プロローグ
9対1。
頭上に浮かぶ立体ディスプレイには、絶望的なまでの得点を示していた。野球やサッカーなどの試合でなくとも、これだけの圧倒的な点差を叩きつけられれば誰もが諦めるだろう。いや、そうに決まっている。
もし、諦めないのであればただの戯言をのたまう大ばか者だ。
なのに――、
「私は……最後まで諦めない‼」
そんな絶対にひっくり返せない状況にもかかわらず少年の耳に届く少女の声には、諦めという色が宿っていない。むしろ、本当にこの状況から逆転しようとする意志の強さを感じられる声だった。
その声をヘッドスピーカから聞いていた少年は呆れていた。
でも、何故だか心が大きく揺さぶられる。
「何で?」
ふと、そんな言葉が出た。
圧倒的な点差をつけられ、抗うまでもなく勝負は決している。なのに少女は目の前の現実を受け入れようとせず、必死に希望を掴みとるための道を切り開こうとしている。
立体ディ氏プレイの得点の上に表示されている残り時間を確認する。すでに残り時間は五分を切っていた。堅実に得点を重ねていったとしても、時間が足りず勝敗をひっくり返せない。
それでも、少女は何をどうすれば状況をひっくり返せると確信できるのだろうか。
そんな少年の心すべて見透かしたような声が、耳に付けたヘッドスピーカから呟かれる。
「簡単デスヨ。根拠も理由もない。ただただ彼女は勝つことしか頭にないンデス。その思いで今を変えようとしているンデス」
「馬鹿ですね」
「ふふ、そうデスネ」
「……いいんですか、リーシャ先生? 教師が生徒のことを馬鹿と思って」
即答するリーシャに、少年は口の端を引きつらせながら尋ねる。しかしリーシャはまったく気にした様子もなく話し始める。
「構いませんよ。馬鹿にも二種類ありマス。一つはどうしようもなく救いようのないただの馬鹿。もう一つは、どうしようも救いようのないけど諦めの悪い馬鹿。後者である彼女は、失敗してもそこから逆転できるだけのポテンシャルがありマス。ですから良い馬鹿なンデス」
良い馬鹿って何だ、と心の中で思ったが、でかかったツッコミの言葉を飲み込む。かわりに少年はリーシャの言葉の意味を考えるように、今も戦う栞の様子が映し出されている立体ディスプレイを見る。
こうしてリーシャと話している間にも、少女はあるかもどうかもわからない逆転への糸口を探している。
その様は不格好でどうしようもない程に諦めの悪い人間だ。多くの人が見れば馬鹿らしいし、呆れるだろう。
でも、素直に少年はそうだと思いたくなかった。
不格好なのがどうした。
諦めが悪いのがどうした。
何もせずに立ち止まることのほうがずっと格好悪いではないか。
過去にあった失敗をいまだに引きずり、その失敗を生かそうとはしない。もう失敗をしたくなくて、その場に立ち尽くしているだけ。
そんな自分が人に対して何かものを言えるだろうか?
ないだろう。何もしない人間に文句を言う資格なんてない。
「馬鹿だ……俺は。そうだ、そうだよ。失敗しても立ち止まっちゃダメなんだ」
少年は情けなさを噛みしめ、頭上に映る少女の姿を見つめる。
そこには自分が取り戻すべき姿があった。
「まだ間に合いますかね?」
『エエ、まだ間に合いマス。時間はまだありマスから。それに勝負はこれからデス』
「それもそうだ」
短く呟き、少年は一歩を踏み出した。
♪♪♪
私は待つ。
君が去ったこの場所で。
君が帰ってくるまで。