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ベゼッセンが美佐子を追いかけている間、別方向へ飛んでいった精霊たちは探していた。
《いそがないと》
《フォーさまはどこ?》
《もっとおくだよ》
《どこ?》
《いつものところ》
木々をすり抜け、雨に濡れることなく森を駆け、山の最奥へ向かう。
バウンの森。かつてこの森には今は静まった火山から溶岩流が流れ込み、黒い溶岩石が地表を埋め尽くしていた。人では追えないほど長い年月をかけて風が遠くの大地から砂を運び、積もっていった土とともに運ばれてきた種子から再びこの地に生命を芽吹かせた。さらに年月は流れ、森の最奥には天高く聳えるように生える木々と湖畔から湧く霧により、林床を様々な苔で緑の絨毯で敷き詰めた。岩に纏わりつき、根を露出させる木々や苔からぼんやりと光を放つきのこが暗い森を静かに照らすようになった。
雨雲に覆われ普段よりも一層暗くじめついた森の中を風のように精霊たちは駆けていく。住み慣れた森の大樹の麓へ向かう。
《おかえりー》
《どうしたの?》
《すくない》
自分たちと同じ生まれたばかりの精霊たちの声に反応する余裕もなく、その先へ駆け込む。
岩々を縫うように生えた木々とは違う大樹の根本の洞。大昔人の手で組み立てられた岩の祠。そのなかでもぞりと何かが身じろぎをした。目的のモノがそこにいた。この地が火山に見舞われたとき、激しく熱い衝撃から生まれたモノ。そのモノの突然の咆哮に生き物は逃げるが、吐いた息に声も上げられずに倒れ、這いずり伸ばされていく無数の腕に触れられどろりと溶けていく。無我夢中に蹂躙を繰り返していき、コントロールのできない熱がついに冷たくなったとき自我を持った存在。初めて見た景色が真っ黒な大地と何もない世界だった精霊。長い年月を経て真っ黒な大地は緑豊かな森となり、その精霊はいつしか大精霊フォーと呼ばれるようになった。
《フォーさま!》
《フォーさまおきてー!》
《おきておきてーーーー!!》
ふかふかの体に体当たりをして跳ね返ったり、木の葉のような体毛を引っ張ったりと祠の中にいる寝坊助な大精霊を必死に起こし続ける。
普段のように深い眠りについていた大精霊は身じろぎを一度ばかりすると体をゆっくり祠から這い出す。濃緑な木の葉のような体毛の足元の隙間から白々とした手が幾つも伸びていた。
幼い精霊たちの声を聞き、祠から出した顔を上げると遠くで遊んでいたはずの子たちが慌てていることに気がつく。
周りに集まった他の精霊たちが急いでいた訳を興味津々に話しかけていく。
《すくないね》
《大変なの!》
《びゅんびゅーん》
《どこいったの?》
《他の子は?》
《かえっちゃった》
《みんないっぱいがんばった》
《みさこのためにがんばったよ》
《こわいのこわいの》
がやがやと話が飛び交う中で森の新しい住人の名を聞く。何があったのか尋ねるといくつかの精霊が一斉に話し始める。
《こわいやつがやってきた!》
《あいつがみんなやった!!》
《みさこがあぶない!》
《つれてかれちゃう…》
《それは人間?魔物?魔族?》
わっと騒ぎ出した幼い精霊たちに年長の子が横から尋ねる。
《にんげんじゃない!》
《まものでもない!》
《じゃあまぞく?》
(魔族。この森に何の用があってやって来たのか)
新たな森の住人の危機というのなら手を貸すのは惜しまない。
ゆっくりと立ち上がり、隅まで知り尽くしている森を駆けていく。
《はやくはやく!》
《あいつきらい!フォーさまあいつやっつけて!》
体毛に張り付いた精霊たちの声を背で聞きながら変わっていく景色を横目に急いだ。




