無垢なる剣
「……私が産まれる前、この辺りでは大きな戦が有ったそうだ」
戦車の丘。エクレールはかつての戦場跡を見下ろしながら。
「いつかまた、そんな戦いが起きた時、皆を護れる力が欲しい。私の手で、家族を、友達を、大切な人達を護りたい」
そんな無邪気な理由で。男装の姫君、黒髪の侯爵令嬢は、
「その為には、軍人になるのが一番の近道だと思うんだ」
戦争を知らない少女。命を賭す重みも、血を流し合う悲惨さも、まだ本の中でしか知らない、無垢な乙女の「戦う理由」。
それは罪深いほどに無邪気で、幼く。
それ故に、眩しいまでに純真だった。
「リチェ。お前も、私が護るから」
「お嬢様……」
妹同然に育った侍女リチェリットをぎゅっと抱き締めると。
彼女は、なぜか頬を染めて。
「……お前を護る、なんて、あまり気軽に言ってはだめです。私、本気にしてしまいますよ?」
真顔で答えるエクレール。
「私はいつも本気だ。リチェさえ良ければ、一生だって側にいる!」
「お、お嬢様、それって……」
リチェリットはもじもじと、
「まるで、プ、プロポーズみたいです」
「ふぇっ!?」
そんなこと、考えてなかった。
女の子同士で? 結婚?
(誓いのキス……初夜!?)
エクレールは一瞬で、そこまで妄想してしまった。
「ば、ばか! おかしな恋愛小説の読みすぎだ! この前貸してくれた本だって……!」
敵国のお姫様同士の恋物語。かなり過激な性描写まである、女の子同士の恋愛小説だったり。
「あの本、お嬢様だってどきどきしたって言ってたじゃないですか?」
「し、してない、してないから!」
嘘。実はとても気に入って、小遣いで自分用をこっそり買っている。
男装の美少女エクレールの、周囲が知らない密かな趣味……恋愛小説コレクションでも、かなり上位に来るお気に入りだ。
「ふふ、でもね、お嬢様。私も嬉しいです」
リチェリットは可愛らしく微笑んで。
「……私、本気にしますから」
今度は彼女の方から抱き着いて。
「私、精一杯お仕えしますから。どうか末永く、お側に置いて下さいね?」
……そして、唇を重ねた。
赤くなりながら、エクレールもまた、
「ええ、リチェは、私が護るから」
誓いの口づけを、返すのだった。