少女の、名はーーーー。
なんか少しずつ長くなる不具合。
囁くような声が聞こえたのは、教会が既に古びていて、扉もまともに閉まらないから。
要は、「声を遮る存在が無い」――――ただそれだけの理由で。
「……うん、ただいま。 リン。」
窓から少し離れた、日陰(気付けば夕方になりかかっていた。 危ない危ない)で。
影に溶けるように佇んでいる少女――――リンに声を掛けた。
……綺麗だった黒い髪は荒れている。
前髪も、顔を隠すように垂れ下がっている。
服装もボロボロで――ああ、それは僕も同じか――浮浪児のようで。
ただ、それでも。
昔から、その碧い瞳だけは変わらない。
いつも、何かを見透すように。
いつでも、透き通ったままだった。
「……何処まで行ってきたの? ルイン君。」
「離れた森。 ……リンこそ平気だった? 体調崩してたし」
「……うん、大丈夫。 もう、良くなった、から。」
僕と同じく、親を失ったたった一人の友達。
大人の中で唯一優しかった神父様が亡くなってから、僕達はずっと二人で暮らしてきた。
誰も助けてくれなかったし。
誰も、必要としてくれなかったし。
……誰もが要らないと言っていた僕等、二人で。
必死で、死に抗って。
「……今日は何に、する?」
「果実取ってきたから……それと、スープでも作る?」
「うん……。」
口数も少なく。
挙動も小さく。
だから、一見すれば無感情のようにも、古びた、壊れた人形のような儚さも併せ持つ彼女。
ーーーー昔は、ここまで極端では無かったのに。
「ルイン君……お水。」
「分かった、汲んでくる。」
水瓶を片手に、僕は外へと向かった。
ちゃぷ。
少しだけ流れる小川。
水瓶を傾け、水を中に蓄えながら。
僕は、反射した水面の自分を見る。
黒ずんだ茶髪。
自分で適当に切り揃えた、短めの、乱雑な髪型。
子供っぽい、「大人」になりかかった顔。
そんな、流れの中にゆらゆらと漂う、「僕」が其処には映っていて。
いつものように。
なんとも、思わない。
なんとも、思えない。
ただ、世界に佇んでいるだけ。
異物のように。
ただ、愚者である僕は。
誰かに導かれなければ、何も出来ない。
ただ、それだけだった。
水瓶から零さないように、教会へと戻れば。
リンが、すっかり乾ききっていた、兎の干し肉をふた切れだけ取り出している所だった。
「肉、使うんだ。」
「幾ら、乾燥してても……そろそろ、傷んじゃうから。」
いつ振りだろう。
普段は、野草を水で煮て。
貴重な塩をほんのひとつまみだけ。
それで出来る、舌先にほんの僅かだけ塩味のする侘しさすら感じるスープくらい。
それに、多少の果実が増えるだけ。
例外に、肉やパンが食べられるのは……それこそ、獣を捕まえられた時か。
生誕日……生まれ落ちた、祝祭日くらいの、もの。
「保存してある分はまだ大丈夫?」
「ううん……後、1日分くらい、かな。」
思ってたよりギリギリだった。
食べられるだけ、マシだけども。
「祝祭日には、出る……んだよね?」
……チラリと、視線をリンが向けてきた。
ーーーーそうだね。
小さく、はっきり頷いた。
言葉に出さずに、行動だけで意思を告げた。
こんな。
こんな、生活をして朽ちるのを待つだけじゃ。
何も、変われないから。
僕の為でなく。
ただ、彼女の為だけに。
僕達は、この村を出る。
それだけは、ずっと前から決めていた事だった。