第十八夜:オイカワとベラ(3)
萌えるキャラが書けません・・・
今の状況を判りやすく説明すると、こういうことです。
中学3年生、体操服姿の女子生徒を、自転車の荷台に座らせ、降り注ぐ7月の陽気の中、私は汗だくになり、ママチャリを走らせているのです。
私の後ろに座る中学生の彼女はというと、私の汗まみれどころの騒ぎではなく、爪先から頭の天辺まで、完全にずぶ濡れ状態です。
もちろん自転車は、彼女の乗っていたもので、いわゆる2人乗りという状況です。
荷台に横座りしている彼女が、何度も叫びます。
「ちょっと、揺らさない、揺らさない」
彼女は片手で私のシャツの背の部分を掴み、もう一方の手にぶら下げているのは、たっぷりと川の水で満たされたポテトチップスの空袋です。
その中に一匹の小魚が、元気に泳いでいる・・・はずなのです。
未舗装の土道は凸凹で、時に車輪を絡めとられ、何度もポテチの袋から水が跳ねて飛び出します。そのたびに彼女が悲鳴に近い高声を上げます。
速度の調整がなかなかに難しい。
ゆっくりと走れば、自転車は左右にふらつき、速度を上げれば車輪が跳ねる。
速く走る訳にはいかず、ゆっくり走ればいいというものでもない。
さらに2人乗り。これは、やっぱり道路交通法違反ですね。
始めて乗ったママチャリという代物も、乗りやすいかと思いきや、意外と運転姿勢が高くなる。一人で運転するには快適なのでしょうが、後ろにひと一人分の重量を乗っけると、ひどい後ろ重心となり、バランスを取るのがとても難しい。
そんなことを、この年になって初めて知りました。
そもそも、2人乗り前提では作られていないのでしょう。
後ろから、(急いで!)という声がかかります。
(揺らさないで!)との悲鳴も上がります。
並び立たない2つの要求に、私は本当に弱っています。
どうしてこのような事態になったのでしょう。
そう、それはこういうことです。
(何を釣ってるの?)の質問から始まった彼女との会話。
(熊や鹿を釣っているのではないことくらい判る)
(○○県を田舎だと思ってなめてる?)
などの、鮮やか過ぎる彼女の毒舌に、私は返す言葉に窮します。
彼女の射るような目力に耐えられず、落とした視線の先に、たまたまあった2本目のコーラに、私は救いを求める形となりました。
「コーラ、飲みます?」
「えっ、いいの?うれしい~」
「ちょっと温くなってるけど」
(どれどれ)という顔をして、差し出した私の手からコーラを引っ手繰り、(なるほど)という表情になります。子供っぽいようで、同時に太々しくもあり、そして東京の人間には理解できない程に、彼女はフランクなのです。
さらに次に彼女の取った行動は、私の肝を抜くに十分なものでした。
まず彼女は赤い差し色の入った白いスニーカーを、左足から脱ぎました。
次いで右のスニーカー、そして左右の、これも真っ白なソックス。
脱いだソックスを、靴にぎゅっと押し込みます。
両足共に裸足となり、土の上に立つ彼女。
私の思考回路が、ひたすらに(えっ、えっ?)をリピートします。
さらにジャージのズボンが一気に膝元まで下された時には、(ちょっと、ちょっと!)という、自分でもみっともないと思えるほどに、慌てふためきました。
若者らしい、健康的に締まった太ももに目を奪われます。
慌てながらも、ちゃっかりそんなところだけは、見てしまいます。
そんな私に構わずズボンを脱ぎ、紺色の短パン姿になった彼女は、(ちょっとこれ、持ってて)といい、私にズボンを手渡します。
完全に動揺している私を尻目に、彼女は慎重に土手を下り、川の水に足を浸します。
「冷ぅ~めた!」
そんな彼女の声はいかにも楽しそうで、そして空に抜けるように明るいのです。
川縁に転がっていた、猫の頭ほどの大きさの石を積み始めた彼女。
何をやろうとしているのかは、その時点になって理解できましたが、私の方に突き出す姿勢になっている、丸みを帯びたお尻のシルエットが、すでに女性らしい。
そのことに、私の言語出力機能は、完全に停止してしまいました。
やがてできた子供一人が立てるほどの、小さなプールにコーラの缶を放り込み、素足の彼女は、茂った草を伝って土手を這い上がってきました。
「どうせ頂くなら、冷えたのを美味しくね。どうもありがとう」
膝から下をたっぷりと、川の水で濡らした短パン姿の彼女は、私からジャージのズボンを受け取ると、それを履くことはせず、くるくると丸めて、無造作に自転車の前かごに放り込みました。
そして、さも当然とでも言うように、私の隣に腰を落とします。
私は、そんな彼女の一連の行動を、ほとんど間抜けのように、口を半開きにしたまま、ただ見つめていました。
私の視線に気付き、(なによ?)という顔をした彼女が、不意に大きな感情の変化を表わしました。
「あっ、そういうこと?釣り場荒らしちゃった?ごめんなさい」
言われてみれば、彼女がずぶずぶと足を踏み入れた箇所には、深さ数十センチの穴が、数個できあがり、土を巻き上げた茶色い濁りを発生させ、川の流れが、その濁りを下流に運んでいました。
「あっ、それはいいです。そんなことより貴方の大胆な行動に、ただ驚いてました」
この少女のことを、(あなた)と呼んだのも、語尾が敬語になったことも、全く意識してのものではありませんでした。
顔に向かって飛んできた何か小さなものを、反射的に掴むように、私はそう口にしていました。
「(あなた)ってちょっと、私まだ中3だよ。それより、お兄さんも立ってないで、座れば?」
少し情けない思いになりながらも、彼女に言われるがまま、私も腰を落とします。
「でっ、釣れてるの?」
とても馴れ馴れしく、且つ大胆で、そして底抜けに明るいこの少女を相手に、何かを隠そうとしたり、遠慮したりすることが、何だか馬鹿らしくなってきました。
「いや~、釣れてないし、そもそも釣りをすること自体、今日が初めてだから」
そう口に出したとき、何だか胸の辺りが楽になるような、胸の瘤が、川の水に溶けて流れていくような、不思議な落ち着きを感じたのです。
「ふ~~ん、お兄さん、都会の人?」
「えっ、どうしてそう思うの?」
「別に・・・何となく」
その時には、もう少女は私を見ずに、向かって右から左に流れる川の水面に、おだやかな視線を向けています。
両膝を抱える格好で座る彼女の背中に、淡いピンク色の下着のラインが、白い体操服越しに浮かんだとき、私は自分の心臓が、少し動きを速めるのを自覚しました。
私はどこを見ていていいか判らず、何故か開いたり閉じたりの動きをしている、彼女の裸足の指先に、ずっと視線を向けていました。
「釣り、続けなよ」
1分にも満たなかった沈黙が耐えがたく、彼女がそう口にしたとき、少し私はほっとしました。
「別にいいよ、どうせ釣れないし」
「呼吸をしている限り、生存の可能性はある。エサが水に入っている限り、魚が掛かる可能性がある」
「えっ?」
「孔子の言葉」
「えっ、そうなの?」
「1日幸せになりたければ、なんじ酒を飲みなさい。一週間幸せになりたければ、なんじ結婚しなさい。一生幸せになりたければ、なんじ釣りをしなさい」
「そ、それは?」
「劉邦の言葉」
「えっ、劉邦?漢の?本当に?」
「うそ!劉邦って誰?って感じ」
彼女がケタケタ笑います。
どこからの引用か判りませんが、よく出来ています。
しかし、どうにも振り回されています。
自分より10才は若い中学生への敬語は、どうにか収まったものの、会話の主導権が全くこっちに引き寄せられません。
口の辺りがもぐもぐするが、どうにもタイミングよく、場に相応しい言葉が出てこない。
でも、これは仕方がありません。
私の口下手は今日に始まったものではないのですから。
それでも、やっと絞り出した、(嘘つきは泥棒の始まりだよ)には、僅かばかりのユーモアも感じない延べ棒のようなセリフだと、自分でもかなりがっくりしました。
さぞ彼女も、面白みのないおっさんだと思ったことでしょう。
「この街に泥棒なんかいるか。それより早く釣ってよ。レナ、お魚さん見たい」
無邪気にして少しブラック、そして知性を感じるに十分な頭の回転の速さと言葉の選択。
私は年も離れたそんな彼女に、少し表現に難しい不思議な好意を持ち始めていました。
(そうか、彼女は中3で、名前は、(レナ)というのか)
しかし(釣って)とお願いされると、これはまことに困ったことです。
確かに彼女の言うように、エサが水面下にないと魚が釣れないのは、太陽が東から上るが如く当たり前のことでしょう。
それでも、初心者以下の私の振り込みを、彼女の前で披露するのは気恥ずかしい。
いや、そんな考えがいけないのでしょう。
もう捨てると決心したはずです。変なプライドも、余分な虚勢も。
「最初に断っておくけど、下手だからね」
そう前置きして送り込んだ仕掛けは、やはりという感じで、描いたイメージとは程遠く、すぐ目の前の水面にポチャンと落ちました。
少し時間を空けたことで、掴みかけていた感覚が、一瞬で私から去ってしまったようです。
失敗を失敗と気付かれることが嫌で、正にそこに仕掛けを落としたかったのだとでも言うように、そのまま仕掛けを流れに乗せます。
(あれ?)
この時、私は異変に気付きます。
これまで川の真ん中あたりに放り込んだ時には、あっと言う間に流れていった仕掛けが、それ程勢いよくは流されないのです。
確かにゆっくりとは下流側に流れて行きますが、さっきまでの忙しなさはありません。
逆に、ある程度流れると、釣り糸の張力と均衡して、その場に留まるようにさえなりました。そのことに私は少しほっとしました。
彼女は相変わらず足の指を動かしながら、水面を見ています。
ちらりと彼女の横顔を見ると、さっきも感じた様に、幼さを残しつつ、女性としてもやっぱり綺麗でした。
「あのさぁ~」
「はい!」
彼女の横顔に見とれていた私の相槌は、驚くほど声の裏返えった情けないものとなりました。そのことを気に留める様子もなく、彼女が続けます。
「ホテチ食べたくない?」
「えっ、ポテチ?」
「だって、コーラと言えばポテチでしょ」
「あっ、でも、今ポテチは持ってないよ」
「大丈夫、家に一袋くらいあるはず。今からちょっくら取ってくる。10分くらい待っててくれる?」
裸足のまま、短パン姿のまま、私の返事も聞かないまま、自転車に飛び乗る彼女。
「あっ、ちょっと、靴は?」
そう私が声を掛けた時には、力強く彼女はペダルを踏みしめていました。
もちろん裸足のままで。
自転車は、ぐんと加速し、瞬く間に、彼女の後姿が小さくなっていきます。
この時、私の頬のあたりが、何だか熱く感じるのは、この日の陽気だけが理由ではなかったはずです。
飛ぶように走り去っていく自転車の後姿を、茫然として見送ってから、もう30分は経っています。
何かの冗談のように、白いソックスの詰め込まれた彼女のスニーカーが、持ち主不明の忘れ物の如く、私の目の前に置かれています。
その間に2回、仕掛けを上げてみました。
少しミミズの動きが鈍くなった感じはありましたが、付け替える気分にもならず、また手前の流れの緩い水面に放り込みます。
放り込んだ後、彼女が走り去った方向に、また視線を向けます。
(私は彼女を待っている)
そのことが分かります。
少しずつ下流へ流れていく浮きを見ていますが、その間も意識は、ずっと彼女の去った方向にある。何だかとても落ち着かない。
そんな時です。流れに沿ってゆっくりと下流に向かっていた浮きの動きが、意外と早く止まったのです。
糸に引っ張られるほど、まだ仕掛けは下流に流れていません。
(あれっ?)と思って仕掛けを上げてみます。
すると一匹丸ごとちょんがけにしていたミミズが、何やらクシュッと縮れた感じになって、長さも心なしか短くなったような気がします。
心臓が少し脈を打ちます。
(もしかして魚がついばんだのかな?)
何せ初めての経験なので、半信半疑ですが、そんな風に思えます。
今度はちゃんとエサを付け替えて、もう一度同じように、すぐ前の水面に落とします。
ちょんがけなら、エサ付けに苦労することもありません。
目の前の水面なら、それほど振り込みも難しくありません。
狙った場所に仕掛けを落とすことができました。
やはり、ゆっくり浮きは流れて行きます。
それを見ながら、私はどきどきしています。
そして先ほど止まった辺りで、またもや同じ様に浮きが止まりました。
今後は少し様子を見てみます。
すると、浮きが何と流れを遡り始めました。
その動きはとてもゆっくりでしたが、間違いなく浮きは上流側へ動いています。
そう、普通ではあり得ないことです。
何か普通ではないことが起こっています。
恐る恐るゆっくりと竿を立ててみます。
次の瞬間、極ゆっくりと上流側に上っていた浮きが、急に下流側に走りました。
(のわっ!)だったか(ごぁっ!)だったか、いずれにせよ、自分でも驚くような頓狂な声が、私の喉から鳴りました。
そして気がつけば、びちびちと体をくねらせる、10センチを僅かに超えるくらいの銀色の魚が、釣り糸に吊るされる形で、私の眼前で暴れていたのです。
「あ~~、釣れたんだ!」
飲み込まれた針を、魚から外すことに四苦八苦していた私は、彼女が戻ってきたことに気付きませんでした。
「あっ、うん、でも針が外せなくて・・・」
男の子としては、少し情けない感じがしますが、初心者であることは、もうカミングアウトしています。いまさら恰好をつけてもしょうがありません。
「あ~、針を飲まれちゃってるね。そんな時は、無理に外さずに、糸を切って放してあげた方が、魚は弱らないらしいよ。持って帰って食べるんなら別だけど」
釣った魚を食べるという感覚が全くなかった私は、反射的に彼女に訊きました。
「えっ、この魚、食べれるの?」
「ハヤだよ、それ。ここらでは誰も食べないけど・・・都会の人は食べるの?そんなの」
とても不思議そうな彼女の表情を見て、私は何だか急に可笑しくなりました。
(ククク)と噛み殺すような私の笑いに、彼女も連られたようで、それは素敵な笑顔を見せてくれました。そのことが本当に嬉しかった。
「食べないんなら、早く糸を切って放してあげようよ」
「うん、そうしよう」
僕は胸ポケットに入れていた小型のはさみで糸を切り、すでに鱗がいっぱいに貼りついている掌に魚を乗せ、川に返しました。
何度かエラを動かした後、泳ぐという本能を思い出したように、魚は元気に川の本筋のほうへ勢いよく戻っていきました。
その時になって、改めて自分で釣った人生初の魚だったのだという実感が沸きます。
魚の喉の奥に刺さったままの針のことを思うと、少し胸がちくりと痛みました。
「ポテチ、持ってきた。うすしお味しかなかったけど」
「ずいぶん時間が掛かったようだけど・・・」
「どろどろの足で玄関上がったら、お母さんに怒られた」
バツの悪そうな、少し不貞腐れたような顔で、彼女がそう言った時、ちらりと彼女の足を見ると、やっぱり裸足のままでした。
「怒られても裸足なんだ」
「足洗って他の履物を履くか、そのまま裸足で出掛けるか、どっちかにしなさいってお母さんがいうから」
その話を聞きながら、彼女のこの人懐こさと明るさを育む土壌となったであろう、彼女の家庭の雰囲気が目に浮かぶようで、何とも微笑ましく、思わず私は声を出して笑ってしまいました。
「ダッシュで戻って来たんでのど乾いた。さっ、ポテチ食べて、コーラ飲もう」
土手を下り、コーラを冷やしていた石積みのプールに、再びズブズブと入っていきます。
「ほら、裸足がやっぱり正解、おっ、ちゃんと冷えてる」
コーラを片手に、それは嬉しそうな顔で、再び土手を上がってきます。
「ゴチになりま~す」
そう言って、コーラのプルタブを引く彼女。
本当に笑顔が可愛らしい。
いえ、可愛らしいというのは失礼かも知れません。
その子供っぽいと言ってよい言動のため、幼く感じますが、実際の彼女は、女性としても十分に綺麗なのです。
少なくとも、その時の私は、そう思いました。
「さ、乾杯しよう、乾杯」
そう言われて私は、すでに飲み終わっているコーラの空き缶を持ち、彼女の缶と合わせます。
ごくごくとコーラが、彼女の喉を流れていく音がすがすがしい。
私も、缶に口をつけ懸命に吸いますが、缶の口の部分についていた数滴が、僅かに唇を濡らした程度でした。
「あれっ、もう入ってないの?」
「ああ、遠慮しないで。全然喉乾いてないから」
「ダメダメ、だってこれからポテチ食べるんだよ。セットだからいいんだよ。それじゃ、交代で飲もう」
そう言って一度口をつけたコーラの缶を、私に手渡そうとします。
「いいから、いいから。ほんと大丈夫だから」
「ダメダメ、ぜったい駄目」
こんなやり取りがしばらく続き、結局私達2人は、一つのコーラ缶に交互に口を付ける形で、ポテチを頬張ることになったのです。
一口目の時には、本当に心臓が口から飛び出すかと思える程、私はドキドキしていました。
彼女が家から持ってきたポテチの袋の中が、いよいよ細かいチップスのかすを残すのみとなったころ、また流していた浮きが、少し上流に動きました。
一回目の時ほど、私は慌てませんでした。
そろりと竿を上げてみます。
小さくクンクンとした生命感が、手元に伝わってきました。
銀色のきらめきが、水面に表れた時になって、やっと私は、(釣れたみたい)と彼女に声を掛けます。
慌てて(釣れた!)と言ったものの、上げてみるとゴミだったというコントになることを警戒したのです。
「やった、やった~」
彼女が鈴の転がるような笑顔をみせます。
思わず私も表情が崩れます。
勢いよく飛んできた魚は、さっき釣り上げた魚とは、何か様子が違います。
一匹目の魚は、全身が銀色でしたが、今後の魚は、側面に鮮やかな青い模様があります。背びれも少し大きいような気がします。
よく見ると、そのひれには赤い斑点も見受けられます。
その模様と背びれの美しさは、こんな綺麗な魚がいたのかと思えるほどでした。
「あ~、オイカワだよ、それ。オイカワの男の子だよ~」
(オイカワ)私の持っている釣り指南書には、対象魚として載っていなかった魚です。
まじまじと見ると模様やヒレの美しさだけでなく、目も口も小作りで、これが可愛らしい。
「ねぇ、お兄さん、まさか食べようなんて思ってないよね」
眼前に魚をぶら下げ、暫し見入っていた私に、声が掛かります。
「ああ、綺麗な魚なんで、つい見惚れてた」
「そりゃあそうでしょ。淡水の魚では一番きれいな魚なんだから。女の子もすごく綺麗なんだよ。ねぇ、レナ、その魚、欲しい」
「それは・・・いいけど、どうするの?」
「持って帰って水槽で飼いたい。金魚用の水槽が家にあるし」
「あっ、でもバケツとかないし・・・どうやって持って帰ろうか」
(う~~ん)という感じの彼女の表情に、私も(う~~ん)という顔になります。
(う~~ん)という顔を2人でしたところで、何か解決策があるとは、私には思えません。少し考えている素振りをしているのは、ただのアリバイ工作のようなものです。
「あっ!」
「あっ?」
「ポテチの袋」
「えっ?」
確かに容積としては十分です。
魚の大きさは、せいぜい10センチを少し超える程度ですから。
それにしてもポテチの袋で、小魚を活かしたまま、果たして持ち帰れるものなのでしょうか?
(えっ?)
もう彼女はポテチの袋を持って、土手を下り始めているではないですか。
下りながら、大きく首を後ろに反らし、粉々になっている袋の中身を、口の中に放りこんでいます。
口をもぐもぐさせながら、袋に川の水を入れては出しを繰り返し、何度も袋の中を濯いでいます。
「よく塩分を落としとかないと・・・海の魚なら塩分濃度がちょうどいいかも知れないけど」
そんな問題なのだろうかと思いながらも、彼女の行動をオロオロと見守っていたその時です。水位は彼女のちょうど膝の下あたりだったはずなのですが、一瞬右の足が、ズズっと沈んだように見えました。そう、ちょうど彼女の右膝が完全に隠れるくらいまで。
(うゎ!)
彼女がそんな声を出したような気がしました。
それは一瞬の出来事だったのでしょうが、私の目はまるでスローモーションフィルムを見るように、その現象の全てを捕らえていました。
最初に、膝の上まで彼女の右足が、水面の下に沈んでいきました。
バランスを崩しかけた彼女が、立て直そうと左足の位置を変える動きを取りました。
しかし、少し川底に埋まっていた左足は抜けず、立て直そうとした動きが裏目に出て、完全に彼女はバランスを失う形となりました。
まずお尻が浸かり、次に胸、肩、そして最後に頭までずっぷりと水面に沈みました。
水面に浸かった彼女の黒髪が、海に浮かぶクラゲの傘が、緩やかに開くように、水面に見事な円を作りました。
驚いた私は、思わず駆け寄ろうとします。
次の瞬間、勢いよく水面下から跳ね上がってきた彼女の姿に、少し安心します。
「だっ、大丈夫?」
振り返った彼女の顔には、濡れた前髪が垂れ下がり、表情はまるで伺えません。
一呼吸のあと、その前髪を一気に掻き上げ、全身ずぶ濡れの状態で、なんと彼女は、豪快に大笑いするのです。
「あははっ、レナ、最低~~」
「ちょっと、早く上がっておいでよ、怪我はない?」
土手の上に立った私は、彼女に手を伸ばします。
「たかが袋に水を入れるだけなのに、随分と大げさな入れ方になったものだわ」
ちゃっかりと彼女はポテチの袋を片手に持ってます。
意図してか否か、袋は水でたっぷりと膨らんでいます。
「ではお言葉に甘えまして、ごめん遊ばせっ」
そう言って彼女は、袋を持っていない方の手で、僕の腕を掴みました。
彼女の腕がたっぷりと水に濡れていて、少し滑りそうになり、私は力を込めます。
彼女の二の腕は、柔らかく、一方で若い筋肉の弾力を感じさせました。
「ヨッと」
土手から引き上げた彼女の姿に、私は軽く眩暈を起こしそうになりました。
白い体操服が貼りつき、彼女の上半身の肌の色が露わになっています。
ピンク色の下着も、くっきりと浮かんでいて、私には目のやり場がありません。
「大丈夫?」
どうにか口にできたのは、そんな言葉だけです。
「これは見苦しい所をお見せしました、失礼」
明るい顔で彼女がペコリと頭を下げます。
「そんなことより・・・どうしよう、何か着るもの・・・」
そう言ってはみたものの、私も着ているものはポロシャツ一枚です。
彼女に掛けてあげる衣類はありません。
「大丈夫、大丈夫。今日は暖かいから、それより魚、魚」
ああっ、そうでした。
彼女に駆け寄ろうとした時、ぽいと地面に放り投げた竿の糸の先で、綺麗な小魚がパタパタと暴れています。
よかった、まだ元気そうです。
おや、いつの間にか針が魚の口から外れていました。
魚が勝手に針を外したのでしょうか。
そぉ~と魚を掴み上げ、彼女の持つ袋に放り込みます。
「よし、じゃあ、行くよ」
「えっ、行くって、どこへ?」
「家に決まってるじゃない、水槽はそこにしかないんだから。目標時間3分」
「えっ、でもその・・・スケスケの恰好で・・・」
「だって、しょうがないじゃない。何か手段があれば、お聞かせ頂こう」
確かに・・・彼女の言う通りです。
それでも彼女のその恥ずかしい姿が、他の人の目に触れることが、私には何だかとても我慢できないことのように感じました。
「いや~、それでもスポブラの日でなくてよかった」
「えっ、スポブラ?」
「だってスポブラの薄いカップなら、レナ自慢の美しい先っぽまでスケスケだよ」
彼女の行動と言葉に、いちいち私はドキドキしっぱなしです。
「レナのセクスィ~ショット!嬉しい?」
「ごっ、ごめんなさい」
何故か謝る私。自分でも意味不明です。
「はい、お兄さん漕ぐ人、レナ座る人、レッツゴー~」
反論の余地なくサドルに座った私の背中のシャツを、彼女の手がキュッと掴んだ感覚。
その時の私は、間違いなく幸せを感じていました。
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走り出してみると、瞬く間に額と背中から汗が吹き出ます。
(汗の匂い、大丈夫かな)と私は少し心配になります。
「あっ!」
後ろから声が聞こえました。
「えっ、何か?」
「竿・・・」
その時になって、私は川の土手に、釣り竿と餌を置きっ放しにしていることに気付きました。少し、(しまった)とは思いましたが、その時の私には、釣り竿など些末なことでした。
「この街に泥棒はいないんじゃなかった?」
そんな私の言葉に、(そうでした、そうでした)と、彼女は私の後ろで大笑いしてくれました。
少し気の利いた言葉が今日初めて出たことと、そして彼女が笑ってくれたこと。
その両方が、私をとても幸福にしてくれました。
また道に車輪を取られ、少し水が零れたようです。
また彼女が高い声を上げました。




