第六話 私はただそれだけを聞きたい
練習試合が行われる日曜日の朝。
大河はリーシャから伝えられた対戦校である岩間高校と話し合って決められた試合会場に向かうため、スポーツウェア姿で電車に乗っていた。
フェアリーダンスの試合は、練習試合であっても基本的に専用の試合会場を使う。その理由としては、学校に備えられている魔法空間発生装置の性能では試合用の空間を作り出すことが難しいからである。そのためどこか専用の試合会場を借りることが一般的になっている。
しばらく電車に乗っていると、栞が乗車してきた。由依は学校に用事があるらしく、リーシャが車に乗せてくることになっている。樹は自宅が近くらしく、そのまま直行してくることになっている。
「あ、おはよう、大河くん」
「おはようございます、栞先輩」
大河の姿を見つけた栞は声をかける。大河も栞の存在に気が付き言葉を返した。
だが、たったそれだけのことに栞は驚いたように目を瞬かせてみせる。
不思議に思い大河は首を傾げる。
「どうかしましたか? 何だか普段ろくに感謝の言葉を言わない旦那さんが、珍しく感謝の言葉を言った時みたいに驚いてますけど」
「例えが伝わりづらいよ」
大河の冗談なのかよくわからない例えバッサリと切り捨てる。
でも、と栞は電車の車窓から見える街並みを眺めながら呟く。
「まあ、そんな感じかな。だって、大河くん今日の練習試合に来ることが嫌々だったから、もっと怒ってると思ってたよ。それが、会ってみたら変わらない調子で挨拶するんだもん。驚いても仕方がないよ」
「酷いですね。確かに嫌々ですけど、俺ってやるって決めたらそこに私情を持ち込まないようにしているんですよ」
「そっか」
意外な本音を聞くことができ、栞は表情を綻ばせる。
これまで話してきたのにあまり彼の心の在り方というものを聞けていなかった。だが、こうして話してみると芯の通った人なのだと大河には感じられた。
何故かそのことが嬉しく、栞は表情を綻ばせたのである。
そこからしばらく大河も栞も会話をしなかった。車窓から見える住宅やビルの景色に意識を向けていた。
別に話すことがないわけではない。会話が途切れたことで話しづらい雰囲気というものが立ちこんでおり、二人とも口を開けなかったからだ。しかし、大河は栞が電車に乗った駅から二駅ほど通り過ぎた際、痺れを切らしたように口を開いた。
「あの、栞先輩」
「ん、何かな、大河くん」
視線を景色から大河に移す。
大河の表情は表現のしづらいものだった。栞には彼の今の状況を表す語彙が思いつかない。ただ言葉を選んでいる……いやさがしているように栞には思えた。
必死に考えた末の言葉を口にする。
「どうして、栞先輩たちは聞かないんですか?」
「えっと……何を?」
言っていることの意味が理解できず、栞は首を傾げる。
大河に尋ねるようなことがあっただろうかと本気で考えてみても、栞には大河から聞き出したいことなど全くない。
そんな栞の様子に大河は頭をかきながら、
「ですから、俺がフェアリーダンスを避け続ける理由についてですよ」
と栞に向かって言った。
栞たちは大河に対してフェアリーダンスについて未練があるとはいっても、その原因については深く尋ねようとはしてこない。練習を見に行った際に尋ねようとする素振りを見せていたが、結局何も尋ねようとはしなかった。
助かるといえば助かる。
奇妙とは言えば奇妙。
しかし、大河の疑問をさも大したことのないように栞はきょとんと首を傾げる。
「え、そんなに重要なことかな?」
その発言に大河はぽかーんと、間抜けな表情で驚く。
「え、え………………え?」
「そんなに驚かなくてもいいよ。まあ、大河くんの立場だったらそうか。うん、そうだね。気になって仕方がないよね」
栞は勝手に自己完結する。
驚きから回復しつつあった大河は、今度は困惑の表情を浮かべてしまう。そんな表情をする大河に、栞は本当に大したことがないように語りかける。
「本当に私にとっては大したことじゃないんだよ。だって、大河くんが話したくないってことは今はその時じゃないってことでしょ。まあ、君の場合は話したくないって言うのが大きいんだろうけどね」
「うっ」
自分の内心を寸分たがわず見事に言当てられ、表情を引き攣らせる。その様子を栞は可笑しそうに笑いながら淡々と話を続けた。
二人が降りる駅のアナウンスが聞こえる。
「まあ、気にならないって言ったら嘘になるよ。だからといって、無理やり聞き出してもそれは君の本音だとは思えない。私はそんなのは嫌。人の本音が聞きたかったら、本人が話すべきタイミングでちゃんと聞きたいの」
だからね、と言葉を続ける。
その時、ちょうど電車がゆっくりと停車し始める。
「私はのんびりとその時に話してくれることを楽しみにしているよ」
開いたドアから人の流れに乗って駅のホームに降りる。
その間大河は何も言わずに、先導する栞の後を追っていた。栞には彼がいったい何を考えているのかわからなかった。想像すらできなかった。
ただ先ほどまでとは顔つきが変化しているように見えた。
「あ、そうだ」
改札を抜けたあたりで栞は何かを思い出したように、髪を翻しながら大河に尋ねた。
「大河くんにずっと尋ねたかったことがあったんだ」
「なん……ですか?」
恐る恐るといった風に大河は尋ねる。
促された栞は満面の笑みで口を開いた。
「大河くんはフェアリーダンスが好き?」