食卓
──神? 神がなんだって?
どうしてそんなことを訊くんだい。
ああ、お前たちにはいないんだったね。羨ましいこった。
ありゃあ“持つ”ものじゃなく、“勝手に背負わされる”ものだからね。
自分の手柄さえ神のおかげだって思わされちまう。まったく冗談じゃない。
しかも“あの方々”はお暇だからねえ。
信じない奴を罰するより、信じたふりをする奴を試すほうが、よほどお好きらしいよ。
日暮れに街へ戻ると、門前に立っていた衛兵がオークと少女の行く手を遮る。
少女が抗議したが、衛兵は厳めしい表情を崩さぬまま、男が腰に下げた小さな鞄を指さす。
オークは頷くと、帯からその革の袋を外し、突き出した。
《もう……》
すでに幾度か繰り返されているやり取りだが、オークの男に疑問はなかった。
幼い頃に里を追われているからこそ、本来掟の中に身を置いて生きる種族の男には、衛兵の厳格な行いに尊敬をもって応えるべきだと感じられた。
無言の門番の目つきは鋭かったが、交わされる目線に敵意はなく、むしろ親しみすら覚える一瞬もあった。
オークが鞄を受け取り、門へ歩み出すと、小さな何かがすれ違い、衛兵の脚に飛びついた。
振り返ると衛兵が表情は変えぬまま男児の頭を撫でており、やがて抱き上げて兵舎へ歩いていった。
《賢者様は普段どんなものを食べていたのですか?》
山盛りの料理が載った皿を前に、少女が尋ねた。
少女は商人の父と二人で暮らしており、その夜旅人は言われるがまま食事を厄介になっていた。
宿屋にも食堂はあるが、“エルフの賢者”を珍しがる他の客たちが放ってはおかない。
何者も食事は落ち着いてとるべきだという主人の計らいだった。
《このあたりは牧場がありますから、チーズやお肉料理が多いんですよ》
男が応答することはほとんどなかったが、少女は慣れた様子で語りかける。
彼女はオークが門番や街の住民の振る舞いに不平一つこぼさないことへの不満を隠そうとはしなかったが、あえて口にすることもしなかった。
主人は副菜を並べ終えると、野次馬が群がる小窓を布で覆い、食卓に着いた。
食事を始める前に、主人と少女はしばし目を閉じる。
信仰を持たぬオークにも、それは祈りだと、言われなくともわかった。
真似てみようとは思わないが、異論などあろうはずもなかった。
食事が始まると、少女の前に置かれた料理が彼女の一人前の量だとわかり、オークは目を離せなくなった。
健啖家の女性というものは見たことも聞いたこともなかったが、大量の食材がみるみる彼女の中へ消えていく様を見ていると、不思議と感心を覚えた。
そして自分の前に置かれた皿にも同じ量が盛られていることに困惑する彼に、主人が何か語りかける。
《おかわりもありますからね、賢者様!》
幼いオークは初陣前に空腹を強いられる。
腹を満たせば刃が鈍る。刹那の微睡みが骨を重くし、四肢に怠惰の影が忍び寄る。
飢えこそが心臓を打ち、折れぬ剣を鍛え上げ、敵の血の匂いを呼び込むと信じているのだ。
老いたオークはこれを子らに刻む。
「腹は半分空けよ。刃は常に飢えよ」と。




