第7話 買い物と破壊 前編
翌日は、あんな事があったからやる気を回復させるために仕事を休んで、早めに昼食を食べ、ベッドでゴロゴロしていたら、二時半くらいに部屋のドアがノックされた。
「はい」
返事をしてドアを開けるとグリチネさんだった。
「ポーターの仕事もできるって事は、荷物運びもできるんでしょう? 悪いんだけど、夕方の食材の買物の手伝いしてもらえないかしら? 配達業者の男が急に数人蒸発して、新人を募集してる最中らしいのよ。こっち方面には来れるけど、遅れる事が多いのよね。だから新人が来るまでは取引を一時停止してるの。遅れると夕方の営業に間に合わないから」
「だから買い物を手伝えと?」
急な蒸発……。末端組織を潰したせいか? 働いてたんだなあいつら。
「えぇ。駄賃として麦酒代二杯分サービスするわよ? 無理にとは言わないけど」
別に断る理由が見あたらない。むしろ喜びたいくらいだ。グリチネさんと買い物ができるし!
「暇してたし断る理由も特にない。いつも世話になってるし、断ったら夕食のベーコンが少し薄くされちまうからな」
それらしい理由を付けて、笑いながら誘いに乗った。
「ならポーター君。荷物持ちを頼むよ」
「了解」
俺は内心ウキウキしながら部屋を出て鍵をして外にでると、グリチネさんが、出入り口に準備中と書いてある下げ看板を掛けて鍵をかけた。
「とりあえず生鮮食品ね。それと強いお酒かしら?」
「お、グリチネ。そいつはお前の良い人か?」
しばらく移動し、大通りに出て肉屋に入ったら、オッサンがニヤニヤしながらそんな事を言ってきた。
「そんなんじゃないわ。なぜかうちに長期宿泊してる好き者ね。昨日までポーターの仕事をしてきて、休みを入れて暇そうにしてたから、今日は私のポーター。報酬は麦酒を好きな時に二杯。ギルドは通してない非正規な違法な仕事ね」
グリチネさんは冗談を言いながら、肉屋のオッサンと話しをしている。脈なしは泣けるな……。
「ただの荷物持ちだ。女性に大量の荷物を持たせる訳にもいかねぇだろ? いつも世話になってるから、休んでる時くらい手伝えば心情も良くなる」
「んなこと言って、狙ってるんじゃねぇのか? お互い多少混ざり物だし障害はねぇと思うけどな」
すみません、狙ってます。ってか混ざり物ってなんだ?
「あー。いつも帽子かぶってるから気にしなかったけど、髪の毛は黒かったわね。男はスケベだから、狙うならもう少しマシな女を狙うんじゃないの? 胸が大きかったり、愛想が良かったり。ねぇ?」
俺に聞かないでください。反応に困ります。
「好みは人それぞれだろ? 俺はデカすぎる胸は嫌いだね。将来垂れる」
「お、グリチネ。脈ありじゃねぇの?」
肉屋のオッサンは、グリチネさんの胸を見ながら言っている。俺はそんなに凝視できないのに……。羨ましいな。
「デカすぎるのが嫌いなだけで、小さいのが好きとは言ってないわ」
すみません、小さい胸が好きです。
「オッサン、女を冷やかしてると嫌われるぜ?」
「俺はもうガキがいるから問題ねぇよ。自分の心配してろ。それとこんな良い女、そんなにいねぇぞ? 胸と愛想がないだけで、料理も美味いし器量も良い。それに度胸もあるしな」
「あぁ、確かに料理は美味い。こんななりの俺に買い物の荷物持ちを頼むから、確かに度胸はいいな。あと長期宿泊してるのは風呂が近いからだ。こう見えてよっぽどの事がない限り、毎日水浴びするか風呂に入ってる。あと一日の代金がそれなりに安い。それが理由だ」
本当の事は、恥ずかしくて言えません。
「色々と固いから、他の宿泊客がいなくても襲われる事はないし、綺麗好きだから、シーツなんかの泥汚れを気合い入れて洗わなくて済んでるわ。こんな客滅多にいないわよ? こういう客ばかりなら、楽なんだけどねぇ……」
「勘違いしてるぞ? 俺は襲う勇気がないだけだ」
少し勇気を出して言ってみたら、二人に冗談だと思われ笑われた。結構がんばったんだけどな……。
俺はオッサンから肉を受け取り籠に入れ、今度は野菜や卵、乳製品も買いに行くが、どこでも同じような反応が返ってくる。グリチネさんが男と一緒に歩いてるのが珍しいんだろうか? それともここの人達がノリノリなだけだろうか?
それだけ社交性が高いって事だよな。スラムに近い下級区だから良く言えば結構にぎわってるし、悪く言えばゴチャゴチャしてるになるけど。
そんな事を思っていたら、グリチネさんが指先から小さな火を出して、煙草に火をつけていた。
「ん? あぁこれ? 便利でしょ。多少魔法適正があるから、これくらいはできるのよ。もっぱら煙草に火をつけるか、竈に火を入れるかのどっちかだけどね」
肺に入れた煙をゆっくりと吐き出し、手で頭をかいている。
魔法の詠唱はどうした……。
「よし、夕飯のメニューは決まった。あとはタバコね……」
グリチネさんは独り言のように言い、目的地の方向に歩き出した。
「いつもの」
店先でそう言うと、何も言わずに、ハイビスカスとヤシの木、そして山の刻印が書いてある木箱を出してきた。ってか注文がすげぇな。俺も言ってみたい。
軽く店を見ると、何種類か銘柄があり、同じ刻印がされた木箱が数種類ほどあった。全部木箱の色が違うが、何が違うんだろうか? そして手巻き用の紙も置いてあった。さすがにこの世界にフィルターはないよな。
「この銘柄の、この箱はきつくないからおすすめ。吸うかい?」
「いや、俺は煙草吸わねぇし」
ジロジロと見て考えてたら、グリチネさんは煙草を差し出してきた。けど本当に吸わないので断った。ってか煙草のニコチンとかタールって、フィルターで調節してた気がするけど。
断ったら、早速木箱を開けて刻み煙草を紙に綺麗に載せ、クルクルと巻いたら紙を舌で舐めて止めていた。一本もらっておけばよかったかもしれない……。
その後は仕込みがあるから帰ることになったが、見た目がチンピラとしか言えない奴二人にからまれた。手には貧相なナイフを持っているし。
「おい忌み子夫婦。ちょーっと財布ごと置いてってくれないかな~?」
俺は対応するのに荷物を降ろそうとしたが、先にグリチネさんが動いた。
「ほら、落とすんじゃないよ」
そう言って財布というか、硬貨を入れてる布袋を放り投げた。
「おい、大銅貨二枚しか入ってねぇじゃねぇか! ふざけてんのか!」
「おいおい、それは正真正銘の私の今の全財産だ。財布ごと渡せって言ったのはお前たちだろう。望んだ物を手に入れたのに、何怒ってるんだ?」
グリチネさんは煙草の煙を吐くと、挑発なのか吸いかけの煙草を指で男の方へ飛ばした。
「そっちの大男はどうなんだ!」
「あん? 俺はただの荷物持ちだ。財布は宿だぞ?」
両手に荷物を抱えたまま、素で答えてしまった。
「んじゃ帰ろう。右手の荷物は私が持つわ」
「あぁ、頼みます」
「ふざけてんじゃねぇぞてめぇら!」
「ちったぁ痛い目を見ねぇとわからねぇようだな!」
二人組は勢いで襲い掛かって来たが、俺はナイフを持っている手を蹴り上げ、一呼吸を置いてから膝を前から蹴って折り、もう一人を処理しようと、どんな装備でも一応装備しているいつもの自動拳銃に手を伸ばしたら、グリチネさんがヤクザキックを、もう一人の男の股間にぶちかましていた。
見てて思わず、他人なのに血の気が引いて、股間を抑えそうになったわ。
「結構えぐい事するのね? 別に折らなくてもいいんじゃない?」
「そっちこそ男の股間に蹴りを入れるのはひでぇと思うぞ? 骨なら治るけど、つぶれたら治らねぇ」
「二個もあるのよ? 一個くらいなくなったって平気って聞いた事あるけど?」
二つとも潰れるって発想はないのだろうか?
「ってかつぶれた痛みが強すぎて死ぬ事もあるから、よほどの事がない限り、男の股間だけは大切にしてくれ。見てて縮み上がったぞ。ってか痛みで泡吹いてるな……。潰れたか?」
「襲ってきたのは奴らよ? 自業自得でしょ?」
グリチネさんは新しい煙草をくわえて火を付けていた。ワイルドだな。
「早速麦酒かい?」
襲い掛かってきた奴らを放っておいて宿屋に戻り、買った物をカウンターに乗せたらそんな事を言ってきた。
「たまに昼間に飲む事はあるが、大抵は夜にしか飲まねぇ。財布を持ってくるから、お茶を頼む」
「それくらいサービスよ。座ってなさい」
グリチネさんはヤカンに水をれて、竈に火を付けた。んー薪って不便だなぁ。こっちに来て、ガスとか電気のありがたみを知ったわ。
「そう言えばあんた、結構噂になってるわよ? 熊みたいな男が魔法を使うって。どう考えてもあんたでしょ?」
「……そうかもしれねぇ」
「鉄の杖をシゴいて、オークの顔を吹き飛ばしたとか。黒い鉄を使って体に穴を開けたとか。ちょっとお姉さんに本当の事教えてみなよ。場末の酒場の方が、偏った情報が入りやすいのよ?」
「あぁ、確かに俺だ」
グリチネさんがカウンターに頬杖を付いて、ニヤニヤしながら言ってきたので、少しだけ悩んでから短く認めておいた。ってか顔が近いですよ……。
しばらく雑談をしていたが、しごいていた鉄の杖を見せろとかは言ってこなかったので、こういう商売をしているから深くは聞かないんだろう。
そしてお茶が出てきたので、砂糖を多めに入れて飲んだ。
「さ、仕込みでもするかな。飲んだカップはそこに置いといてちょうだい」
「あぁ」
軽く返事をして部屋に戻ってゴロゴロし、一階が騒がしくなった頃に風呂に行き、夕食とビールを頼んでから寝る事にした。
◇
翌日には、いつも通り起きて朝食を頼んだら、干し肉が厚切りベーコンになって目玉焼きが増えていた。グリチネさんを見ると、目を合わせ軽く頭を縦に振ったので、いつも通りいただく事にする。
昨日の買い物と雑談で、少し親しくなった感じがした。これが常連とかお得意さまみたいな感じなんだろうか?
朝食を食べてから冒険者ギルドに行き、混雑を避けるために角のイスに座っていたら、あの時の無駄な脂肪が一切ないヒョロイ男が隣に座った。嫌な予感しかしない。
「仕事を頼みたい。ここでは話せない。ついてきてくれ」
それだけ喋り、立ち上がったのでついて行く事にした。
付いて行ったら上級区に入り、少し大きな家に入っていった。
家の中は殆ど何もなく、入った部屋にはイスとテーブルくらいしかなかった。そしてよく訓練されたメイドが、無駄のない動きでお茶とお菓子を持ってきて、部屋から出ていった。
「さて、単刀直入に言おう。早い話が前回の依頼と同じだ。ただ、標的は家そのもの。中の住人を逃がす事をせずに派手にやれ」
んーお茶のみたい。お菓子も良い匂いだ。朝食を食べたばかりなのに、胃が刺激される。これが食後のデザートって奴か。けど毒を警戒して一切手をつけない風を装いたいし、何となくイメージが損なわれるので手を付けられない。ものすごく悔しい。
ってかお茶が出てくるの早すぎだな。なにか魔法か魔法系の道具でもあるんだろうか?
それと男がお茶を飲んだのを確認したので、俺も砂糖を多めに入れて口をつける。
「近隣の住宅や住人への被害はどうするつもりだ?」
「気にするな、周りには何もねぇよ」
「そうか。場所までの案内は?」
「俺だ」
本人自らって事は、情報の機密性が高いって事だろうなぁ。場所も移動しての話しだし。
「いいだろう。時間は?」
「早ければ早い方がいい」
急用か……、ポーターの仕事とか遠征はこれからは避けるべきか?
「今でもかまわんが?」
そういうと男は、金貨を一枚テーブルの上に置いて滑らせて俺に渡してきた。そして立ち上がり、顎を使ってついてこいと言う感じにジェスチャーをしたので、金貨をポケットにしまってからついて行った。
そして家の裏に案内され馬車に乗せられた。遠いのか……。