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第三話 年の功より経験者の功2

「で、何ですか?」


 翌日の昼休み。

 購買から買ってきたパンをほお張っていた大河は食事を止め、眉間にしわを寄せていた。

その理由は簡単だ。何故か一年の教室にいる栞と由依の二人が訪れていたからである。

 大河の睨みに二人はひるむことなく、にやにやとした気味の悪い笑みを整った顔に張り付けていた。他人が見れば、何を考えているのか全くわからない。だが、大河には彼女らの考えを見通すだけの心当たりがあった。というか、その心当たりというのは十中八九自分だ。

 眉間にしわを寄せるのに疲れきった大河は、根負けしたように眉を緩める。そしてため息を吐いてから、二人の顔を気の抜けた表情で二人を見据えた。


「もしかして勧誘ですか? 断ったはずなんですけどね」

「残念ながら私たちは諦めが悪いんだよ」


 胸を張って言う栞に、大河は軽い頭痛を感じる。


「さいですか。はあ、何度も言いますけど俺はフェアリーダンス部に入るつもりは全くないです。勧誘に当たるなら別の生徒に当たってください」

「だから、別の生徒である樹くんに当たったよ。樹くんは君が言っていた通り入部してくれることになったよ」


 栞の言葉を確認するように目の前で弁当を食べる樹に視線を向けると、彼はその視線に気が付き首肯する。どうやら本当に入部するつもりらしい。


「そうですか。なら、俺以外の生徒に当たってください。幸い昼休み中ですから、教室には話のできる生徒たちが大勢いますよ」

「はあ……君って頑固だね」


 ひねくれ物言いに呆れた栞は、包み隠しもせずに本音を呟いた。

 大河は肩を竦め苦笑する。


「昔からよく言われますよ」

「まあ、良いよ。ねえ、部活に入ってほしいって言うのはひとまず置いといて、実はちょっと頼みたいことがあるんだ」


 予想外の言葉に大河首を傾げる。

 頼みとは一体何だろうか。

 出会ったばかりの後輩にどんなことを頼もうとしているのか、大河には全く持って思い当たる節がない。だが、先輩後輩のやり取りをお弁当のシューマイを食しながら眺めていた樹は、もしかして、と何かに思い当たったように呟く。しかし大河は、いくら考えても頼みの内容が何なのか掴めない。

 お茶を飲み、シューマイを胃に押し流した樹は告げる。


「練習だと思うよ、大河くん」

「練習……ああ、そういうことか」


 そこでようやく大河は、これから栞が何を言わんとしているのか理解できた。そして同時に、面倒くさいなあ、という思いが胸の内に湧き上がる。

 大河はもう何度目になるかわからない鈍い痛みを頭に感じながら、顔を上げる。そしてにやにやと笑みを浮かべる栞と、彼女の後ろで同じように腹の立つ笑みを浮かべる由依の二人を半眼で睨んだ。


「練習メニューを考えてほしいってことですか」

「そーゆこと!」


 何故か由依は胸を張り、大河の言葉を肯定する。それだけのことで大河の頭痛と面倒くささがさらに増した。


「大河くん。面倒くさいなっていう顔してるよ」

「顔に出てますか?」

「うんうん、めっさ正直に出てるよー。君は頑固なだけじゃなくて、素直でもあるんだねー」


 褒められているのかそれともなのかいまいちわからない台詞だ。ひとまず貶されていないということだけは大河にはわかる。


「ねえ、お願いできないかな? 正直なことを言うとね。私だけじゃフェアリーダンス用の練習が思いつかないの」

「思いつかないって……栞先輩も経験者じゃないですか」


 経験者にしては周りへの被害を考えずに高威力砲撃魔法を放ったり、初心者缶丸出しの練習をしているが、とりあえず今だけ逃げるために大河は考えないことにした。

 栞はえへへへ、と何とも引きつったような笑みを浮かべると、恐る恐る口を開いた。


「ま、まあ、そうなんだけどさ。私はそういった練習とかの組み立てのほうはからっきしなんだ」

「あははは、残念ながら、そうなんだよねー」

「笑い事ですか、由依先輩」


 笑って誤魔化せるようなことにとても思えない。

 しかし、このまま流していい問題だとも大河には思えなかった。

 別に大河には関係のないことなのだから放っておけばいい。しかしたった一日でも関わり、相手の現状を把握している身としてはどうしても放置できない。

 それがどういった思いなのか、大河には結論付けることができなかった。ただ単に、どうにかしてあげたいという善良的な思いなのか。それとも別の理由があるのか。

 そんな言葉に言い合わらすことができないような思いが胸の内に渦巻いている。


「はあ」


 本当にもう何度目かわからないため息を吐いた大河は、お弁当を食べ終えた樹の顔を見る。視線に気が付いた樹は、


「僕は完全な初心者だから、よくわかっている人が教えてくれると助かる」


 懇願するような視線を向けながら呟いてきた。


「わかりました。少しの間だけですからね」


 友達に頼まれ、大河は二人の申し出を渋々了承したのだった。


          ♪♪♪


「じゃあ、練習を始めましょうか」


 放課後の体育館裏に形成された魔法空間内で、大河は栞と樹の二人を目の前にして淡々とした調子で話し始めた。


「まず練習を始める前にですけど、二人の得意魔法なんかを教えてもらえませんかね。最初は体を鍛える基礎練習ですけど、その後は魔法練習をするつもりなので、どんな練習メニュー考える参考にしたいんです」

「私は昨日見せたけど、砲撃魔法が得意だよ」

「ああ、そうでしたね。うん、栞先輩はそうでした」


 もはや聞くまでもなかったことに大河は頭を抱える。


「僕は古伝魔法が得意なんだ」

「……古伝魔法? へー珍しいな」

「そう、かな? あーでも、確かにあまり実家意外だと見たことないね」

「お前の家ってどんな家なんだよ」


 疑問が尽きないがとりあえず納得した大河は、どうするべきか思考し始める。

そして同時に頭を抱えた。

大河には関係のないことだが、何というかフェアリーダンス部の部員の能力が変な方向に偏っているように感じられ、頭が痛くなってくる。

 あまりにもピーキーすぎる能力に、本当に頭痛やめまいがした。

 それでも大河は必死になって、二人の練習メニューを考える。


「じゃあ、とにかく今は足腰を鍛えましょうか」

「具体的には?」


 森の方を指さしながら答える。


「あの森の中を走り回ってください」

「え、それだけなの?」


 驚いた顔で、栞は大河に尋ねる。

 大河は首を横に振って否定した。


「いいえ、違います。走り回るだけじゃ面白くないので、お互いに簡単な魔法を打ち合って下さい。それで、当たらないように躱しながら俺が指定したゴール地点まで走ってください」


 これは森の中という障害が多い場所で相手と魔法を打ち合うことで、回避能力をためるだけでなく、体幹と空間認識能力を磨くためである。フェアリーダンスでポイントをとるためには、相手を気絶させる以外にターゲットに触れることでポイントを獲得する方法がある。その際、場合によっては同じターゲットに向かっている対戦相手と鉢合わせになり闘うことになるかもしれない。今回はその際のシチュエーションを想定した練習方法だ。


「これを三セットやりましょう。準備があるので、栞先輩と樹は適当にスタートライン作って待ってください」


 そう言うと、大河は右手の人差し指と中指を振って、操作画面を出現させる。そして設定を変え始めた。手間取る様子もなく、すぐに設定が終了した大河はヘッドスピーカ越しに、もう一度だけ二人に声を掛けた。


「スタートしてもオーケーですか?」

『うん、大丈夫』

『僕も大丈夫だよ』

「それでは始めます。よーい、スタート」


 大河がそう大声で言い放った瞬間、二人は一斉に地面を蹴って走り出した。

 その二人の様子を見えなくなるまで眺め、大河は地面にへたり込むように座り込んだ。


「お疲れみたいだねー」

「あ、由依先輩」


 声のするほうへ振り向くと、練習方法をメモしていた由依が地べたに座る大河を心配そうに見ていた。大河は首を振りながら、


「まあ、少しだけ。でも、ちょっと休憩できる時間ができたんで助かってます」

「ああ、そっか二人とも向こうにあるターゲットに向かって走ってるんだもんね」

「はい」


 そのおかげ大河は休む暇ができ、だらしなくはあるが地べたにへたり込んでいる。


「そうだね。こうやって休めるときに休んでおかないとね。ねえ――」


 由依は地べに座り込み休んでいる大河に向かって、ゆっくりと話しかける。


「しおりんも言ってたけどさー本当に少しかじってただけなのかな。今の口ぶりだと相当熱中してフェアリーダンスをやっていたように聞こえるんだよねー」

「気のせいですよ」

「ふー……ん」


 由依は訝しむように大河を見る。

 だが、大河は全く表情を変えずに、由依の詮索をどこ吹く風とばかりに受け流していた。

 完璧なポーカーフェイスに勝ち目がないと感じ、由依は肩を竦め首を振りながら詮索の手を止める。

 代わりに練習に集中している二人がいる方角へ視線を移す。栞と樹の二人は熱心に練習に集中している。

 そのことに満足しつつ、横目で大河の様子を窺った。

 由依が追求をやめたことでポーカーフェイスを崩しているが、フェアリーダンスについて尋ねづらい雰囲気を漂わせている。

 ただ由依にはふぇんアリーダンスが嫌いだとか関わりたくないから拒んでいるというようには思えなかった。自分自身でも何を感じているのかわからなかった。しかし、彼は間違いなく何かを恐れている。

 何故ならフェアリーダンスに本当に関わりたくないのであれば、先ほどの何気ない質問にもましてや練習の見学に応じなければいいのだ。

 仮定の域を出ない単なる推測にすぎない。それでも気まぐれという言葉で片づけるには大きな違和感を、由依は感じていた。

 そんなことを考えていた由依だったが、いつの間にか二人の練習が終わっていることに気が付く。物思いに耽っている間に休憩に入っていたらしい。

 そして、ちょうど区切れのいいタイミングで、魔法空間にリーシャが入ってきた。


「お疲れ様デス」

『お疲れ様です』


 栞と樹、由依は声をそろえて言葉を返す。大河も渋々といった感じで短く、どうも、と言葉を返した。


「おや、轟クンではないデスカ。見に来てくれたんデスネ」

「ええ、まあ。強引ですけど、約束してしまったので」

「律儀デスネ。まあ、良いでしょう。賢宮サンと出水クンは少し休憩したら練習を再開させてくダサイネ」


 リーシャの練習というだけで、具体的な案がない。

 その言葉を聞いて、大河と由依の二人は改めてこのフェアリーダンス部が素人集団だということを認識させられる。

 別に誰かが悪いわけではない。顧問であるリーシャが素人であるのならば、練習が得意なことばかりに寄ってしまうのはいた仕方がない。そして、こんな呑気な言葉が出てきても仕方がなかった。


「はい、はい! いつも通り練習をするのもいいんですけど、新入部員も入ってことですし模擬線をやりたいです」

「模擬線、デスカ」


 リーシャは少し考えるように眉根を寄せる。

 そして、何故か横目で大河の様子を窺う。何を考えているのか察した大河は、リーシャが口を開くよりも先に先手を打った。


「俺はやりませんからね」

「オヤオヤ、私はまだ何も言ってませんが?」


 わざとらしくとぼけた口調をするリーシャ。その反応に大河は少しだけ苛正しさを表情に見せる。だが、大河の様子に気が付いてながらもリーシャは、楽しげにほほ笑んでいる。

 そして、楽しげな表情のまま栞に視線を向けた。

 視線に気が付いた栞は、これまた面白いことを思いついたかのように表情をつくる。

 それだけで何か面倒なことを考えている、と読み取った大河はもう一度栞たちに告げる。


「何度も言いますけど、俺はやりませんからね。っていうか、今日のお昼に練習を考えてくれって頼んできたのに、模擬線をやりたいとか」

「まあまあ、良いじゃん。ああでも、困ったなー。樹君はそこまで魔力量が多くないから、休んでもらったほうが良いんだよね。本当に困ったなー。もしもここで後輩思いの人がいたら代わりに相手をしてくれるんだろうなー」

「そうだよねえ。後輩思いなら代わりに相手をしてくれるよね―」


 由依までもが乗ってきて、ちらりと大河の様子を窺う。

 大河の律儀な性格を利用しようとしていることが丸わかりである。


「大河くん、お願いできないかな」

「……はあ、樹わかったよ。本人にまで頼まれたら断れないって」


 深いため息を吐きながらも大河は了承する。

 なんだかんだ言いつつも、天晴高校フェアリーダンス部の面々にひっかきまわされる大河だった。

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