第四十二夜:禁断のゲーム(4)
禁断のゲーム開幕です
50艇を超えるバスボートが、南詰桟橋周辺にひしめき合う光景は、中々に壮観だった。
僕とBの乗っている5馬力船は、その両脇を18フィートはありそうな黒い大型バスボートに挟まれ、何とも立つ瀬の無い印象だ。ちらりと右側のボートに搭載されている巨大なエンジンに目をやると、海外船舶メーカのロゴと200の文字が確認できる。恐らくこの200は200馬力を意味しているのだろう。
「200馬力のエンジンは、やっぱり迫力があるねぇ」
Bにそう話しかけると、(ふんっ)という顔をしたBが答える。
「今時200馬力なんて排気量1600CCの車でも出るぜ。たったそれだけの出力にこんな馬鹿でかいエンジンを作るなんて、船舶業界って努力が足らねぇんじゃないのかい」
その憎まれ口が、両隣のアングラーに聞こえていないかと、思わず肝を冷やした。
そんな僕の杞憂など気にも止めないという風情で、Bは8インチの端末画面に視線を向けている。
ここは西の湖。季節は4月下旬。西の湖JBプロ戦の開幕戦である。
我々の周りに浮いているボートの全てが、このトーナメントの参加選手なのである。
所属するチームやスポンサー企業のユニフォームなのだろうか、いわゆるトーナメントシャツを皆が着込んでいる。中々に派手やかだが、これに関してもBに言わせると、
「何だよ、あのだぼだぼした白衣のようなダサい服は」
という印象になるらしい。
「何で皆あんなだぼだぼの白衣なのさ?」
とのBの質問に対して、(面積がある方がスポンサーのロゴが沢山付けられるからじゃないの?)と私は返した。
「ほとんどスカスカで、たっぷり生地が余ってる奴ばかりじゃないか」
そのBの大声に、またもや僕はどきりとする。
でもまあ、それは確かにBのいう通りで、一応プロ戦とは言え、このトーナメントはトップカテゴリーの試合ではない。これから一流のトーナメンターを目指す者達の、いわばトッププロへの登竜門的位置付けの大会なのだ。
それでも僕の眼から見れば、テレビや雑誌でその顔を見ることのある、憧れとまでは言わないが、それに準ずるくらいの存在のトーナメンターもちらほらし、僕的にはかなり朝から舞い上がっている状態なのだ。
そんなことなど全く興味も知見もないBは、端末を見ながら少し唸る。
「おい、半径500メートル以内に一個しか発信器からの信号がないぞ」
これまで僕が西の湖に浮かんだのは、初めてBと同船した3月上旬の、あの日から数えて3回。これらの釣行で釣った大型のバスは、50センチを超えるものが1匹と、40センチオーバーが6匹。その全てに発信器が取り付けられている。40センチオーバーのバスの中で、50センチに迫る大きさのものが3匹。その全ては、Bが推奨した13インチロングワームのほっとけメソッドで釣り上げたものである。
結局は最初に釣れた50センチオーバーが、最も大きい魚だったという訳だが、それでも3回の釣行で、48センチ以上を4本という結果は、これまでの僕の西の湖キャリアを鑑みれば、上出来と言っていい釣果なのだ。そのことが何だか悔しいが。
釣果自体はそんな感じなのだが、それ以上に僕が驚いたのは、13インチワームへの魚のバイトの多さである。キャッチした48センチ以上の魚は4本だけだが、その倍以上のバイトが、このバカ長いワームに実際はあったのだ。もちろんそれ以外のルアーも、合間に投げていたのだが、こちらの釣法では最大の魚で44センチ。Bの推奨したメソッドは、確かに大型の魚に有効だったと認めざる得ない結果となった。
さてこの私とBの釣行以外に、一度だけAとBのコンビで西の湖に浮かんでいる。
それがちょうど一週間前の先週の週末。
この時、Aはルアーを使わず生き餌で一日釣りをした。
餌は大きなドバミミズを使用したらしい。この餌を調達したのはB。何でも大学の後輩に連絡を取り、無理やり手配させたらしい。研究室の上下関係は、下手な体育会サークルなどより、よほど体育会系らしい。
このドバミミズの長さはちょうど13インチワームと同じサイズ。
長さというよりは体積と、その動きと匂いを理由とするBの最終結論だったと言う。
これを餌にBのアドバイスした場所に、チヌやコイのぶっ込み釣りの要領で、投げて置き竿、たったそれだけ。この単純な釣法で、何とAは4本の40センチオーバーを一日で釣り上げたのである。
この結果を、(餌釣り強し)とみるべきなのか、それともBのアドバイスが的確だったのか、判断に悩むところではある。
果たして私の釣った7本と、このAが釣り上げた4本の計11本の40オーバーのバスに、発信機が取り付けられていて、その後、漁師の網にでも掛かり駆除されていなければ、発信器を背負った11本の40センチオーバーが、今もこの西の湖のどこかで泳いでいるという訳である。
発信器の受信可能範囲は約500メートルで、単純に面積に換算すると、0.785平方キロメートルとなる訳だが、今Bの端末でチャッチしている信号は、その範囲の中に1匹の信号しか入っていないらしい。リリースした場所はばらばらではあるが、それでも西の湖の面積が約2平方キロメートルなので、もう少し多くの信号をキャッチしてもいいはずだが。そんな懸念を僕が口にすると、
「もしかしたらどこか一カ所に固まっているかも知れない。春だしな」
意外とBは前向きである。そもそも魚に発信器を取り付けた目的は、魚の居場所の傾向を掴むためのものであって、発信機を取り付けた魚を、再び釣るのが目的ではない。
それから湖を動き回り、いくらかの信号をキャッチできれば、魚の付き場もその水深も、ある程度判断できる情報を得る事が可能だろう。今の段階では、それほど神経質になる必要はないようである。
スタートの合図まで、特にやることもない。
と言うより、そもそもトーナメントに参加している訳ではないので、スタートの合図を待たず釣りを始めてもいいのだが、そこはただに、そのプロトーナメントの開幕戦という厳かな雰囲気を味わっているのである。
手持ち無沙汰なので、何となくBが眺めている端末の画面に目をやると、その液晶には、ここ西の湖の地図がプロットされていた。その地図には、地上でいうところの等高線、いや、この場合等深線と言うべきか、それがちゃんと標されている。どこで手に入れたのかと問うと、誰でもどこでも手に入る一般的なアプリだとBは言う。
画面上、一点の赤い点が表示されていて、ここから北側に約100メートル。そこの水深は・・・
「今、この赤い点の一匹は水深1mのシャローに居るってことかい?」
「みたいだな、降水量や放水量で多少の誤差はあるだろうけど。まあ朝一に魚が浅い所に居ることは、決して珍しいことではない」
そんなやり取りをBと船上で行っていた時、周りのボートと比較して、ひと際小さなボートが近づいてくる。強風が吹けば転覆しそうな手漕ぎボートの上で、Aがこちらに向かって手を振っている。船舶免状を持っていないAは、手漕ぎボートにしか乗れないのである。
もちろんAも今日釣りをする。エサは先週4本の40アップを釣り上げたドバミミズ一本。
Bに言わせると、(今日の本命はAの餌釣りによる釣果)、即ちBの指示する(良さそうな場所)で、一日ミミズを使った餌釣りが、我々の切り札なのだ。
そのBの言葉を聞き、少しはムッとした僕なのだが、同時に少し肩の荷が下りたと感じるのもまた事実である。それにしてもAの乗る小さな手漕ぎボートは、このプロ戦の舞台に、何とも不似合いだ。
「ごめんなさいね~、ちょっとごめんなさいね~~」
大阪の籠売り商人よろしく巨大バスボート群を掻き分け、小さな手漕ぎボートに乗ったAが、僕達のボートに近づいてくる。身に着けているライフジャケットは、ボートハウスからの借り物で、いかにも安物と判る。
Bに言わせると、今日の僕の最大のミッションは、このAの乗るボートを、船外機付きのボートで、目的の場所まで引っ張っていくことらしいのだ。つまり僕の釣果は、はなから期待されていない訳だ。
Aのボードデッキには、彼が学生時代から愛用している今や骨董品と呼んでいい古いベイトタックルが3セット並んでいた。それを見止めた他のアングラー達が、少し怪訝な顔をする。今回はプロ戦なので、アマチュアは参加できない。従って、Aが今日のコンペティターの1人と誤解する者は、よもや居るまいが、それでも場違いであることに違いはない。
やっとのことAが僕達のボートの隣に到着した。
改めてAのタックル3セットを見ると、本当にリールがデカい。
以前はバスフィッシング用ベイトリールの代名詞であったメイド・イン・スウェーデンの丸型リールなのだが、その時代遅れさが、逆に何だか妙にかっこよく見える。
製造技術の向上と共に、剛性が高められた今風のリールは、全て小型化している傾向にあり、ボートデッキの上でその存在が映えない。Aのデッキに並ぶ無骨なリールには、街中でよく整備された古いポルシェを見かけた時の様な、奇妙な感動を覚える。
「もうそろそろ、スタートだよな」
えらくAが興奮しているようだ。きっと先週の釣果に因るものだろう。
Aにとってはルアーで釣ろうが餌釣りで釣ろうが、あまりその喜びに差異はないらしい。
年に数度という頻度ではあるが、それでもAとはこれまで何十回と、一緒に釣りをしている。僕の記憶では、50センチに迫る魚をAが釣ったところを見たことがなく、きっと彼にとって先週の釣りは十二分に満足できたものだったのだろう。
残念ながら生粋のルアーフィッシャーマンを自負する僕は、単純にそうはいかない。
逆に今日Aが、プロアングラーを上回る釣果を、餌釣りで持ち帰った場合、これは僕としては、なかなかに微妙な心境となるのだろう。
「おい、ロープ投げろ」
唐突にBがAに声を掛ける。
(ほらよ)とAが投げたロープを僕が受取り、自分のボートのスターンに繋ぐ。接続完了。
「それじゃ、ぼちぼち行くべか」
そう言ったのはもちろんBである。
5馬力船外機のギアがニュートラルに入っていることを確認した僕は、力一杯セルロープを、右手で引っ張る。
(プススッ、プスン)
エンジン掛からず。始終を見ていた隣のトーナメンターの冷たい視線が痛い。
今度はロープを両手に持って、力の限り引っ張る。
(ブルッ、ブルルーン、ボッ、ボッ、ボボボボ・・・)
エンジン始動。もう一度Bが言う。
「ぼちぼち行くべか」
周囲に居並ぶトーナメンターを一瞥し、Bが不敵な笑みを浮かべる。
バスプロと呼ばれる人達へふっかけた僕達(主にB)の喧嘩。
禁断のゲーム、初戦開幕。




