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…反応がない。
かれこれ何分か私は俯き、男は目の前に立っている。もう首が疲れてきたわ、頭を上げたい。怖い気持ちはまだあるが、なんとかなりそうな気もしてきた。うん。
それにどうにでもなればいいような気持ちもある。
私は疲れと投げやりな気持ちに押され、顔を上げた。
「!」
男はこちらに顔を向けていた。
首痛くないのかよ…ずっと見てたわけ?こわ…
少し驚いたが、こちらも目がありそうなところを見つめてみる。
…は、反応がない…!生きてんのかこいつ…
それか立ったまま寝てんのか?嘘です!起きてますよね!?
声をかけるべきか?でもなんて言って?
さっき日本語で話しかけたけど無反応だったし、…もしかして喋れない?もしくは聞こえないの?
ふと男から目を逸らし、木々の隙間から見える空を見る。
別に面倒だと思ったからではない…反応しないやつが悪い。
普段見ている空は街の明るさに負けて暗く、星は小さくぽつぽつと光っていた。たまに見上げてきれいだなーと思っていた。月が大きかったり、きれいな色をしていると、なんでかテンションが上がったりした。
今見ている空はきらきら光っている。真っ暗な空の中、赤、青、白きれいな光を小さくても輝かせている。くさい言い方をすると宝石みたいだ。月はここからは見えないが、星がこんなにきれいなのだから同じようにきれいなのだろう。
昔の空もこんな感じだったのかな。
こんなにきれいな星空を見てしまったら、住んでいる街中の夜空がショボく感じる。
星空に見とれていたら、視界の端にいた男が動き出した。
「うひっ」
ちょ、おま、いきなり動き出すなし!びびるわっ!
再び視線を男に戻す。驚いて後ろに引き下がるが、男は私の頬に触れた。
大きくてごつごつと硬い感触がする。触れられた右の頬から温かい体温が伝わってくる。
思わず顔に熱が集まる。
(だって男の人に触られている!彼氏いない歴=年齢だぞ!なんだ、恥ずかしいいぃ!!
この顔の火照り具合はやばい。今の顔は真っ赤だ。見せられぬ。夜でよかったーーー!)
なんて一人考え込んでいたら、
「-------」
「は?」
喋った。男のバリトンボイスと私のまぬけな声。
喋ったことで、話せる人なのだとわかった。てか、いい声だな。どきっとしたわ。
でも何言ってんのかさっぱり分からねってばよ…
「…あの、何を言っているんですか?」
「……-----」
……あ゛ーだめだ、やっぱり言語通じない系だー(絶望)
困るー。でもなんか殺されそうな感じじゃない。向こうもなんか困っている様子だ。多分。
少し安心して、自然と顔の強張りがなくなる。
「えっと、その、」
安心したら喋りたくなってきた。でも言葉は通じない。そのため、何を話せばいいのか戸惑い、黙った。
「…ーー」
すると男の方が何か言い出した。
頬から手が離れる。思わずその手を掴みそうになった。
…男も手を引っ込めるのを止める。
私の手は宙に浮いたまま、何も掴めずにいる。自分でもなんで掴もうとしたのか、わからない。
…いや、わかっている。頬に感じた温もりが遠ざかるのがいやだったんだ。
男の人に触られるのは初めてだったから、恥ずかしかった。でも、ここで初めて会った人間だ。…多分人間。
殺されるとか思ったり怖かったけど、今はそう思わない。
むしろ、私に安心感を与えてくれたこの人が離れそうで、離れてしまうことが怖い。
でも我儘は言えない。まあ、それ以前に言葉が通じないけどな。
あー恥ずかしい、腕を下げようとした、が、不意に掴まれた。
彼を見る。暗くて顔はわからない。
力強く腕を引かれる。
「うおっ」
私が勢いにつられて立つと、何かを喋りだした。
「---- ーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーー」
?やっぱりわからない。
でも理解したいと思って聞き返そうとした。
「っう゛ぐ」
突然、じくりと頭が痛くなった。脳みそが揉まれるようにじくじくと痛む。右腕でぎゅっとスーツごと掴んで握る。痛みを紛らわそうとする。しかし痛みが引かない。彼は何かをずっと話している。
(痛い、いたい、痛い、)
余りの痛さにしゃがみそうになるが、彼が腕を持ち上げ、無理やり立たせる。
痛すぎて涙がでる。私は彼の腕でやっと立てている状態だ。
「----」
彼が話し終わるのと同時に鋭い痛みが頭に刺さった。
けれどもそれで痛みはすっとなくなった。
今までの痛みが嘘のようで、ぽかんとしてしまう。
状況が読み込めなくて、戸惑っていたら、
「聞こえるか」
…Oh
げ、幻聴か?いや、目の前から声は発された。
んんん?よくわからなくなってきたぞ?
「…おい…その腑抜けた面、やめたらどうだ」
「は?」
こいつなんだ?喧嘩売ってんのか?元々こんな顔だっ!
って、やべーーーー!!!言っちゃったよ!よくわかんないけど、言葉通じ始めたのに、交わした最初の会話これかよっ「は?」かよっ感じ悪っ!
これご機嫌損ねちゃうと死ぬとかないよね?…ぬおおおぉ(後悔)
さっきまで赤かった顔が一気に青くなっていくのを感じる。
「…」
男は無言だ。つらい。
気まずくて…いや失言をしたことを後悔して俯く。
「…はぁ」
頭上から重い溜息が聞こえた。びくっとする。
恐る恐る男を見上げようとしたが、その前にぐいっと掴まれていた腕を引かれた。
「着いて来い」
突然のことで前のめりになりそうになるが、踏ん張って体制を整えようとする。
しかし、男は私を気にすることなく腕を掴んだまま歩き出す。
(あーもう、どうにでもなれっ)