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第四話 模擬戦

「では、勝負を始めマス。その前に念のためルールの確認をしマス」


 リーシャは自分を中心に向かい合う大河と栞の二人の顔を交互に見ながら呟いた。

 大河は学校の保健室から余っている体操服を借り、動きやすい格好に着替えている。そして、背中には球体のターゲットが浮かんでいる。栞のほうにも同じように背中にターゲットが浮かんでいた。

「勝負は簡単デス。今二人の背中には、球体の形状をしたターゲットが出現しています。そのターゲットを相手よりも先に割ったほうの勝利としマス。よろしいデスネ?」

 確認するように再び二人の顔を見る。

 大河と栞はリーシャの言葉にこくりと頷き、異論はないと示す。


「異論はないようなので、今度こそ勝負を始めます! 私が笛を鳴らしたスタートデス! それでは――」


 笛が鳴らされようとする瞬間、栞は大河の姿をじっと見据える。

 笛が鳴らされる前の――そして、笛が鳴らされてからの相手の動きを捉えようと。しかし、栞は目を大きく見開き、驚愕した。

 先ほどまでやる気がなさそうに断っていた大河の双眸が、獲物を狙う肉食動物のように鋭く細められていたからだ。真剣を構え、これから命のやり取りを行うかのような気迫さえ感じる。

 一瞬たりとも目を離さない。

 まさに勝負師の眼だった。

 栞は改めて自分に言い聞かせる。

 目を離すな。

 視線。

 呼吸。

 匂い。

 温度。

 湿度。

 それらすべてを体全体で感じ取るんだ、と言い聞かせる。

 すべてを感じ取らなければ一瞬でやられる。

 栞は極限にまで集中力を高めいく。

 そしてその瞬間、笛が鳴らされた。


『――ッ!』


 リーシャが鳴らした笛の音ともに二人は一斉に動き出した。

 足裏で地面をえぐるほどの力を込め、大河は鋭く前方に駆け出す。対する栞はフェアリーダンス用の狙撃銃は使わず、代わりに右掌を翳し魔法を発動させた。


「《烈爪焔(れっそうほむら)》!」


 栞の掌から扇状に広がる炎が放たれた。

 凄まじい炎熱の波が、魔法空間内の大地を焦がしながら広がる。


 ――まずは動きを止める!


 栞の使用する砲撃魔法は威力に重点を置く代わりに弾速がそれほど速くない。また高威力ということもあり反動が大きく、躱されればその瞬間に自分の風船を割られると判断したからだ。

 そう判断した栞は範囲の広い魔法で一瞬でも動きを止め、その瞬間に仕留めようと考えていた。


「――え⁉」


 栞は茫然と呟く。

 見逃すまいとしっかりと動きを見ていた大河の姿が消えた。燃え広がっていく炎の大地に大河の姿がまったく見当たらない。

左右に視線を振っても、彼の姿はなかった。

 ぱん。

 ターゲットが割れる音が栞や耳に響く。審判をしていたリーシャや試合を観戦していた樹や由依の耳にも、ターゲットが割れる音がはっきりと聞き取れた。

 そしていつの間にか、栞の背後に立つ大河の姿も見えた。


「………………勝者轟大河クン!」


 長い沈黙ののち、リーシャが短く呟いた。

珍しく驚きの表情を浮かべながら、栞の背後に悠然と立つ大河に話しかける。


「今のは≪(キューブ)≫を足場に高速移動をしたのデスカ?」


 栞の背後に立ったまま動きを止めていた大河は、リーシャの言葉に驚嘆の表情を浮かべる。

 その表情を浮かべるのは私のほうだ。

 リーシャはそう思ったが、言葉にはせずに空色の瞳で大河を見据える。

 微妙な仕草からリーシャの内心が読み取れたのか、大河は朗らかに笑いながらリーシャの問いに答えた。


「はい。今確かに俺は《箱》を足場にして移動しました。ブランクがあるとはいえ、それでも霞んで見える程の動きだったはずなんですけど、リーシャ先生には見えましたか。いやあ、凄いですね」

「凄いのは君の方デス。私はあまりフェアリーダンスについては詳しくは知りませんが、先程の動きは、明らかにフェアリーダンスを少しかじっていたという人の動きではないとわかりマス。そうですよね、轟クン?」


 リーシャは素直に賞賛の言葉を大河に送る。グラウンドの外で模擬戦を観戦していた樹も由依も、リーシャの言葉に同意を示すように頷いた。

 ようやく意識が追いついてきた栞もゆっくりと体を捻り、背後に立つ大河の顔を見る。大河を見つめる栞の表情は、常に見せている笑顔ではなく純粋な驚きだけだった。

 フェアリーダンス部の全員の視線を受けた大河は、何のこともないように肩を竦ませる。


「別に《箱》を足場に使って、高速で移動することなんて驚く必要はないと思いますけど。訓練さえすれば誰にでもできます。簡単なことですよ」

「イイエ、簡単なはずありマセン。なぜなら、轟クン……君が移動のために今使用した魔法は《麒麟(きりん)》というS級魔法ではないデスカ」


 そこでようやく大河から飄々とした余裕のような表情が消えた。代わりに、自分の動きを看破されたことによる驚きの表情だけ顔に浮かべていた。

 対する栞たちはもはやまともな思考ができない程驚いている。

 無理もないことだ。魔法にはいくつかのランク分けがあり、その中でもS級魔法は高校生が平然としようできるような魔法ではない。制御が困難であったり、ランクが高いだけ魔力の消費激しかったりなどの理由から、大の大人やましてや高校生が扱えるような魔法ではないのだ。


「本気でびっくりしました。俺の動きが見えているだけでも凄いことなのに、魔法の区別までつくなんて」

「少し剣をかじる程度ですが、それでも武芸者の端くれデスから、見極める力はあるのデスヨ」


 かじる程度、で本当に見えるものなのか怪しいと栞たちは思ったが、今はそのことについて議論をする気にはなれなかった。気にするべきことはリーシャの言う通り、大河のあの動きについてだ。

 大河の動きは誰がどう考えても常軌を逸した動きだ。体に染みつくまで練習を繰り返された動きであり、まだまだ発展途上ではあるのだろうが洗練されている。

そして戦い慣れている人間の動きだ。


「ねえ、君はいったい何者なの? 私には君の動きが全く追えなかった。リーシャ先生の言う通り、フェアリーダンスを少しだけやっていたって言う人の動きじゃない」


 栞は声を震わせ、絞り出すように尋ねる。

 その様子に微笑を浮かべながら、大河は未だ言葉を発することのできない樹と由依の方へ顔を向けた。


「そんなに驚かないでくださいよ。別に大したことじゃないですから」

「あはは、そういわれても……もう、何が何だかでさー」

「由依先輩の言う通りだよ。僕も一瞬のことで頭が真っ白だ」


 やっと口を開いたものの二人の様子は依然驚きの表情を浮かべたままだ。そんな二人に対しても微笑を浮かべながら、


「まあ、少しかじっていたっていうのは訂正しますよ。それなりにフェアリーダンスをやっていました。それで、まあ、小さい大会とかで何度か優勝をしたことがある程度の実力ですよ。だから、本当に大したことは何もないんです」


 さらりと驚くようなことを呟いた。

 何度か大会で優勝したことがある。

 大河の言葉にその場にいた人物全員が驚いた。


「す、すごいよ! ねえ、由依! 樹くん!」


 栞の言葉に二人は頷く。


「あのう、すみません。小さい大会ですからね。そんな大きな大会とかで優勝したことなんてないですから」

「でも、優勝したんでしょ?」

「ま……まあ、そうです」

「なら、やっぱり、すごいよ‼ 私フェアリーダンスが好きだけど、今まで試合とかに出たことがないから素直にすごいと思うし、羨ましいよ」

「は、はあ」


 栞の情熱と熱弁に押され、大河の言葉は曖昧な受け答えばかりになっていく。そんな押され気味の大河を見かねた由依は、呆れながら助け舟を出した。


「こらこら、しおりん。大河くんが反応に困っているよ」

「あははは、ごめん。私フェアリーダンスのことになると熱中しすぎちゃって」

「でも、それにしても賢宮先輩は凄い情熱を持っているんですね」


 フェアリーダンスに対する情熱はここにいる誰よりもだと感じる。樹も相当な気持ちを持っているようにも思えるが、大河には樹以上の気持ちが栞にはあると確信した。

 だが、栞が胸の内に秘める情熱は、大河の心に響かせるだけのものがあっても、意志を変えるには至らなかった。


「でも、すみません。栞先輩がどれだけ誘ってきても、俺はフェアリーダンスをもうやらないんです」

「どうして? これだけ凄いことができるのにもったいないよ」

「そ、そうだよ、大河くん。僕はフェアリーダンス初心者だけど、君がかなりの実力者だっていうことはわかる」


 二人が口にする素直な言葉に対して、大河は微妙な笑みを見せて答えた。


「もったいない……実力者……ですか。お世辞でも嬉しい言葉ですけど、本当に大したことじゃないですよ」

「いやいや、お世辞でもないし、大したことだよ」


 由依にまで言われ大河は大きくため息を吐いた。

 髪を掻きながら、先程と同じ微妙な笑みを見せながら呟く。


「ありがとうございます――けど、本当に俺はフェアリーダンスをやりません。いや、やる資格はないんです」

「やる資格がないってどういうこと?」


 栞の問いかけに、大河はしまったといった表情を浮かべる。話してはいけないことを話してしまった。そんなことを思わせる表情をしている。

 大河は必死に明るい笑みを浮かべながら答えた。


「な、何でもないです! と、とにかく! 俺はフェアリーダンスをやりません! さて、模擬線に付き合ったんですから、練習を再開させますよ。ささ、やりましょやりましょ!」


 誤魔化している。そんなことは誰の目から見てもそうだった。

 しかし、誰もそのことには触れようとはしなかった。

 栞にも由依にも、そして樹、リーシャにも今は触れてはいけないような、気がしたからだった。

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