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百夜釣友  作者: 柳キョウ
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第十五夜:廃刊を惜しむ

22年の長きに渡り、バスフィッシングの普及に貢献したあの雑誌、、○&○の創刊、発行に携わられた全ての方に、御礼申し上げます。

ひょんなことから、あのバスフィッシング専門誌の廃刊を知った。

今では書店で見かけた時に、ちょっと手に取って立ち読みする程度であるが、かつては毎月欠かさず購入して、如何なる記事も読み飛ばすことはなかった。


バスアングラーには堪らないその内容の充実もさることながら、ちょっとした思い出がこの専門誌にはあったからである。


時は1995年2月。

京都府を流れる一級河川桂川で、厳しい寒さの中、私は竿を握っていた。

当時の私の桂川に対するバスフィールドとしての印象は、


(一発大物は期待できるが、決して魚のキャッチが容易ではないフィールド)


というものだった。

それでも私はこのフィールドが好きだった。

具体的に理由を挙げるとすれば、およそ次の様なものである。


・単純にその頃、住んでいた高槻市からのアクセスが容易であったこと

・たとえ釣れずとも、フィールドのどこかで、大型のバスが回遊する姿を見かけることが多く、夢のあるフィールドであったこと

・初めてキャッチした、激流の中からクランクベイトにもんどり打って出たファーストフィッシュがとても印象的であったこと


挙げるときりがないが、実のところ、私がこのバスリバーを愛した本当の理由は、(フィールドの雰囲気が何となく好き)という、非常に曖昧で感覚的なものだった。


しかし私のこの愛情も、片思いの恋というに相応しいもので、この愛するフィールドは、あまりに素っ気ない反応しか返してくれないことの方が、圧倒的に多かった。


厳寒の2月。

魚のバイトがあることの方が奇跡と言ってよい季節と状況の中で、私はラバージグをプレゼントし続けていた。

発売と同時に、多くの雑誌読者アンケートで、瞬く間に人気一位を獲得したほどの有名ラバージグ。

私は、他のルアーを糸の先に結ぶ考えには、全く至らなかった。

この時の私の心理状態は、苦行僧のそれに近いものがあったかも知れない。

一心不乱に雨粒の如く、シャローの良スポットをひたすらに打ち続けていた。


「こんにちは」


現在ほど有名にはなっていない厳寒のローカルフィールド。

他のアングラーに声を掛けられることなど予想していなかったし、何より驚いたのは、その声の主は女性だったのである。


反射的に振り返ると、ロッド2本を束ねて片手に持った、二十代半ばと思しき女性アングラーの姿。

当時、私も同じ年齢層であったので、その目測は大きくは外していなかっただろう。

手にしているタックルも、当時のハイエンドモデルという訳ではなかったが、必要にして十分な、しっかりとしたものだった。


「釣果の方はいかがですか?」


丁寧でありながら、同時によそよそしさも感じさせず、何とも絶妙な距離感の声掛け。

この様な状況でのアングラーの対応は様々なるも、大きく正反対の二通りに分類できる。


一つ目は誇張タイプ。

あまり釣果は芳しくなくとも、それに鰭をつけて語るタイプ。

もちろん、そう言った発言理論の根底は、釣り天狗の腕自慢である。


一方でその正反対のタイプ。

即ち、悪くない釣果を上げているにも関わらず、まるで釣果が上がっていないかのように語る輩である。

こちらはフィールド、即ちアングラーにとっての縄張りを、他の者に侵入されたくないという、嫌らしい言い方をすれば、釣り人という生物の心の狭さに起因する反応である。


どちらも極めて人間らしい特性に因るもので、どちらのタイプが多く、どちらが少数派か、今考えてもなかなか回答に難い問題である。

いずれの釣り人も、その両面を持ちあわせていて、その時の自分の立ち位置によって、アウトプットが変化するのかも知れない。


では自分がどちらのタイプかと問われれば、この答えははっきりしていて、明らかに前者であると自己分析している。


しかし、この時の私の返答は、実に正直なものだった。


「全くダメです」


難しいフィールドであることは、ここを訪れるアングラーの多くは知るところであろうし、そもそも真冬のこの時期に、釣れていると言うことの方が不自然だったのである。

それでも自慢したがりの私は、その前週に釣った52センチの実績を、付け加えることを忘れなかった。


そのことは事実で、この日も一心不乱にジグを打ち続けることができた心理的背景には、その前週の釣果の影響が多分にあった。

だからこそ2週も続けて、このタフな季節にフィールドに出てきていたのだ。


「今日はお一人で釣りですか?」


最も不思議に思っていた素直な質問を、私はこの女性アングラーに投げかけた。


「いえ、カメラマンと一緒。今、違う川筋を回ってます」


(んっ、カメラマン?)


怪訝な顔をしたであろう私に、その女性アングラーは続ける。


「○○&○○という雑誌の取材なんですよ」


確かに彼女自身も首から小型のデジタルカメラをぶら下げている。

胸元には何やら見慣れぬ機械のようなもの。

その私の視線に気付いたのだろう。


「ああ、ボイスレコーダーですよ。釣り場紹介の記事を書くときに、他のアングラーとの会話を録音していると、何かと後で役に立ったりするんです」


「そうですか。雑誌社の方ですか?」


「いやいや、雇われライターの身です」


「そう、ライターの方ですか。今日は桂川の特集ですか?」


「いや、全国版です。今日は関西地区の釣り場ということで、午前中は大阪の野池を回ってました。カメラマンは宇治川っていうんですか?そっちの方を調査してるはずです。さっき別れたところですよ」


「それはお疲れ様ですね。どんな記事になるんですか?」


「そうですね、まずは現場の写真と釣り場の様子。あと地元のアングラーのコメントとか。それに魚の写真が付けば、文句無しなんですけどね」


言葉の結びに、魚の写真を今日入れることは、正直難しいだろうという彼女の本音が垣間見える。

それは正にその通りなのだが、そう言われると何だか燃えてきた。


時間は午後4時。

今まさに、夕マズメのベストタイムに突入しようとしている。

何よりも、前週ビッグフィッシュをキャッチしたのが、正にこの時間帯なのだ。


「じゃあ、ぜひ魚の写真を持って帰ってもらえるように、ちょっと微力を尽くすとするかな」


自然とそんな台詞が私の口を突いていた。


「それは嬉しい。よろしくお願いします。じゃあここで待たせてもらいますね」


そう言って彼女は、持っていた竿を脇に置き、偶然近くにあった、腰を落すには丁度良い大きさの石に座り込んだ。


「あれ、釣りはやらないんですか?」


「とてもとても私の腕では・・・ジモティーの実力に期待しています」


そう、当時は地元アングラーのことをジモティーと呼んだものだった。

今では、この呼び方はすっかり廃れ、(ロコアングラー)、若しくは略して(ロコ)と呼ばれることの方が多い。

こんな事一つを鑑みても、あれから長くの時が流れたことの実感と、飽くことなく、今でも私がバスフィッシングを嗜んでいることの不思議を感じる。


基本的にバスフィッシングは動く釣りで、一カ所に留まることは、あまりない。

それは岸からの釣行であろうが、船に乗ろうが同じことである。

座り込まれてしまうと、少しこれは困った状況と言える。


今の時代であれば、多少相手が目に入らない場所に離れたとしても、携帯電話でお互い連絡を取ることが可能であろうが、この当時は携帯電話を持っている人の方が少数派だった。

もちろん私も持っていなかった。


しかし、偶然にも私が立っていたその場所は、有望なコンタクトポイントの一つで、夕刻を迎え、この日最後の狩りに励もうとするバスが、いつ回遊してきてもおかしくないポイントだった。

私はラスト一時間弱のゴールデンタイムを、このポイントと心中することを決めた。


ひたすらジグを打ち、奇跡のバイトを待つ私と、石の上で佇む彼女との会話は、とりとめもない内容に終始した。


覚えている限りでの彼女が語った言葉。

・彼女の持つタックルは、ちゃんと自腹で購入したもので、バスフィッシング専門誌と言えど、これらを経費として計上できない


・本来、彼女の仕事はクライアントの依頼にそった文書を書く事であって、写真やフィールド調査は本業ではないが、元々釣りが好きなこともあり、今回の取材に参加している


・先週は徳島県吉野川の取材に行っていた


・今一番欲しいものは、エルメスの時計である


・同行しているカメラマンは、釣りの腕もプロ級で、自らルアーも作るという釣りキチ


対して私は、おそらく次の様な話をしただろう。


・先週のビッグフィッシュヒットルアーは、今投げているラバージグであること


・このラバージグが、バスフィッシング史上最高のジグであると思っていること


・大阪の企業に就職していること


・先週訪れたと言われる吉野川は、学生時代の私のホームグラウンドだったこと



「一つ厚かましいお願いしていいかな?」


彼女が唐突にそう言った時には、お互いにもう敬語を使うことはしなくなっていた。


「俺にできることなら」


「タバコ、一本恵んで欲しい」


ひたすらジグの雨を、狭いスポットに落とし続けていた私は、少しポイントを休ませる意味もあって、ジグを回収し、思い出したように一服しようとタバコに火をつけたところだった。


「お安い御用、いいよ」


私はタバコを手渡し、当時愛用していた銀製のジッポを着火し、彼女が口にしたタバコの先に火を点けた。

この時、顔を寄せた彼女の髪から、ふわりと女性の匂いがしたことに、若かった私は、少しドキッとした。


果たして私は日没直前に、その前週の魚ほどの大きさではないが、45センチクラスのバスをキャッチし、見事ミッションコンプリートとなったのである。


「雑誌が仕上がったら必ず送りますね」


ゴルフ場で見る女性ゴルファーは、美人度20%増しと言われる。

なにか女性に対しての軽蔑的な発言のようで、私はこの表現が好きではない。

しかし言い得て妙というか、確かにその通りだとも思っている。

単に男性と女性との割合的な理由による現場でのインパクトというのが、私の見解である。


釣り場で見かける女性も同じかも知れないが、美味しそうにタバコをふかす姿は、やけに色っぽく、大人の女性を感じさせ、そして確かにとても綺麗だった。



初夏の兆しを感じる陽気が、日に日に増えるようになった頃、一冊の雑誌が自宅に送られてきた。


表紙に『全国釣り場実釣調査』と大きく見出しが書かれたあの雑誌。

北から順に、各地のフィールドの実釣記事が掲載されている。

それはそれは、大変な労力だったことだろう。


日本最大のフィールド琵琶湖は、その巨大さのため、関西地区とは別に頁が割かれており、関西地区トップを切っての記載は京都府だった。


冷気に晒されていることが一目で判る、赤い顔をした私が、少し緊張した面持ちで、バスをカメラに向けかざしていた。

どことなくその顔が、他人のように思えて不思議な感じがした。


フィールドの説明文は、私が語った内容が、より表現として洗練されたものに変わり、そこに書かれていた。


(文:くろさわしょうこ)と記されていた。


余談ではあるが、その前週の吉野川の記事には、ノーフィッシュの危機を救世主メシヤが登場し、救ってくれたとの記載があった。

この人物は、実は私の学生時代の釣りの師匠だったのだ。

世の中狭い。


今、こうして書きつつ思うのである。

あの日の事が、その後の私の釣り人生に、実は大きな影響を与えていたのではないかと。


その後、バストーナメントの世界に足を踏み入れたことも、きっと(もっと俺の釣りを褒めてくれ)との思いがきっかけであったろうし、今こうして釣りに関する文を、拙いながらも投稿し続けていることも、あの日私が語った言葉が、偶然にも世間の目に触れることとなった経験と、無関係ではないような気がしてならない。


そうそう、あのラバージグを開発された、トップトーナメンター兼ルアービルダーの、あの方が、昨年逝去されたことを最近知った。


今日は金曜日。

仕事帰りに、久しぶりに釣り道具屋に立ち寄る予定である。


○○&○○の最終号と○○ラバージグモデルⅠを購入予定。


くろさわしょうこ様と故林圭一プロに、本作を捧げるものです。

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