散りゆく蕾
聖暦1917年、冬。
ノイシュブール皇国を統治してきたローウェンフェルト王朝が、歴史から退場するその日。
本来神聖にして、侵すべからざるはずの皇宮へ……港へ侵入した軍艦から、庭園を踏みにじる戦車から、砲弾の雨が放たれる。
その震動に少し青ざめながら、
「ルフィーリア様、怖くはありませんか?」
姫君の手を固く握り締める、黒髪の少女。
東洋風の面影を持つ整った顔立ちに、細身の肢体には、時代がかった華美な軍服を纏う。
「……平気よ、エクレール。貴女こそ、震えてるわ」
そう言って気丈に微笑み、恋人を、自らの騎士を勇気づけるように、掌を握り返す、プラチナの髪の姫君。
ローウェンフェルト朝、最後の皇女ルフィーリア。
「もう、私達だけになってしまったわね」
宮殿は、静かだ。
砲弾が、銃声が、怒れる民衆の叫びが充たし、鼓膜をつん裂くほどなのに。
……なお静かに感じる。
「……皆、逝ってしまったのね。私達の『愛国少女隊』は」
かつてこの宮殿を華やかに彩った、少女軍人達の声は、あの賑やかな声は、もう聴こえない。
それは、過ぎ去った遠い思い出。
「ルフィーリア様、貴女だけは」
最後に遺された少女騎士、剣姫エクレール。踝まで伸びる美しく長い黒髪を翻し、愛用の剣、東洋風の刀を抜く。
「貴女だけは、お護りします。私の命に替えても」
「だめよ。違うでしょう?」
一際、宮殿に響く断末魔が大きくなる。
……最終防衛線が、破られたのだ。
ほどなくこの部屋も、暴徒達、反逆者達に蹂躙されるだろう。
革命の嵐に飲まれ、弱々しい小枝が折れるように、血に染まるだろう。
「……生き残るのよ、二人で、ともに、ね?」
「ええ、ルフィーリア」
こんな状況でも、瞳を交わし、笑い合う。
否、こんな状況だからこそ。これで最後になるかも知れないから。
「ねぇ、エクレール。私を護るというなら」
羞じらいながら、
「この唇に誓って。たとえ死の運命が待っていたとしても、私のそばを離れないと……」
「誓います。愛する貴女と、最期までともに在ると」
そして、命の感触を確かめるように。
少女達はふたり、甘く、深く、キスをした。
亡びゆく皇国の、最期の煌めき。
国民の戦意高揚の為に集められた、美しき少女達。
皇女ルフィーリアの親衛隊、主君とともに数多の苦難を駆け抜けた少女軍人達。
……誰が名付けたか、「愛国少女隊」。
少女達は、誰一人生き残らなかった。
これは、激動の時代にあって花と咲くことも許されず、散っていった蕾達の物語。