カモフラージュ学会発表
表向きはただの水抜きと排水管の工事だった。水面下では、4棟の上に雪崩れ込んでいた土砂が3棟と4棟の間にあった空洞に戻されていた。ハオラン氏が考えたとおり、土砂ストック用の場所があった。空洞には水が入り込んでいたが、土砂の方が重いので沈む。
ルツが通った階段を塞いでいた人工黒曜石は取り払われ、様々な調査がされていた。
「だったらそこから、壁の石板と合金版を運び出せばいいじゃないですか?」
ルツの言葉に、トト統括は首を横に振る。
「スマートじゃないんだぜ。あのまま見せたいんだぜ」
ボンバーヘッド軍団は、劇的な方法を模索しているらしい。ルツも何か案はないかと問われた。
「ハオラン氏が蓋がちゃんと閉まってない状態だっておっしゃってました。みんなの前で蓋を開けるのはどうでしょう」
「その意見は出たんだぜ。インパクトはある。が、蓋を取ったら天井裏が出てくるだけで石板と合金版は見えないんだぜ。見えたとしても裏側」
「じゃ、窓んとこで切っちゃって、ご開帳するのはどうでしょう」
「窓? ああ、明かり取りの窓があったな。切る? 水の下の土の中だぜ。できなくもないが」
「いえ、中から。蓋がひっくり返ったみたいになってるから、中には空気がありました。船のコンテナを積み下ろしするような強力なので持ち上げて、天井ごと移動させるって、、、できませんよね。なんか、人工黒曜石って重そう」
ルツは言ってしまってから取り消した。どうもリングとの会話に慣れすぎて、バカなことを平気で口走ってしまう。
呑気にしていたのはルツだけだった。
「な、ルツ。どっか逃げる?」
ボンバーヘッド俳優になった森羅が誘う。
「どーして。そんなに21世紀に強制送還されるのが嫌?」
「ルツ。強制送還はない」
「え」
「オレ、ルツを横浜へ送った後さ、過去見で、かなり先まで探した。朝はガッコ行くはずじゃん。ルツもオレも家から出て来なかった。万象だけ」
「万象じゃなくて森羅かもじゃん。しでかしたのは私。森羅は帰るかも」
「万象。オレら、一緒にガッコ行くに決まってっじゃん」
「私、テニス部の朝練とか」
「……なぁ。どこがいい? いつにタイムワープする?」
ルツは努めて明るい声を出した。
「三国時代! 諸葛亮孔明に会いたい」
「中国語、分かんねーって」
「じゃ、アメリカの細いドレス着てたころ」
「日本人にはキビシー社会かも。オレ、英語できねーし」
「日本か。だよね。日本人だもん。戦国時代?」
「身分制度あるよな。たぶんオレらなんて、めっちゃ貧民だろ。まず、家ないし」
「えー。そしたら、森羅が仮想通貨で儲けた時代かなー。戸籍とか買っちゃってさ」
「はは。……オレ、
ルツがいるなら
……どこでもいい。いつでもいい」
その言葉は、ルツの心臓を貫いた。切り裂かれたような胸の痛みに一瞬、息が止まる。
「……森羅、ごめんね」
私のせいで悩ませて。
「ごめんってなんだよ。告ってもねーのに、フラれるフラグかよ」
「そーじゃなくて」
「好きだよ」
「は?」
「よく分かんねーし。でも、好き」
「え、それどっち」
「好きっつってっじゃん。だから頼む。もういなくならないで」
「うん。森羅のそばにいる」
万象のとこへ行けなんて言わないで。
コンコン
ドアのノック音でいい感じの雰囲気が終了した。
コノハナサクヤヒメさんだった。場所はコノハナサクヤヒメさんとルツが宿泊しているホテルの一室。
彼女は森羅の前を通り過ぎ、ルツの正面に歩み寄る。
「ルツ、もうリングはしないで」
ルツの両手を自分の両手で包み、真剣な目をする。
消去されるんだ、私。
ルツは悟った。
そっか。だからさっき、森羅から告られたんだね。
「決まったんですか?」
私の消去。
「いいえ。何も決まってない。ただ、決まったときには実行されるかもしれない」
以前聞いた。リングには殺傷能力があると。
「分かりました」
森羅は訴えた。
「100のいいことしても、たった1つのことを切り取って、画一的に判断するんですか? 連邦ってそんなに薄っぺらいですか? ハオラン氏が言ったように、ルツは連邦がやろうとしてたことを引き継いだだけだ。どうして」
「私だってルツを救いたい。でもね、森羅、連邦は連邦民でできている。連邦民はデザイナーベイビー。ルツはその聖域である遺伝子保存庫に不法侵入したの」
優しいコノハナサクヤヒメさんは、窃盗と言わず、不法侵入に罪状をとどめて語る。
「な、ルツ、サミュエルさんにリングを発注しよ。オレと同じ、警備ドローンを騙す布つければいい」
「そうしましょう」
「いつ、はっきりするんですか?」
ルツは冷静だった。
「全く分からないの。今、ジャパニーズレポートが大問題になってて。連邦会議で総裁が詰め寄られてる。総裁はジャパニーズレポートの存在を否定してる。データセンターでゼロが発動したライブ動画は拡散しまくってるのに」
森羅が訝しげな顔をした。
「ジャパニーズレポートの存在が否定されたら、ルツのしたことが説明できません。証拠としてペン型携帯機器にあったメッセージがなかったことになる」
「……。そうね」
ジャパニーズレポートの存在をはっきりさせることが必要という結論に至った。
「私が地下で撮影した動画では、ダメなんですか?」
「垢BANサミュエルさんの動画と同じ扱いになるわ。監視されてるから、私達の発信はもっと広がりにくい」
SNSで、ゼロが発動されたことを過去見の映像で示した人がいた。過去見のデータセンターの映像に白くぼかしが入った。力技。
「上の期待に応えなきゃね」
コノハナサクヤヒメさんは、完璧なメイク、シンプルなスーツで発表のための最終チェックをする。コオロギの鳴き声を聞かせられるよう、ヨハネスブルグ極秘研究所から音声データを入手済み。
2日前、コノハナサクヤヒメさんの論文は提出と同時に注目を集めた。それについて、本人は悪態が止まらない。
「っざけんなよ。こんなマニアックな研究が注目されるとか、どんな手使ってんだよ。連邦関係者がSNSでアナウンスして、関連動画の再生数回しまくってんだろ。くそがっ」
「……」
ホテルの同じ部屋、ルツは聞かないふりをするのも難しかった。が、頑張ってスルー。
連邦政府の目論見は、コノハナサクヤヒメさんの研究を「ジャパニーズレポート」と世間の人達になんとなく勘違いさせること。即座に学会で発表することを求められた。コノハナサクヤヒメさんは、バカンス中という理由でリモート発表を決めた。
「落ちるなよ、ヒメさん」
サミュエルさんが特設された透明なシールドの範囲を示す。
「これを被って欲しいんだぜ」
ボンバーヘッドのかつらを差し出すトト統括。それを断るコノハナサクヤヒメさん。
「NO. 最初から被ったら、お偉いさん達から場所を特定されるので」
観客は、闇サイトで密かに募集された。噂が噂を呼び、データセンターの周りにはとんでもない数の人が押し寄せていた。一早くチケットを手に入れた人は、データセンターの1~3棟の建物上の観覧席を利用できる。S席は3棟上。データセンターに溜まっていた水はすっかり排水済み。
コノハナサクヤヒメさんのステージは、3棟と4棟の中間。高さは観客よりやや高い、建物より上。足場は橋と同じ透明のシールド。
「現在、こちらの建物は電源が落としてあります。普段は特別な場所でネットに繋がりませんが、今日は繋がります。みなさん、どうぞ、連邦中に発信してください」
そんな前置きの後、日本人消滅の発表が始まった。最初に結論。
「グローバル化によって外国人が増え、混血が進み、最終的には、残存していた遺伝子的な日本人が老いた。老いた日本人の多くがコオロギの発する羽の音で死を選び、日本人は消滅したと考えられます」
観客は「コオロギだって?」「虫だよな?」とざわめく。
コノハナサクヤヒメさんは、日本人の人口推移のグラフを表示した。が、屋外なので明るすぎて見えにくい。データセンターで研究発表を観覧している人達は個々のリングでアクセス。学会へは、しっかりとグラフを表示。
「こちらのグラフをご覧ください。こちら上の線が日本の人口、下の線が……」
コノハナサクヤヒメさんは説明を続ける。研究発表の底では、薄くなった人工黒曜石の蓋が静かに持ち上げられていた。
建物の外壁に使われていた人工黒曜石は重い。取り除いてしまってから持ち上げるという方法が簡単だった。けれど、トト統括は見せ方に拘った。壊れない程度にまで人工黒曜石を薄く切った。特に上からは、元々の外観と同じく平になるように。それでも軽量化は困難で、側面には穴が開けられた。地中にある状態でそれらの作業は終わっていた。
「劇的な変化が起こったのは、2127~2132年です。2126年に日本直下大震災が起こり、被災を理由に、日本は2128年から2132年の世界大戦に参加していません。世界大戦の前年2127年、戦禍から逃れるために外国人が多く日本に移り住みました。国境と通貨が存在していたときでした。移住する外国人は大金を支払い、日本はそれによって震災から復興しました」
観客の多くは、コノハナサクヤヒメさんの発表よりも、別のものを期待している。データセンターという場所、日本人についての発表、その2つから想像できるのは、ジャパニーズレポート。
コノハナサクヤヒメさんは日本の年齢別人口のグラフを動画で時系列に沿って動かし、最終段階のコオロギに移る。観客のリングから、コオロギの鳴き声が響いてくる。
「日本の、主に自然が残る場所には、体調4cmほどの巨大なアカチャバネコオロギ、クロチャバネコオロギを初めとし、多種多様なコオロギが生息していました。日本人はこの音を日本語の響きとして捉えました。死のう、もういい、役立たず……」
いよいよ終わる。そして始まる。
「以上で日本人消滅に関する発表を終わります。これはジャパニーズレポートではないことを明言します」
コノハナサクヤヒメさんの背後に、人工黒曜石の蓋と天井の部分が上がってくる。それを持ち上げているのは、船のコンテナを持ち上げるために使用される無数の装置。
ルツは手を組み合わせた。
お願い、落ちないで。
人工黒曜石の蓋と天井部分はコノハナサクヤヒメさんの横を通り過ぎ、更に高度を上げて浮遊する。
「「「「なんだなんだ?」」」」「「「「ええ?!」」」」




