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リビングに戻ると椅子にはレイさんはいない。すぐに見える台所にもその姿はない。あと家の中でレイさんが居るところとすれば…トイレかレイさんの部屋、そして廊下の奥にある入ってはいけない部屋のみ。トイレにいないこと願い鍵を見ると鍵はかかっていない。
レイさんの部屋の前に行き、控えめにノックする。が、反応がない。
もしかして入ってはいけない部屋にいるの?入るなと言われた部屋にも同じようにノックをするが反応がない。…居留守使われた?ならばもう部屋に入るしかない。消去方でレイさんの部屋に入るほかにない。再度レイさんの部屋の前まで戻り、ドアノブを回し、顔だけ覗かせる。…………………………………いない。
いや、まだ外にいる可能性もある!台所に向かい、裏口から外へと行くと丁度帰ってきたポチが私に気づき、嬉しそうな様子で跳ねるようにして私の胸に飛び込んでくる。
「ポチぃ、お帰りー」
「きゅぅ」
かわいい。かわいいから足の泥肉球は許す。
「いや、ポチが帰ってきたのは嬉しいけど、私レイさん探してるんだよね。…ポチ、レイさんどこにいるかわかる?」
一瞬目的を忘れかけたが、思い出しポチに協力を頼むと、まかせなさい!というように尻尾を振って飛び降りる。そのまま家に戻り、前足をカシカシとさせたのは入ってはいけない部屋の扉だった。
…詰み?と思ったが、扉の前から話せばいいのだ!ってやっぱりノックの時居留守されたってことですよね?声を掛けてもいいのだろうかと思ったが、レイさんのことは心配だし、反応を期待せずに声をかけた。
「レイさん、ギャビンさんは帰りましたよ。…その、大丈夫ですか?」
絶対に大丈夫ではなさそうだけど、それ以外に掛ける言葉が出てこない。そして反応はやはりない。
自分の語彙力のなさに圧倒的無力感…と思いつつも、懸命に頭を使って話す。こういうときはそっとしといたほうがいいはず。
「私、お茶入れてますね、レイさんの好きな香りのやつですよ。…っひっ!」
何者かの影がすっと私を覆うように差す。音もなく、背後を取るなんて…しかも、ここには私とレイさんしかいないはず。後ろの人は誰…
恐る恐るゆっくりと振り返ると、何してんだという顔をしたレイさんがいた。は?え、レイさん?扉の向こうのレイさんは?
足元のポチをバッと見ると、あれれぇ?といった感じにぽけっとしている。かわいい。
いやまて、つまり、レイさんは扉の向こうには居らず、ポチの嗅覚間違いということですね。
「ぽちぃ…」
しゃがみこみ、ポチの頬をふにふにする。ポチは構ってもらえて嬉しそうにしているが、これは間違えたお仕置きです。ふふふふ。私の好きなようにふにふにされるのだ……。この誰もいない虚無に向かって話していた恥ずかしさを癒すためにな…!
ふにふにしていると見かねたのかレイさんから話しかけられる。
「そいつに当たるのはよせ」
「イエッサー」
ぱっと手を放すと名残惜しそうに膝に前足をぽんぽんされる。くっおねだり上手めっ!だがしかし、今はレイさんだ。いつも通りの感じがしたけれど、もう立ち直った感じなのだろうか。顔を見たいと思い、立ち上がって振り返ろうとする。けれども立ち上がったとき、ぐっと引き寄せられ、お腹周りにレイさんの腕が回ってくる。は、はいエアえ?!!ナンデ、なんでなの?
関係のない「ラブ〇トー〇ーは突然に」というテロップが頭の中で流れたけれども、歌詞は全く知らない。でもこの場で突然何かが始まった。私には理解できない展開。なにか前触れはありましたか?フラグはありましたか?わかりません…一体なにが彼をそうさせたのでしょう…
勇気を出して、声を掛ける。
「あ、ソノ、レイさン?」
声が裏返ってしまった。恥ずかしい。今この場に穴を掘って入りたい。
「居なくならないでくれ」
「え?」
抱きしめる腕の力がぐっと強くなる。こんな風に抱きしめられちゃうと余計にこの緊張が伝わってしまう、いかん!でも、この腕の安心感を知っているから振りほどけない。力量的に無理だし。
顔がみえなくても緊張マックスで声が強張っているのをわかりつつも聞き返す。
「いなくなるって、私がですか?」
「あぁ」
一体どんな考えが浮かんでそんなことを聞くのだろうか。レイさんの思考回路が理解できない。それでも返す言葉は決まっている。
「…いなくなりませんよ。いなくなるとしたら、レイさんが私の面倒を見切れなくなっちゃったときだけだと思いますよ」
ここ以外の居場所がこの世界にあるのだろか。ギャビンさんの反応からして、以前レイさんが言っていたようにこの髪も瞳の色も異端で歓迎されたものではない。だとすれば私が今言ったこと以上にいなくなる理由はない。レイさんの好意に縋るほかない。
それ以外にこの場所にいられる理由がないことに寂しさを感じつつ、背中をゆっくりと預ける。この場所が好きだ。できればずっとこの場所でレイさんとポチと暮らしていきたい。それが私の幸せなんだと思う。
「そうか」
私の考えていることなんて知らないであろうレイさんはただそう返す。でもその声は静穏で安心さを滲ませる声色で、私はその声を聞いただけで胸がいっぱいになる。幸せな気持ちと、罪悪感がごちゃ混ぜだ。レイさんの幸せは何なのだろうと思った。




