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第一話 砲撃魔法は三度まで

「新入生の方デスカ?」


 (とどろき)大河(たいが)は声のする方に振り向いて茫然とした。

 というのも明らかに自分よりも幼く見える金髪少女が、華のある着物を着て話しかけてきたからだ。

 一体誰だろう? と大河は高校の正門を抜けた場所にある広場でそう思った。

 自分と同じ新入生かと思ったが、入学式という晴れ舞台にあえて制服を着ずに着物で挑むような豪胆な者がいるだろうか。いやいない。

 となると考えられるのは一つだ。

 そう教師氏しか考えれない。

 だが、素直に大河はそれを受け止めきれなかった。


「あのう、どうかされマシタカ? 心ここにあらずのようデスよ」

「あ、いえ……何でもないです。ちょっと、少女みたいな先生がいる幻覚を見てただけです」

「あら、それは大変デスネ――でも、大丈夫デス! それは全部現実デスから」

「あははは、そうなんですか――あのマジですか?」


 大河は両目を見開いて本気で驚く。

 漫画やアニメならともかく、今彼の眼前にいる女性はどう見ても年の頃が小学生ほどだ。明らかに大人には見えない。

 正直、大河には冗談に思えた。


「あーそっか! 飛び級したんだ!」

「違いマスよ。今年で二十三になりマス」

「はあ……マジなんですね」

「はい。それで話を最初に戻しますが、あなたは新入生の方デスカ?」

「ええ、まあ、そうですよ」


 女性の言葉に釈然としないながらも、大河ははっきりとしない返事を返す。

 生返事であるにもかかわらず女性は大河の言葉に満足したように頷いた。そして、大河の顔を不思議そうに眺めながら呟いた。


「それにしても早いデスネ。今はまだ七時デスヨ」

「それをいうなら……えーっと」

「ああ、名前をまだ名乗っていませんでしたね。ワタシは羽本(はねもと)リーシャと申します。以後お見知り置きを」

「俺は轟大河って言います――で、早い早いって言うならリーシャ先生もですよ」

「ああ、簡単デス。私は部活の朝練があるので早く来ているのデスヨ。といっても、未経験な競技なので、指導というよりただ単に怪我がないように練習を見守っているだけなんですが」

「へえ、そうなんですか」


 淡々と語る話を聞きながら大河は適当に相槌を打つ。

 別に興味がないわけではない。ただ単純に、質問をしたとはいえ自分には全く関係がないのでどう返答をすればいいのかわからなかったからだ。この辺の応対を上手く判断できれば立派な大人になれるんだろうな、と適当なことを考えるしかない。

 対するリーシャはというと、童顔に可愛らしい笑みを浮かべ、大河にある提案をしてきた。


「もし手持無沙汰のようなら練習を見学しマスカ?」

「まあ……確かに早く来すぎて暇ですね。うーん、じゃあお言葉に甘えさせていただきます」

「では、練習場は体育館裏にありマスから着いてきてくダサイ」


 大河ははぐれないように、歩き出したリーシャの後に続いた。

 オープンスクールや入学試験の時を思い出し建物の位置を確認しながら歩いていた大河とリーシャの足は、しばらくして止まる。


「ここデス」


 誘われるがまま来たが、確かにリーシャの言葉通り体育館裏の狭い空間には練習場のような場所があった。

 ただし体育館裏の練習場にしては、あまりにも異様な光景であった。というのも、正方形状の奇妙なものがあったからだ。

 明らかに可笑しい光景である。

 しかしついてきた大河もここに連れてきたリーシャも、特に驚くことなくその光景を眺めていた。


「魔法空間ってことは、リーシャ先生が顧問をしている部活というのは何かしらの魔法競技なんですか?」


 大河の推測を肯定するように、リーシャは金髪を揺らして首肯する。


「轟クンの想像通りデス」

「体育館裏って言葉から想像はできていましたけど、やっぱりですか」


 二人の言う魔法競技というのは、その名の通り魔法を使ったスポーツのことである。そして二人の目の前にある正方形状の魔法空間は、魔法競技の練習を行うために作られた拡張空間のことである。何故そんな空間を用意しているかというと、魔法競技は競技の内容によっては学校の建物を破壊しかねない。また近所に住まう人々にも迷惑がかかるということで、魔法空間発生装置を用いて、魔法空間を形成している。

 形成された魔法空間を眺めながら、大河は未だに教師だと信じられないリーシャに視線を向け尋ねた。


「そういえば魔法競技なのはわかりましたけど、先生が顧問をしている部活ってドロー&ループとか剣舞とかですか?」


 ドロー&ループは障害物の間を通り抜け、魔力球をたーっゲットにぶつける競技。剣舞は剣道の魔法版といった競技だ。

 しかしどちらの予想も違っていた。


「いいえ、違いマス。お答えしてもかまいませんがここで言ってもつまらないので、実際に中に入って確認してみてくダサイ」

「……はあ」


 もったいぶった口調にどう言葉を返していいのかわからず、大河はあくびのような生返事を返してしまう。

 そのまま大河は釈然としないままリーシャに連れられ魔法空間の中に足を踏み入れた。中に入った瞬間、一瞬にして外と景色が一変する。

 大河とリーシャの眼前に広がる景色は、体育館裏ではなく草花が生い茂る広大な草原だった。

 魔法空間はただ単に空間を拡張するだけでなく、森林や渓流、ビルが立ち並ぶ都市街を形成することができる。また設定によっては、天候や温度湿度なども調整することもできる。

 大河は周りを見渡して気が付く。


「この広さ……ということは、もしかして――」

「はい。私が顧問をしているのはフェアリーダンス部デス」


 口にしようとした言葉に被せるようにして、リーシャは大河の予想を肯定した。


「よくわかりマシタね」


 リーシャは感心したように呟く。


「簡単ですよ。ドロー&ループはこういった広い場所ではやらないですし、剣舞はなおさらです。他の競技という可能性もありますが、草原以外に向こうに岩場がありますから、これだけいろんな地形を使うって言ったらフェアリーダンスしか思いつきません」

「なるほど、それもそうデスネ。まあ、私はフェアリーダンスについて詳しくないので、今轟クンがお話してくれたこと以外はあまり知らないのデスガ」

「え?」


 衝撃の事実に大河は驚く。

 フェアリーダンスは広大な森林や渓流、山岳地帯などを利用して行われる競技だ。参加人数は三体三のチーム戦で、相手選手全員を戦闘不能にさせるかフィールド内に出現するオブジェクトに触れてポイントをとりあう競技だ。

 試合によっては戦術を駆使した知略的な試合であったり、派手な魔法の撃ち合いになる試合もあるため数ある魔法競技の中では人気が高い。

 テレビ中継もよく行われるため、協議をやらない人でもある程度のルールを知っている。

 それほど知名度のある競技にも関わらず、リーシャが詳しいことを知らないというのが信じられなかった。

 大河の心中を察したのか、リーシャは笑みを浮かべ、


「普段は俗世と離れた場所にいましたから、あまり詳しく知らないンデス」

「俗世って……リーシャ先生は山籠もりでもしてたんですか?」

「まあ、似たようなものデス」


 呆れの混じった似た問いに、リーシャはけろりとした表情で『似たようなもの』と言ってのける。そんな彼女に大河はさらに驚かされる。見た目に反する年齢だけでも衝撃的なのに、さらにそこに謎の生活について語られれば驚きが増して当然だ。

 もう驚くことに疲れ始めた大河は、人差し指で額を叩いて気持ちを切り替える。


「それで、部員の人はどこにいるんですか? 木が多くて見えないって言うのもありますけど、人気(ひとけ)を感じないというか、魔法の痕跡とかを感じないんですが」


 魔法という超常的な力を日常的に扱うもの、普段から使わなくてもたまに扱うものでもある程度は魔法が使用されれば痕跡というものを感じ取れる。

 だが大河にその痕跡を感じ取れなかった。

 リーシャは着物の袖を揺らしながら、顎に指を当て呟く。


「体育館裏近くには部室はありませんから、おそらくどこかで着替えているのでしょうね」

「あーたしかに部室が見えなかったですね」


 リーシャの言葉に納得させられる。


「デスガ、準備ができたようデスヨ。あそこの丘の上を見てくダサイ」


 言われるまま大河はリーシャの言う方へ視線を向けてみる。そこには確かにスポーツウェアを着た人の姿が見えた。

 少し離れているのではっきりと視認できないが、細い体つきから女子だということはわかる。それに肩には狙撃銃のようなものを背負っているように見えた。

 フェアリーダンスの競技人口の男女比はさほど差はなく、男女混合になっている。これはどの魔法競技にも言えることだが、魔法を使用しているためそれなりの魔法技術さえあれば差が生まれないためである。

 また広大なフィールド内で行うため、戦術次第でも有利に試合を運べることも大きい。

 そのもっとも足る例が、女子生徒が背負っている狙撃銃だ。

 あれは単なる狙撃銃ではなく、魔術的な術式が施されたものである。風による影響の補正、弾速の調整などができる。そういった面からも男女間で差が出ないため混合となっている。


「さて、練習を見ててくダサイ。面白いものが見られマスヨ」

「面白いも――」


 面白いものって何ですか? と尋ねる前に、リーシャの予見した出来事が起きた。

 狙撃銃を構えていた女子生徒が引き金を引いた瞬間、鼓膜が破れるほどの轟音が鳴り響いた。さらに狙撃銃の銃口から信じられないほどの魔力が込められた狙撃魔法が放たれた。

 そのまま狙撃魔法は、一キロ先ほどにある小さな山を貫通し――いや、粉砕した。


「………………はい?」

「まあ、今日も素晴らしいほど高威力な狙撃魔法デスネ」


 茫然とる大河をよそにリーシャは呑気な笑みを浮かべ、女子生徒の偉業を愉快そうに眺めている。

 二人の視線の先にいる女子生徒も、やり切った感のある佇まいで粉砕した山を誇らしげに眺めていた。


「どうデス? 面白いものが見れたでショウ」

「あーはい、確かに面白いって言うかすごいものが見られました――って、そうじゃないですよ! あれ完全に狙撃魔法じゃなくて砲撃魔法ですよ‼ いやまあ、そこはどうでもよくて、いくら魔法空間がある程度の強度があるからといっても、あんな高威力な砲撃魔法をぶっ放してたらそのまま突き破って学校付近を吹き飛ばしちゃいますよ!」

「………………それはまずいデスネ。ちょっと彼女を呼んで注意しましょう」


 慌てた様子でリーシャは、女子生徒と連絡をとり始めた。


「気が付いてなかったんですね」


 見た目は完全に小学生に見えてはいるが、これまでの言動からしっかりしていると思っていたので、大河は呆れよりも意外感を覚える。

 そんなことを考えていると、先程の馬鹿げた砲撃魔法を放った生徒がやってきた。

 遠目ではっきりと確認できなかったが、大河の予想通り生徒は女子だった。肩まである少しだけ色素の薄い黒髪をゴムでひとまとめにしている。顔立ちは整った顔立ちをしていた。見た目が小学生に見えるリーシャはただ可愛いだけだが、その女子生徒は愛らしさと彼女本来の明るい性格が両立した可愛さがあった。


「リーシャ先生どうかされました――って、えーっと、君は……?」


 女子生徒は大河の存在に気が付き首を傾げる。


「俺は新入生の轟大河です。リーシャ先生に誘われて部活の見学をさせてもらってました」

「あ、そうなんだ。私は二年の賢宮(たかみや)(しおり)。一応、フェアリーダンス部の部長をやってます」

「一応?」


 大河は栞の言葉が引っかかり思わず眉を顰め、首を傾げてしまう。


「部員は私と今ここにはいないんだけどもう一人しかいないの。フェアリーダンス部っていう風になっているんだけど、試合に出られる人数が集まっていないから実際は同好会なんだ」


 栞は苦笑しながら答えた。

 大河は得心したように頷きつつ、触れてはいけない話題に触れてしまったことに罪悪感を覚える。表情にも出ていたらしく、栞はさらに苦笑の色を濃くさせた。


「気にしないで。今年試合に出られるだけの部員を集めればいいだけだしね」

「――こほん、その前向きな心掛けは評価できマス。デスガ、あんな高威力な魔法を被害も考えないで使用しないでくダサイ」


 これまで黙っていたリーシャが、会話に無理やり割って入り、忘れかけていた大河の指摘を語る。しかし納得のいかない栞は頬を膨らませ、


「えーリーシャ先生昨日は何も言ってなかったじゃないですか! それに、こういった魔法空間じゃないと使えないんですよ」


 握り拳をぶんぶんと動かして言う。

 妙に子供じみた動きと台詞に大河は可笑しさがこみあげてきて笑ってしまいそうになる。だが必死に抑え込み、二人のやり取りを眺めた。


「周りへの被害を忘れていたのデスヨ。魔法空間にある程度の防御措置が備えられていますが、何度もあの魔法を使用されたら貫通してしまいマス。ですから、被害が及ぶ前になるべく使用しないでくダサイ。あなたたち生徒のためなら責任をいくらでも取りますが、防げることは不正で置くことに越したことはありマセン」

「は、はーい……わかりました。じゃあ、一日三発を限度にしておきます。はあ、せっかく砲撃魔法を撃てるのになあ」


 本気で残念がる栞に、大河は本当にこの人は砲撃魔法によるリスクを理解しているのだろうか。無茶な魔法を使っているという自覚があるのかどうか怪しい。

 そんなことを思いながら大河は携帯を取り出して時間を確認する。


「そろそろ時間ですね」


 ちょうど同じように時間を確認していたリーシャは呟く。


「デスネ」


 大河も彼女の言葉に頷く。


「賢宮さんもそろそろ着替えてくダサイ。出ないと新学期早々間に合いませんよ」

「えー今練習を始めたばっかりなんですよ!」

「仕方がありませんね。では、賢宮さんは遅刻ということでいいデスネ」

「あ、わ、わかりました! 着替えますからそれだけは勘弁してください!」


 無茶な魔法を使う先輩。見た目が小学生にしか見えない顧問。

 なかなか個性の強い人たちがいるフェアリーダンス部だ、とリーシャに連れられクラス表が掲示されている昇降口に向かいながら大河は思ったのだった。


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