第十二夜:オイカワとベラ(1)
ある釣り場で出会った年配の釣り人が語られた、とても甘酸っぱい思い出話です。どこか達観したような表情が魅力的なロマンス・グレーでした。お会いしたのは一度だけ。印象に残る出会いでした。
ああ、おはようございます。
いえ、今日は・・・さっぱりです。
ああっ、そうですね。対岸の方が釣れてるみたいですね。
ここから見てても分ります。
よく竿が立ってるようですから。
向こうの方が、潮通しも良さそうですからねぇ。
いえ、別に何を狙ってるという訳じゃないんです。
まあ釣れれば何でもいいかと。
いや~、最近はあまり釣ってないですねぇ。
ああ、確かに他の人は釣ってますねぇ。
こちらではチヌって言うんですか?クロダイのことですよね。
皆さん、何かたくさん餌をまいて釣ってますよね。
へぇ、エビ撒き釣りっていうんですか。
それは関西が発祥の釣りなのでしょうか?
へぇ、そうなんですか。
でも私は忙しい釣りが性格的にどうも・・・
ええっ、関東の出身です。
もう関西にきて25年になります。
でも、やっぱり根っからの関西人にはなれないですねぇ。
う~ん、確かに対岸の方が釣れる可能性高いかも知れませんね。
でも潮の流れが速いじゃないですか。向こう側は。
浮きがどんどん流されてしまって、少し忙しなくて私にはそれがどうも。
いや、浮き釣りが好きなんですよ。
釣れる釣れないじゃなくて。
ええっ、何というか、のんびりと浮きを眺めているのが性に合ってるんですよ。
魚は釣れなくてもいいんです。別に。
好きな魚ですか?
う~~ん、一番好きなのは、そうですね~釣れれば何でもいいんですが、強いて言えばベラでしょうか。
えっ、意外ですか?
でも綺麗じゃないですか。
特に今の時期はベラの婚姻期ですからねぇ。
婚姻期のオスは特に綺麗ですよね。
そこが何かとても好きなんですよ。
いえいえ、食べません。
自分では料理をしませんし、してくれる人もいませんから。
できれば元気なまま海に返してあげたいと思います。
それなら釣らなければいいじゃないかって言われそうですけどね。
はい、お恥ずかしながら、生まれてこのかたずっと独り身でして。
まあ、あと10年もすれば、気楽に一人で慎ましく年金生活というところでしょうかね。
いや、故郷に帰るという気はとうになくなりました。
今住んでいる質素なアパートで十分です。
孤独死っていうんですか?世間では。
多少ご近所の人達には迷惑を掛けるでしょうが、それはそれで人生として悪くないかと。
ええ、母が4年前、父が更にその7年前だったかな。
既に他界しています。
兄弟ですか?
妹と弟が下に2人います。でも、ずっと疎遠でしてね。
もう何年も連絡すら取っていない。
私が関西に住んでいることくらいは知っているでしょうが。
へえ~、2カ月振りの釣りですか。仕事がお忙しかったんですか?
ああ、そうですか、それは大変でしたね。ご愁傷さまです。
父上のご冥福をお祈りします。
そうですか、涙が止まりませんでしたか。
それはきっと優しい父上様で、色々な過去を思い出されたことでしょうねぇ。
そうですねぇ、残された母上様を大切にされることくらいでしょうか。
その程度が人間のできる親孝行というものですよ。
すいません。偉そうなことを言うようですがね。
まあ見たところ私の方が遥かに年を喰っているようですし。
まあ聞き流してください。
私の親の時ですか?
いや~、涙は出なかったですねぇ。
2人共癌だったものですから。
悲しかったというより、少しほっとしたというのが本音でしたでしょうか。
やっと苦しみから解放されたねって感覚だったですねぇ。
ええ、まあこの年になれば、それなりの別れはね、色々経験していますよ。
たまたまでしょう。両親の時に涙の一つも出なかったというのは。
決して私が冷たい人間という訳じゃないですよ、きっと。
う~~ん、学校の卒業式なんかでも、やっぱりそれなりに感傷的にはなりましたねぇ。
多感な時期ですし、ほとんどの同級生とは、大抵それきりじゃないですか。
(また会おう)なんて口ではいいながら。
いや、それでいいんですよ、きっと。
別れがないと、次の出会いも訪れないというか。
出会いと別れって、きっとそんなのが自然なんじゃないでしょうか。
う~~~ん、実は・・・
実はあります。たった一回だけ。
涙の止まらなかった別れというのが。
いや、実は・・・人との別れではなくて、魚との別れだったんですよ。これが。
おかしいでしょ。
えっ、興味あるんですか?そんなことに。
下らない只の感傷ですよ。それも大昔の。
それでもいいんですか?
いえ、話すのが嫌って訳じゃないですよ。
聞いても大して面白くもない話ですよ。
そうですか、じゃあ話しますかね。
どうせお魚さんのご機嫌も、あまりよろしくないようですし。
30年以上前のことですよ。
あれは学校を出て社会人5年目、いや6年目のことだったかなぁ。
ちょっと、仕事でミスをやらかしましてね。
いや、ちょっとしたミスですよ、誰でもやるような。
そんなミスをするのが嫌なら、何もしないことしか方法がない。
その程度のミスです。
でもね、何がよくなかったって、そのミスを隠そうとしたのがよくなかった。
言ったように誰でもやる可能性がある本当に些細なことだったんです。
そのミス自体は。
まあ中堅社員と言っていい年齢だったし、その程度のミスはすぐに取り戻せると思ったんです。その時にはね。
ところがですねぇ、まあ隠そうとしたことへの罰が当たったんでしょううね。
ほんのちょっとしたタイミングですね。そのミスが社内にバレてしまったんです。
ええ、それは当時の上司は烈火の如く怒り狂いましたよ。
ミスをするのはしょうがない。それを隠そうとすることが許せないってね。
まあ、それはきっと至極当然のことを言っていたのでしょう。
社会人としてというよりも人間としてでしょうか。
ええ、でも非常に優秀な後輩が当時一人いましてねぇ。
彼の活躍もあって、私のミスは大事には至らなかったんですが、それを境に本当に社内に居所がなくなりましてねぇ。
皆の私を見る目が、完全に変わってしまったというか。
決して成績の悪い社員ではなかったのですが、一度ミソが付くと一事が万事って感じで。
でっ、転勤ですよ。1カ月も立たずに。
6月1日付。そう、普通はないですよ。
大抵の場合転勤ってのは、4月付とか10月付とか相場が決まってるじゃないですか。
ええ、まあ、あからさまな左遷ですよ。
生まれも育ちも、就職まで都内から出たことが無かったですからねぇ。
自分はこれからどうなるのだろうと、とても不安になった時期ですねぇ。
ええっ、どことは言いませんが、冬は雪深く、秋は一面稲穂だらけという、そんな所でした。
第一印象ですか?そうですねぇ。
何と低い街かと。いや、町というより土地かな。
いや、標高の話じゃなくて、何というか、見渡す限り高い建物が全く目に入らないんですね。低いというのはそういうことです。
初めて事務所に出た時は、こんな所で好きでもない仕事をすることになるのかと、心底落ち込みました。
えぇ、東京の本社ビルとは大違い。
薄暗い路地にある雑居ビルの一室。
社員は白髪頭の所長と事務員の女の子と、そして私。
3人の机と倉庫兼書棚でもう一杯いっぱいですよ。
本社勤務の時が嘘のように静まり返った事務所でした。
電話も一日に4~5回鳴れば多いほう。
所長は朝10時過ぎにゆっくり出て来るし、いつの間にかいなくなったと思ったら夕方電話がかかって来て、(今日は直帰するから)。一体どこに行ってたんだか。
事務員の女の子ですか?
女の子とは言いましたが。すいません。誤解を招く言い方をしました。
当時40台後半で、それは愛想のないおばさんでした。
2人きりの時にも、全く会話はない。
もしかしたら私が転属してきた経緯なんかを知っていたのかも知れません。
ほら、女性社員の情報網って意外とすごいじゃないですか。
いつの時代も。
どうしてそんな部署に配属になったか?
嫌なことを聞きますね。左遷と最初に言ったはずですが。
まあ時代背景もありましてね。
今でこそ(コンプライアンス)なんて言葉は一般的ですが。
ああっ、日本語にすれば(法令順守)となるのでしょうねぇ。
そんな言葉がちょうど使われ始めた頃でして、まあ田舎の小さな工事を請け負っていた部署なのですが、それなりの資格を持った社員の常駐が、まあ義務になったんですよ。
私の場合、資格だけは学生時代に色々と取得していましたから。
会社としても、いい左遷の口実になったんじゃないでしょうか。
休みの日ですか?
転勤してすぐは独り身の引越しとは言え、まあ色々ありますからねぇ。
住民票を移さないといけない。
荷物だってダンボール2つ、3つという訳にもいかない。
電話くらいは引いておかないと社会人としての信用を疑われる。
今の時代なら携帯電話を一台購入ってなるんでしょうがね。
週末少し出歩いてみようと思えたのは、転勤後一ヶ月くらい経ってからでしょうか。
少し精神的にも落ち着いた頃ですね。
その時ふと気付いたんですよ。
本当に自分にはこれと言った趣味がないってことを。
都会に住んでいる時は、そんな事は全く気にならなかった。
日々の多忙に誤魔化されていたんでしょうねぇ。
多忙というのは一種の鎮痛剤みたいなものですから。
つまらない日常がつまらないという事実を、うまくオブラートに包んでくれる。
毎朝6時に起きる。通勤は2時間。
夕方の7時くらいにはやらなきゃいけない仕事は大体終わっているのですが、他の社員がまだ大勢残っているので、こちらも惰性でダラダラと仕事をしている振りをする。
気が付くと時間はもう21時。
軽くラーメンでも喰って自宅に付けば、もう日付が替わる様な時間。
そんなのが普通なんだと思っていたし、特に不満もなかった。
ガールフレンドの一人くらい欲しいと思った事はありますよ、もちろん。
(そんな暇があるか)って言い訳をしていただけでしょうねぇ。当時の私は。
何もない、誰もいない。
そういう環境に置かれてみて初めて考えたんですよ。
私って一体何なんだろうって。
そんな時です。
ある週末の1日・・・取り敢えず歩いてみようと思ったのは。
ええっ、当てもなく方角も時間も、全く気にせずです。
明るい時間帯に歩いてみて改めて思いましたねぇ。
本当になにもない土地だなと。
歩いても景色がいつまでも変わらない。
茶色の平べったい土地がひたすらあるのみです。
舗装された道路もそっちの方が珍しい。
少し強い風が吹けば、酷い土煙。
でもなぜかそれが全く不快に感じなかった。
時間にして30分くらい歩いた頃かなぁ。
何というのか、昔ながらの駄菓子屋のような。
ほら、時代劇なんかでお侍さんが、入り口に座って団子を喰っているような、そんな店。
桶に水が張ってあって、大きな氷がぶち込まれていて、コーラとポカリが冷やされていたんです。
本当はビールって感じなんですが、何故かその時はビールが飲みたいとは思わなかった。
う~~ん、何故だろう。きっと一人で酒を飲むという経験がなかったからじゃないでしょうか。
(酒は複数で飲むもの)って感覚が残ってたんでしょうねぇ。
本社勤務の時の影響かな。
その時に飲んだコーラ。
きっと数年振りのコーラだったと思います。
これが今でも思い出すほど美味しく感じた。
こんなに美味い飲み物は、これまで飲んだことが無いんじゃないかと思えるほどに。
確か160円だったかな。ぼったくりですけどね。
250mリットルの半分くらいは一気に食道を流れていきました。
季節は7月。天気も良かった。
まあ喉が渇いていたんでしょうね。
埃っぽい空気で喉も少しイガイガしましたし。
残り半分は味わう様にゆっくりと時間を掛けて飲みました。
ん~~、何というか・・・切ない気分でしたねぇ。
切ないけれども、何か割り切ってしまったような奇妙な安堵も感じる。
何だかそれまで味わったことのない不思議な感覚でした。
そんな時、ふと気が付くと、その店の前に立て掛けられた小さな看板に気が付いたんですよ。
(釣りエサ キジ150円 クリムシ250円)
(釣りエサ)の意味は判るが、(キジ)も(クリムシ)も全く想像がつかない。
その日は日曜日でしてね。
金曜日の夕方、会社の事務員さんに(お疲れ様です)と挨拶したを最後に、丸一日半誰とも話していないことに気が付きました。
まあ厳密に言えば、その5分程前に、「コーラ一本」とは口にしていましたが。
店の親父さんは無愛想でしたが、きっと私は誰かに話しかけたかったんでしょうねぇ。
「キジってなんですか?」と話しかけるに相当の勇気を振り絞りました。
(そんなことも知らないのか)みたいなおじさんの眼が何とも肌に痛かった。
でもやっぱり、人恋しさもあったんだと思います。
無愛想に(ミミズのこと)って言うおじさんの声に、今私は会話をしてるんだっていう事を実感したりして。
ほら、事務所でも会話と呼べる会話もなかった訳ですから。
(クリムシは栗の中に沸く虫)って説明も、ちんぷんかんぷん。
それこそ(鬱陶しい客だな)みたいな親父の雰囲気も、何故かその時は嫌な思いにはならなかった。
(どこでどんな魚が釣れるんですか?)って聞くと、(オイカワやハヤなら、どこの川でも釣れる)ってこれもぶっきら棒なことこの上ない応対ですよ。
ハヤって魚の名前は、何となく耳にしたことがあるように思えたんですが、オイカワって全く聞き覚えがない。
それで何かね、このオイカワって魚はどんなだろう。
できれば釣ってみたいなって、その時初めて思ったんですよ。
いやいや、全く釣りになんか興味を持ったこともない。
もちろんやったこともない。
でもどうせ他にすることもない環境だったですしね。
結局竿と糸、針と浮きを一式買いました。
ええっ、その店で。
竿なんか埃まみれて、一体いつからその店に置いてあったんだって感じ。
ええっ、それが人生初の釣り道具購入です。
竿は2000円くらいだったかなぁ。
それが高いのか安いのかも分からなかったのですが、何故か妙に嬉しかったことを今でも覚えていますよ。
茶色の渓流竿。長さは3m。
素材はグラスファイバーだったかな、多分。
糸とか針とか浮きとか小物類は、その親父に(とにかく一式見繕って下さい)って。
その店からの帰路ですが、何故か足取りが軽くて、それはもう軽くて。
早く部屋に戻って釣り竿を伸ばしてみたい。振ってみたい。
そんな衝動がとにかく抑えられない。
本当におもちゃを与えられた子供の様な気持ちでした。
自分の部屋に戻るや、靴を脱ぐのももどかしく、まずは竿を伸ばしました。
6畳の居間の空間を対角線に使って。
漆で固めた持ち手の部分が、妙にしっくりくる。
ちょっと振ってみると、ヒュンヒュンと心地のいい音がする。
釣り竿ってこんなにもしなやかなものなのかと驚きました。
でっ、今度は糸を結びたくなった。
一応店の親父には、(道具一式)とお願いしましたからね。
糸もちゃんと買ってあります。
判らないなりに、きっと竿の先にひょろっと出ている紐の部分に糸を結ぶんだろうなと。
まずは結んでみました。
結んだ糸の先をくいっとを引っ張ると、綺麗な曲線を竿が描くんですよ。
もしこの竿に魚が掛かったら、どんなに綺麗な曲線を描くんだろうと想像すると、もうたまらない。
何としてもこの竿で魚を釣ってみたくなった。
次は針です。はい、針の結び方なんで全く知らない。
取り敢えず、丸結びっていうのですか。
紐なんかを縛る要領で、ぎゅっと締めてみる。2回から3回。
でっ、少し引っ張ってみると、するっと針が抜けちゃう。
それじゃあと、5,6回重ねて結んでみるが、結局これも一緒。
どうにも上手く針が止まらない。
今の時勢なら、ネットで調べることができるでしょうが、そんな時代じゃない。
時計を見るとまだ夕方の4時。
そのまま電車に乗って二駅。
比較的大きな街まで出て、駅前の本屋で釣りの参考書を即買いです。
それも3冊。
そんな足労がその時には全く苦にならなかった。
家に帰る時間も待ち切れず、電車の中で斜め読みですよ。
(針の結び方)の頁を見ていて、危うく乗り過ごしそうになりました。
もちろん家に帰ってからは針と糸を相手に格闘です。
不思議に思ったのは、針の結び方と言ってもたくさん方法があること。
一番不思議に思ったのは、(本結びが一般的)という記載。
漁師結びってあるじゃないですか。
漁師といえばまあ釣りのプロですから。
漁師の使う結び方が一番ではないかと素人は思うでしょ。
でも本結びが一般的と書いてある。
今なら判りますよ。漁師無結びの方が、圧倒的に早いんですね。仕掛けを作るのが。
でも、当時はそんなこと全く判らなかった。
でっ、気が付くと時間は夜中の12時を過ぎている。
明日は仕事がある。早く眠ろうと思うんだけど、布団に入ってからもなかなか寝付けない。
ふと気になって、また買っていた本を開いたりする。
浮き釣りの頁を見ながら、浮き止めゴムを買っていないことに気付き、
「あの親父め、一式全部って言ったじゃないか。不親切な奴」
なんて一人部屋の中でぶつぶつ愚痴ってみたり。
きっと興奮していたんでしょうね。
その時私は、興奮していたんだと思います。
翌日からの一週間は、本当に次の週末が待ち遠しかった。
あの時を思い返しても、ちょっと他には記憶に無いという程に週末を心待ちにしていました。
仕事が終わって帰宅してから、針結びだけでも一晩に10回は練習しましたねぇ。
何回も指に針を突き刺して、指先はボロボロですよ。
結んでは切るを繰り返すものですから、買ってきた糸もどんどん無くなっていく。
現場で風が吹いた時なんかも想定して、暑くもないのに扇風機回して、模擬的強風を作って、仕掛作りの練習。ほとんど馬鹿ですね。
結び方ですか?
結局、本結びですよ。あの日から30年以上、それ以外の結び方は使ったことがありません。
一つの基本をしっかりと覚えればそれで十分。
そんなことが世の中にはあるでしょう。
そんなものの一つだと思いますよ。針結びって。
でっ、どうにか針は結べるようになった。
浮き釣り仕掛けの道具も揃った。
後は当日、エサを買えば準備は万全。
そう考えていたのが、そう木曜日くらいでしょうか。
その頃になって、釣り場はどこに行けばいいか、それをあの親父に聞いていないことに気が付いたんですね。
気になってしまうと、もうどうにも落ち着かない。
でも相談できる相手がいるはずもない。
そう言えば、あの親父が(どこでも釣れる)と言ってたっけと思い出し、何とかなるさと開き直ってみたり、いや逆に初心者丸出しの私を、適当にあしらうための出任せだったのではないかと不安になってみたり。
時計の針が2時を回ったまでは覚えているのですが、いつしか眠りについていた。
寝付けない夜だったけど、何かふわふわした様なワクワクする様な、妙な感覚の不思議な夜でした。
そしてその二日後の土曜日の早朝。
天気予報は微妙な感じだったのですが、それは見事に空は晴れ渡った。
思わず握りこぶしを作るほどに喝采の思いでしたねぇ。
晴天無風は釣りでは最悪。
今では常識ですけどねぇ。
あの親父の店まで餌を買うため歩いたのですが、気が付くと速足になっている。
これほど瑞々しく興奮している自分がとても不思議でした。
前週は30分ほどかかった道程が、その日はたったの20分。
相変らず無愛想な親父の店で、(キジ)と(クリムシ)をどちらも購入して、一度店を出てから、思い出した様にコーラも2缶買いました。
オイカワを釣るにはどこがいいのか聞いてみると、何のことはない私の住んでいるアパートの目の前の川がいいと言うじゃないですか。
来た道を戻ること、今度は所要時間15分。ほとんど駆け足ですね。
そしてアパートから目と鼻の先の、川幅5メートル程の小さな川で、生まれて初めて私は釣り竿を出すことになったのです。
正真正銘、私の魚釣りデビューの日です。




