夜空の星
──オークってやつはどいつもこいつもそんなに無口なのかい?
捨て子だから言葉を知らないだけかと思ってたよ。
べらべら喋るやつよりはマシだけどね、やがて困る時が来るだろうさ。
間違ってても、声のでかい方が勝つなんてことがあるもんだ。
あたしが話し過ぎたのかねえ……聞き手役としちゃ、ま、悪くないよ。
オークが領主の側近殺害とエルフを騙った罪で砦の街を追われることになったのは翌日のことであった。
彼はオークだと。おとぎ話で語られる暴力と姦淫の化身であり、我々を騙したのだと云う布告は朝早く街中に響き渡った。
傷ついた少女の身を慮り城の地下牢でオークの男は座して沙汰を待っていた。
師の名誉回復はいまだ果たされていない。彼はいざとなれば人も砦壁も薙ぎ倒して別の街を目指そうと考えていたが、果たしてオークが処刑されることはなかった。
衛兵が無言で牢の鍵を開けたのは、二日後の昼過ぎのことである。
オークが牢を出ると、街の子供が二人、手招きしていた。
先々代の城主が設えた逃亡用の抜け穴は、人を超える巨体でも肩を擦りながら這って通ることができた。
穴の終わりの蓋を開けると、不意の陽光に目が眩む。
《賢者様!》
光の中から駆け出た少女を、オークは細心の注意を以って受け止めた。
傍らには数人の住民がおり、中には見覚えのある者もいた。
老人は出会った時と同様に震えながら進み出て、口を開く。
「元はといえばわたくしの不見識が招いたこと。あなた様はそれでも不平一つ漏らさず、街のためにご尽力くだすった。……どうか愚かな首長に逆らえぬ、弱きわたくし共をお恨みください」
街の男たちが五人がかりで運んできたオークの鉄ごしらえの杖と外套、愛用の小さな鞄を手渡した。
「この方は誰も恨んだりはしません。私たちのような狭量とは無縁なのです」
少女は住民たちに向き直り、毅然と言う。
老人はゆっくりと頷いた。
「灰燼の……否、東の森の魔女様のことは、わたくし共が語り継いでまいります。まことの賢者を育て上げた、偉大な導き手として」
商人が御者に金を握らせ、街の裏手に呼びつけた馬車の藁束に紛れて乗り込んだオークは、遠ざかる街、遠く荒野を並走する大猫に心中で別れを告げた。
杖を抱き、藁に身を預ける。
行く当てもない逃避行であったが、男の胸に去来するのは、もう会うこともないであろう少女の顔だった。
《本当に西へ向かうことになりましたね、賢者様》
男は跳び起きた。
いるはずのない少女が、そこにいる。
旅支度はすべて藁の下に隠されていた。
《ずっと西の山の向こうには魔法大学があります。いっそ名実ともに賢者になる、というのはいかがでしょう? それとも──》
少女はひとしきり喋ると、オークが何か言いたげに目を見開いていることに気づく。
《あ……これですか? どうかお気になさらず。なんでもありません》
男は光の下で、少女の頬の傷がわずかに残って見えてしまうことに動揺し、やはり言葉を知らないかのように何も言うことができない。
《いいんです、ゆっくりで……。時間はたっぷりあります。なんでも訊いてくださいね》
少女はなおも微笑んで、取り留めのない話を男の顔を見ながら続けた。
それはオークにとって、どこか懐かしい時間だった。
馬車が森に入り、やがて森を抜けるころ、ようやく彼は口を開く。
「…………名は」
オークが短く尋ねると、少女はまるで予見し得なかったと言わんばかりに、空高く響く笑い声を上げた。
《やだ、私、……申し遅れました》
少女は居住いを正し、澄んだ緑の瞳を真正面から覗き込む。
「ミア。──ミアネイラと申します」
夜空の星を意味する名を、少女は名乗った。
美しい響きだと、オークは思った。




