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幸せになりたい。  作者:
3 魔力と春
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異界の者

 冬は終わり始め、窓の外の枝には新たな芽吹きを感じる。白い小鳥が身を寄せ合い留まっているように庭のハクレンも咲いている。それでも外は寒さは健在であり、寒さを凌ぐ上着は欠かせない。元々北方に位置するこの街は国の中でも最も冬が長い。更に北へ行くと日の登らない冬を過ごす極寒の国もある。その国のことを考えれば一足早く春を迎えられる国に生まれたことに感謝する。

 コーヒーを飲みつつ、手元の一年に一度届くのか届かないのかわからない親友から手紙の内容を思考する。バウンの森で保護した黒い(・・)人間。

 眉間にしわが寄るのがわかる。お肌によくないわ、そう思い人差し指でしわを撫で直す。

 黒いことはこの国では忌避されることの一つだ。いや忌避ではない。ただ黒いだけで行われる苛虐。自分たちの無力さを嘆いた日々を思い出し、死んでしまった親友を悔やむ。そして思う、ヴァズレイはどのような思いでその人間を保護しているのだろうと。

 魔力を持っていることは明白。ならば魔力の暴発を防ぐために魔法の使い方をその者は知るべきである。けれども、親友からの手紙には魔法のことには触れずに、特性の明確を求める依頼のみが記されている。しかも事情は着いてから話すという、こちらには黒いことと何かしらの特性持ちの可能性があること以外の情報がない。

 

「問題を後回しにするなんて、らしくないじゃない…」


 はぁ、と思わずため息をつく。バウンの森…魔物の多いあの森に住むと決めたヴァズレイのことは少しも心配してはいないが、魔力を持っていようとも争いごとに慣れていない人間が住むには危険な森であることには変わりない。自分の研究に協力してくれる中でも温厚な魔族にそこはかとなく事情を説明した。あとはヴァズレイに話をつければ、保護した者が自衛できるだけでなく、暴発する危険性は低くなる。

 簡易的に訪問の日時を書き終え、お気に入りの蝋を垂らし印璽を捺す。


(まだ私の精霊は帰ってきていないわね…)


 精霊がいなければ、魔物の跋扈する森の家に手紙なんて届けられない。帰ってくるのを待つのもいいが、久しぶりに新しい精霊と契約を交わそうと思い立つ。最近は依頼が増えて休日以外では家に自分の精霊がいないことが度々ある。一度契約を交わすと顔見知りということもあり次回も契約を交わしやすくなる。無論、こちらが相応の対価と態度を持たなくてはならない。『労働には対価を、されど忘れぬな。常世の力を操るは精霊である。恭敬を忘れず努めよ』母の教えを忘れず、これまで精霊たちとは良好な関係を築いてきた。新しい友人(精霊)ができるよい機会だ。

 窓を開けると暖かな朝日とともに夜の気配を纏った風が肌を撫でる。寒さを気にせず、視える精霊に声を掛ける。


「バウンの森のヴァズレイにこの手紙を届けて欲しいの。対価は…何がいいかしら?」


 (くう)を漂う生まれたばかりの精霊の一つが反応する。白い光が近づいてくると、ハクレンの花を欲する幼い声が脳内に響く。机の上のベルを手に取り3回鳴らす。ノックの音が聞こえると使用人にハクレンの花を全て(・・)取るように扉越しに命令する。

 窓際でコーヒーを飲みつつ待っていると、シーツに積まれた摘み終えたハクレンの花が部屋に運ばれてくる。その花の中を嬉しそうに転げまわっている精霊を見る。生まれたばかりの精霊は何にも染まらず白い。今は早春、この精霊は一体どのような色を持つのだろうと考えつつ、契約を交わすため術を唱える。


「天より賜りし我が身、我が命に刻まれし我が名はギャビン・アデリーヌ・サリバン、理外の理なりと確信せし求める者なり。我が命、供物をもって揺ぎ無き契約を誓う」


 唱え終えるとすっとした感覚が身体に奔る。


「ふふふ、冷たいわね。冬に生まれたからかしら?」


 そう尋ねれば、《ふゆ、すき》とハクレンに埋もれて見分けがつきづらくなっている精霊が話す。それならば、ここよりも南方にあるバウンの森は暖かくて苦手な気候かもしれない。

 そのことを話すと《がんばる》と意気込んでいる。生まれたばかりの精霊はやる気と好奇心が旺盛だ。その例に漏れることのない様子に少し安堵する。

 ハクレンの花を気に入ったのであれば鳥形は白く可愛らしいものにしようとロッドを振り、手紙に呪文を唱える。次第に白く暖かな光を放ち、手紙は複数回折りたたまれ、角ばった形は丸みを帯びていく。呪文を唱え終えれば、徐々に光は弱まり周囲が薄っすらと照らされるほどの輝きを放つようになった。小さいながらも魔術により魔物には感知されない性能を持ち、翼はハクレンのようにしなやかで美しい。渾身の鳥形ができた。

 出来上がった鳥形に《すごい、すごい》と精霊が周囲を興奮した様子で飛び回っている。

 その様子を可愛らしいと思いつつも、ヴァズレイも少しは見習って眉の一つでも動かせばいいのにと思った。ヴァズレイは実用性を重視する性格で、どれほど綺麗で繊細な魔術を施しても性能ばかりを聞いてくる…それも大切ではあるが、美しさを兼ね備えつつも実用性を保つこの技術にもっと、こう…「感銘を受けた」みたいなことを言ってくれてもいいのでは?!というか、私の周りの男どもは皆、品性がないわ!

 まぁ性格が異なるもの同士ではあるものの、親友であることに間違いはない。頼られたのならば、助けになるべきである。内心気を取り直し嬉しそうに飛び回っている精霊に声を掛ける。


「じゃあこれね、バウンの森のヴァズレイに届けて頂戴」

《まかせて》


 渡した手紙にスッと溶け込み、小さな翼がはためきはじめる。

 この瞬間が一番好きだ。自分の編み出した魔術に精霊が楽しそうに魔力を流すこの光景が。

 精霊が視えない者や魔術師をよく思わない者の中には精霊を僕であるかのように語る者がいるが、それは違う。精霊は人間に魔力を貸してくれているだけ、人間が精霊をなすが儘に操れることなどない。魔力というものは人間として生まれたのであれば、永遠に届かない力なのだ。だからこそ、同じ人間でありつつも、魔力を持って生まれた黒い人間を羨み、恐れ、妬む。


 窓から飛んでいった鳥形に宿った精霊を遠くへと消えていくのを見届け、窓を閉める。振り返り、床を見るとシーツの上にあったはずのハクレンは一枚の花弁も残さず消えている。精霊には精霊たちだけの世界があり、そこには契約で得たものや、お気に入りものを沢山置いていると、昔からの友人(精霊)が話していたのを思い出しつつ、手つかずの書類に手を伸ばす。新しい友人(精霊)が帰ってきたら、バウンの森の感想を聞こう、きっと初めての景色と体験を経て、話したくて仕方がないだろうから。


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