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第二話 年の功より経験者の功

 昇降口で両親と合流した大河は、リーシャと別れ自分の教室へと向かった。

 教室へと着くと、ほとんどの生徒が椅子に座っていた。自分の席に座り案内をしてくれる先生を待っていると、しばらくして若い女性教師がやってきた。簡単なあいさつを済ませると、女性教師は入学式が行われる体育館へ案内し始める。

 吹奏楽部の演奏とともに入場して、体育館の前方に設置された新入生用の椅子に座るよう言われる。家族、在校生の真ん中を通り抜ける際に、在校生のほうから大河に向かって手を振る女子生徒がいたが、大河は気が付かないふりをしておいた。

椅子に座った後は校長の話を聞き、担任の教師を紹介され、教室へと戻ることとなり、生徒たちは教室へと続く廊下を歩いていた。


「ふぁ、あーやべ……眠い」


 歩く生徒たちの中で大河は、気の抜けた欠伸をしながら歩を進めていた。

 それもそうだ。早起きしすぎたことも理由の一つであるが、先ほどの魔法空間でのやり取りによる疲れが今の眠気の原因だ。こんなことならぎりぎりまで寝ておけばよかった、と心の底から思う。


「とても眠たそうだけど、もしかして緊張して眠れなかった?」

「え?」


 突然声を掛けられ、意識が固まってしまう。

 大河は声のする真横に視線を移すと、自分と同じ新入生の男子生徒がいた。

 背はそれほど高くなく、体つきもそれほどがっちりとしているわけでない。どちらかというと女性のように線の細い体つきだ。ただ表情は少しだけ幼さが残っているものの朗らかな柔らかい表情をしている。

 優しい少年。それが、大河が彼に対して抱いた印象だった。


「驚かせちゃって、ごめんよ。僕は出水樹(いずみいつき)。よろしく。それで、眠たそうだけど体調子が悪かったりするの?」

「俺は轟大河。別にそこまで調子は悪いことはないんだ。ちょっと、まー……早く起きすぎた上に色々とあって疲れてるんだよ」


 今朝の出来事を説明するのが面倒な大河は曖昧に答える。


「へーそうなんだ。でも、初日なんだから、心も精神も万全な状態にしておかないと」

「あははは、確かにな」


 そのまましばらくして教室にたどり着いた大河と樹は、他のクラスメイトと一緒に担任教師からの連絡事項を聞いてホームルームは解散となった。

 両親が先に帰宅し、帰り支度をしていた大河に出席番号の関係から窓際の席に座っていた樹が話しかけてきた。


「轟くん」

「大河で良いよ、出水。どうした、何か用か?」

「なら、僕のことも樹でいいよ。まあ、大したことじゃないんだけど。あれ、大河くんの両親はどうしたの?」

「うちの両親は先に帰ったよ。まあ、父さんたちとは別に自転車で来たし」


 得心したように樹は頷く。


「それで、何か話があるんだろ」

「あ、うん。大河くんはもう帰っちゃうの?」

「まあ、特によるところもないしな、このまま帰るつもりだ」

「ならさ、もしよかったら部活の見学に行かない?」

「部活の見学か……」


 ふと、そこで大河は今朝栞と別れる際に掛けられた言葉を思い出した。


『あ、そうだ、大河くん! さっきも言ったけど絶賛部員募集中だから、フェアリーダンスに興味があればホームルームが終わった後練習を見学しに来てよ!』


 すっかり記憶から忘れていた。練習を見学しに行くつもりはなかったが、樹に付き合うついでに見に行くのもいいか。

 頭の中そう考えた大河は、


「おう、付き合うよ。俺もちょっと見に行って見たいところもあるしさ」


 樹の頼みを了承した。

 帰り支度を終えた大河は、樹と一緒に教室を出る。そこで大河はふと、何気ない調子で尋ねた。母親に今日の晩御飯を尋ねるように。


「ところで、何の部活の見学に行くんだ?」

「それはね――」


 次の瞬間、樹の口にした言葉に盛大に驚いた。


 ♪♪♪


「わあ、本当に来てくれてありがとう! それに、友達も連れてきてくれたんだ! あ、私はフェアリーダンス部の部長賢宮栞。よろしくね」

「あ、はい、僕は出水樹です。よろしくお願いします」

「どうも、栞先輩。連れてきたわけじゃないですよ。樹がここに来たいって言うんで、ついてきただけですよ」


 それでも彼女は嬉しいらしく、にこにこと笑顔を浮かべている。

 その様を見て、マイペースというかなんというか不思議な先輩だ、と大河は思った。まだ出会って数時間足ら素ではあるが、マイペースさが栞の魅力なのかもしれないと大河は勝手に考える。


「それにしても、まさか樹が見学したい部活がまさかフェアリーダンス部とは予想外だった」


 そう樹が見学に来た部活は、栞がいることから分かる通りフェアリーダンス部である。


「それは僕の台詞だよ。大河くんもフェアリーダンスに興味があったことに本気で驚いたから」

「別に俺はフェアリーダンスに興味はない。ここに来ようと思ったのも、樹の部活見学のついでだからな」

「でも、ついででも来ようと思ってくれただけでも私は嬉しいよ。ありがとね」


 義理に本気で喜ぶ栞にどんな言葉を返せばいいのかわからず、大河はぷいっと視線を横に逸らす。

 そんな大河の心中を知ってか知らずか栞は苦笑する。


「まあ、本当に来てくれただけでも嬉しいよ。そのまま入部してくれると助かるんだけどな」

「入るつもりはないですけど、一応考えておきます」


 と曖昧な言葉を返した。

 そして、そんなどっちつかずな言葉を聞いても、栞は嬉しそうな笑みを浮かべる。きっと、期待してもいいと思ったのだろう。だが大河は社交辞令的に答えただけであって、考えるつもりなどなかった。

 練習も適当に見て、さっさと帰ろう。

そう考えていた大河だったが、そんな考えを吹き飛ばすような、テンションの高い声がする人物が大河たちの背後に現れた。


「しおりん、今日も部活早いねー! あれ、そこにいる子はもしかして、入学式の時に言ってた有望株くん⁉ ねえねえ、そーなの⁉」


 騒がしい、と思いつつも振り返ると、そこには初めて見る女子生徒がいた。

 その女子生徒は肩まである淡い栗色の髪をツーアップツインにまとめ、赤いフレームのファッションメガネをかけている。まだまだあどけなさが残っているが、栞と同じように可愛いらしい容姿をしている。一見すると、清楚で真面目な少女に見えるのだが、栗色の瞳には栞と似た情熱の炎が燃えているのが、大河にははっきりと見えた。


「うん、そうだよ。こっちが噂の子で、隣の子は新しく部活の見学に来てくれた子だよ」

「へえーそーなんだー」


 そう呟くと、彼女はじっくりと大河の姿を見渡した。別に値踏みをしているわけではなく、彼女の視線には好奇心のようなものが混ざっていると大河には感じられた。

しばらくすると、樹のほうにも視線を向ける。そして、人好きする笑みを浮かべ、挨拶交じりに手を差し出してくる。

「私は雛森由依(ひなもりゆい)。いちお―この部のマネージャーやってます。よっろしくね!」

「あ、どうも。轟大河っていいます。部活には入る気はありませんがよろしくお願いします」

「僕は出水樹です。僕は今のところはいるつもりです」


 面倒な勧誘を避けるための一言を付け加えてから、大河は差し出されている手を握った。手を握られた由依は、はっきりと物申す後輩を面白そうに見る。


「おお、いつきん本当に? ありがとう! アタシもしおりんも助かるよ。でも、たいがーくんのほうは違うんだ。でも、いやだとはっきりと言われると、無理やりにでも部活に入れたくなっちゃうよ!」

「何度も言いますけど、入りませんからね」

「うんうん、わかってるわかってる」


 本当だろうか。

 明らかに声音から諦めというものが感じられない。

 大河は内心で呆れを感じつつも、まあいいかと割り切る。

 どうせ部活には入部するつもりはないのだから、適当に受け答えをしていればいい。何か言われればもう練習を見に来なければいいのだ。

 そう心の中で決意した大河は、魔法空間でいつのまにか練習を始めている栞を見た。魔法空間のフィールドは、今朝と同じ森林地帯に設定されている。

 これだけでは全く何の練習を行うのか想像ができない。考えられることがあるとすれば、ターゲット出現機能を使って木々の間から見えるターゲットを狙い撃つ練習ぐらいだ。大河は色々と想像するが、栞の練習は予想の斜め上を超えていた。


「うりゃ!」


 可愛らしいとは程遠い掛け声を叫び、栞は今朝とは違い本当の狙撃魔法を放った。しかしその狙撃魔法は、木々の間に隠れるターゲットではなく、空中に浮かぶ上下左右に動くターゲットに着弾するだけだった。

 大河は茫然とする。

 フェアリーダンスは競技の性質上、基本的に魔法空間内のフィールドを動き回る競技だ。相手と闘うため、その場所にい続けては勝負にならない。

 栞のような狙撃手(スナイパー)は、そんな動き回る相手に狙撃しなければならないのだから、もっと実践的な練習を行うべきだ。

 にもかかわらず、この練習はあまりにも適当である。


「あのすみません、栞先輩」

「なになに、大河くん。もしかして、フェアリーダンスに興味を持ってくれたの⁉」

「ええ、まあ、別の意味で興味が湧きましたよ。何なんですかこの練習は⁉ 適当すぎますよ‼」

「え、そうかな」


 キョトンと栞は可愛らしく小首を傾げる。

 何を指摘されているのか全くわかっていないことが挙動から分かり、大河はさらに茫然とさせられる。

 頭に鈍い痛みを感じながら、大河は思ったことを指摘する。


「ですから、空中に浮かんだターゲットを撃ち抜いたって意味がないってことです。動いているから狙いを定める練習にはなりますけど、それって初心者がやるような練習ですよ」


 肩慣らし程度にやっている可能性も考えられたが、大河にはどうも今の練習が日常的にお行われているように思えた。というのも、普通肩慣らし的な練習であるならば、いきなり動き回るターゲットを狙わない。上下か左右片方に動くターゲットを狙い撃つ練習を行うはずだ。だがいきなりランダムに動き回るターゲットを狙い撃つ練習は変な癖が付いてしまう。


「あははは、そうなんだ。私フェアリーダンスをやっているけど、あんまり練習とかそういうのがわからなくて」

「分からないにしてもひどすぎますよ。まったく」


 そこでようやく大河はため息を吐きながら、何故栞が砲撃魔法を撃ったりしているのかがわかった気がした。

 鈍い痛みを頭に感じながら、


「ちょっと魔法空間の設定を変えさせてもらいますね」


 大河は右の人差し指と中指を振って、魔法空間の設定画面を出現させた。出現した画面のホログラムキーボードを操作して、魔法空間の設定を変えていく。

 しばらくすると、空中に浮かんでいたターゲットは光の粒子をまき散らしながら消滅し、代わりに百メートルほど離れた木々の間にターゲットを複数出現させた。

 設定を終えた大河は、ずっと隣で黙ったまま設定画面を操作する自分の様子を眺めていた栞に視線を向ける。


「これで取り敢えずのところはいいですかね。はい、狙撃の練習をやるのであれば、ああいった風に相手が森の中に隠れていることを仮定して練習をしてください。さっきの練習はあまりにもひどすぎます」

「う、うん、ありがとう! ……あのさ」

「何ですか、栞先輩」

「あー……うん、何て言うかさ」


 はっきりと言いたいことは言う性格をしている栞にしては珍しく言い淀んでいる。

 大河も曖昧な態度をとる栞に対して、眉を顰め首も傾げてしまう。

 しばらくじっと待っていると、意を決したように栞は呟いた。


「もしかして大河くんフェアリーダンスをやってた?」

「いきなり藪から棒になんですか」

「そうかな? まあ、そこはどうでもよくって。だって、さっきから大河くん私の練習のいけない所を指摘してくれたり、魔法空間の設定変更にも慣れているからもしかして経験者じゃないのかなって思ったんだけど――違う?」

「やれやれ……はあ」


 栞の筋の通った推測に、大河は額を手で押さえながら大きくため息を吐いた。

 その様子は疲れているからというわけではなく、どちらかというと自分の失態に対するため息のように見えた。

 栞だけでなく、二人のやり取りを眺めていた由依も樹も同じように大河のため息が通常のものとは違うということに気が付いた。

 全員の視線が自分に集まる中、やがて大河は観念したような表情でため息交じりに告げる。


「ええ、まあ、少しだけフェアリーダンスをやっていました」

「本当なの、大河?」

「ああ」

『おお~』


 大河の返答にその場の全員が感嘆の声を上げた。

 そんな場が騒ぐ中、由依は目を輝かせ、隣にいる栞に弾んだ声で耳打ちする。


「ねえねえ、しおりん! これってチャンスじゃない⁉」

「うんうん、そうだね! ねえ、大河くん――」

「フェアリーダンス部には入りませんからね」

「フェアリーダンス部に――って、まだ言い終わってないのに酷くない⁉」


 言葉を言い終える前に入部を断る大河に、栞は大声で叫ぶ。

 しかし大河は栞の叫びを受け流し、淡々とした調子で二人に言葉を返した。


「酷くないですよ。さっきもいいましたけど、俺はフェアリーダンスに興味はないんです。ですから、俺はもうフェアリーダンスをやりません」


 はっきりと断られ、栞はしおらしく肩を落として残念がってみせる。


「そっかあ、残念だなあ。経験者が入ってくれると色々と助かるのに」


 助かる、という言葉に、部員募集意外に『練習方法を考えてくれたら助かる』というニュアンスが含まれているような気がしたが、大河は気が付かないふりをしておいた。


「部員が足りない今なら初心者の樹が入ってくれるだけでも助かると思いますけど。――さて、俺はもう帰りますね。樹はどうする?」

「僕はもう少し見てから帰るよ」

「そっか、じゃあ俺は先に帰るよ。では、先輩方失礼しました」


 そう言い残すと、大河は荷物の入った鞄を肩に掛け帰路につくのだった。

 これでおしまい。

 この時ははっきりと断ってしまえば、もう誘われることはないだろうと大河は思っていた。しかし、この時の大河は自分の考えの甘さに気が付いていなかった。

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