第二十九夜:ポッパー徒然
虫さえいなければ夏の野池が一番好きです。
「うそ、マジか!」
私以外誰一人いない神戸市の某ため池で、思わず叫んだ。
お盆休み真っただ中の8月15日、時間は早朝6時前。
時代の要求なのか、明日明後日も、会社から半ば強制的に有給休暇をとらされている。
取引先の多くは明日から通常業務なので、恐らくひっきりなしに携帯電話が鳴ることになるだろう。何だか損をした気分になる。
さて、この周囲1kmほどのため池、なかなかタフなフィールドなのである。
見えている子バスは沢山いるし、時に50センチを超える魚も回遊してくる。
しかし、こいつらがなかなかに手厳しいことを、私は知っている。
1インチクラスの小型ワームですら、バイトに持ち込むのは容易ではないのだ。
実は奴らをどう喰わすのかが、ここ1年くらいの私の命題の一つであり、この池を訪れる楽しみだったりする。つまりは1シーズン通い詰めたが、このフィールドで有効なパターンが、未だ発見できていないのだ。
そんな難しいフィールドなので、朝一に投げたポッパーには、どれ程の期待もしていなかった。風がなく鏡のように静まった水面の醸し出す雰囲気に、何となくその気になった。
ただそれだけのことなのである。
5投も投げて反応がなければ、ルアーを換えていたことだろうが、何とそのちょうど5投目に、ビッグバイトが起こったのである。
トップウォータープラグへのバスのバイトを、擬音語で表現するのは、なかなかに難しい。
これがライギョのバイトなら、(バフッ)とか(ボフッ)とか、当たらずとも遠からずの表現ができるのだが、バスの場合は、本当にバイトの出方に多様性がある。一口に言い表すのがそれだけに難しい。
そのバイトも、もちろん魚が出たことの認識はできたのだが、気が付けばフッキングの動作に入っていたという、なかなか表現の難しいバイトだった。
派手な出方ではなかったが、トップに出る大型の魚は、実は地味なバイトをすることの方が圧倒的に多い。この魚も、出方は地味だったのだが、フッキング後の追い合わせを入れた時に感じた重みで、やっとそれが大物であることが分ったという次第である。
それから約5秒後、私はもう一度、(マジか!)の言葉を発することとなる。
静寂の朝に響く落胆の(マジか!)。
12ポンドの新品フロロラインをぶち切られたのである。
控えめに見積もっても48センチ。これまで回遊する姿を見かけても、息を飲んで立ち尽くすしかなかったあの大物達のいずれか一体であったとするなら、それは55センチを超えるクラス。
いずれにせよ数年に一度、出会えるかどうかの大物を、私は取り逃がしてしまったのである。
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予想もしていなかったビッグバイトを引き出したルアーの名はHMKLポップR。
この名前を聞いてピンとくるアングラーなど、今ではもういないのではないか。
大昔に名作と言われたルアーである。
このルアーの製作者は、長く日本のバスフィッシング発展に寄与し、今でもバリバリの現役プロアングラーであるお方なのだが、そのことはまあいい。
私が魚に持っていかれたこのルアーは、最低でも25年以上前から、タックルボックスに居座り、数え切れぬ魚との出会いを提供してくれた一品だったので、大物を取り逃がしたこと以上に、それをロストしたことが残念でならない。
滅多に来ないから(千載一遇)などと言ったりする。
同じルアーが私のタックルボックスには入ってないことは判っていたし、一応結んでみた同じポッパータイプのルアーも、再び魚のバイトを引き出すことはなかった。
日が昇ったその後は、私はいつも通りの繊細な釣り(繊細と言えば聞こえはいいが、要は大物の期待できないセコイ釣り)で、6本の小型魚を釣り、災害的暑さと表現される今年の日差しが、いよいよ肌を焼き始める前に納竿としたのである。
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帰路、私は某中古タックルショップに立ち寄った。
およそ2年振りの来店。初代のオーナーは私の古い友人なのだが、私の声掛けたその店員は、初代オーナーの名前すら知らなかった。時の流れである。
探すのはもちろんポッパータイプのルアー。無くしたものと同型のものがあればいいが、それは期待できない。中古ショップでも最近は見かけることがなくなった骨董品だったのである。それでも中古ショップならではの楽しい発掘もある。
(あっ)
懐かしさに思わず声が出る。
それはマイケルと言う名の、当時はHMKLポップRと並び称賛されたポッパーの名作。
大部分の人には、(それがどうした)的な話なのだろうが、それでも勢いに任せて話してしまうと、HMKLポップRはアメリカ製ルアーをベースに、先にも記した日本人アングラーがチューニングしたもの。対してマイケルは基本設計から製造・出荷まで、全てメイド・イン・ジャパンである。
マイケルという名前の由来は、このルアーを投げていれば(まあいける)とのダジャレだったと聞くが、本当のところは知らない。ただ私自身もよく釣ったルアーであることは間違いない。
このマイケルを手に取った時、私が思い出したのは大学時代の友人の一人であるゴンちゃんのこと。地味な風貌で、性格もクソが付くほど真面目だった彼が、ある日私に言ったのである。
「これと言った趣味が自分にはないので、釣りでも始めようと思う。だから道具を一式見繕って欲しい」
(いいよ)
お互い大学のゼミでは(地味な学生グループ)に分類される他ならぬゴンちゃんの頼みである。気楽にそう答えて、彼に購入させたのが、6フィートクラスのベイトタックルにシャロークランク2個。そして、この当時人気絶頂だったマイケル。
今にして思う。この時ライトアクションのスピニングタックルと、4インチクラスのワームを彼に推奨していれば、彼は初めての釣行で、いくらかの魚をキャッチできていただろうし、もしかしたらその後も長くバスフィシングを趣味とできたかも知れない。
しかし実際には、たった一人で新品のタックルを片手に出掛けた彼の初釣行は、バックラッシュの嵐と、クランク2個を瞬く間に根掛かりでロストという悲惨なものになったらしい。
この釣行に懲りたゴンちゃんは、唯一生き残ったマイケルを、(もう使わないから)と私にくれたのである。たった一回の苦い釣行で、あっさりとゴンちゃんはバス釣りを趣味とすることを諦めた訳であるが、何とも彼らしいと言えば彼らしい。
大学卒業後、彼は故郷の徳島県西部へ戻ったらしいが、もし会うことがあれば訊いてみたいものだ。
「趣味は見つかった?」
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マイケルの横にぶら下がっていたマイケル・フォースは、まあマイケルの兄貴分と言うか、マイケルを少し大振りにして、飛距離と集魚力を高めたルアーなのであるが、こちらは、ゴンちゃんにとってのマイケルとは対照的に、一人の立派なアングラーを作り上げた実績のあるメモリアルルアーなのである。
トクちゃんが関東から転勤してきたのは1997年の4月。
今も昔も西高東低、バス釣りに関しての環境は、圧倒的に西日本の方が今も恵まれている。
関東の釣れないフィールドで、小さなバスしか釣ったことがないというトクちゃんは、転勤に纏わる様々な面倒事よりも、このことがまことに嬉しかったらしい。
「西日本のバスフィッシングを教えて下さいよ」
会社では私のほうが4年先輩だったので、当時の給料は私の方が少しは上だったはずである。それでも彼のバスに賭ける思いと金は凄まじく、私ですら購入するには勇気の要るような当時のハイエンドモデルを複数セット、こちらに赴任してから購入していた。
それならと彼と初めて出掛けた釣行は、色々な面で恵まれた。
季節は6月後半。産卵の疲れから回復した西日本バスは、活発にエサを追いかける状態だった。そしてその日は、幸運にも朝から泣き出しそうな空模様。しかし本降りにはならないという釣りをするには、実は最高のコンディション。
道中彼の車の中での会話は、関東在住のアングラーの切なさを感じるに十分だった。
曰く、(プラグでバスを釣ったことがない)、(30センチ以上のバスを釣ったことがない)、(トップで釣っている人を見たことがない)。
ほんの30分程度、シトシトと落ちていた雨が止んだとき、本来の目的地ではなかったが、たまたま車窓から見かけた野池で、少しやってみようとなったのである。寄り道一つ二つの時間のロスは、この時期この地域で、この天候であれば全く問題ではない。すぐにでも竿を出したそうなトクちゃんの興奮に、私が応えたのである。
私自身も初めて竿を出すそのフィールドであるが、少し高いところから水面を見ると、すぐに30センチクラスの魚が数尾確認できた。どんどんこれから沖へ延びていきそうなカナダモの生え具合も、釣りをするにはもってこいの密度である。
今ここでトップを投げずしていつ投げる。あまり使用頻度は高いタックルとは言えないのだが、トクちゃんに関西らしいトップの釣りを見せてやろうとの狙いもあったのだろう。この日私はトップ専用ロッドを一本携帯していた。
結んだのは件のマイケル・フォース。その一投目。
地味なバイトと反比例するような強烈な引き。ライトアクションのトップロッドを限界まで絞り込んだのは51センチの極太バス。
「どうよ、これが関西のバスフィッシングだよ!」
偉そうにそう吠えてみたものの、実は私にとっても、初めてトップウォーターでキャッチした50センチアップだったのである。
その日トクちゃんが、一日続いたローライトコンディションの中、トッププラグを投げ倒したのは言うまでもない。満足のいくサイズは出なかったが、彼に言わせると(生涯最高の釣行)だったそうだ。
その2年後、転勤族だったトクちゃんは、今度は九州へ転勤していった。
偶然に会社の社報か何かで、彼がその後もバスフィッシングを続けていることを私は知る。(僕の宝物)という題名で紙面に写っていたタックル達は、私と釣りをした時よりも、一層充実していた。その年、幸か不幸か結婚した私は思ったものだ。
(独身の今のうちだよ)
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ベビーポッパーを手に取った私は、(村田ちゃんに一個買って帰ってやろう)と思ったのである。
私の勤める会社のサテライト企業に勤務する村田ちゃんと、初めてバス釣りをしたのは、2004年の3月。
その年は何故かバスの動き出しが早かった。朝夕の気温は氷点下近くまで下がるのだが、サスペンドシャッドでシャローのストラクチャーを丁寧に攻めれば、多くのフィールドで、あっさりといいサイズのバスを釣ることができた。
暖冬だったという訳ではなく、むしろ2月まではとても寒い冬だった。
これは今も言える事なのだろうが、冬は寒く、夏は暑いという季節感のある年の方が、魚からしてもメリハリがつくのか、タイミングが合えば好調に釣れることが多い。2004年の春は、まさにそんな年だったのかも知れない。
村田ちゃんが最初に結んだルアーを見て、さすがの私も驚いた。
彼が糸の先に結んだのは、なんと小型のポッパーなのである。
基本的に蛙や虫をイミテートするイメージがあるこのルアー。魚が水面まで追いかけて来る活性がないとバイトには至らない。
季節は3月、さすがにそれは早すぎると私が指摘すると、彼は言うのである。
「このベビーポッパーは季節問わずワームより釣れる唯一のハードルアーだよ」
一般的なアングラーにとっては、かなり大胆に過ぎる意見である。
真顔でいう彼においては、宗教的信仰に近い信頼を、この小さなルアーに持っていたのだろう。
さすがにこの日、彼がそのルアーでバスをゲットすることは無かったが、この釣行がきっかけとなり、私は村田ちゃんが当時所属していたバス釣りクラブに入会することとなる。
クラブカップと称し、4月から11月まで何と年10試合。釣りクラブの会合としては少し異常である。開催会場も、琵琶湖、西野湖はもちろん、奈良県池原ダムへの遠征や、果ては福島県檜原湖への遠征も、その予定には組み込まれていた。さすがに檜原湖は会員からの反対が多く、実現しなかったが、この年、私と村田ちゃんは、最後までクラブカップチャンピオンの称号を賭けて、11月まで戦うこととなるのである。
4月に行われた第1戦は、関西では最初にバスが放流された老舗湖。この一戦は参加者全員ノーフィッシュという結果。水温はなんと6℃という厳しいコンディションだった。
5月の第2戦は雨模様の中、滋賀県西野湖がその会場。天気を味方にした村田ちゃんが優勝した。ウィニングルアーは、彼が(ワームより釣れる)と評したベビーポッパーである。
翌月の第3戦琵琶湖戦は、ウィードの発育と共に沖に広がったアフターバス(産卵の疲れから回復した元気な魚)をバイブレーションで攻略し、私が優勝した。
しかし驚いたのは、この大会でも村田ちゃんは、ベビーポッパーで4本のバスをウェイインし、私に次ぐ2位に入賞したのだ。
8月に行われた池原戦は、水温上昇により深場に落ちた魚を追いかけるディープ戦となった。私は無難に5~7メートルラインでキーパーをキャッチし上位に入ったが、村田ちゃんもモーニングバイトをしっかりと押さえ、ここでも大きくは外さなかった。もちろんルアーはベビーポッパーである。
シャロー、ミドル、ディープと分け隔てなく全てのレンジでの釣りができる私が、僅差で村田ちゃんを抑えてクラブチャンピオンとなったのが、ほとんど全ての試合で、べビーポッパーをメインに魚を捕ってきた村田ちゃんの釣果に、当時私は衝撃を受けたものだった。
釣りの試合とは、基本一人一艇に乗っての対決なので、他の釣り人のテクニックを見る機会が意外とない。従って、村田ちゃんのポッパーテクニックを間近で見ることがなかったことが、その衝撃に神秘的な要素をもたらしていたことは疑いない。
彼のそのベビーポッパーを使った魔法が、一体どんなものだったのか、今現在も私にとって謎なのである。
2006年、私達が所属していたこのクラブは、色々な訳があって解散した。
その後、村田ちゃんと釣りをすることもなくなったのだが、昨年、偶然にも職場が同じロケーションとなったのである。
(また一度釣りに行こうか)
そんな会話をしたのが、ごく最近のこと。まだ2カ月も経っていないだろう。
このベビーポッパーのお土産がきっかけとなって、また2人でフィールドにて釣りをする日がやって来る気がする。その際には、是非彼の魔法の正体を拝見させて頂くこととしよう。
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この日購入したのは、マイケル・オリジナルとマイケル・フォースが各一個。
1つは村田ちゃん用にと買ったベビーポッパーが2個。金額は〆て1600円。
大体、新品の日本製ポッパー1個の平均的値段である。
そもそも、この日購入したそれらのルアーは、もう新品では買えないのである。
店を出た時、知らぬ間にみっともないほどの濃い日焼け跡を作っていた腕時計を見ると、正午を20分以上回っていた。入店したのは開店とほぼ同時の11時くらいだったはずだが。1時間以上も、退屈することもなく、懐かしい昔のルアーを私は探し求めていたこととなる。
それから1時間後、自宅の玄関の扉を開けた私に女房の声。
「ゆっくりしたお帰りで」
「うん、帰りに釣り道具屋に寄って、昔の友人と話し込んでた」




