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姉と弟とバグゲーと

作者: 汗踏照輝



木々が鬱蒼と茂る森の中、一人の少女が冷や汗を流して立ちすくんでいる。


彼女の周囲にはいくつもの大木が立ち並び、それら木々の合間からは獰猛に光る赤い獣の双眸いくつか光っていた。


 「逃げても逃げても・・・またか・・・」


 少女は緊張とあきれが混ざった表情で、用心深く辺りを見回す。


 少女といっても、彼女の服装はむしろ戦士のそれに近かった。真っ青なマントをはおり、上半身は胸部だけを簡易に白い布で覆い、下半身は黒のズボンの上に毛皮を巻きつけ、脚には頑丈そうなブーツを履いていた。右側のふとももにはおおぶりのナイフが入ったホルダーが付いている。柔らかい砂色の髪は汗で頬にはりつき、きれいな青い目はまだ周囲をうかがっていた。

 

 獣たちの荒い息遣いとうなり声だけが静かな森に聞こえる。いつ少女に飛びかかってもおかしくない様子だ。

 

 少女はそんな獣たちを最初は緊張した面持ちで見つめ、膝を曲げた前傾姿勢という臨戦態勢をとっていた。が、急に大きくため息をつき、頭を抱えて相好を崩した。

 

 そして、いきなり獣たちに向かって指を指して怒鳴り出した。


 「おまえらまだ出てきちゃダメだろ!!!おまえらが襲ってくるのはもっと先!もっと後!こちとらまだ仲間も一人もいないし、レベルも1なんだよ!レベル999のおまえらに勝てるわけないだろうが!!!」


 耳障りで横柄な少女の怒鳴り声が森に響き渡る。しかし、獣たちはどこ吹く風。相変わらず獲物(少女)に熱烈な視線を送っている。


 少女はがっくりと肩を落とし、駄々をこねるような拗ねた声で呟いた。

 「どうすりゃいいの…。さっきから出会う敵はやたらレベル高い奴らばっかり。戦っても即死するか、こっちの攻撃なかったことにされるかだし。逃げても逃げるの失敗すると終了だし。こんなに序盤でプレイヤーの心を折るゲームがあったとは…。あっ!もしやこれが噂に聞く鬱ゲー?」


 と、その時少女の背後に大きな人影が立った。少女がその影にきづき顔をあげると、彼女の隣には背の高い男の戦士が立っていた。少女とは正反対の深紅のマント、中世ヨーロッパ風の甲冑、身の丈ほどもある剣を身に着けていた。金髪、碧眼の凛々しい顔の彼は少女に見向きもせず、獣たちに向かって躊躇いもなく突進し、剣を抜いた。男がすばやく横一線に剣を薙ぐと、獣たちは抵抗する間もなくあっさり倒れた。


 少女はただただ茫然と男を見つめていた。男は剣を鞘におさめ、少女へ向き直ると無表情で淡々と言った。





 「違うよ、ねーちゃん。バグゲーだ。」








 「ちょっと、健二!どういうこと?!」


 彩はヘッドセットを外すと、隣でまだヘッドセットを身につけている弟健二に向き直った。

二人は閑静な住宅街にある一軒家のリビングにいた。冬の日曜日の午後は部屋に優しい陽光を与えていた。彩の手と健二の頭部には、そんな柔らかな空間に不釣り合いなごついフルフェイスヘルメットに似たヘッドセットがあった。


 「バグゲーって…どうせあんたが変な技使ってバグらせたんでしょ?」

 

 彩は憎々しげにヘッドセットをのろのろとはずす自分の弟を眺めていた。

 

 「俺、飽きたゲームはバグらせるって決めてるから。っていうか、バグっても通信機能は通用するんだ。おまけに通信だとレベル変わらないし。やってみるもんだな。」


 健二は自分のヘッドセットから取り出したソフトを感慨深げに眺めた。


 「何その意味不明なポリシー?あんたは一人っ子じゃないんだし、共有財産であるゲームは大切に扱ってよ!ゲームの初っ端でこんなに絶望したの初めてだよ!」


 「普段あんまゲームしないくせに。相当焦ってたよね?声が廊下まで聞こえたし。ヘッドセットつけたまま叫んでる姿マジ不気味だった。」


 健二はにやにや笑った。彩はカッとなってヘッドセットを弟めがけて振り下ろした。隼人は軽々かわす。


 「でもさぁ、俺が助太刀した瞬間は正直かっこよかったと思わない?ヘッドセットで目まで覆ってるから、俺が通信したの気付かなかったでしょ?」


 「調子のんな!新たなバグかと思ってビビっただけだよ!あーあ…自力で普通にプレイしたかったのに…。」


 殴る気力も失せた彩はがっくりとうなだれた。健二は姉の肩をポンと叩き、同情と侮蔑が混じった顔で微笑んだ。


 「そんなにやりたかったんだ。じゃあ、俺が責任とって一緒にプレイしてやるよ。俺のレベル見たろ?9999だぜ?あ、ちなみにモンスターはこの後も全部999しか出てこな…」


 「意味ないわ!!!もういいから!」


 弟の手をふりほどくと、彩は自室へ腹立たしげに引っ込み、扉を乱暴に閉めた。

 

 弟は肩をすくめると別のゲームのソフトを探し始めた。



 ところが彩は部屋の中でふてくされるどころか、顔をひそかに赤らめていた。そもそも普段ゲームをしない彩がこのゲームに興味を抱いたのは、弟が操っていた男戦士の顔に惹かれたからだった。


「悔しいけど、確かにあの瞬間はヤバかった…。…でもやっぱ『ねーちゃん、バグゲーだ』はないわ~。」


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