第14話 臨時休業と一騒動 後編
注意:拷問表現はありませんが、拷問したっぽい表現が描写されています。
その後は服選びだが、ゆったりとした男性用の白のシュミーズに、ブーツに焦げ茶のニッカーボッカーズだった。ってかこれは一応シャツで良いのか?
確かに服だけなら一般人だな。ってかグリチネの服も普通すぎて、一般人夫婦にしか見えない。首から下限定だが。
ってか薄汚れてたら、悪人にZの文字を刻む映画を思い出す。レイピアでも買うか?
「あら、普通」
「お似合い、って言って欲しかったな」
その後は、下級区の安い店でグリチネがガブガブ酒を飲み、周りの雰囲気に合わせて騒いでいた。
酔ってるところを始めて見るが、絡み酒だった。少し質が悪い方の……。どのくらい質が悪いかと言うと、肩を組んできて酒を飲ませようとしてくる程度には――
ちょうど区切りの良いところで切り上げ、宿に戻ってグリチネを寝かせたら、左腕の端末を操作し、装備欄にフラッシュバンを追加した。
ドアの近くに二脚のイスを置いて、そこにフラッシュバンを括り付け、ピンに多少加工をして抜けやすくし、ドアが開くと紐が引っ張られてピンが抜けるようにしておいた。
昼食後の買い物中に、同じ二人組を三回見かけたからな。コレくらいの保険は必要だ。
ゲームの仕様でマークした人間は、MAPで表示されるアイコンが一定距離内から出なければ赤くなり続ける。
だからそいつをマークしてみたら大当たり。一定距離内から離れてないので、夕食中にも同じ店で二人が食事しながら、チラチラこちらを見ていた。
なのでこんなトラップを仕掛けている。てか尾行が下手だ。まだそういうのができてないか、できたばかりでノウハウがないか……。新人か――
手にはテーザーガンを持ち、カウンターの中に隠れて待つ。
深夜、ちょうど日付が変わる頃に、黄色の光点が店の入り口に一つ、裏口に一つ見える。挟撃か?
俺はトラップのない裏口に足音を殺して向かい、装備をスタンロッドに持ち替え、カチャリカチャリと小さな音が鳴り始めた瞬間に鍵を開けてドアノブを思い切り引き、スタンロッドのスイッチを押しながら、顔を確認せず鎖骨辺りを叩きつけて気絶させ、正面入り口の方で大きな音がしたので、早足で向かい、倒れてる奴に保険としてテーザーガンを打ち込む。
どうせ尾行者じゃなくても、泥棒だ。
そして裏口の奴から店内に引きずり込み、二人をイスに座らせて縛り付け、そしてランプに火を灯し、テーブルに置いてあった二人に水をぶっかけて起こす。
「やぁ、夕方ぶり。昼過ぎから俺達の事を尾行してるけど……。お二人さん……、どんな用件かな?」
イスに座り笑顔で言うと、二人は縛られてるとわかり、ランプの光でもわかるくらい顔色が悪くなった。
◇
結果的に言うと二人とも無言だったが、最終的に気持ちよく笑顔で喋ってもらった。
結局昼間にグリチネがぶっ飛ばした、上級区の夫婦の旦那の方に雇われた奴だった。
可能なら殺せって事だったらしい。ずいぶんとご立腹だって事も、住んでる場所も家族構成も笑顔で喋ってくれた。終始協力的で助かったよ。
何でも、ちょっとした事業に成功して、金持ちな家庭でこの街で何軒も商店を経営しているらしい。
「さぁ、朝になったから衛兵所に行こうか」
「お前に聞かれたことは全部喋っただろ!? なんでだよ!」
「夜中に鍵を開けて入ってきた時点で泥棒だろ? それとも冷たくなってスラムに転がりたいか? あー、やっぱり雇い主の家の庭に冷たくなった状態で転がすのもいいな。二つの案が出た、どっちがいい?」
「衛兵所……」
「俺もだ」
二人は絞り出すような声でそれだけを言ったので、口に布を突っ込んでから口を塞ぎ、イスの背もたれを掴んで、斜めにするようにして引きずり大通りまで歩くが、良く利用させてもらってる店の、掃除中のおばちゃんと出会った。
「おはようございます」
「あら……おはよう。その二人は?」
おばちゃんは、俺の両側のイスを見てから挨拶をしてきた。
「泥棒っす。だから衛兵に付きだすんすよ」
「あらやだ……。怖いわねぇ、気をつけないと……。一人運んであげる」
「ありがとうございます」
こういうおばちゃんは、世話焼きだから助かる。後で少し多めに買い物をしよう。
「そう言えばスピナちゃん、戦争に行ってたっていうけど、戻ってきてから泥棒が入って、グリチネちゃんも良かったわねぇ」
「そうっすねぇ。女手一つで酒場と宿屋を切り盛りしてますからね。俺がいてよかったっすよ」
「で、グリチネちゃんとは上手く行ってるの? ずっと泊まってるわよね? 男女の仲になってるんじゃないの~?」
おばちゃんってこういう話すきだよなー。
「まぁ……、喧嘩はしないようにしてますし、荷物持ちもしてるんで、まぁ嫌われてはないっすよ」
世間話をしつつ、一応泥棒を衛兵に付きだし、イスを宿に持って帰る。足の長さが後ろ側だけ短いが、まぁ仕方ない。
「おはよー、あたまいたいー」
「おはよう。勝手にお湯わかして、お茶飲ませてもらってるぜ?」
「うー、私にもー」
ゾンビのように足取りが重く、少し温くなったお湯でお茶をいれて、目の前にだしてやる。
「あーがとー」
グリチネはお礼を言い、辛そうにお茶を飲んでいる。酒は好きだけど弱いんだろうか? 昨日はあまり飲んでいなかった気もするが……。
「店は平気か? 昼は手伝うか?」
「いや、平気。マシになってきた。仕事に行って良いわよ。朝ご飯はごめんなさい。どこかで買って――」
そう言ってるが、机に肘を突いて頭を押さえている。本当に大丈夫だろうか?
「まぁ、そう言うなら俺は行くけどよ、辛かったら休めよ?」
「んー。平気。たぶんそろそろだから」
なにがそろそろなんだろうか? まぁたぶん平気だろう。俺は俺の仕事をしないとな。
男二人が、楽しそうに歌ってくれた家がここか。へぇ、結構大きな家なんだな。
子供は二人いるが、ビスマスの王都の王立学校に行っているらしく今はいない。夏と冬の長期休暇には帰って来るみたいだが、上の子供は今年で卒業……。つまり成人って訳だ。
祖父母もいるし父親がいなくなるだけ、まぁ子供に関しては平気だろう。恨むなら父親を恨むんだな。
そして、近くに高い建物なし、共同住宅なし、空き屋なし。狙撃はやりづらそうだな。夜中の内に屋根に上って待機して――
まぁ面倒だ。かといって押し込み強盗的なのは、死にはしないがリスクがでかい。さらうのも下準備が面倒だ……。東郷さんみたいに、世界中を飛び回ってて、一週間だけ部屋を借りたり、惜しみなく金を使う事はできない。だって俺の私怨だし。
そう思っていたら家の扉が開いたので、聞いていた朝の店舗の見回りだろうな。
見回り……ねぇ……。
俺は一日中張り付いて奴の店を探しだし、巡回ルートや近隣の建物を調べ、丁字路の角の店でお菓子を買い、家に戻る事がわかった。
それが三日も続けば、十分一日の日課だ。
丁字路正面には公園。雑多な下級区とは違い、しっかり整備されてるな。まぁ利用させてもらうけど。
ただ店舗にまで、忌み子、混ざり物入店禁止ってのはひでぇよな。まぁあの店のコックが、混ざり物って知ったら、食った物を胃からぶちまけそうでおもしろそうだけど。
「明日から数日帰れない」
夜の営業が終わり、一息着いている時にグリチネにその一言だけを言い、心配はさせないようにする。
◇
翌日も一日の日課の、自分の店への訪問とお菓子屋で買い物をしているのを確認し、俺は昼に食料を少し多めに買い、一端上級区から離れる。
公園では子供達が駆け回り、ご婦人達がパラソル付きのテーブル席で従者を引き連れて、お茶を飲んでるんだからのんびりと日向ぼっこはできない。
そして夜になり、俺は事前に決めていた、丁字路から奥の方の太い木の上に上り、太い枝をなるべく選んで装備をギリースーツに替え、装備もいつもの自動拳銃に狙撃銃のG28にはサプレッサーと可変スコープを付けただけだ。
うん、こっちからはお菓子屋の入り口は見えるが、向こうからは葉っぱしか見えないだろうな。
そして俺は朝まで、木の上で待機する。
視界内時刻では、予定時間五分前。三日ほど前に捕まえた奴よりは、上手くストーキングしたが、誤差は五分。そろそろだ。
そして正面から男がやってきたので、菓子を買って出てこちらを向いた瞬間に引き金を引き、男が倒れ石畳に血が広がり、菓子の入った紙袋が血を吸って、下の方が真っ赤になった。
下の公園では、上級区の子供たちが騒がしく遊んでいるので、射撃音は気にならないだろう。
そして菓子屋の前が騒がしくなり、直ぐに衛兵が集まり、色々近くにいた人や、店員に話を聞いているっぽいのが見え、公園も静かになったので下を見ると、お茶を飲んでいたご婦人が子供達の手を繋ぎ、従者が辺りを警戒している。
後は人気がなくなるまで警戒しながら待機する。
そして死体が担架みたいな物で運ばれ、兵士が石畳についた血を洗い流している。
しばらくは兵士が聞き込みみたいな事をしていたが、俺がみた限り怪しい人物は俺しかいなかった。
残りは買い物とか普通に歩いていただけで、怪しそうなやつはいなかった。
俺の代わりに連れて行かれたら大変だからな。
夜になる頃には人通りはなく、夕方には衛兵も引き上げていき、公園にも誰もいない状態になったので、俺は装備をPMC風に戻し、木から降りて遠回りをして宿屋まで戻るが、まだランプは点いていたのでドアをあけて店に入る。
「ただいま戻りました」
「おかえり、数日はどうしたの?」
「思ったより早く終わって、ランプが点いてたからドアを開けただけだ。ランプが消えてたらこのドアの前で野宿だ」
にやけながら言い、疲れているのでため息をはきながらイスにどっかりと座る。
「で、入り口の門はもう少し早く閉まるはず。街の中での仕事かな?」
「あぁ、まぁな」
「ふーん。通りのおばちゃんが言ってたけど、この間泥棒が入ったんだって?」
グリチネは向かいの席に座り、頬杖を付いた。
「あぁ、夜中に捕まえて、朝一で衛兵に付きだした」
「今日の昼間に、上級区の方で殺人があってね。犯人は皆目検討が付かないらしいのよ――」
グリチネは笑顔のまま、どんどん目を細め、声質が低くなっていった。
「私、こう見えても本当に喋っちゃいけない事は、喋らない質でね。また裏で何か動いてるでしょ? 言ってみなさい。楽になるわよ?」
グリチネは机を指でトントンと、一定間隔で叩き、靴を脱いだ足で、太股の辺りを足の甲で擦りあげてきた。
「悪いな、知らない方が良いって事もある」
「……そういうなら仕方ないわね、ベッドの上で聞いてあげるわ」
足はそのまま内腿の方に来て、足の側面をスリスリと擦りつけてきた。そしてゾワゾワとした感覚が背筋を襲う。もしかしなくても、コノママダトナニカサレルダロウ――
「ねぇ。私達、けっこうな仲まで進展したわよね? 子供がいないだけで、夫婦と言っても良いくらいに……」
「……わかったよ。さっき言った事信じるからな。ばれたら俺は、グリチネを置いて去るぞ」
そう言って、グリチネは笑顔で頷いたので、全て順を追って説明した。
「へー。おもしろい事になってたのね。飲み過ぎなければ良かったわ」
「いや、あんな流れるような動きで、躊躇なく動かれるとこっちだってなにもできない。まさかあんな事するとは思わないぞ? 普通に怒りにまかせて刺すだけかと思ってたし」
俺は正直に言い、本当に動けなかった事を伝えた。あんなの本当に映画くらいでしか見たことがないし。
「次は私を呼んで。静かに歌わせてあげるわよー?」
「次が一生ない方が嬉しいな」
鼻で笑いながらそんな事を言い、なんであんな動きができるのかと聞いた。
「女性に秘密は付き物よ」
ニコニコとその一言だけを言われ、煙草を吸い出した。本当に過去に何があったんだろうか?
「けど、生き返らせて殺すとはね」
「その旦那が殺し屋を雇ってなかったら、殺してなかったさ。俺は自分の身を守るなら、結構過剰に動くからな」
それだけを言って、二人で部屋まで戻った。
◇
翌日にギルドに行ったらウェスが隣に座り、上級区の屋敷に呼び出されて、わめき散らされながら事の詳細を聞かれまくった。
「殺されそうになったから殺しただけだ。殺される覚悟がないなら、殺そうとするな。それしか言えねぇよ。ってか何かされなければこっちから手はださねぇよ」
そう言ったら盛大にため息をつかれ、普段はお茶に砂糖を入れないのに、今回は大量に投入し、頭を押さえながらお茶を飲んでいる。
「お前が殺したのは誰だか知ってんのか?」
「雇われてた奴を、拷問したから知っている。爵位持ちではないが、この街の三本指に入る富豪で息子が二人。両方王都の学校に通っていて、長男は卒業後この街の軍隊の指揮官候補生で、上に行く事が約束されてるエリート。人族至上主義で神経質、歩幅と歩調が常に一定で、ほぼ決まった時間に店に顔を出し、最後にお菓子を買って自宅で奥さんとティータイム。良い夫じゃないか。涙が出るくらいにな」
特に感情を込めることなく、ただ淡々と言い、焼き菓子を食べてからお茶を飲む。
「他に聞きたい事は?」
「お前どうして直ぐに殺すんだよ、少しは相談しろ。この一件で街の力関係が崩れて大変なんだぞ!」
「あぁそうかい、俺には関係ないね。関係あるのは、俺達を殺そうとした事実だ。相談してどうなる? メディアスがなだめるのか? その間に三回くらい暗殺されそうになったらどうする。死体になった俺達に、責任をとって謝罪するのか? それか俺が向こうを壊滅させるまで止らねぇぞ?」
反論するとウェスは大きなため息を付きながら仰ぐ。心労で倒れるだろうか?
「あぁ……。後は暗殺ギルドだか、汚れ仕事専門のコミュニティーに顔出しに行こうと思ってたんだ。お前等の部下を衛兵に付きだして悪かったなってな。知ってたら紹介してくれ。いきなり行くと殺されそうになって殺しそうだ。挨拶と顔合わせは必要だろ?」
今度は両肘を付いて、頭を押さえている。今の俺はやりすぎているのか?
「どこにそっち系のギルドに挨拶しにいくバカがいる……。目の前にいるけどよ。普通関わろうとしねぇぞ?」
「遺恨が残るとまずいだろ? まあ、泥棒って言って付きだしたから、罪は重くないと思うけどな」
「俺が知ってる。明日朝までに話を付けておく。明日の朝に迎えにいくから待ってろ」
ウェスは両肘を付いたまま、机に向かって覇気のない声で喋っている。まぁ、知ってると思ってたけどね。だってそれっぽい事専門そうだし。
「だと思った。助かる。あぁ、後は未亡人になった奥さんと、遺産を狙ったバカが出ない事を祈るだけだな」
俺は笑顔で答えると、ウェスは盛大にため息を吐いた。ほんと~にごめんなさい。胃に穴が開かない事を祈ります。