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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第三夜:18年目の結論

最高の釣友達であるマサヨシに捧げる一話です。

「ほいっ、来た」


右手のスナップを効かせた電撃フックセットが決まった。

ティップからベリーに掛けて、しっかりと魚の重みが乗っている。

こういう理想的なフッキングが決まると、少々のことでバレはしない。

上下左右に走り回るアジの引きを楽しんだ後、ヒョイと海面から抜きあげる。

予想した通り、フックはアジの上顎をしっかりと捉えていた。


「フネちゃん、今日は絶好調じゃん」


そう私に声を掛けるのは、20年来の釣り友達であるマサヨシである。

今日私は既に20匹以上のアジを釣っていた。

一方でマサヨシは12~13匹だろうか。

次の潮の下げ止まりで納竿しようと2人で決めていたので、今日に関してはどうやら私の勝ちである。


昨日の夜、思い立って巻きなおしたメインラインPE0.2号の高感度が功を奏したようだ。


「今日は俺の勝ちだね」


会心の釣行に終わりそうな気配に、いつにも増して私は饒舌だ。

ソルトウォーターのライトゲームに関しては、マサヨシに一日の長があるが、それでもこういう日があるのも、釣りの真実である。


暮れも押し迫った12月下旬の土曜日、二人でアジ釣りを楽しむのが、毎年の恒例である。

お互い仕事も家族もあり、なかなかと調整が難しいが、今年は運よく日程と天候に恵まれた。

滅多にない上々の釣り修めとなりそうだ。


「はいはい、今日はフネちゃんの勝ち」


釣りキチ2人が釣りに来ているのだから、毎回こんな会話になる。

流石に一人だけ全く釣れないともなると穏やかでないが、お互いそこそこの釣果を上げている時は、勝った負けたで悔しがったり喜んだりということはない。

マサヨシと私はそういう釣友なのである。


「まあ今日は俺の負けでいいけど、18年前の議論については俺の勝ちだな」


はて、18年前の議論とは一体。


マサヨシに問えば、どうやらこういう事らしい。



***************************************


ちょうど18年前、1999年の年末。

私は新調したアジ専用ロッドを彼にひけらかした。


「アジ?あのアジ?」


「そう、そのアジ」


「アジをルアーで釣るの?サビキなら100匹くらいすぐに釣れるのに、わざわざルアーで釣るの?」


「いや、俺もルアーでアジを釣るのが、メバル以上に楽しいとは思ってないさ。ただ、アジの口切れを防ぐためのソフトなティップが、喰い渋ったメバルに利くんじゃないかと思ってさ」


その頃2人にとって、海のライトゲームと言えばターゲットはメバルだった。

2人とも試行錯誤の末、当時は非の打ちどころがないと思っていたタックルセッティングを見つけていた。

それでも微妙に好みが異なるのも、釣りの面白い所である。


そんなタイミングで発売された、恐らくは業界初の(アジ専用)を謳う竿を、値段も手頃だったこともあり、ほとんど衝動的に私は購入したのだ。

既に家庭を持っていたマサヨシと違う、当時独身貴族だった私の強みだった。

そしてその日が、正にその新調ロッドの竿おろしの日だったのだ。


期待に反して、メバルの活性は芳しくなかった。

全く当たりがないということはないが、バイトが浅く、なかなかフッキングに至らない。

こんなタフコンディション時に威力を発揮してくれるはずの、如何にも食い込みがよさそうな、しなやかなティップを有する竿であったが、目に見えるようなアドバンテージを感じるには至らない。


当時は、(メバルは闇夜を釣れ)という言葉があり、街灯による光や月明かりは、メバルには悪条件とされていた。

今では必ずしもそうでないことが、一般にも広く知れ渡っているが、何も見えない海面にルアーを投入し、遠い当たりをひたすら待ち続けるというのは、極寒の中では非常な忍耐力を要する。

この日はまさにそんな忍耐の日だった。

釣れない時は何かを変えなければいけない。

場所であったり、錘の重さであったり、ルアーの色であったり。

この日はそのどれもがなかなか功を奏さない。

明るい時間帯であれば、魚が追いかけてくる瞬間が目視できたり、僅かな魚のボイルを見かけたりすることもある。

それがモチベーションを保つきっかけになったりするのだが、今は深い闇の中での釣りである。

これはもう自分の引いてくるルアーに、きっとメバルが付いてきてくれていると信じるしかない。

しかしその祈りにも似た願望を、しんしんと下がっていく12月の気温が少しずつ奪い取っていく。


「あっ、やってもた!」


根がかりである。

魚のバイトが遠いとそれに伴い探るレンジをどんどん釣り人は下げていく。

結果、海底の障害物に仕掛けを引っ掛けてしまうというのは、この釣りではよくあることなのである。


かなり深い根がかりのようで、軽く竿を煽っても外れない。

しかたなく糸を切る。

釣れない釣行での極寒暗闇の中の仕掛けの作り直し。

これも釣り人のモチベーションを低下させる大きな要因の一つである。

少しでも明るい場所で仕掛けを作ろうと、街灯の下に移動した時、私はそのボイルに気付いたのである。


大きな魚のボイルではない。

擬音で表現すれば、(ぱちゅり)という感じの軽い捕食音が時折起こる。

街灯が作る明暗の境目辺りで起こっている。

メバルか?それとも。

最も手間のかからないジグヘッド単体で素早く仕掛けを作り終えると、その明暗にルアーを投げ込む。

これまでの苦労が嘘のように一投目からバイトがあった。

プルプルと大した抵抗もなく上がってきたのは、アジである。

ひょいと抜きあげると、ぽろりと足元で落ち、パタパタと暴れている。

そのまま海に返し、もう一投。

この投てきにもバイトがあったが、これはいくらもせずバレてしまう。


「お~~い、マサヨシ、アジ沸いてる~」


「ええ~、アジかよ~~」


そう言いつつもあまりにも遠いメバルのアタリに諦めの心境だったのだろう。

マサヨシが寄ってくる。

歩きながら、ひょいと投げたマサヨシの投てきにもやはりアジはバイトしてきたが、足元でそのアジはバレて、海に帰っていった。


こんな形で、アジ専用ロッドの真価を試せるとは思っていなかった。

マサヨシとしては本意ではないだろうが、私的にはこれはこれで面白い状況だ。


(釣れる魚を釣れる時に釣る)


それも釣りの楽しみ方である。


ほとんど毎投てきに当たりがあるほどアジの活性は高かった。

すぐに釣れた魚の数を数えるのを止めてしまった程である。

例えそれが狙いの魚でなくとも、釣れればやはり楽しい。

それも釣りの真実である。


2人合わせて30本くらいのアジを釣った頃だろうか。

私はある事実に気付く。

ヒット数は2人でさほど差がないのだが、多少足元でポロリとバレてしまう確率が、どうも私の方が高いのである。


もともとアジという魚は(バレ)の多い魚である。

口周りの肉が薄く、針掛かりした箇所がファイトの最中に広がってしまい、従ってバレやすいということになるのだが、魚が大型であればあるほど、その傾向は顕著になる。

いわゆる(口切れ)と言われる現象である。


バレてしまうのは仕方がないにしても、この口切れを最小限に抑えるためのしなやかなアジ専用ロッドであるはずだ。

対してマサヨシは、それよりも明らかに硬めのメバルロッドを使っている。

理屈では私の方がバラシが少なくて当然のはずなのである。

ファイトが雑なのかと思い、より丁寧に魚を寄せてくるが、それでもポロリとやらかす。

どうにも納得いかない。おかしい。


そうこうするうちにバイトが遠のいてきた。

2人して決して大きくはない街灯の光に集まる魚を、ポイントを休ませることもせず釣り続けたのだから、まあ当然だ。


(そろそろあがろうか)というマサヨシ。

もともと潮止まりまでとの予定だった訳で、最後の街灯周りのアジラッシュは、まあおまけのようなものだった。

しかし私だけがどうにも納得いかない。

もう一か所、別の街灯周りでアジを釣って帰ることを提案したのである。


数十メートル離れた別の街灯周りで竿をだそうとした時、その先行者の存在に気付いた。

一声かけてポイントをシェアさせて貰うか、別の街灯を探すか、そんな事を考えているとき、その先行者の竿が曲がった。

上がってきたのはアジである。

ひょいと抜きあげる。

ぽろりと落ちたりはしなかった。


次のバイトもあっさりと来たようだ。

また竿が曲がる。

この街灯周りにも、どうやら大量のアジが付いているようである。

またもや事も無げにアジを抜きあげる。

アジは落ちない。

次のバイトも同様であった。

何故かバレない。


ファイトは丁寧という訳ではない。

腫れ物に触れるかの様に、口切れをさせまいとしていた私の竿捌きと比較すれば、かなり乱暴なやり取りと言えた。

それでもバレない。

瞬く間に6本のアジをその先行者は釣り上げた。

その間バラシはゼロである。


感覚ではあるが、私は針掛かりしたアジの4割ほどをバラしていたように思う。

2匹連続でアジを抜きあげる確率は40%以下。

更に3匹連続となるとそれは3割にも満たない確率というのが単純な算数である。

6匹連続。これは何かが違うと考えねばなるまい。

マサヨシもどうやら私と同じ思考に至ったようだ。


「上手に掛けますねぇ」


そう声を掛けたのはマサヨシである。

2人の性格の違いなのだろう。

いつの時も他の釣り人との会話は、まずはマサヨシが発端を切る。

彼の人柄の、確かにある一面である。

それなのにマサヨシは専らの工事職人、ひとり親方。

一方で私は電気メーカの営業職である。

不思議な感じがする。



「アジ専用ロッドですか、それ?」


マサヨシが築いてくれた会話の流れに私が乗っかる。


「いや、今使ってるのはバスロッドです」


「バスロッド?」


私とマサヨシは同時にそう口にする。


「アジをやるには硬くないですか?バスロッドでは」


その時私が使っていたのは、しなやかなアジ専用ロッド。

そのティップからベリーにかけてのしなやかさは、勿論アジの口切れを防止するための役割を持つ。

マサヨシのロッドが、一般的なメバルロッド。

私の使用しているアジ用のものと比べると、かなり全体的に硬めの竿である。

しかしバスロッドともなれば、時には50cmを超える魚がターゲットとなることも想定して作られている竿である。

我々の使っているものとは次元の違う硬さである。


その先行者が語る。


「アジってバレやすいじゃないですか」


そう、その通りである。

だからこそクッションの役割を果たすしなやかな竿が必要なのではと私は思う。


「だからバレないように、上顎の固い部分に思い切りフッキングしてやろうと思って。そうしたらやっぱりバレにくいですね。ラインも伸びのないフロロを使ってます。どうやら正解かな、このセッティング」


やわらかい竿と伸びのあるナイロンラインで衝撃を吸収し、口切れを防ぐという私のアジ釣りの概念とは全く真逆の発想であった。


その釣り人は程なくして釣り場を去ったが、それから私とマサヨシの議論となったのである。


「あれだけ差を見せられたら認めるしかない。アジ釣りでは硬いロッドと伸びの無いラインのセットで積極的に釣り人から魚を掛けていくべきだ」


これがマサヨシの主張。

一方で私は、


「魚のバイトは瞬間的なもので、釣り人の集中力も長く続くものではない。たまたま今日のような風の無い日はいいが、そうでなければ瞬間的なバイトを捉え、毎回釣り人から掛けていくというのは難しい。ここは道具に頼るべきところだ」


との持論を展開した。

まあ新品の竿を否定されたような気分の悪さによる反発も、きっとあったのだろう。


その後、それぞれ自分の主張を証明すべく、潮止まりまでという予定を忘れ、アジを釣り続けたが、結局2人で大きな釣果の差はつかなかった。


マサヨシのいう18年前の議論とはこの日の事だったようだ。


*************************************************************


今私が使用しているのは、張りの強いソリッドティップのロッドに、全く伸びのないPEライン0.2号。

マサヨシの使っているタックルも、チューブラーティップであるという違いはあるが、張りのある硬いロッドにPEラインの組み合わせという事ではコンセプトとして同じである。

確かに18年前の議論で言えば、マサヨシの当時の主張が正解だったと認めざるを得ない。


「まあフネちゃんを擁護すれば、当時0.2とか0.3とかのPEラインが出てくるなんて想像もできなかったからねぇ」


「一番細くて0.8号くらいだったかな。エギング用の」


「まあ釣りも変わったよ。道具の進化だよねぇ」


「変わらないものもあるさ」


「何?俺達の友情とでも言いたいわけ?キショ!」


口に出すつもりはなかったが、そんな言葉を思い描かなかった訳ではない。

言葉に詰まった私に、この日最後のアジが救いの手を差し伸べてくれた。


足元で喰いついたそのアジを一瞬で抜きあげた私は、マサヨシに言った。


「アジの顔とか・・・」


18年前に釣ったアジと些かも変わらぬその顔の上顎に、しっかりと針が掛かっていた。



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