第十九夜:魚の住む駅の思い出
本編の登場人物は、後で知ったのですが、(四ツ池のはらさん)という有名な方だったようです。
2018年正月のこと。少し高価な羊皮製の名刺入れを購入した。
毎年のことであるが、年始からの約3週間は、日頃取引のあるお客様への挨拶廻りが、恒例行事である。
上司を同伴し、普段は顔を合わすことのないような、相手企業のエライさんとも名刺を交換する機会がある。
8年使用した名刺入れが、多少みすぼらしくなったので、タイミング的にもちょうどいいと、奮発したのだった。
(謹賀新年)と金色の印字が入った名刺を20枚、新しい名刺入れに移す。
もちろん20枚では到底足らない。なくなれば、その都度、また名刺を補充する。
多少面倒ではあるが、分厚い名刺入れというのは、ビジネスの世界では、あまりスマートでないと考えている人達の方が、今も多い。
まあ営業職の税金のようなものだと、この程度の手間は諦めている。
(あっ)
これまで使っていた方の名刺入れの中身を全て出そうとした時、一枚の古いぼろぼろの紙切れが出てきた。
それが何なのかを、私はすぐに思い出す。
それは、ある居酒屋の古い割り箸の包装である。
表側に印刷されていたはずの模様が、もうほとんど消えている。
店の名称も、住所も電話番号も、すでに読み取ることができない。
唯一、鉛筆で書かれていた、ある人物の名前と電話番号は、微かに読み取れる。
丁寧に書かれた文字ではない。さらりと勢いに任せて書かれた字である。
私はこの文字を書いた人物のことを、久方振りに思い出す。
記憶が確かなら、それは1995年のことであるから、もう22年も前のこととなる。
以来ずっと、私の名刺入れに収まっていた割り箸の包装紙である。
名刺入れを替えるたび、この包装紙も宿主を代えて、今日に至ったのである。
1995年9月のある週末。
午前中は土砂降りだった雨が、午後2時頃ピタリと止んだ。
私のフェイバリットフィールドである加古川市東部の、ため池群までの所要時間は、新快速電車と各駅停車を乗り継ぎ、およそ1時間半。
今から家を出発すれば、夕方4時頃にはフィールドに到着するはずだ。
全国的に、晴天ピーカンが続いたその年の夏。
四国西部のダム湖の貯水率が一桁台となったことは、全国的なニュースにもなった。
久しぶりに纏まって降ったと言ってよいその雨は、魚達にとっては、きっと天の恵みのようなもので、彼らの活性も上がり、大いに釣果が期待できる。
短い時間の釣行となろうが、それでも釣果を約束されたような状況というのは、サンデーアングラーには、そうそうあるものではない。
その頃はまだ独身貴族だった私の決断は早かった。
西明石駅で新快速電車から各駅停車に乗り継ぐ。
目的地は、ここから数えて3つ目の駅になる土山駅。
この駅から徒歩にして15分ほど北上すると、この周辺ではかなり魚影が濃いと言ってよいため池が、複数個連なる地域に入る。
西明石駅から土山駅までの、僅か20分程度の乗車時間がもどかしい。
心はすでに体を先行して、ため池群の辺に到着しているようだ。
と、大久保駅を出た辺りで、心なしか電車の速度が落ちたように感じた。
程なくして、明らかに普通ではないと判るほど、さらに減速が進む。
その一分一秒が、その日の釣果を削り取っていくように感じられ、正直穏やかでない。
他の乗客の表情や態度には変化はない。
週末の午後である。それほど急ぐ用事のない人達が大多数なのだろう。
前を走っている電車が遅れているとの情報をアナウンスが告げる。
気は急いているが、できることは何もない。
停車こそしていないが、街を歩く人達の表情が見て取れるほど、電車は微速で動いている。2回目のアナウンスも、まるで1回目と同じ内容であることが、私を苛立させる。
大久保駅を出てから15分以上の時間が経過している。
通常であれば4分で到着する魚住駅までのちょうど中間地点に、今電車は在る。
無力に車両の窓の外を、見るとは無しに見ていた私は、その池を見止めたのである。
JRの線路からは目測で100メートルほど南。
線路沿いに植樹された木々や、電車の速度の関係で、これまでその存在に気付かなかったのだろう。
周囲は800メートルあるかどうか、小規模と言っていい。
その水面は、おそらくは蓮の葉と思われる植物に覆い尽くされている。
バスポンドと言うよりは、ライギョ釣りに適したコンディション。
辺りに舗装された道路がなく、車を利用しての釣行では、駐車場所を探すに苦労しそうだが、自家用車を持っていない私には関係ない。
今も電車は徐行を続けている。
これでは目的の土山駅に到着するのが、いつになるのか予想もできない。
(魚住駅)・・・(魚の住む駅)
考えれば、何か縁起が良さ気な駅名ではないかと、ふと思う。
私は次の魚住駅で下車し、つい先般、電車の窓から見た、その池で少し竿を出してみようと決めたのである。
魚住駅からJR山陽線路沿いに歩く事15分。
車窓から見たその一面蓮に覆われた池に到着する。
基本的に、電車から見える池や、大通り沿いの池というのは、あまり釣り場としては期待できないというのが、当時の常識だった。
ダム湖や河川と比較して、小規模であることが多いため池は、人的プレッシャーの影響を受けやすく、まずは人目に付かない地理的条件が、何より優先される良い釣り場であることの大前提と考えられていたのである。
緩やかな土手を上がり、水辺に立つ。
水面を覆うカバーは蓮だけではなく、ヒシも混在していた。
どちらも夏場のバスが好んで付く水生植物である。
所々、大小のポケットがあり、運がよければ、そこで魚の姿を目視出来るかも知れない。
岸から狙えそうな大きめのポケットは二カ所。
その一カ所を目指し、私は歩を進める。
その時になり、私は対岸の護岸沿いを歩く一人のアングラーの存在に気付いたのである。
そのアングラーも私と同じく、もう一方のポケットを目指し歩いているようだ。
アングラーがいるのなら、そこに魚が生息している可能性は高い。
私は、そのことを前向きに考える。
私達はほぼ同時に、それぞれの狙うポケットに到着した。
彼がすぐにキャストを開始した一方で、私はまだタックルの準備が整っていなかった。
その日私が持ち込んでいたタックルは3セット。
最も今のシチュエーションにマッチしていると言える、対カバー用ヘビーロッドが一本。
当時は、片腕の様にヘビーユーズしていた汎用性の高いミディアムクラスのベイトロッドが一本。そしてライトリグ用のスピニングタックルである。
普段のローテーションなら、まずはヘビーロッドで、フロッグタイプのルアーをパイロット的に使うことが、当時の私のやり方だったが、今まさに私の立つ場所の対岸で、もう一人のアングラーが竿を振っている。
そしてアングラーは私と彼の2人だけ。
意図せずワン・オン・ワンのマッチプレーの様相である。
そこで私はヘビーロッドを選択せず、大きな魚が掛かれば苦労しそうだが、魚が居さえすれば、最もヒットに持ち込める可能性が高いスピニングタックルに、ノーシンカーリグをセットする。
その間も絶えず意識は対岸のライバルに向いている。
私の第一投とほぼ同時に、そのアングラーがフッキングの動作を見せる。
魚は彼のロッドに乗ったようだ。
それほど大きくはなかった魚を抜きあげる姿が、私を少々慌てさせたが、その事によって、この池に魚がいることが立証された。
ポケットとカバーの境目に落ちた私のワームが緩やかに沈み始めた頃、どこからか表れた黒い影が、躊躇することなくワームに食らいつく。
ライトタックルでのカバー廻りの釣りは、少し厳しかったが、魚がそれ程大きくなかったこともあり、無事ランディングに成功する。
ちらりと対岸のアングラーを見ると、ロッドを振りながらもこちらの様子を覗っているようだった。
恵みの雨とローライトコンディション、そして夕マズメのベストタイム。
様々なプラス要素が働いたのだろうが、それにしても予想もしていなかった入れ食い状態となった。それは対岸も同じこと。頻繁に竿を曲げている。
すでに釣った本数は、どちらがどれだけ釣ったという次元ではなくなっている。
もしも二人の釣果に甲乙を付けるとすれば、それはどちらが先にビッグフィッシュを捕らえるかという問題に帰結した。
お互いに、釣っても釣ってもサイズが伸びなかったのである。
私は遂に、ヘビーアクションロッドにフロッグ型ルアーを結ぶ。
このタックルに小型の魚がバイトしてくることは、まずない。
来れば間違いなく大物、一発勝負に賭ける。
1投目、2投目、共に反応がない。
3投目は少し角度を変えて、カバーのエッジを狙う。
何事も起こらない。
対岸で魚が釣れている。
やや沖目に狙いを変える。これも功を奏することはなかった。
またも対岸のアングラーの竿が曲がる。
日が沈み始め、いよいよ魚の活性が高まったようだ。
思わずスピニングタックルに手が伸びそうになるが、私はその衝動に堪える。
時刻は18時40分。
期待を遥かに上回った釣行もいよいよ終盤となった頃、これまで叩き続けていたポケットを私は諦め、心機一転、岸際ギリギリの狭い水面にフロッグを落としたのだ。
たっぷりと間を取り、そのワンアクション目、巨大な水柱が立つ。
視認性を重視して選択したチャートカラーのルアーが、水面から消えたことを確認した私は、大きく合せる。フックオンする感触。
30ポンドラインを信じ、蓮の茎ごと抜きあげた魚は、50センチには少し足らないものの、健康的な厚い体躯をした、ヒレも美しいグッドフィッシュ。
ちらりと対岸を見ると、そのアングラーは私に向けて拍手を送る所作をしてくれていた。
タックルを仕舞いこんだ時には、既に日は西に落ちて、辺りは真っ暗だった。
足元に細心の注意を払い、土手を降りる。
夕方からの釣りだったとは言え、残暑厳しく湿度も高かった。
釣りをしている間、一滴の水分も取っていない。
強烈な喉の渇きを覚える。
駅までの道中に、もし飲み物の自販機があれば、そこで水分を補給するつもりだった。
無ければないで、駅のキヨスクで買えばいいと、そんなことを考えながら歩いていた時、後方から声が掛かる。
「最後の魚、いい魚でしたね」
振り返ると、私の対岸で釣りをしていたアングラーが立っていた。
年齢はおそらく20代前半、私とそれ程変らない。
すらりと背の高い青年で、手に持ったタックルは、偶然にも私と同じく、3セットだった。
「ええ、47,8くらいかな。よく太ってました」
「ルアーは何で釣ったんですか?」
「フロッグです。岸際のヒシの切れ目を通したら、ワンアクション目に出ました」
「男らしい釣りですね、タックルはヘビーアクション?」
「76のエクストラヘビーです、これ」
そう言って私は自分のタックルの一本を彼に手渡す。
「エクストラヘビーか~、ここまでヘビーなロッドは、僕は持ってないなぁ」
「そちらも随分釣ってたじゃないですか、何で釣ってたんですか?」
「全部、スタッドのノーシンカーです」
当時人気が高く、なかなか入手するのが困難だったルアーの名前が出たことで、彼が私と同等か、若しくはそれ以上に、バス釣りにハマっている人種であることを、私は理解した。
「あの池にはよく行くんですか?」
「いえ、あそこで竿を出したのは初めてです。魚がいるかどうかも判らなかったけど、まあ、他のアングラーの姿があったんで、きっといるんだろうなと」
「なんだ、僕も一緒ですよ。本当は土山の池にいく予定だったんです。電車が止まらなければ、きっと来なかった」
つまりこう言うことである。
電車が止まったことで、意図せずその池で竿を出すこととなった私。
その私の姿を見て、釣り人がいるのなら、そこには魚もいるはずと竿を出した彼。
ほぼ同時にポイントに入った彼が、きっと地元の先行者であろうと誤解した私。
果たして、2人は初めて訪れたこの池で、コンディションに恵まれたこともあり、上々の釣果を得たということなのである。
「どうです、軽く飯食いません?」
私の向かっている魚住の駅と、彼が車を止めているという有料駐車場の方角が、偶然にも同じ方向であったため、しばらく私達は並んで歩いていたのだが、(ここに停めてある)という駐車場に到着したタイミングで、彼がそう申し入れてきたのである。
時間はまだ夕方の7時半。早く帰らなければいけない理由が、私には何もなかった。
何より、僅か10分ほどの会話で、彼のバス釣りに関しての造詣の深さを感じた私は、この、今日初めて出会った同じ種類の人間との会話を、もう少し楽しみたかったのである。
2人のバス釣りについての議論は、いつ尽きるとも知れなかった。
お互いの得意な釣りや苦手とする種類のフィールド。
国内・海外問わず、色々なメーカのタックルを感性に頼り、気ままに買い足している私。
見事に国内のワンメーカでタックルを統一している彼。
喰わせ重視の細糸を好んで使う彼の釣りと、魚を掛けた後のランディング率に重きを置いた、太糸の使用が前提の、私のヘビータックル好み。
国産リールメーカの性能の高さを主張する彼と、老舗海外メーカの伝統と、性能だけでは語れない機械としての造形美や保有欲を語る私。
私の釣りの趣向を、彼は(男らしい、恰好良い)と評し、私は彼のタックルに対する取捨選択を、(とても合理的で賢い考え方)と捉えた。
無限に続くと思われた私達の釣り談義に、終焉の鐘を鳴らしたのは、JR神戸線上り方面新快速電車の最終時刻である。
最後に彼は、店員の一人から鉛筆を受け取り、テーブルに乗っていた割り箸の包装に、自分の名前と自宅の電話番号を書き、私に手渡したのである。
その時、私は、既に3時間以上飽く事なく語り合っていたこの人物の名を、まだ聞いていなかった事に気付く。
私も、たまたま休日にも関わらず携帯していた名刺入れを取り出し、その一枚を彼に手渡した。
代わりに受け取った割り箸の梱包を丁寧に畳み、名刺入れに仕舞う。
居酒屋を出て、駅へ向かう私と、反対方向の有料駐車場へ歩く彼。
別れの言葉は短かった。
最終電車の時刻が迫っていて、別れを惜しむ時間がなかったのである。
お互いの最後の言葉に、共通していたセリフが、(またフィールドで会いましょう)というものだった。
果たして2回ほど、私は彼の連絡先に電話をしたはずだ。
彼の固定電話はコール音を繰り返すばかりで、その後、彼と会話することも、再び出会うこともなかった。
単に縁の問題なのだろう。
ベッドタウン化が進み、この20年で大きく様変わりした魚住駅周辺の街並み。
何かを拒絶するように、変わりゆく周囲をよそに、その池は今も変わらず存在し、夏には鮮やかな蓮の花を咲かせ、9月に散らす。
週に2度、定期的に仕事で訪れている姫路市への道中、車窓からこの池を見かける度、私はアングラーの姿を探す。
アングラーを見止めたことは、これまでになく、私自身もそこで竿を出すことは一度もしていない。
何となく、そうであることの方が、あの時の釣行が私の中で、いつまでも色褪せない思い出になりそうな気がするからである。
最近、携帯から頻繁に読んで頂いている読者の方がおいでのようで。
御礼を申し上げたいので、是非メッセージを頂戴できると幸いです。




