第25話 破壊活動と威力偵察 前編
あれから三十日。朝方はかなり肌寒くなり、冬が近づいてるなーと思う頃、ギルドの受付が空くのを待っていたら、大飯からメッセージと動画が届いた。
俺はギルドから出て、近くのベンチに座り端末を操作する。
題名:一ヶ所目。国境から帝国を挟んだ反対側の、一番遠い街です。
大飯の目線の動画は、どこか広い丘の上から街が見え、大きな軍事施設のような物が隣接していて、指を指して円を描くと小さな四角が動いてるのがわかる。
『良い見晴らしですね。とりあえずここからアレを吹き飛ばすんですけどね』
そんな言葉と共にジャベリンを構え、モニター越しに小さな四角にロックオンしているのが見え、爆音と共に小型ミサイルが発射され小さな爆発が見えた。
そして隣接している施設にもロックオンし、高い塔が吹き飛んだ。
それが数回続き、軍事施設は蜘蛛の子を散らした様に、黒い物がワラワラと動いている。
『射出地点が割れるので、今日はここまでですね。明日には街を出て、これから軍事施設を巡ります』
親指を上げながらそう言うと動画が切れ、また別な場所になった。
『へイ兄弟、日替わりと何か酒を。ってかずいぶん兵士がウロウロして殺気立ってるけど、何かあったんか?』
『今日の昼に隣の軍事施設の偉い奴がいた塔が吹き飛んだり、新兵が訓練中に魔法にやられた。それが十回以上も続いた。そりゃ犯人探しに必死さ。おっと、誰でも知ってるがこれ以上は刑罰になっちまう』
どうやら酒場らしい。口調も違うし、噂でも流しに行ったか?
『ビスマスの悪夢にそっくりな感じだな。国に入り込んでんのか?』
『お、なんだあんた冒険者かい? そうなんだよ。なんか魔法がそっくりなんだよな。だから兵士は必死って訳だ。なんか噂とか聞いてないか? 一本おまけするぜ兄弟?』
酒場の店主がニヤニヤとし、大飯にしか聞こえないような声で言っている。
『大きな声じゃ言えないが、国境近くの町で、アラバスターが進軍してきたら直ぐに対応できるように常駐してるって噂だぜ? だから不思議に思ってんだよ』
さらっと嘘を言うなよ……。
『容姿とかわかるか?』
『一貫して、熊みたいにでかいのと、そいつより背の高くて細い筋肉質な男としか聞いてねぇよ。戦ってる時は常に覆面だしな。こんなんじゃおまけは期待できねぇかな?』
噂には多少真実を混ぜろってやつか。本当にこれいいのかな?
『そうでもねぇぞ? 常駐って事は、今回やった奴は別人ってなるだろ?』
『だなぁ。俺もあんな魔法使ってドラゴンとか吹き飛ばして英雄になりてぇぜ』
『くははは、ちげぇねぇ。あんなのが使えたら、簡単に英雄だ。けど英雄になる前に最悪二つある尻が、なくなっちまうぜ兄弟?』
そんな会話と共に、目の前にビールが置かれ映像が切れた。
とりあえず突っ込みを入れるなら、なんでブラザーとか言い合ってんの? ノリ? キャラ作り? あんな見た目で言われたら違和感ねぇけどさ。ヘイにメッセージ送っておくか。
件名:動画見たか?
メディアスに報告しに行くか? しばらく様子をみるか?
件名:見たよ。動画を見せる事は多分できないけど、口頭での説明は可能でしょう? スピナが行くか、俺が行くか。どうする?
相変わらず題名に全部入れてくるなよ……。俺が行く。っと……。この時間にギルドに顔を見せないって事は、多分娼館だろう。
上級区の奥に入り、通り慣れた道を進んでメディアスの屋敷に行くと、門の前に立っていた兵士が退いてほぼ顔パスで通れた。一応来訪時は通せって事になってるんだろうか?
そして入り口の兵士に訳を話し、メイドにインクとペンを頼み応接室で報告書を書く。
「朝の急な訪問だ。手が空いたらで良いと伝えてくれ」
うん。事細かとはいえないが、映像の通りの報告書にはなったと思う。
「すまない、遅れた」
メディアスは慌てて入ってきたが、髪が少し乱れている。来訪時は朝食中だったか?
「いや問題ない。早朝に急な訪問をした俺が悪い。早速で悪いが大飯から連絡があった。事の詳細はコレだ」
俺は先ほどまで書いていた紙を滑らせると、メディアスが目を通し始めた。
「オオイも、お前達と同じ物を使えると認識でいいだろうか?」
メディアスの顔付きが、部屋に入って来た時よりも険しくなった。
「あぁ。施設を吹き飛ばしたのは、丘の上の偽金作ってた小屋や、アラバスターの進軍を遅らせた悪夢と同じ物だ。かなり遠い場所から吹き飛ばした後に、その街に入って酒場で噂を流布。新しい噂を流すには都合のいい場所だ。しかも俺達二人は防衛の為に国境近くの町に滞在してる事になってるから、風貌が似た奴を捜すのも一苦労だ」
「……オオイはこの調子で、アラバスター内の軍事施設を巡ると言う事を上にして、色々進めてもいいのか?」
メディアスは少し目を細くし、いつも以上にまじめに聞いてきた。
「あぁ、良いと思う。年が明ける頃には王都でも吹き飛ばしてるんじゃないか? ここから帝都を挟んで、一番遠い街の軍事施設だ。後は寄り道しながら戻ってくるだけだと思うぞ?」
「……わかった。周辺諸国との会合を開く様に国王様に言上してみる。何かあれば夜でも良いから来いと、ヘイにも言っておいてくれ」
「あぁ、わかった。今日俺が来たのは、朝いつもの時間にヘイがギルドに来なかったからだ。この意味は何となく察してくれ」
俺は冷めたお茶を一気に飲み、軽く挨拶をしてから軽食を買い、防壁を出て街道沿いのベンチにどっかりと座る。
「もう始まっちまったしなぁ。なるようにしかならねぇよなぁ……」
上を見ると小鳥達が飛んでおり、のんびりとした雰囲気で時間が流れてる。
第二次世界大戦中も、アメリカじゃなんか有名な映画とか上映してたって言うし、工作活動中の時なんか早々雰囲気もかわらねぇか。後は会合で上手く乗せて、志気の下がりまくった帝国と連合軍の戦争か。
年単位になるか、電撃戦で叩きに行くかだしなぁ。もうどうでもいいや。なるようにしかならねぇか。賽は投げられたって奴だな。
俺は瓶に入ってる果汁のジュースを飲み、ため息を盛大に吐いてベンチに寄りかかって空を見る。
「あーあ。戦争かぁー……。絶対戦争だよなぁ……。どうせ市民から色々巻き上げたり盾にしたり、スターリングラードみたいな事になるんだろうなー」
俺はもう一度ため息を吐き、ジュースを飲んでからヘイに連絡を入れる。
件名:メディアスが動画の事を王都に連絡しに行きます。
件名の通りです。どうなるのかが気になります。
お互い事の詳細の連絡は取り合った方がいいと思いますし、個人的なわがままなのですが学のあるヘイさんがついて行き、説得や助言をしていただきたいのですが、よろしいでしょうか? 自分は最悪国境線付近での防衛をしようと思います。
はぁ、地が出てるが、コレが一番最善の方法かもしれない。お、早速返事が。
件名:WW45プレイヤー、ヘイです。
平素よりお世話になっております。
わかりました。確かにその方が良いかもしれませんし、グリチネさんといい感じになっている、スピナシアが行くよりは良いでしょう。防衛戦力と言う名の抑止力も必要かと思われます。
なので自分がメディアス公爵に同行し、周辺諸国の説得や連携の会談の補佐をしつつ、軍部や作戦への口出しをし、アラバスター帝国を追いつめる案を出します。
詳しくお話がしたいので、昼食後の地球時間でいう十四時に、公爵家前に来ていただければ幸いです。
うお、普段のヘイからは想像できない文面だ。普通に打つもんじゃないな。
□
「やぁ、来てくれたんだね」
ヘイは分厚い紙袋を持って、約束の時間三十分前にやってきた。
「あぁ、これからの事だからな。それと平素なんて久しぶりに見ました。いつもお世話になっております。とかしか使ってませんでしたし」
「気にしないで地に戻して。それに、グリチネさんがいるから俺に行ってくれって書いてくれて良かったのに」
「いやー、そこまではストレートに書けないですよー。んじゃここからはスピナで」
「りょーかーい」
少しだけ地のやりとりをしつつ一緒に門に歩いていき、俺はもう一度公爵家に入り、応接室でメディアスを待った。
「以上の事を踏まえ、自分も同行したいのだが可能だろうか?」
ヘイはメディアスに有無を言わせずに、自分の必要性と俺の役割を言い、午前中から纏めたであろう書類っぽい物を渡しつつプレゼンし、同行させてくれと言った。
紙袋の中は全部、今まで私的に集めた資料の写しや小論だったよ……。通りで分厚すぎるはずだ。
「あ、あぁ……。こちらこそよろしく頼む」
メディアスはタジタジになり、ウェスも何も言えずに立っているだけだった。そりゃそうだ。手書きなのに驚くくらい資料が多い。常日頃から裏でコツコツやってて、今日になってから午前中で全部まとめた感じだ。
「なら俺はどうする? 噂通りに町に向かうか?」
「いや、まだ平気だろう。アラバスターに入ってるスパイの報告と、大飯の報告との差異を確認し、進軍や出兵する動きを見せてからでも問題はない。どうせ向こうは体格くらいしか情報はない。平時は普通に暮らしてる混ざり物と、町に入り込んでる向こうのスパイに錯覚させよう。幸い、あの時俺達は口元までしか覆面はめくってない」
「あぁ、わかった。町で破壊活動とかあっても動かず、大軍でなければ意味がない、も付け加えで良いか?」
「ソレはメディアスに聞いてくれ」
ヘイは軽くお茶を飲み、左手の手の平で丁寧にメディアスを指した。
「そうだな……。大軍でなければ意味がないと思わせよう。ただ、お前達あの町で泊まってるだろう? 多少の情報漏れもあるだろうし、敵が軍部に平民として潜り込んでた場合は、どうなるかわからんぞ?」
「そうか……。そうだった。グリチネさんには悪いが、スピナに町に行ってもらってた方が、この場合は噂の信憑性を高めるのにはいいだろうな」
ヘイは机を指でトントンと叩きながら、申し訳なさそうに言ってきた。
「俺的には問題はない、心情的なものだからどうにでもなる。グリチネは意外にドライだが、そちらは不明。ここからは憶測だが親兄弟もいない、小さなあの店に固執する。実は親が経営してたのをそのまま受け継いだ可能性が高い。それに混ざり物は平気だが、忌み子って言葉には激昂する。この街で混ざり物の迫害とかあったか?」
「目立った物はないが、スラム付近の下級区の一角だ。極小規模な苛め、もしくは排除の動きはあったかもしれん。悪いがそこまでは把握していない。すまない」
「いや、問題ない。小さな事件だと上まで来ないからな。しかたない」
俺は小さくため息を吐き、お茶をゆっくりと飲む。
「悪いが訳を話して、明日にでも町に向かってくれ。手配はこちらでしておく。明日朝にトニーが向かうだろう。ソレと組織と連携できるように手紙を書いておく」
「わかった。何かあったらヘイを通して連絡をくれ。んじゃ俺は先に帰る」
「あぁ。俺はもう少しメディアスと話を詰める。伴侶がいるのにこんな事頼んですまない」
「謝んな。こんな世じゃ仕方がねぇよ。別れが辛いからドライなだけかもしれねぇしな」
俺はお茶を飲み干し、立ち上がって軽く手を上げてから応接室を出た。
「ただいま」
「ん。おかえり」
休息を入れていたのか、カウンターに座ってタバコを吸っていたグリチネは、煙を吐いてお茶を飲んだ。
「ちょっと真面目な話がある」
俺はグリチネの隣に座り、お茶を淹れようとしたグリチネを止めた。心情的に対面で話したくないし。
「で、真面目な話ってのは?」
「どこから話すかな……」
俺はとりあえず、アラバスターと戦争をするのに各国と連合国を作り、大飯が各所で破壊活動をし、ヘイが王都に行き各国の要人との会議し、俺は噂通りに町に行く事を伝えた。
「へぇ。面倒な事になってるのねぇ」
グリチネはタバコをくわえ、火を付けてから大きくため息を吐くようにして煙を吐いた。
「あぁ、最悪そのまま戦争だ。悪いがかなり留守にする」
「なに? 留守にするって事は、ここに帰ってくる気はあるのね。なら行ってきて良いわよ?」
「軽く言ってくれる……。戦争だぞ?」
「逆に聞くけど。五万を二人で殺した男の片方が殺されるって考える方が、私には難しく感じるわ」
グリチネはタバコの煙を吐くと立ち上がり、カウンターの中に入りヤカンを持ってティーポットにお湯を入れ、お茶をカップに注いだ。
「はい。で、出るのはいつなの?」
「明日朝には」
「なら必要な物でも買ってきたら? ソレと今夜は覚悟しておく事ね。絶対に生きて戻ってきてやるって思うくらいのをしてあげる」
「逃げ出したくなる……じゃなくてか? 過去に何度思った事か……」
俺は首を振り、少しだけ温いお茶を一気に飲み干した。
「頼むから、戻って来たくなるってくらいには手加減してくれ。美味しい物はもう沢山だって言うくらいより、ちょっとだけ足りないなーってなのが丁度良い」
「美味しいって思ってくれてるなら幸いね」
グリチネはニヤニヤとしながらタバコの煙を吐き、包丁とジャガイモを手に取った。
「あぁ。美味いからまた食べたくなるのを頼むわ」
俺は立ち上がり、軽く手を上げてから買い物に出かけた。




