第四十五夜:この軽犯罪を二人の秘密にしよう(5)
今回のは(今回のも?)自分でも思う。
駄作だ!思い入れが強すぎるのかも。。。
「こんなところで1人で居ると、不審者扱いされますよ」
皮肉のたっぷりと籠った悪戯っ子のような表情を浮かべて、加藤君なる少年が言う。
やはり前回、自分自身が不審者扱いされたことを、今も相当根に持っているようだ。
でも今日の彼の顔は、あの酷い雨の日と比べれば、今日の空模様の如く少し晴れやかである。僕に対しての不審感がいくらかは軽減されたのだろうと、そう思えることに、僕は安心する。
「巡回という名のサボリだよ」
頓智の利いたコメントなど言い慣れてない僕としては珍しく、そんなレトリックを使うことで彼への敵意の無さを示そうとした。
「ふ~~ん、典型的な税金泥棒ですね。冗談は置いといて、今日の用事は何なんですか?まさか、まだ僕が何か悪さをすると考えている訳じゃないでしょう。この前きちんと、とっても理不尽なお巡りさんの尋問には答えたつもりですよ」
問われて僕は答えに詰まった。巡回に来ている。それは間違いではない。
でも、それでは何故この池の辺での巡回なのかと自問しても、僕自身にも上手く説明ができない。
いや、それは嘘だ。分かっている。あの巨大な黒い影が気になっているのだ。
彼がブラックバスといったあの巨大な魚の影。いや、単に大きさだけではない。
大きいというだけなら、コイでも1メートルに迫る大きさになるし、ソウギョなんていう外来種が全国の至るところで大きく育ち、奴らは悠に1メートルを超えるなんてニュースを、テレビで見たことがある。
単に大きい物見たさだけの好奇心ではないのだ。
そう、西川や原田の口にした情報、
(この辺りのブラックバスは最大で45センチくらい)
この少年、加藤君は、あの50センチを明らかに超えていた魚影を、(ブラックバスである)と言い切った。この矛盾が僕にはどうにも気になっている。嘘をつく理由がないのは、おそらく西川と原田の方だ。この少年はまだ何かを隠している。いや、隠しているという表現が適切かどうかは分からない。深く問われていないから答えていないだけ、彼にとってはそんなところなのかも知れない。そう、彼がここに頻繁に現れる本当の目的、僕が知りたいのは、正にそのことなのだ。しかし・・・
「あれ~、この沈黙はやっぱりまだ怪しい奴だと思われてるのかな、僕」
屈託のない笑顔と共に加藤君がそう言った。その笑顔に僕は思いの他に素直になれた。
「加藤君、だったよね。前に見た大きな魚、ブラックバスって言ったよね、確か」
「ええ、言いましたが、それが?えっ、まさか、誰かにそのこと話しました?お巡りさん」
急に現れ出た彼の感情の変化に、僕は少しどきっとした。
「話してない、話してない。誰にも言ってないよ。あの魚のことは。でも・・・」
慌てて弁解に走る僕。その僕の言葉に、僅かに安堵の表情を加藤君が浮かべたような気がした。それは本当に僅かな表情の変化だったが。
「でも、何ですか?」
やや加藤君の表情が固い。やはり彼は何かを隠している。人に知られて都合の悪いことが何かあるのだ。そしてそれは、あの巨大な魚のことと絶対に関係がある。もうその事は、僕の中で確信のレベルにまで達している。
(人に隠し事をさせない唯一の手段は、自分も隠し事をしないこと)
今は亡きお祖母ちゃんから遥か昔に聞いたはずの言葉。数十年の歳月を経て、思い出すことになるとは。
「いや、職場の仲間でね、バス釣りをする人がいて、その人達がここらで釣れるバスは大きくても45センチくらいだって言ってたものだから。あれっ、バスじゃないでしょ。だってほら、50センチどころじゃなかったから、あれ」
またも加藤君の表情が、また少し険しくなったような気がした。
少し口先を尖らしたような顔になって言う。そう言う顔をすると、やはり年相応に、時に幼く見える気がする。
「そんな事を調べるのもお巡りさんの仕事なんですか?そのことによって税金を払っている市民には、どんな恩恵があるんでしょう。公務員にはもっと他にやるべきことが沢山あると思うんですが。所詮まだ税金すら払ってない子供の意見ですけど」
他にやるべきことがあると言われて、思わず(その通りだ)と思ってしまったが、明らかに警戒心を強めたような彼の口調に、一瞬でも彼のことを幼いと思ったことを後悔する。
でも同時に、またもや僕の中の好奇心はさらに膨らんでしまっていた。
「加藤君、やっぱり何か隠してるよね。悪いことをする生徒さんゃないと言うことは、充分理解してるんだけど、どうにも気になって。警察官としてじゃなく、その~、完全に個人的な興味のレベルなんだけど。絶対に加藤君に悪いようにはしないから、どうしてここに来ているのか、その理由を僕はどうしても知りたいだけなんだ」
自分でも自分の言っていることが、勤務中の警察官の口にすべきものなのかと思う。
でも、一体いつ以来だろう、こんなに自分に正直になれたのは。何だか不思議と気持ちがいい。
他人に嘘をついたり、無理に恰好つけたりする必要がない人達は、ずっとこんなに清々しい気持ちで生きているのだろうかと、そんなことを僕は考えた。
その時、急に加藤君は何故かこの池の水面の向こう側に視線を移した。
ふぅと息を一度吐いて、加藤君はゆっくり語り始めた。
「ご存じかどうか知りませんが、この池って四ツ池という名前なんだそうですよ」
「ああ、うん、知ってる」
「その名の通り、昔はこの池の他に3つ池があって、細い水路で繋がっていたんですよ。7年前までは」
7年前。僕がちょうど今の加藤君の年齢の頃だ。ちょうどその頃だったかも知れない。
警官になりたいと考え始めたのは。
「へぇ、詳しいんだね。僕は警官になって今の部署に配属されたのが今年だから。そんなことは全く知らなかった」
「僕は生まれも育ちもこの街だから。昔、池が四つあったことも、そのうち3つの池が埋め立てられたところも、この目で見てきたんです」
加藤君が言葉を紡いでくれるのは、僕としては嬉しいことだったが、彼が何を話そうとしているのかが全く予測できなくなっていた。僕に出来ることは次の加藤君の言葉を待つことだけだ。
「埋め立てる前に、当然池の水を抜くんだけど、それはもう残酷な光景だった」
「えっ?」
年齢以上に感じる落ち着きと、元々の端正な顔立ちが相まって、その(残酷)という言葉が、妙に彼に似つかわしくない言葉だと思った。僕の心がさざ波を立てる。
「水の抜かれた茶色いぬかるみの中で、大量のフナやコイがびちびちと体をくねらせているんです。もちろん中にはブラックバスやブルーギルも混じっている。亀だけがどうにか移動はできてるけど、それでも居場所なんて見つかりっこない。とても見ていられなかったですよ、あの残酷な光景は」
「・・・」
「水抜きの数日後にね、池の周辺を歩くと、風が異臭を運ぶんです。8才の少年にも想像ができるんですね、きっとこの異臭は、あの泥の中をびちびちしていた魚達が死んで腐っている臭いなんだろうって」
遠くのものを見る様な加藤君の視線に、何だか悲しみが漂っている。何故か僕は耐え切れず下を向いてしまっていた。
「この池の右側と・・・」
加藤君は右手の人差し指を向けて池の右手側を示した。ぐるぐると廻した右手は、その埋め立てられた池の大きさを表しているのだろうか。だとしたらその池はかなり大きかったのかも知れない。
「そして向こう側の池が二つ」
池の向こう側に広がっているすっかり草で覆われた広い平地が、埋め立てられた池の成れの果てなのだろうか。その広さは、まだ水を湛えているこの四ツ池の面積とさほど変わらない。これも決して小さい池ではなかったのだろうと想像がつく。
「中学校に上がった頃かな、何の目的であの3つの池は埋め立てられたんだろうって疑問になって、インターネットで調べてみたんですよ。あれだけ多くの生命を奪ってまでして、行政は一体何を成し遂げたんだろうって」
中学校に上がった頃と言えば13才。13才らしくないことを考えるものだなと感心しながら、彼がN中学の生徒であることを思い出し、僕は納得する。
「でっ、調べた結果、どうだったと思います?お巡りさん」
飛んでくるとは思っていなかったボールを不意に投げられたような恰好になり、少し僕は慌てたが、どうして池が埋め立てられたかという理由を僕なりに考えた。もちろんそれは深い思慮ではなかったが。
「さあ、どうだろう。水の事故を無くすとかの理由かな。住宅街も小学校も付近にあるし」
安直にそう答えたあと、少し呆れたような加藤君の顔が目に入る。僕の答えに呆れたのだろうか。きっとそうだろう。短い思考時間の割には、まあまあの答えだと少し思ったのだが。
「街の景観」
「えっ?」
「街の景観だそうです、池を埋め立てた理由が。因みにお巡りさんが言った水の事故防止が2番目の理由だそうです」
「そっ、そう」
あながち僕の予想が外れていなかったことにほっとしたが、街の景観とは、少し僕から見ても納得できないような気がする。今、3つの池があったであろうその空間は、雑草に覆われただけの、ただの空き地なのだから。
その僕の正直な感想をなぞるがように加藤君が言う。
「お巡りさんがいうように、水の事故防止というなら判らなくない。街の景観ってどうなのさって思いません?まだ池があった時のほうが、水辺に花も生えていて、少なくとも今よりは遥かに綺麗だった。しかもあの雑草畑を作るために、多くの命が生きながら悪臭を放っていく様を見せ付けられた訳ですから。当時の僕には、その理由が全く納得がいかなかった」
やや感情的になったような様子で、加藤君が続ける。
「あの頃、この四つの池は、僕達のいい遊び場だったんです。網で小魚を捕ったり、ザリガニを捕まえたり。水の事故っていうけど、よく親に言われたもんです。遊んでもいいけど、絶対に1人では行かないようにって。そうやって水の怖さを教育してくれたんだと思いますよ、両親は。そんな教育すらもせずに短絡的に池を埋め立てる。大人達のやることはよく判らない、幼心にそう思ったもんです」
「ふ~~ん、そんなことを考えるなんて、やっぱり賢い子供だったんだね」
素直な、この上なく素直な感想を言葉にして、僕は加藤君に言った。そんなことなど頓着ないように、さらに彼は続ける。
「当時まだ元気だった父親に、そんな僕の意見を言ったんですよ。その時に父の答えが、今思い出してもよく理解できない内容だった」
「えっ、それはどんな内容だったの?」
「税金を使う為だろうって。意味分かります?例え大した意味がなくても名目だけの公共事業を業者に発注して税金を使う必要があるんだって、行政には」
ついさっき、(税金泥棒)と半分冗談とは言え、そう呼ばれた立場だったので、彼の言葉は少し僕の心に手厳しく突き刺さった。
僕は思わず黙り込む。その時、加藤君が大きく息を吸い込んだことが、僕には判った。
「特定外来生物被害防止法」
「えっ?」
唐突に加藤君の口から出た、やたら難解な言葉に僕は思わずそう言ってしまった。
「特定外来?」
もう一度聞きなおす。
「特定外来生物被害防止法。来年の4月から施行だそうです」
気が付くと加藤君の顔は、何故か怖いと感じる程の真剣な表情に変わっていた。
そんな彼の表情の変化に、僕はまたも言葉を失う。
加藤君の何か遠くを見るような眼差し。
「あのバス、4年前に父が琵琶湖で釣ったブラックバスなんです」
脈略が僕にはさっぱりだったが、それでもその加藤君の告白が、彼の隠している事の核心に関係する事実であることが、僕には十分理解できたのである。




