29
惚れている、つまりは恋。いや、好意はあったけれど、それは恋愛を含んだものではなかった。
さっき私を見つめていた、あの眩しいをみるような、けれども優しさを含んだ翡翠の眼差しを思い出して胸がぐっと熱くなる。
この世界に来てから薬草を間違えて抜いてしまったり、迷子になってしまったり沢山迷惑をかけた。それでも許してくれたし、迷子になったときには探しに来てくれた。至らないところの多い私のことを優しく接してくれていた。
考えるほどレイさんのことで頭の中がいっぱいになってしまう。被っていた麦わら帽子をテーブルに置き、冷静になるためにとお湯を沸かす。
沸騰したお湯をガラスのティーポットと、レイさんと色違いのオレンジ色のマグカップに注ぎ温めておく。少し経ってから、ティーポットからお湯を捨て、茶葉を入れて蒸らす。レイさんから教わった通りに…冷静になるためにお茶を入れたのにどこもかしこもレイさんのものばかりだ。
レイさんは紅茶が好きだからティーポットは大きめで、ティーカップじゃすぐに飲み終わってしまうからマグカップで飲んでいる。この色違いのマグカップは片方のおまけで貰ったやつだって言っていた。茶葉はレイさんが今年初めに街に行ったときに買ってきた春摘みの茶葉で、この茶葉が一番好きな香りだと言っていた。ティーバッグでしか紅茶を入れたことがなかったから、紅茶の入れ方はレイさんから教わった。
教わった通りの時間でマグカップに茶こしを使い紅茶を注ぐ。
…だめだ、レイさんのことしか考えらない。なんでここにはレイさんのものばっかりなの?!そりゃレイさんの家だからね!仕方ないね、ちきしょう!!
はぁーとため息をつき、テーブルに俯くと先ほど置いた麦わら帽子が目に入る。
さっきは気づかなかったけれど紺色のリボンの紐、確かこの茶葉の包装に付いていたものだ。大きい箱で買っていて誰かにプレゼントするように包装されていたから紐も長かった。ほどいた時に光に当たったサテン生地が滑らかに艶を帯びて、色合いが大人っぽくて、「おしゃれなリボンですねー」なんてレイさんに話した。
私がおしゃれって言った覚えていてこのリボン付けてくれたのかな。
なんだか紅茶を飲んだら眠くなってきた…草むしりもしたし、疲れたし、暖かいし……
ビクッとした感覚で目が覚める。これあれだ、学生のころ授業中眠っていた時になっていたやつだ…懐かしい…と思っていると視界の端に肩に掛かったタオルケットが見えた。
タオルケットを掛けてくれる人は一人しかいない。そう思った時、頭上から「目が覚めたか」と声を掛けられた。
「あ、タオルケットありがとうございます」
振り向いてお礼を言うと「気にするな」と返される。優しいなぁと思う。なんでこんなにいい人なのに結婚してないんだろう。ぶっきらぼうだけど、気が利くし、かっこいいし、魔物だって倒せるし優良物件では?それともこの世界では価値観が違う…?
んーっと考えているとマグカップをずいっと目の前に差し出されて「うぉっ」と間抜けな声が出てしまった。
「冷めてたからな、新しいのだ」
「あはは、結局草むしり任せちゃってすみませんでした」
「気にするな。元々俺がやるつもりだった」
そう言って扉の向こう側に行ってしまった。外は薄暗いオレンジ色で夕方なのが分かる。お風呂にいったんだろうな。
受け取ったマグカップの水面を見つめる。レイさんはいい人だ。私は自分勝手で、厄介者で…。どうしてだろう、今冷静に考えられる。
恋心を自覚したけれども、タイミングもあいまって要は顔なのかと思ってしまう。それに、私がレイさんに好意を持っていたのは面倒見がいい、頼れる人だったから。
あんなに暖かな気持ちだった胸の鼓動は鳴りを潜め、自己嫌悪が襲う。結局、顔が良くて、自分の生きる頼りになるから好きになったってこと?それはいいことなのかな?
そもそも住まわせてもらっているのに恋だなんだと現を抜かそうとしている。更に自分を嫌いになりそうになる。
この気持ちはレイさんに知られてはいけない。隠していかないといけない。けじめのように紅茶をぐいっと飲む。腹の底に熱いものが溜まった気がしたけれど、それは紅茶だと思うことにした。
吹っ切れた気持ちとレイさんから貰った帽子のおかげで以前のように話せるようになり、変わらない生活が続いたある日、一通の手紙が届いた。それは春の訪問者の前触れだった。




