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幸せになりたい。  作者:
1 出会いと秋
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8

「あー、笑った笑った」


 にやにやしながら口元から手をどける。私はそれをむすっとしながら見ている。


 ずいぶん前に顔の火照りは引いていたが、それを見て、このおっさんはまた笑いだした。それから笑いが引くのを待っていたのだ。

 堅物のおっさんかと思っていたら、性悪のごついおっさんだった。

 そんなところに胸キュンしかけた私を誰か殴ってくれ…


「…そんなに笑うことじゃ…ないです…」

「いや、面白かった」

「~っ」

「やめろ、また笑わせる気か」


 むかついて顔をしかめたら、またにやにやされた。このおっさん腹立つ…

 顔を変えると笑われるため、そっぽを向く。


「まぁ、お前は誰かに召喚されたんだ。他に方法は考えられん」


 不意に話しかけられた。さっきとは違い、真面目な声。

 私の話だ。前を向き、レイさんを見る。


「…どうすればいいんですか…」


 思ったことが口に出た。

 無責任のようだが、ほんと、どうすればいいんだ。

 召喚されて、すぐに帰れるならそれがいい。けど、すぐに帰れるものなの?


「…帰りたいと思っているなら、諦めろ」

「ッ……」

「召喚されていれば、召喚した魔術師でなければ帰すことはできん。黒を宿している人間を召喚する魔術師(やつ)だ、頼んでも帰してくれると思わない方がいい。好き勝手利用されるだけだ」


 帰られない。突きつけられた事実に思考が一瞬停止した。 


「じゃあ、」

「?」

「じゃあ、どうすればいいのっ!」


 おもいっきりテーブルを叩き、立ち上がる。弾けるように感情があふれ出た。

 その様子を見て、レイさんは目を見開く。


「ああああ!もう、帰れないとか、最悪!」


 叫びまくる。

 腹が立ってしょうがない。元々怒りの沸点は低い。


「お前、落ち着け」

「落ち着けるかーーーーっ!」


 椅子が足に当たり、倒れる。ちょっと痛い。

 おっさんが席を立ち、急いで寄ってくるが、叫ぶ。


「もう!なんなんだし!!いきなりこんな世界に落ちてきたと思ったら、なんか襲われるし、殺されかけるし、臭かったし!あり得ねーよ!もっと丁寧に扱えよ!!!」

 

 猛り立っている私の様子を見てか、レイさんは私の両腕を掴む。

 抑えようとしているのか、宥めようとしているのか、強くは掴まれていないが、私の腕は少しも動かない。

 でも、私は叫ぶ。


「しかも、もう帰れないとか、…はぁぁぁあ?なめてんのか?どう生きてけばいいっつってんだよ、ふざけんなっちきしょう!!ばか!ばーか!帰せよ!うぅっ、かえせよぉっ」


 もう、涙がボロボロと溢れて止まらない。

 帰れないということを意識していなかった。というか、することができなかった。でも、心のどこかで帰れると思っていたのだろう。でも、この人に帰れないと言われて、


「うえええぇん」


 両腕を掴まれながらも、座り込んで、子どもみたいに泣きじゃくる。

 涙で視界がぼやけて、何も見えない。


 何のために今まで頑張ってきたと思っているんだ。努力が全て水の泡になったのか。私は何のためにここにいるんだ。向こう(元の世界)で頑張ってきたこと全ては、意味のないことだったの?

 もう、どうしてこうなった。

 興味本位で穴を覗いたからだろうか、それとも残業ばかりな会社のせいなのか、自転車を盗んだ野郎のせいなのか、原因がわからなくなってくる。

 ただただ、悲しくて、しょうがない。

 

「俺が、」


 ?俺が、?

 なに?


「俺と暮らせばいい」

「ふぇ?」


 少し間が空いてから、再び話されたが、え、暮らす?

 驚いたからか、涙が止まる。さっきよりも視界が広がり、レイさんの顔がわかる。真剣な表情だ。


「ここには滅多に人はやってこない。ここで暮らすのならお前を必ず守ってやる」


 …あ、ありがてぇぇぇぇえ!!!

 いい人やん、おっさん!いざってときは役に立つおっさんか!


「ふぇ、ふううぅぅ」


 また、涙が出てくる。


「はぁまだ泣くのか…泣き止め」


 無理です。

 安心して、涙がまた出てきてしまう。

 レイさんは私の腕を離し、どうすればいいのか眉を寄せて悩んでいるように見える。


 そんな様子がかわいいと思いながら、止まらない涙をどうしようかと悩んでいると、頭を撫でられた。


 レイさんを見ると、これでいいのか?というような困った顔で私の頭を撫でている。


 きゅんっと胸がした。胸キュンなんだけど、なんか今までのとは違う気がする。

 でも今はそんなことはどうでもいい。

 思いっきりレイさんに抱き着く。

 私の頭を撫でる手が一瞬止まる。でも、少しだけさっきよりもぎこちなくだが再び撫で始める。


 この人が傍にいると安心する。


 思えば、男女が一つ屋根の下で暮らすのはどうなのか、考えものだ。しかし、この人は問題ないんじゃないかと思う。

 それにこれからお世話になるんだ。信用もしなくてはいけない。


 難しいことを考えるのはやめよ。この人と暮らしていこう。


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