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第七話 駆ける思い

 降りた駅から国道に沿ってしばらく歩くと、大河と栞の二人は目的地である試合が行われるスタジアムに着いた。

 スタジアムの入り口付近まで歩いていくと、先についていたらしいリーシャと由依、樹の三人が立っていた。大河と栞の二人は二人そろって小走りに三人の元に近づいていく。


「おはようございます、リーシャ先生」

「おはようございます。俺も栞先輩も早く出たつもりなんですけど、お早いですね」

「賢宮サン、轟クン、おはようございマス。いえ、私たちもほんの少し前に着いたばかりデスヨ」


 早く来ていることに驚いて、小走りに着たことが杞憂であったことに二人は安心したように息を吐く。


「岩間高校の方々はもうスタジアムの中に入っているようデスカラ、私たちも中に入りまショウ」

『はい』


 リーシャの言葉に全員が頷き、大河たちは試合会場の中に入っていく。

 魔法競技用のスタジアムはほかのスポーツスタジアムと併設されている。魔法競技といっても、基本的に魔法空間で行うので一緒に併設してしまっても構わないためである。

 中に入ると、スタジアムの受付をしている岩間高校の顧問の若い男の先生と目があう。大河たちが軽く会釈すると、手早く受付を済ませ生徒たちとともに大河たちの元にやってきた。


「おはようございマス。鴨中高校のフェアリーダンス部顧問の羽本リーシャと言いマス。本日は練習試合を引き受けてくださってありがとうございマス」


 礼儀正しい動作でリーシャは頭を下げる。


「おはようございます。岩間高校の顧問を務めている宮上裕貴です。こちらの方こそありがとうございます。今の時期は新入生が入ってドタバタしているのに、地区予選に向けての実戦経験ができて助かります。今日はお互いに良い経験を積みましょう」


 宮上も同じように頭を下げた。


「部長の賢宮栞です。今日はよろしくお願いします」

「僕は多田陣。こちらこそ宜しく」


 部長同士の挨拶も終えた大河たちは、試合の準備を始めるために控室へと向かった。


「あ、そうそう、大河くん。はい、これ」


自分たちの控室で試合の準備をしていた大河に、由依は自分のスポーツバッグから取り出した赤いバンドを手渡してきた。


「何ですか、これ?」

「識別用のバンドだよん。うちはまだユニフォームを買ってないから、何かで相手と識別できるようにしておかないとねー。君は試合に出るだけだけど、いちお―必要でしょ」

「まあ、そうですね。無いとは思いますけど、何かの拍子に栞先輩の砲撃魔法に撃たれたら死んでしまいますし」

「う、撃たないよ‼」


 冗談を慌てて否定する栞の様子に、その場にいた全員が笑いだす。

 確かに砲撃魔法をまともに当たらればひとたまりもないが、実際のところは当たっても魔法空間装置の設定のオプションとして威力が緩和されるようになっている。もちろん緩和にも限度があるが、そもそもとして生死にかかわるような魔法は、フェアリーダンスのルール上禁止されている。

 ちなみに生死にかかわる魔法以外にも、精神面を崩壊させかねない魔法や魔術的な重視気が施された危険な道具(実弾が装填できる銃やナイフなど)の使用は禁止されている。


「まあーでも、しおりんに狙われても君なら《麒麟》ですぐに躱せるから問題ないよねー」

「あははは、そうですね」

「だからもう、狙わないってば!」


 ひとしきり笑い終えた後、由依は着替え終えた樹に声をかける。


「はい、樹君もこれつけてね」

「ありがとうございます」



 樹は由依から大河と同じ赤いバンドを受け取り、それを腕に巻く。が、どこか動きがカクカクとロボットみたいになっていてぎこちない。


「もしかして緊張してる?」

「すごく緊張しています。ここに来るまではそうではなかったんですけど、いよいよ愛が始まるんだなって」


 見る見るうちに樹の表情が硬くなっていく。

大河は苦笑しながら呟く。



「そんな気にしなくたっていいぞ。練習試合なんだから気楽にやればいい」

「大河くん、大河くん? その台詞は逆に相手を緊張させるだけだよ。ほら」


 由依に言われ、樹を見ると先ほどよりも緊張で表情をこわばらせていく樹の姿があった。

 大河は頭を掻きながら、苦笑するしかなった。

 大丈夫、気楽に、そんなことを言ったところで初めて体験する人からすれば、気持ちを逆なでされているようなものだ。


「まあ、本当に気楽に出いいぞ。どうせ練習試合なんて試合慣れする場でしかないからな。それに――」

「ふざけないでよっ‼」


 樹の緊張をほぐそうとしていた大河の言葉を遮るように、いきなり栞が怒号で叫んだ。突然のことに大河も樹も目を白黒させる。


「練習試合なんだから気楽に、試合慣れする場でしかない――確かにそうかもしれない。けどね、私は……私はそれでも……」


 いったい何を言わんとしているのか……大河には全く理解できなかった。樹も先ほどまでの緊張よりも、今のこの状況に対する困惑でいっぱいだった。

 誰も口が開けない中、岩間高校の顧問宮上と話すために控室にいなかったリーシャが、扉を開いて現れた。


「みなさん試合を始めたいと思いマスので、そろそろ――おや、何かありマシタカ?」


 場の不穏な雰囲気を感じ取ったリーシャは首を傾げる。しかし誰も答えるものはいなかった。このままでは場が好転しないと感じ取った由依は、


「わ、わかりました! じゃあ、スタジアムの方に行こうよ―みんな!」


 そう早口にまくしたてる。


「う、うん、そうだね、由依。ごめん。みんな行こう」


 我に返った栞も、由依の言葉に便乗して控室から出て行く。その後に続いて由依と樹、リーシャが出て行った。

 後に残ったのは、憤った表情をした大河だけであった。

 大河の不在に気が付いた由依がやってくるまで大河はそこで立ち尽くしていた。




♪♪♪




『みんな―聞こえるー?』


 岩間高校の選手と挨拶をした後、大河たちは魔法空間内にいた。

 フェアリーダンスの試合は、各校ごとに選手が指定された三ケ所に別れてから始まる。これは開始早々の先生講義機による全滅を避けるためだ。もちろん滅多にそんなことは起こらないが、こう変異試合を行うための措置である。

 指定された三ケ所の位置にそれぞれ着いた大河たちは、イヤモニから耳に聞こえる由依の声に返事をした。


「うん、聞こえてるよ」

「はい、聞こえてます」

「僕もです、大丈夫です」

『りょーかい。もう少ししたら試合が始まるから、最終確認を宜しく』

『了解』


 三人はそれぞれ準備の最終確認を始めた。

 フェアリーダンスでは魔法空間内の選手以外に、支援を行うオペレータがいる。フェアリーダンスは直径三キロの中で行われ、その中で相手選手を気絶させる、もしくはオブジェクトに触れポイントを重ねていく。しかしそれほどの広大な場所で何の手助けもなしに相手選手やオブジェクトの位置を把握出来はしないためオペレータがいる。

 鴨中高校では由依とリーシャの二人がオペレータを務めている。


『大河くーん、ちょっとだけいーい?』

「俺とだけですか」

『うん。安心して、君と私、それとリーシャ先生にしか聞こえないようにしてるから』

「構いませんけど……何か? 二人には聞かれたくない話なんですか」


 参加するだけとはいえ、一応確認をしていた大河は突然囁くように呟く由依の言葉に驚いた。困惑が隠せない大河であったが、努めて冷静に言葉を返した。すると由依は、真剣な声色で話し始める。


『別に聞かれちゃまずいことじゃないんだけどさー。あーでも、まずいかな。まあ、とにかく、さっきのことだけど、しおりんのことを悪く思わないでね』

「……別に気にしてなんかいませんよ」

『なら、いいんだけどねー』


 話しかけている由依は軽い調子だが、声音はいたって真剣のままである。そこに奇妙さを感じながらも、大河は話の続きに耳を傾ける。


『さっきの話はね、しおりんにとっては練習試合でもただの連試合じゃないからなんだよ』

「どう、いうことです?」

『うちのフェアリーダンス部は人数が足りないじゃない? でも、それは別に単純な部員不足ってわけじゃないんだよ。うちのフェアリーダンス部はしおりんと私が作ったの。去年は私たち以外部活にはいなくて、周りの子たちに入ってもらおうとしたんだけど、みんなほかの部活にはいちゃってさ、試合に出られなかったの』


 だから、と由依は言葉を続ける。


『しおりんにとってはただの練習試合じゃないんだよ。私が言った「真摯にフェアリーダンスをやっている栞を裏切らない」でってことはそういうこと』

「だから、もう俺はふぇあ――」



『そうじゃなくってさー。君の本当の()で見て今を見て決めてほしい』



 由依は大河の言葉を遮り、はっきりと告げる。

 紡ぐ言葉を忘れ、大河は茫然としてしまう。


『変なことを言ってごめんね。でも、私は表面しか見ずに決められたらやりきれないよ。さて、みんなあと十秒で試合が始まるよ。しおりん、樹くん、大河くん、頑張ってね!』


 由依の言葉に立ち直れないまま、大河たち鴨中高校フェアリーダンス部の試合が始まった。




♪♪♪




 試合開始の音ともに両行の選手たちは一斉に動き出した。

 栞と樹は兼ねてから話しあっていた通り、栞は狙撃をするために場所取りに、樹は由依の指示に先導されながらオブジェクトの元に動き出した。

 今回のステージは草原フィールドであった。試合のステージはランダムで決められるのだが、あまり高い場所が少ないため狙撃手である栞には不利な場所である。そのため今回栞はすぐさま高い場所からの狙撃を諦め、フィールド内にある森の中からの狙撃に切り替えた。

 対する対戦相手である岩間高校の選手たちは、


『一人は樹君と同じようにファーストのところに向かっているみたい。他二人はセカンドのところに向かってるよー』


 由依の口からそう告げられる。

 ちなみにファーストとセカンドというのはオブジェクトの順番である。フェアリーダンスは広大なフィールドで行われるため、ポイントをとるごとにオブジェクトを出現させていては動き出しが遅れるためである。そのため初めから次のオブジェクトの位置をオペレータがモニターで確認できるようになっている。


「由依、ありがとう。樹君はそのままファーストに向かって。私はセカンド近くで狙撃するから」

『了解です』


 通信を終えた栞は、狙撃銃を背中に担いで走り出す。


「勝つんだ。絶対に勝つんだ……じゃなきゃ、何も始まらない!」

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