からない。
そんな僕の疑問を察したらしく、Bが口を開く。
「今逃げていった奴らだが・・・」
なんだ、ちゃんと見えていたのか。
「見るからに賢そうだろ」
賢そう?面白いワードが出てきたものだ。確かに逃げていくその後ろ姿は、これはルアーを投げても無駄だなと、僕の経験上からも判る警戒した魚の逃げっぷりだった。
「艶々して太っている魚は、たいてい利口なのさ」
利口な魚とそうでない魚がいる。その着目点は僕には少し新鮮だった。
警戒している魚とそうでない魚という観点で、その難易度を考えることはあるが、それとBのいう頭の良し悪しとは、少しニュアンスが違う気がする。
Bが続ける。
「それは異常事態だぜ、魚にとっては」
んっ?異常事態とは一体?
「頭の上を、爆音立てて船が飛び交っている。それもひっきりなしに。要するにいま俺達の相手にしている魚は、通常の環境にいる魚ではないってことさ」
僕にはなかなか返す言葉が見当たらない。
「集団心理学に近いかも知れない」
また小難しい言葉がBの口から出てきたものだ。
「なあ、パニック映画の登場人物で真っ先に命を落とす奴らって、どんな奴だい?」
いよいよ僕の頭は混迷を極めてきたが僕は答える。それがBの期待している回答かどうかは判らないが。
「どうかな、最初にパニックを起こした奴かな」
「それだけだと正解とは言えないな。俺が期待した答えは、もっとざっくりと“頭の悪い奴”という回答だよ」
う~~ん、判るようなそうでないような。それでも僕はBに問うてみる。
「その魚の頭がいいか悪いかって見ただけで判断できるのかい?」
「まあ、ある程度はね。人間でもあるだろ、賢そうな顔とか、頭悪そうとか・・・」
ずいぶん無礼な言い回しだが、Bの言うことは判らなくはない。
しかし頭のいい魚、頭の悪い魚という言い方は、長くバス釣りをしている僕にとって、それは斬新だった。これまでは釣り難い魚とは“お腹が空いていない魚”、釣りやすい魚とは、“お腹が空いている魚”。その程度に考えていて、魚の知能の差なんて一切考えることはなかった。
「よし、どんどん探そうぜ、頭の悪い魚を。キーワードは淀みと濁りだ」
自信たっぷりの元学者の不敵な笑顔が、僕には少し怖かったし、奇妙な興味も同時に沸いたのである。
と、その時、僕の胸ポケットの中で携帯電話が震える。
手に取り見ると、Aからの着信だ。
「もしもし?」
「一匹目ゲット、40センチくらい」
へぇ、まだ釣りを初めてものの10分くらいじゃないか。
Aの餌釣りは幸先良し、僕の方は迷走状態。
僕達の禁断のゲーム開幕は、まあそんなところのスタートだった。




