第三十八夜:禁断のゲーム(3)
エピローグに向け鋭意製作中。上期も無事終わったことだし。釣り人からの感想求む。。。
結局、僕がBを叩き起こしたのは、もう正午になろうかという時間になってからである。
(11時になれば起こせ)と言われていたが、その後全く何事も起こらず、Bを起こすタイミングを逃していた僕が、43センチ、約1キロの魚を、正午前にやっとのことキャッチし、そして高いびきで寝ていたBを起こしたのである。
「やっとまともなのが釣れたよ。水深は1匹目といっしょ。約4メートル」
少しはドヤ顔になったであろう僕の差し出す魚を、眠気眼のまま、興味無さげに見るB。
「その魚は、まあまあの魚なのか?」
この魚の価値も判らない奴に説明するのが、何だか癪に障るが、仕方なく僕は答える。
「この魚が、試合当日に5本揃えば、まあ優勝だろうな」
「ああっ、そう。でっ、お前の腕でそのサイズの魚を5本揃える確率はどうなのさ?今、12時だから、釣りを始めて約5時間か・・・」
(ぐっ・・・)
嫌なことを言いやがる。3月の低水温期、フィールドの状況はまだまだ厳しいと言える。4月中旬の開幕戦の頃には、少し釣果は上向き傾向となろうが、それでも・・・
「よく捕れて2本、期待値は1本ってとこだろうな。俺の実力では」
自尊も謙遜もなく、正直に僕は答えた。
(まあ、そんなものだろう)とでも言うようなBの顔が、なかなか腹立たしい。
腕を組み、暫しBは沈黙する。何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。
元学者の表情の変化は、読み取るになかなか苦心する。
「そういうことなら、50センチクラスのモデルフィッシュが欲しいなぁ。まあいいや、その魚に、一応発信器付けとこう」
ホッチキスでバチン。そんな感覚で、いとも簡単に発信器が魚の背鰭に付けられた。
何の未練も愛着もないように、魚を湖に返すB。まあ、お前が釣った魚じゃないしな。
魚を放しながら、Bが問う。
「ここの水温は?」
魚探の画面を見て、(11.8℃)と答える僕。
「約12℃で・・・5時間で・・・ぼそぼそ・・・3月か・・・」
何やら呟いているB。元学者のCPUが何かをアウトプットするまで、僕は待つしかない。
(うんっ)
何が(うん)だかさっぱり理解できぬが、でっ、何だというのだ。
「作戦変更だ。今日1日、ひたすらデカいのを狙ってくれ。デカいのをモデルに、魚の動きの全体像を捉える作戦に変更だ」
デカいのを狙ってくれと言われたところで、狙ってデカいのが釣れれば苦労はない。
例えばデカいルアーを使えば、釣れてくる魚のサイズは大きくなることが多い。
でも、それは小さい魚が釣れなくなるから、結果として釣れてくる魚の平均サイズが大きくなるだけの話。デカい魚を釣るのにデカいルアーが必ずしも有効という訳ではない。
それどころか、過去の僕の経験でいえば、フィールドからの魚信が途絶え、情報量という観点からも、釣り人の精神衛生的なものからも、明らかに悪い方向に転がることの方が、圧倒的に多いのである。
結局、僕の選択した行動は、先の40センチアップも含め、今日結果を出しているテキサスリグのワームを、気持ち大き目のものに替えたというだけだった。
それが好結果に繋がるとは思えないが、(デカいのを狙ってくれ)と言われ、何の手立ても講じないでは、Bに馬鹿にされかねないという心情による、言わばアリバイ工作のようなものだ。
こんなところが、なかなかに釣り人とは心が卑しい。特に自分ではそれなりに(釣りが上手い)と己惚れているような輩は。僕のことだ。
ワームを付け替えた僕の行動には、特に興味を示さず、Bが言う。
「しかし・・・これは・・・なかなか手厳しいなぁ」
んっ?何のことだろう。単純に今日の釣果のことを言っているのではないだろう。
「寝そべりながら考えてたんだが・・・」
考えていただと?いびきが聞こえていたぞ。まあいい、何を考えていたというのだ。
「これは・・・釣りのテクニックってのは、とても重要だぞ」
そのBの言葉には同意できるが、逆にこれまで釣りのテクニックは重要ではないとでも考えていたかのような言い種。お前がおかしいのではないか?
「いや、テクニックという言い方は正確ではないかも知れない。釣りの限界、若しくは制限だな。ここまで色々と制限が出てくるとは、俺の想像を超えていた」
いよいよBの言っていることが僕には理解し難くなってきた。
(釣りの限界)、(釣りの制限)とは一体。
取り敢えず僕は、そのことをBに問うてみる。
(色々あるんだが)と前振りしながらBが続ける。
「まず最初に感じた制限は、魚との距離さ」
「魚との距離?」
「そう、距離。ルアーなるものが、あんなに飛ばないものだとは思ってなかった。あの程度の飛距離では、いや、飛距離というより釣り人と魚との距離だな。間違いなく魚は、釣り人の存在に気付いているよ」
なるほど、そういうことか。それならと僕は返す。
「今日はこれまでショートディスタンスの釣りをしてきたけど、その気になれば40メートルくらいのキャストはできる。ルアーの操作性が悪くなったり、ピンスポットを正確に狙うことが逆に難しくなるが・・・」
「いや、そのレベルの問題じゃない。今乗っているボートの大きさなら、100メートルも先から、魚はその存在に気付いているさ。特に大型の魚は、側線の性能がいい。大きな魚ほど臆病ってのは、これが理由だよ。それともう一つ、今、お前が言った操作って奴よ。これが案外に厄介者だな」
んっ?よく判らん。
「操作が厄介ってどういうことよ、俺には判らない」
「今日、俺が真っ先に違和感を持ったのが、お前が竿を煽って何かしようとした時だよ。魚にルアーを気付かせるだの何だのと、お前は説明したが」
どうもBが言っているのは、朝の早い段階で、僕がサスペンドミノーにトィッチアクションを加えた時の事を言っているらしい。そう言えば、Bはその時、(おいおい)という、何かに呆れたような言葉を口にしたはずだ。
「シャッドにしろバグにしろ、フィッシュイータの餌となる生物はな・・・」
シャッド、つまり小魚、バグ、虫。全く釣りをしないBから、バスアングラーの専門用語だと思っていたワードが出てきたことに、少々僕は驚く。そのことを僕がBに伝えると、
「ただの英語だよ。パンフィッシュの研究の最先端はアメリカさ」
そんな言葉が返ってきた。
「つまりシャッドもバグも体の内部の筋肉で動作を始め、結果水中に波動を起こす。対してルアーなるものは、体の外部を釣り糸に引っ張られることによって動く。この差はでかい。でか過ぎると言ってもいい」
Bの言っていることは判る。判るというより、糸の存在を極力消し去ることが、魚釣りに有効なことは、バス釣りに限らず魚釣りの常識だ。
古い言い方をすればテグス、新しい言い方をすればライン。この釣り糸の発展の歴史とは、如何に細く、如何に強く、そして如何に魚から見えにくいものとするか。たったそれだけの追及のための苦難の歴史であったと言ってよい。
Bが続ける。
「半日釣りを見せて貰ったが・・・」
(いや、見てたのは最初の1時間くらいで、後はビール喰らって寝てたじゃないか)
そう突っ込みたくなったが、それでもBの言葉に僕は素直に耳を傾ける。
「何というか…糸を極力水中で動かすことなく、ルアーが勝手に動いているような、そんな釣りってできないのかな?あたかも生き餌を使ってるようなイメージだよ」
(う~~~ん)
無くはない。琵琶湖なんかでビッグバスを狙う釣法として、(ほっとけメソッド)なんて言われるワームを湖底に置いたまま、暫く止めておくという手法が、確かに今注目されている。そのことをBに説明すると、(そのワームなるものを見せてくれ)とBは言う。
人様のタックルボックスをひっくり返す勢いで、ワームを漁るB。今日初めて見るBの活発的な動き。
「おっ、これなんかいいかも」
Bの眼にかなったのは、僕自身、世の流行に流される形で、購入はしてみたものの、実際は一度も使ったことのない13インチのロングワーム。
これは偶然か?Bが選んだワームとメソッドは、今、琵琶湖で最も熱いと言ってもよい13インチロングワームのほっとけメソッド。
繰り返すが、Bは全く釣りに関する見識がないのである。
そんなBが導いた答えが、この最も今旬とされるメソッドであるという驚愕。
「ワームをポイントに置いたら、ゆっくり船で遠ざかることができるか?」
(それはできる)という僕。
「水深は、さっき釣れたのは4メートルだったっけ?じゃあ3メートルくらいがいいかな、どこか適当に藻の周りにルアーを置いてくれ」
Bに言われるままエレキ微速で若干岸に近づき、辺りで一番大きなウィードのモスの影に、僕自身にはとても釣れるとは思えない超ロングワームを落とし込み、再びエレキで離れる。
リールからラインが引き出されていく。
ワームを落としたポイントから30メートルは離れただろうか。
この距離で果たして魚のバイトが取れるのだろうか?僕は不安になる。
不安を抱えたまま、少し気になっていたことをBに問う。
「実はこの釣り、今琵琶湖で流行っている釣り方なんだけど、当然お前は知らないよな」
(知ってる訳がないだろう)とB。
「じゃあ、どうしてこの長いワームを選んだんだ?」
僕はその時、その問いに関するBの答えを、かなりの確信も持って待っていた。
即ち、(動かずとも遠くから魚が認識できるから)しかし・・・
「糸の存在を極力消したいんだよ。それはルアーとの相対的な関係で、糸の先についているルアーがデカければ、多少糸が太くとも、その存在感は相対的に小さくなる」
意外な答えだった。果たしてそれだけなのか?
「あと、匂いかな。今ついている奴が、一番匂いが臭かった。俺がこの前見せた数式、まあどうせ忘れているだろうが、匂いってのは重要なんだよ」
思い出した。確かに、Bの作り上げた数式では、匂いのパラメータが3乗されていた。
最も重要視されていた要素である。しかし、釣り人の観点で見た場合、手放しに賛同できかねる経験も僕はしている。
例えばハードルアーによる入れ喰い。プラスティック製プラグにせよ、ワイヤーベイトにせよ、匂いという要素は全くない。にもかかわらず、ちゃんと魚はバイトしてくるのである。
「それは単純に食い気の立っているごく一部の魚が釣れてきているだけだよ」
Bの答えは素っ気なかった。
Bがさらに続ける。
「釣りの上手い下手ってのは、一体何だとお前は思ってる?」
それは、色々あるだろう。
まず魚の居場所を予測する能力が最優先。それから正確なキャスティングテクニック。ルアーを揺すったり、跳ねさせたりする喰わせるためのルアーアクション。魚が掛かってからのランディングにも、釣り人の腕の差が出るだろう。他には・・・
「ずばり、如何に釣り人、つまり自分の存在を消せるかだよ。俺が感じた一番重要なテクニックは」
目から鱗、正にそんな感覚。
暫く僕はBの顔を見ていただろう。
と、その時、ロッドティップが少し重くなる。風で船が流され、ルアーがウィードでも拾ったか?否、微かな生命感を感じた僕は、反射的にフッキング動作に入った。
(おっ、これは)
滅多に感じることのない魚の重量感。力強く首を振る躍動も重々しい。
30メール以上出ていた糸を、決して無理はせず、しかし主導権は渡さず、ゆっくりと巻き取っていく。
ボート際での最後の抵抗を躱し、ランディング態勢に入った僕は、思わず息を飲む。
水面に浮いたのは、明らかに50センチオーバーのランカーフィッシュ。
少しぎこちなくなりながらのハンドランディングだが、長いファイトで消耗したのか、あっさりと魚のあごを掴むことができた。
僕にとって、西の湖で釣る初めての50センチオーバーだった。
(ふん)
そんなBの鼻息が、僕の後ろから聞こえた気がした。




