正しきことは全ての報告
「スーツケース、どうなったのか、見てません。すみません」
「いや、謝らなくていい。消費電力の計算を怠っていた僕が原因でもあるんだから」
「それだけはありません。」
ルツは、ハオラン氏の言葉を強く否定した。
ハオラン氏は、タイムマシン装置のプログラム実行履歴を見ている。
「記録では、タイムワープする2点の位置関係を求め、重力方向は導き出されている。でも、重力方向への空間の回転実行は正常に行われていない。だから、ルツは下ではない方向に引っ張られた感じがしたんだね。プログラムは宇宙空間が含まれる場合へ移行して、強制終了している」
ルツは、31世紀に来てすぐのとき、失敗して宇宙空間へタイムワープすることがないようプログラムが組まれていると聞いたことを思い出した。
「ルツ。恐らく、君が考えたカエルの寒天方式で包まれた部分に君が偶然、21世紀で着地した。スーツケースは時空の狭間へ行ってしまった」
「時空の狭間」
「僕の仮説でしかないよ。時空の狭間というものが存在するかどうかも分からない。続きをお願いできるかな」
「はい」
ルツは、母親と友人と森羅の弟に会ったことを告げた。そして、自分で予約設定した場所に立ち、戻ったときに足の裏が少し削れて血が出たことを説明した。
「靴は?」
「日本は家の中で靴を脱ぐ文化なんです。それで、家に上がるときに脱いだままでした」
「そのときのタイムマシンの充電は誰がしたんだろう。ルツは2日前からいないはず」
ハオラン氏は森羅を見た。
「はい、オレです。朝イチで充電して、ずーっと考え続けてました。ルツは21世紀に到着していないかもって」
「だから充電してあった。それで、ルツがこっちへ戻って来れたんだね」
ルツは足の裏の修復に2時間45分かかったことを話した。
「足の裏の皮膚は体の他の場所に比べて分厚い。それでもルツは血が出た。分類としては表面が削れるタイプ。その場合は2時間くらいで治るんだよ。でも、ルツの足の裏の皮膚は、再生に2時間45分。
……。
……。
……」
ハオラン氏は考える人になってしまった。ルツはどうしていか分からず、傍にいたコノハナサクヤヒメさんと森羅も困った様子でじっと静かにしていた。
数分後。
動いた!
ハオラン氏は2冊の本状の皮膚片集を開いた。それを具に観察する。
「……遺伝子1000人分は、両方開いたままだったんだね」
「はい」
全ての袋に一様に穴が空いているのは、それぞれの袋のジェルが入って最も膨らんだ部分が分断されたからだろう。
「溶けている。熱だ」
「「「熱」」」
「この透明の袋はビニール。分断されただけならこの断面はおかしい。明らかに溶けている。ルツは足の裏を表面が削れると同時に火傷してたんだ。表皮だけじゃなく、皮膚の深い部分まで損傷した。だから治るまでに2時間45分もかかった」
ハオラン氏は、黒い靄が床に接する面から出ていることに気づいた。
「重力方向の下の面は特別なんだね。他の部分は空気が分断される。床の部分は違う。黒い靄は煤。床にあった埃や草や繊維が不完全燃焼したんだ。ただ、重力方向だけが高熱になる理由は分からない」
ルツは「君のおかげで少し分かった」とお礼を言われてしまった。
いよいよ、怒られる。
注意するときの定石は、まずいいところに触れてから、問題を指摘する。なのでルツは心の準備をした。
「ルツがしたことは、全て報告しよう」
怒られなかった。ルツは肩と首に力を入れて待っていたのに。
「え、ハオラン。そんなことをしたら、ルツが」
「ルツは、2304年の連邦職員の任務を引き継いだだけだ」
「でも。全部なかったことにだってできる」
「ヒメ。そっちの方が簡単でシンプルでお咎めがないってことは分かってる。ただ、タイムマシンのあり方を考える上で、議論すべき重要なことだと、僕は考える」
正義は勝つ。ハオラン氏=正義の人。ハオラン氏の判断通り、全てを報告することになった。
ルツは被告人となる。それはとても怖かったが、後悔はなかった。
「ルツ、21世紀に強制送還される覚悟をして。そのときは、森羅もいっしょだよ」
「え、オレもですか。ですよね。タイムマシンのあり方ってことなら」
森羅ったら、私がいなかったら泣き暮らすくせに。
「くよくよ考えたって仕方がないわ。だったら、2人とも31世紀の観光をすれば? 帰ることになるかもしれないんだもの。行きたいところは?」
コノハナサクヤヒメさんの言葉に、ルツと森羅は同時に答えた。
「「カリフォルニア」」
言葉を発してから2人で顔を見合わせる。相談なんてしていない。
「オレはサミュエルさんに会っておきたいから」
「私はそれもあるけど、データセンターが面白そう」
2人の言葉に、コノハナサクヤヒメさんも乗った。
「そーね。面白そうではあるわね」
「なんのために、森羅のカルフォルニア行きを止めたんだか」
ハオラン氏はため息をつきながら首を横に振る。
「見つかっても大丈夫。森羅は21世紀から来た特別な存在よ。しかも未成年。サミュエルさんだって見つかってるはず」
「いや、あの人はなんか細工してる可能性がある」
「だったら、それと同じことすればいいだけ。ハオランも行きましょ?」
31世紀の旅はお手軽。パスポート、ビザ、言語の壁、文化の壁、全部なし。もちろん4人で。
サミュエルさんに行くことを伝えた。雲隠れしているサミュエルさんは、正規のリングをはめていないので直接連絡できない。ハオラン氏は、サミュエルさんの友人に連絡した。
「やあ、ハオラン」
画面に現れたのは、左にアフリカ大陸、右に南アメリカ大陸模様のボンバーヘッド。それ以外の部分もオシャレに地球の大陸模様。残念ながら、南極大陸は首に当たる場所なのでない。日本列島は小さすぎて省略されていた。
「トト。この間は楽しかったよ」
地球ボンバーヘッドのトトさんは、データセンターの復旧工事の統括を任された人だった。
ハオラン氏とトト統括と通話に、隣にもう1人のボンバーヘッドがいて会話に加わる。無地ボンバーヘッドがシールドを起動したサミュエルさん。
「カモンカモン」
もともとこんな感じだったけど、髪型の分、ノリがパワーアップしてるし。
「そっちのプールはどんな状況? 技術者は集まりましたか?」
「タニシちゃんで水を綺麗にしたんだぜ。どうも、土砂が排水溝に詰まってると分かったんだぜ」
とトト統括。タニシちゃんとは、泥水の泥を沈殿させて水を綺麗にしてくれる薬剤。
「ポンプで水を出すんですか?」
ハオラン氏の質問にサミュエルさんが答える。
「いや。まだ排水の対策ができてない。普通に排水管を流れてくれりゃ、問題はないのに」
「だったら、ポンプで出す水を排水管に流せばいいだけでは?」
ハオラン氏の言う通り。ルツも聞いていて、うんうんと頷いた。
「配管探査機で詰まり具合を見たんだが、なかなか厳しい。建物に近い部分で配管が破損してるところが何箇所かある。壊れたところから土砂をかき出そうとしてるんだが、そんな限定用途のロボットがない。汎用品の家事ロボットの管が届く範囲に止まってる。バキュームじゃ威力が足りない」
配管探査機は、地上から配管の様子が分かるもの。どこを通っているのか、どこが詰まっているのか。
「あの、変な提案していいでしょうか」
ルツはVRに登場した、いきなりちゅーの抜邦博士を思い出した。どーぞと言われて話し出す。
「半径100mの酸素を消失させる装置を使うのはどうでしょう。空気の中の21%が酸素なので、その分、土砂をバキュームできるのではないでしょうか。威力が足りないとか大きすぎるとか、今度は装置が詰まりの原因になる可能性はありますが」
発言してから、ルツは後悔した。
あ”ー。リングとの会話に慣れすぎて、よく考えずに言っちゃったよ。めっちゃバカなことかもしんない。
「おお、その手があったか」とサミュエルさんがフォローしてくれた。
「それを応用した、空気中の窒素を窒化物に変えるもんがあるんだ。酸素は空気中の21%だが、窒素は78%。生成される窒化物は少し、装置は小さい」
サミュエルさん、優し。
トト統括も賛同した。
「OK。酸素の方は兵器だから役所への届出や輸送&使用が難しい。窒素の方なら簡単。さっそく取り寄せるぜ。おーっと。そっちもあるのは、連邦外なのか」
連邦外?
「いーじゃないか。安くつくぞ」
「だな。また評価が上がっちまうぜ」
安い? 連邦には通貨がないのに。
「安いとか評価ってなんですか?」
ルツは疑問が口から出た。ら、2人のボンバーヘッドは苦笑いする。
「いやいや、大人の話だ。R50」
「そーなんだぜ。お嬢さん。R50とまでは行かないが、色々とジジョーってやつがあるんだぜ」
ルツと森羅は未成年、ハオラン氏の実年齢は見た目と同じ24歳。なので3人でコノハナサクヤヒメさんを見た。コノハナサクヤヒメさんは豊満な胸をばーんと張る。
「問題ないわ。52歳よ。さ、3人ともお手々でお耳を塞いで」
ハオラン氏、ルツ、森羅は、ふんわりと耳に手をやった。
「いや、通貨はないが、結局、どれだけ物資やエネルギーを使ったかってのを可視化するために、報告書には細かく数字を載せるんだぜ。でないと上が分からない。要するに、連邦民の生活には通貨なんていらないが、見えないところでは存在してるんだぜ。エーロが」
「「「エーロ?!」」」「……」
乙女は口に出せないじゃん。
今度はサミュエルさんが説明する。
「昔ヨーロッパで遣われてたユーロとエネルギーがくっついた。で、エーロが少ない方が高評価される。トトはあの手この手でエーロを少なくしてるんだ。暗号資産を遣ったり、社会奉仕を呼びかけたり、連邦外の労働者を連れてきたりして、な。ロボットや機械はエネルギーが必要で通貨が要るが、社会奉仕なら0。連邦街の労働者は低エーロで雇える」
サミュエルさんは、トト統括の肩をもみもみ。
「あら。実は通貨はあったのね」
「ま、おたくら研究者には関係ないことだぜ」
トト統括はピースサイン。
「エーロが少ないと評価が高いのね?」
「そうなんだぜ。だんだん大きな依頼が来るんだぜ。要するに評価されてるってことだぜ。オレはポイントを稼いで里親になって子供を育てたいんだぜ」
興味深いわ。
「R50の話は終わりだ。じゃな、カルフォルニアで」
「待ってるぜー」
ノリ軽っ。
というわけでカリフォルニア。コノハナサクヤヒメさんはコオロギの世話を家事ロボットに任せた。




