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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第四十四夜:こだまが鳴るとき

2018年、新しくできた釣り仲間のお話しです。

2人の斜め後方に立って、若い男女が釣りに興じる様を眺めている。

朝日はすっかり東の空にその姿を現し、西からの涼やかな秋風は飽くまで穏やかだ。


私は竿を手にしたまま、しばらくキャストを控えている。

黙々と2人は、小型メタルジグを投げ続けている。少し規模の大きなサバの群れが回遊してくれば、2人同時に竿が曲がることも、十分に期待できるだろう。


本当はサヨリを釣りたかった、というより食べたかったお二人らしいが、暗いうちから竿を出したマズメのサヨリ狙いは、残念ながら不発に終わった。そして気を取り直してのサバ狙いなのである。


そんな2人に会話はほとんどない。その事がまるで気にならない。

会話がなくとも、2人の関係の良好さがその後ろ姿から伝わってきて、これが何とも眺めている側としては微笑ましい。


美男美女、それは間違いない。

でもそんな表現さえ野暮に思えてしまうほど、何より好青年と素敵な女性のコンビなのである。

実はこの2人、私の勤めている会社のお得意さんで、しかも私が扱っている商品の直接のご担当。回りくどい言い回しになったが、平たく言えば、(私の大切なお客さん)ということになる。

縁があって、こうして一緒に釣りをすることとなったのだが、今回が同行すること3回目の釣行。それまで2人はほとんど釣りの経験がなかったようで、失礼ながら今も初心者の域を出ていない。

それでも過去2回の釣行では、それなりの釣果を2人して得ていて、キャストに関しては不安なところがもう全くない。一先ずは私も安心している。


これがゴルフなら、(接待ゴルフ)と呼んだりするのだろうが、(接待フィッシング)という言葉があるかどうか知らない。

仮にそんな言葉があったとしても、(接待)という感覚は私にはない。

何より私自身が、2人以上の釣り好きのため、(接待)という言葉が醸し出す嫌々感が、全くないことが理由の一つ。

そしてもう一つ、この2人に気を使うところが、これまた私には全くないのである。

さすがに、(それじゃあ、釣れないでしょう)と思う場面では、ひと声ふた声、アドバイスもどきの言葉を掛けることもあるが、大部分の時間は、お二人に好きなように釣ってもらっていると言う状況なのだ。

今、私がキャストを控えているのも、決して気を使っている訳ではなく、サバを捕食すべく、たまに回遊してくる大型シーバスがボイルするのを、ひたすら待っているのである。

チャンスは少なかろうが、もし運よく一本でもシーバスが釣れれば、その個体はサバを大量に捕食したコンディション抜群の魚体であるはずで、釣った魚を食べることには全く頓着のない私とは違うお二人にとって、きっといいお土産になるはず、というのが取らぬ狸の何とかと、私は考えている訳である。


1回目の釣行の際のメインターゲットも、例年より少し遅れてこの漁港に入ってきたサバだった。そして2回目の釣行がカサゴの夜釣り。旬で食味も良く、初心者にも釣り易いターゲットと場所を選んだ結果である。


そして今回がサヨリ。釣れ始めれば、しばらくの期間は釣れ続けるサバや、必ずそこに居ると判っているカサゴと違い、水温の変化に敏感で、海が一荒れすれば、あっという間に移動してしまうサヨリは、狙って釣るにはリスクが高く、その懸念は今回見事に的中してしまった訳であるが、その事を少しも申し訳ないと私は思っていない。


(It is the fishing. それが釣りというものだ)


お二人がこれからも釣りを続けるなら、それほど遠くない未来に、どうせ経験することなのだから。


さて、私が今から楽しみに思っていることが一つある。

それが春先のベストシーズンに、お二人をメバルのルアーゲーム、即ちメバリングに連れて行くことなのである。それも専らデカメバル狙いがいい。


よく釣りをしない人から、(今まで釣った一番大きな魚は?)という類の質問を受けることがある。これが何とも答え難いものなのである。

質問した側は、極めて単純な質問をしたと思っているのだろうが、そうは簡単にいかないことは、釣りを嗜む人間なら判ることだろう。


単純に長さで言えば、毎年1メートルを超えるタチウオを、私は釣っている。

今年は運なくキャッチできなかったが、80センチ以上、重量にして5キログラムを超えるシーバスも、これまで何本釣ったか、数え切れるものではない。

そんな1メートルのタチウオや、80センチを超えるシーバスよりも、2002年に私が釣った61センチのブラックバスの方が、遥かにアングラーにとっては価値のある魚であることは、ルアーフィッシャーマンからすれば、至極当たり前のことなのだが、釣りをしない人間に、このニュアンスを伝えるのは、なかなかに困難だ。

そしてメバル。俗に(尺メバル)と呼ばれる30センチを超える個体。これは釣り人にとっては格別と言ってよい。


記憶が確かなら1990年代始め頃、日本でも60センチを超えるブラックバスが、いよいよ各地で釣れ始めた頃の話。


「60センチのバスと50センチのバスは全く別物、同じ釣り方は通用しない」


などと、よく言われたものである。

同じ釣り方が通用しないかどうかは別として、確かに同じ魚種でも、ある大きさ以上の個体になると、体型や性質、そして不思議なことに顔付きまでが、明らかにアベレージ魚のそれから大きく変化することは、私の経験からも否定できない事実なのである。


その閾値がメバルの場合30センチ。30センチを超えた個体は、それ未満の個体とは、全く別の魚だと考え、アングラーはそういう覚悟を持って、フィールドに出向くべきなのである。

その一番の要因は、やはり魚のパワー。30センチを境に、28、9センチの魚とは一気にケタが変わるような力強さが、尺を超えるメバルには宿る。

鳥料理専門店のメニューで見かける、(親鳥)と(ひな鳥)の違い。当然、親鳥の肉のほうが固く、ひな鳥が柔らかい。

この差は、専門家に言わせると、(たった一日の違い)であるらしい。即ち、孵化後、○○日未満がひな鳥、○○日以上が親鳥。姿かたちではない。つまり孵化後○○日を境に、肉質が、がらりと変化するようなのである。

これと同じことが、もしかしたらメバルにも起こるのかも知れない。

所詮は、誰から聞いたかも忘れてしまった私の知ったかぶりではあるが、異論があれば、どうか心の中だけで呟いていて欲しい。


さて前記のように、私のバスフィッシングに於けるレコードフィッシュは61センチである。2003年に奈良県池原貯水池、2009年に滋賀県琵琶湖で、相次いで日本記録が更新された。因みに2009年琵琶湖で仕留められた重さ22ポンド4オンスのバスは、日本記録であると同時に、それは世界記録でもある。

2003年以前の日本記録は、長らく兵庫県生野銀山湖で釣られた魚、長さ63センチ、重さ約5キロ半のバスだった。

この事実を取っても、私が2002年に釣った61センチのバスが、如何にアングラーにとって価値があるものだったかが判るだろう。


この61センチのバス、特別なタックルで釣った訳ではない。

ロッドは6フィート6インチのミディアムヘビーパワー、ラインはナイロン14ポンド。

まあ普通よりは、ちょっと強めで太目かな?程度のタックルを使用してのキャッチだった。それも(あっさりと)と言う表現ができる程の短いファイト時間で、逆に水面に浮いてきたバスの頭のでかさに、その時に至って、やっと慌てふためいたという釣れ方だった。

要は、バスとして最大級と考えてよい60センチ級が相手であっても、当時からバスタックルは、対象魚に対しての十二分な性能的アドバンテージを、既に有していたのである。


同じくシーバスタックルに関しても、私自身メートルオーバーをキャッチした経験はないが、90センチを超える魚とのファイトは幾度も経験している。

キャッチできたことも、当然バラしたこともあるわけだが、バラしたその要因は、タックルが魚に負けたというよりは、謙虚に言えば私の技術的未熟、棚に上げればただの不運。タックル自体には、まだまだ余力が感じられた。


元々釣り用タックルとは、対象魚に対して、アングラー側に絶対的なアドバンテージが保たれる様、設計されているはずなのである。そうでなければ、それは道具としての欠陥と呼ぶものか、若しくはアングラー側のセッティングミスだ。

バス用タックルもシーバス用タックルも、対象とする魚に対して、古くから十分すぎる性能的歩留を有して作られているものなのだろう。


これはきっとメバルタックルでも同じことが言える、言えるはずだ。

しかし私が思うに、このアングラー側の持つアドバンテージが、他の釣りと比べて比較的小さいのがメバリング、それも尺以上の魚を狙うデカメバリングなのではないか。


メバル用タックルとはいわゆるライトタックルである。

極小ワームに1グラム程度の極小ジグヘッドが基本。これはもちろん、メバルが常食しているベイトにサイズを合わせる必要があるから、自ずとリグはこうなってしまうのである。

この小さく軽いリグを、メバルの潜むポイントまで投げる必要があるから、当然ラインは細いものを使用せざるを得ない。

小さなリグの重量を、キャストの際にタップリと乗せて、曲げて、そして弾き飛ばす必要があるので、竿は細くしなやか、そして柔らかくなる道理である。

そんなライトなメバルタックルで、大型メバルを掛けた場合、これがなかなかにスリリングなのだ。


通常のメバルタックルでパワーが不足しているなら、大型メバル用に専用のタックルを組めばいいじゃないかと考える人もいることだろう。

しかし難儀なことに、大型のメバルほどアベレージサイズのものと比較して、よりナーバスにして偏食、加えてより浅い場所を好むという厄介な性質がある。


ではそのデカメバルの性質に伴って、タックルはどうあるべきか。

(ナーバス)なので、糸は太くできない。

(より浅い)のでリグはさらに軽くなる。

(より軽い)仕掛けを投げる必要があるので、竿はさらにしなやかで柔らかいものが扱いよい。

要するに、より大きなメバルを狙うために、タックルはより繊細でなければいけないという、アングラー側としては、大変な矛盾を突き付けられる格好となるのである。


思い出しても興奮するのが2007年4月のこと。まだ夜気が冷たい徳島県は鳴門漁港で釣り上げた32センチのメバル。

その日メバルの活性は低く、釣りを始めてすぐに吹き始めた西風は、瞬く間に強風となった。それまではどうにか底取りができていた1グラムのジグヘッドでは、風に糸が煽られ、全く海中で何が起こっているのか判らないという状況。風裏のポイントを付近で探すにも限界があった。


(底が取れなければ魚は釣れない)


当時そう考えていた私は、ジグヘッドの重量を増やそうかと悩んだ。

今にして思えば、この時、私は大きな勘違いをしている。しかしその勘違いは、多くのメバルアングラーが、今もそうと気付かず抱えている勘違いでもある。

その諸悪の根源は、ソルトウォーターライトゲームタックルを、(ロックフィッシュモデル)と名付けた釣り業界に責があると、私は思っている。

すなわち、メバルと並ぶソルトウォーターライトゲームの人気ターゲットであるカサゴは、まさに海底の根に潜むロックフィッシュそのものなのだが、釣りの対象としてのメバルを考えた場合、根に潜んでいる魚という概念は、不要に釣り人を正解から遠ざける考え方となるのだ。

この全く性質の違う二魚種を、一緒くたにロックフィッシュと括ってしまった事、これがよくない。


私がメバリングを語るとき、(ナイトシーバッシングのライト版)という表現をよくする。

エサを取る気の無いニュートラルな状態のメバルはどうだか知らないが、ルアーを積極的に襲ってくるメバル、つまり釣りの対象として狙うべきメバルとは、ロックフィッシュと呼ぶどころか、むしろ回遊してベイトを探し求めているシーバスに、極めて特徴が似ていると考えるべきなのだ。その方が絶対に効率のよいメバリングを、アングラーは展開できるのである。


すなわちメバリングでは、何も積極的に底を取って釣る必要がないというのが、今の私の考え方である。但し、底は取らずとも、今釣っている場所の水深がどの程度なのかを把握しておくことは、やはり重要ではある。


誰か業界の人で、そろそろこの(ロックフィッシュモデル)という言葉を使うのをやめようと言う人は出てこないだろうか。そのことに因って、多くのメバルアングラーの眼から、大きくぶ厚いウロコが、ぼろりと落ちることだろう。


さてさて、そんな誤解もあって、ジグヘッドを重たいものに替えようと決断した私は、強風と潮流によって岸際近くまで運ばれていたリグを回収しようとリールを巻いた。

リグが通過する岸際は浅く、竿を一杯に立てて糸を回収しないと、根掛かりが避けられない程の水深だった。夜光素材が含有されている白いワームが、水面直下を泳いでくるさまが、闇の中でもよく視認できる。いよいよピックアップの瞬間、突然ワームの発する光が消えた。数舜遅れて手元に伝わる衝撃。


「うわっ!」


三方を丘で囲まれた鳴門漁港に、私の驚きの声がこだました。

返ってきたこだまの大きさに、もう一度、私は驚いた。

シーバスの様にエラ洗いはしない。カサゴの様にあっさり大人しくならない。青物の様に泳ぎが速いわけではない。しかし、これが力強い。

他のどんな魚種にも例えられない大型メバルのトルクフルな抵抗は、その後時間にして3分以上も続いた。


付近でできるだけ深い場所の、それも底を釣るというやり方が、大型カサゴを釣るには有効であるが、デカメバルの釣り方としては、それは必ずしも正解ではないと気付くきっかけを授かり、結果、私のデカメバル捕獲率を一気に高みに導いてくれた、記念すべき尺メバルとのファーストコンタクトの思い出である。


掛かった魚の引きの強さに驚いて、思わず声が出た経験は、私の長い釣り歴の中でも、これが最初で最後のこと。そういう意味では、(これまで釣った一番大きな魚は?)の質問に対して、私はこの尺メバルを挙げるべきなのかも知れない。




「あんた~、よう釣るなぁ~」


竿を曲げている女性に、男性がのほほんとした平和な声を掛ける。

女性は無言で竿を捌き、リールを巻いている。

なるほど言われてみれば、先ほどから女性の方が頻繁に竿を曲げている気がする。

思い起こせば、前回の釣行でも、確かに・・・


暫くして、またまた女性の持つ竿が曲がる。またも黙々とリールを巻いている。

それだけ見れば、あまり魚が掛かったことを喜んでいる様子には見えない。

美しい女性ではあるが、そんな淡々と魚を釣る後ろ姿が、何となく田舎のおばちゃんが、黙々と畑の芋を掘っている姿に重なってきた。


「あんた~、よう釣るなぁ~」


妬む様子もなく、のんびりとした口調でまた同じ言葉を、男性が掛ける。

嫌な顔一つせず、女性の釣り上げたサバのワタを処理し、大きな氷の入ったクーラーボックスに放り込む。

男性側が、釣りを再開しようと竿を持った正にそのタイミングで、またもや女性の持つ竿が曲がる。もう一度言う。


「あんた~、よう釣るなぁ~」



(亭主関白)、(かかあ天下)、(夫唱婦随)etc・・・


男女(夫婦)の関係を表現する言葉は多々あるが、ピタリとこのカップルに当てはまる言葉が、私のボキャブラリーにはない。それでも、何とも微笑ましく感じてしまうやり取りと平和な雰囲気。


しかし、しかしである。相手がサバやカサゴなら、まあよろしい。

経験豊富な私を持ってして、思わず声を上げてしまったあの尺メバルの力強さ。

これに遭遇した時、果たしてこのお二人は、変わらずのほほんとした雰囲気を纏い続けていられるかどうか。


相手は尺メバル。タックルの限界を試すかのような強烈なパワー。しかも高級食材。煮つけは定番、そのサイズなら造りも絶品。脳裏にチラつくは明日の夕食の献立。

さてお二方は、それでも平常心を保てるかどうか。


(うゎ!)


そんな驚嘆の『こだまが鳴るとき』を、私は今から楽しみにしているのである。



Kさま、Nさま、来年も宜しくお願いします。


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