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「疲れたー」
ここ最近、残業続きで早く帰れることがなかった。
夕方だが辺りは暗く、頬を掠める風は刺すように冷たい。
先に帰った会社の後輩が「今年一番の寒さなんですよ!」と言って、彼氏に迎えに来てもらうと話していたのを思い出す。
(彼氏かー、うん…)
26歳にもなって彼氏がいないのは普通のことなのだろうか。
色沙汰はまだ早いと思っていた中学生を終え、高校生になればと期待して、高校を卒業したら大学生になったらできる、と思っていました。はい。
…いねーよ…もう年齢=彼氏いない歴だよチキショウッ
暗くて電柱の灯りがぽつぽつある住宅街一人で歩いてるわー
後輩みたいに彼氏がいたら、「俺が送るよ」とか言ってくれるのかな。
(羨ましい)
アパートまであと8分かかる。駅まで歩いて約20分、自転車なら7分くらいで着く。しかし今朝自転車に乗ろうとしたらパクられていた。多分103号室のチャラ男だ。許すまじ。
自転車返ってきてるかなー、鍵買い換えよう、なんて思いながら歩いていたら、少し先にある電柱の灯りの中に黒い丸があった。
マンホール?あったけ?…いや、なかった気がする。
なんとなく近づいてみてみる。
(…マンホールじゃない、穴だ)
黒く漂っているように見える。てかふわふわしてる!!!
これあれじゃね?異世界行っちゃう系じゃ?
読んだことあるよ、てか好きだよそういうの。イケメンに拾われちゃうんだろ~いいね~。んで、色々あってプロポーズされんだよ、いいね~。
だがしかし、イケメンには拾われたいが、異世界に行ってまでではない。それにイケメンに拾われるとは限らないし。第一これが本当に異世界へ行くと決まったわけじゃない。あとこの穴関わったらやばそう。人生は山あり谷ありってなんか聞いたことあるけど、私はできれば何事もなく生きたい。平地を歩く人生でありたい。
ということで、スルーするぜっ!
と思っていたが、穴の中がどうなっているのか気になる。
(うぅぅ、好奇心が…)
ちょっとだけ…と思い、しゃがんで穴に少し顔を近づける。
やっぱり黒くて何も見えない。思った通りだ。
…寒いし、ずっと見ていても面白くもない。さっさと帰って見たかった動画でも見よ。
明日の朝には消えてんのかなーと思い、体を起こす。が、
「え」
残業続きのせいか、ヒールのある靴のせいか、私の体は前に倒れていっている。
目の前に黒い穴。
(やばい、このままだとわたし)
…
……?
なんか顔がチクチクする
「…草だ」
目を開くと草があった。ここどこだよ。
うつ伏せに倒れていた。草チクチクし過ぎだろ、起きるわ…
胡坐になった一番楽な体位だわ。なんか空気?がぽかぽかしている。マフラー暑い。汗かいてんなこれ。
マフラーを取りながら今の状況を確認する。
「…あー、落ちたんだ」
寝る前の記憶は黒い穴に落ちる瞬間。穴に入ったとたん記憶がない。
てか冷静だな私。異世界かもしんないのに。
周りには座っている私を隠すくらの低い木が生い茂ってる。無論背の高いのもある。森の中だ。木漏れ日が所々にさしている。
初夏のようで、さわやかな風が吹いている。でもコートに冬用のスーツはいささか暑い。
周りに人がいる気配はない。鳥の鳴き声だけが聞こえる。
…どうしようか。素人だから、てかこんな状況で素人もなんもないと思うけど、動くべきか?誰か助けを待つか?
…いや、助けは来ないだろ。
近くにある自分の鞄から携帯を取り出す。電波は通っていない。時間は23時12分。この明るい状況で夜はあり得ない。
気づけば手が震えている。怖いんだ。今更ながらに現実をみているのだろう。
なんだか怖くてうずくまってしまう。それに疲れた。
残業続きだったんだもん。疲れてんのは当たり前だわ。もしかしたら疲れすぎて夢みているのかも。
…寝てしまおう。起きたら電柱の下にいることを願って。