第十一回 すみません、教室を間違えました
普段は体育館裏に作り出した魔法空間内を部室代わりにしている鴨中高校フェアリーダンス部にも、一応部室はある。場所はグラウンド近くの職員棟二階にある家庭科室だ。
何故グラウンド近くに設えられていないかという、栞が話していたようにフェアリーダンス部は最近できた部活であるためだ。
部室――もとい普段は家庭科の授業で使われているその教室では、上級生二人が何やら準備をしながら話し込んでいた。
「しおりーん、お菓子はこれだけでいーのかなあ? もっと、買ってきた方がよくない?」
「部費が底をつきそうだから、由依が出してくれたらねー!」
「あははは、仕方がないなー! これから、銀行へレッツゴーしてくる!」
「これで十分だから、銀行強盗はしなくていいよ!」
栞は慌てて止めに入る。冗談だとわかっていながらも、本当にやってしまいそうな危うさが由依にはあるのだ。ただ、今ここに大河がいれば、言っていることを実行に移す栞先輩も同類、といわれていたに違いない。
類は友を呼ぶ。
まさに二人はそういった関係なのだ。
「うーん、やっと終わった。由依はどう? 手伝おうか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、私も準備は終わったから」
さて、今の時間はちょうど午前中の授業が終わった後の昼休み。たいていの生徒たちは、教室か食堂で昼食をとり、授業による疲れを胃袋で癒している。
しかし、二人は授業が終わるや否やすぐに部室に向かい、事前に買いあさっていた物品で家庭科室を飾っていた。
彼女たちが何をやっていたかというと、
「さて、お菓子はその辺に置いておくとして、私たちもそろそろお昼を食べよ。新歓コンパでお菓子をたくさん食べられる程度にはスペースを空けとかないとだけど」
「おーけー! わーかってるよ!」
そう新歓コンパの準備である。
大河が入部したことにより須賀原高校フェアリーダンス部は大会に出場できるようになった。つまり、正式な部として認められる要因を満たした。
今回は新入部員歓迎会と部活の正式化祝いを兼ねたコンパでもある。
そういった理由もあって準備を進めているのだが、当然のように部費は微々たるものだ。この新歓コンパの備品でさえ、実際のところ上級生二人の財布から半分は捻出されている。
だが、そのような事情があるにもかかわらず新歓コンパを開くのは、おおもとの出来事が大きい。
「ここに入れておこうっと。由依、行こう」
家庭科室のなべやフライパンなどを閉まっている場所にスペースを見つけた栞は、そこに刈ってきたお菓子を隠すと、由依に声をかける。
しかし、由依は「えーっと」「ちょっとー」などといいながら、教室へ戻ろうとしない。
何となく時間を確認すると、お昼からの授業まで二十分程しか残っていない。
今日は備品を揃えるついでに、簡単なお昼も買ってきているので食べる時間にはまだ十分ある。とはいっても、そろそろ戻ったほうが良い時間でもある。
いつまでたっても動かないので、仕方がなくは由依へ近づく。すると由依は急に勢いよく立ち上がり、手に持ったものを見せびらかすように、栞の目の前に出した。
「にゃっ⁉」
「じゃっじゃーん! しおりん、せっかくの新歓コンパなので、これで驚かそうよ!」
手に持ったものを押し付けながら、由依のテンションはどんどん上昇していく。逃げようと唯一の避難場である窓際へと逃げたが、逆に由依に追い込まれてしまう。
遂に、本当に由依に追い詰められた。
「ほらほら、これで親睦を深めよーよ!」
「確実に溝が深まると思うよ!」
大きな声で叫ぶが、家庭科室周りは普段から人取りの少ない場所なので誰も気が付かない。家庭科の授業があれば先生が準備に来ているかもしれない。しかし、彼女たちが新歓コンパの準備をしているように、今日はもう授業で使われることはない。
つまり、
「さあさあ、しおりん!」
追い詰められた栞は、由依の餌食になるのだった。
♪♪♪
「職員棟の二階にある家庭科室がフェアリーダンス部の部室デス」
放課後。
今日の授業を滞りなく終えた大河と樹は、リーシャに連れられ部室へと案内されていた。樹はもう部活に顔を出しているため部室の場所を知っている。なので、初め大河は樹に案内してもらおうと考えていたのだが、部室に用事があるからと偶然出会ったリーシャと共に向かうことになった。
「家庭科室が使われているんですね」
「外の部室は古参の部活連が使っていマスから、私たち新参者はこうして教練の一部を部室として使わせてもらっているのデス」
「なるほど」
丁寧な説明に、得心言ったように大河は頷く。
「僕も先輩たちもそうしてるけど、貴重品以外はここに置いておいたらいいよ」
「ああ、そうするよ」
などと会話を交わしながら、三人は部室に向かう。しば楽して、家庭科室の前へとたどり着いた。
「ここデス」
どうぞ、と勧められて、大河は戸を横に引いた。
そして――次の瞬間彼の頭は真っ白になった。
「ようこそ、フェアリーダンス部へ! フェアリーダンス部の妖精由依と!」
「もう一人の妖精しおりんだよ! みんなよろしくね! 今日は新歓コンパで仲を深めよう!」
馬鹿みたい――いや馬鹿なことを言う二人が部室にいた。
しかもただいたのではなく、きているはずの学生服ではなく妖精を模したコスチュームを身にまとっていた。さらに付け加える名が、コスチュームはぎりぎりの布地面積な格好で、結構危ないポーズまで取っている。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………すいません、教室を間違えました」
長い沈黙が続いた後、大河は今の言葉を言い放つと静かに家庭科室の戸を閉めた。
いたって冷静だ。
付け加える。大河はいたって冷静だ。
「リーシャ先生、部室を間違えたのですが」
「すいません、間違えマシタ」
「向こうの教室だったね」
何事もなかったかのように廊下で言葉を交わすと、三人は家庭科室の奥にある教室へと向かった。
「ちょっとおおおぉぉぉっっっ‼ スルーしないでよおおおぉぉぉ!」
「三人とも冷静すぎだよ‼」
二人は叫び声を上げながら、勢いよく戸を開き外へと飛び出していく。
さすがに無視できなくなった大河たちは、呆れという名の感情を顔に百パーセント浮かべ、栞たちを見る。
「いえ、俺たちもどう処理すればいいのかわからなくて。さすがに時限爆弾を解除する前に爆発してしまっているので、どうしようもないです」
「そ、そうだとしても何かツッコミを入れてくれないと困るよ!」
「もう十分、心に刃が突っ込まれてると思うんですが。このままとどめを刺してもいいんですか?」
「………………ごめん、いいよ」
栞はがっくりと項垂れる。
実際、このまま話していたら傷口に塩を塗り付けることになりかねない。
一方、同じ格好をしている由依はというと、こんこんとリーシャに叱られていた。おそらく栞ではなく、由依が茶番劇の首謀者なのだろう。大河も樹も、何も言われなくとも犯人が由依だということは想像が付く。
「す……すいません。みんなを喜ばせよーとしただけなんです」
「だからと言ってやりすぎデス。後で二人とも反省文を書いて提出してくダサイネ」
「え、私もですか⁉ 私も被害者なんですよ‼」
必死に叫ぶ栞なのだが、リーシャの次の容赦のない言葉でバッサリと切られる。
「毒を食らわば皿まで。船に乗ったのであれば最後まで付き合ってあげて下サイ」
「そ、そんなぁ……」
別の意味でのとどめを刺され、栞は泣き崩れる。
いよいよ見ていられなくなったので、大河も樹も事態の収拾に乗り出した。
「まあまあ、その話は置いときましょう」
「そ、そうですよ。新歓コンパをやるんですよね。始めましょうよ」
こうして新生鴨中高校フェアリーダンス部は、茶番劇とともに本当に動き出したのだった。
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九月中にはUPします